youtube

新規赴任者向けYoutubeチャンネル

知らないとヤバい!インドの労働法と労務コンプライアンスを駐在員が徹底解説

インド人を採用する前に知っておくべきインド英語と面接エピソード

今回はですね、インドの労働法の概要と労務コンプライアンスについて解説してみたいと思います。

インドの労働法は、インド中央政府が制定している連邦法だけでも50以上、インド州政府が規定する州法も合わせると数えきれないぐらいあるので、インドで事業を立ち上げていく際にどの法律が適用されるのか、もはやようわからんという人も多いと思います。また、2020年にはこれらの複雑な労働法を再編・改革するための改正労働法案が連邦議会で可決されたんですけど、そのあと、実際に施行するために必要な州レベルでの施行規則の制定が進んでいなくてですね、4年以上経過した今もなお未だに施行されていないという状況です。

そこで、今回の動画ではインドの現行労働法の中でも、インド国内でオフィスや店舗などを持って事業を立ち上げられている企業様が特に押さえておくべき主な労働法と労務コンプライアンスについて、また、まだ施行されていない改正労働法案の概要についても解説をしたいと思います。ちなみに、工場を立ち上げられる製造業の企業様が押さえておくべき労働法についてはまた別の動画で解説をしたいと思いますので、見逃したくない方はぜひ今のうちにチャンネル登録をして公開までお待ちいただければと思います。

一般的な労働法および労務コンプライアンスの全体像

まずはオフィスや店舗などに適用される一般的な労働法および労務コンプライアンスの全体像についてご説明しておきたいと思います。

基本的には従業員が増えていくにつれて適用法令や対応すべき項目も増えていく、っていう風に理解していただくといいんですけど、区分としては(1)従業員が10人未満の法人設立当初、(2)従業員が10名以上になったとき、(3)従業員が20名以上になったとき、という3つに区分して考えるのが良いと思います。

従業員が10人未満の法人設立当初

それではまず、従業員が10人未満のインド現地法人設立当初について解説していきます。

現地法人設立当初は、必要最低限、念のため対応しておいた方が良い項目を重点的にカバーしていく形になるので、インド人材の採用活動を進めるまでにまずはオファーレターや雇用契約書のフォーマットを準備しておく必要がありますし、最低限必要になるであろう社内の規定類、例えば、営業マンを雇用する場合は出張が多くなる可能性があるので出張旅費規定や経費精算規定だけは先に整備しておいたり、最低限まずは簡単な就業規則だけ作成してしまうケースもあります。ちなみに、インドでは、原則、雇用契約書とか就業規則を作成する法律上の義務はないんですけど、労務関係のトラブルは比較的多い国ですし、後からルールを決めても従業員全員とひとりひとり後から合意をしていく、っていうのは結構大変です。なので、将来的に従業員が増えていくことが前提となっている場合には特に、最初のうちからどの州にどのような拠点を立ち上げていく予定か、などをしっかりと想定をした上で就業上の基本ルールを決めておいた方が良いと思います。っていうのもですね、冒頭で少し触れたとおり、インドは州ごとに労働法が異なりますし、オフィスや店舗なのか、もしくは工場なのかでも適用法令が変わってくるので、企業様の事業計画に基づいて、可能な限り州ごと・拠点の種類ごとの法規制の違いにも柔軟に対処・運用していけるように設計にしておいた方がいいっていうわけです。あと、インドでは就業規則は法律上の作成義務がないからこそ、雇用契約書の中に就業規則への法的拘束力を持たせる規定・条項を挿入しておく必要がある点にも留意してください。要は、雇用契約に合意をすること、イコール、就業規則に従うことに合意する、ということが内包されるように雇用契約書を設計をしておく必要があるっていうことですね。

あと、インド現地法人設立当初から候補者に年収を提示する際にはインド特有のCTC(Cost To Company)という考え方やPF(Provident Fund)というインドの厚生年金のような制度に対する事前理解も必要となりますが、このあたりのインドの給与計算に関する解説は今回の論点からは外れてしまうので別の動画であらためて解説をしたいと思っています。

雇用契約書や就業規則の作成に関連して認識をしておくべき重要な労働法が、こういった法律になりますけど、この中でもまず最初に理解をしておくべきなのがThe Shops & Establishment Act(日本語で店舗および施設法)と呼ばれる法律です。これは州によって規定されている州法で、イメージとしては工場以外のオフィスや店舗などに適用される州ごとの労働基準法のようなものと理解してもらうといいんですけど、労働者の勤務時間や休憩時間、休日、時間外労働などの労働条件に関する規定があったり、事業所の運営を開始してから何日以内に届出義務があったりなかったりで、州によってルールが違うので企業様が進出されている州の法規制をひとつひとつ確認しておく必要があります。

例えば、デリー連邦直轄領では運営を開始してから90日以内の届出義務があって、連続5時間を超えて勤務させてはいけない、5時間の勤務に対して最低30分の休憩を与えなければならない、4ヶ月ごとに5日以上の有給休暇(つまり年間15日以上の有給休暇)を付与しなければならない、また、給与支払期間の締め後7日以内の支払義務などが規定されていますが、例えばタミル・ナードゥ州では、運営を開始してから30日以内の届出義務。連続4時間を超えて勤務させてはいけない、4時間の勤務に対して最低1時間の休憩を与えなければならない、12ヶ月ごとに12日以上の有給休暇を付与しなければならない、また、給与支払期間の締め後5日以内の支払義務などと規定されていて、この2つの州を比較するだけでもかなり異なりますよね。なので、企業様が進出される州ごとの法規制の違いや適用法令を正確に把握した上で、ルールを整備していただければと思います。

従業員が10名以上になったとき

次に、従業員が10名以上になったときに適用される法規制について見ていきたいと思います。

従業員が10名以上になると主にこういった適用法令が追加されるんですけど、この中でも特に対応が求められるのが、セクハラ防止法関連のコンプライアンスです。正式な法律名だとThe Sexual Harrasment of Women at Workplace (Prevention, Prohibition and Redressal) Act, 2013、いわゆる略して”POSH法”と言われる法律ですね。
このPOSH法は、女性を対象とするセクハラの防止・禁止・救済について規定されていて、苦情申し立てを処理するための社内委員会(Internal Complaint Committee)の設置義務や、従業員に対する定期的なワークショップや啓蒙プログラムの開催義務、地域当局に対する年次報告義務などのコンプライアンス対応が求められます。また、2018年インド会社法規則の改定によって、毎年年度末に作成する取締役報告書(Director’s Report)においても社内委員会の設置義務にかかる対応状況の開示が求められることとなっていますので、この点も含めて対応していく必要があります。

また、事業所の従業員が10名以上になると、出産手当法、英語ではThe Maternity Benefit Act 1961という法律も適用となります。これは、出産予定日8週間前から最長26週間、企業様が女性従業員に対して産前産後休暇を与えなければならない、というもので、企業はこの休暇期間中も給与満額を支払わなければなりません。日本だと、産前産後休暇や育児休業中は政府が給与の3分の2を負担してくれる「出産手当金」と「育児休業給付金」っていうのがあって、社会保険料もその期間中は免除されるので基本的に企業側には負担がないんですけど、インドはここに対する政府の補助が一切ない、という点で結果的に企業側に一方的な負担を強いる制度になってしまっています。
実態として、妊娠された女性が半強制的に辞めさせられた、といった話もよく聞くのでここはもう少し社会保障制度としてちゃんと改善してほしいなと思いますね。また、この法律に関連した追加コンプライアンスとして、事業所単位で従業員が50名以上になると、企業には託児所の設置も義務付けられる点も留意が必要です。

そのほかにも、退職金法、英語ではThe Payment of Gratuity Act 1972という法律も同様に適用となります。これは、5年以上勤務をした労働者に対して、法定退職金を支払わなければならない、というもので、退職時最後に受け取った給与月額を基準にこんな感じの計算式に基づいて退職金が算出・支給されます。ここでの留意点としては、法定退職金は勤続5年以上の従業員がいる場合にのみ、その支払義務が実際に発生するわけなんですけど、そういった従業員が社内にいるかどうかに関わらず、会計上は会社として退職金引当金を決算書に未払計上しておく必要がある点です。具体的には、従業員人数や平均給与、平均昇給率や離職率、定年などの情報に基づいて数理士(Actuary)という有資格者が毎年の会計年度末時点で引き当てておくべき退職金引当金を算出して、それを未払計上しておく必要があります。

あと、従業員保険基金法、英語ではESI(Employees’ State Insurance)っていう法律もあります。これは、月収21,000ルピー以下の労働者向けの労災保険・医療保険制度になっていて、低所得者向けの社会保障制度の一つになっています。

ちなみに、こういった出産手当法や退職金法、従業員保険基金法については、10名以上という人数基準は法人全体ではなく、事業所ごとに適用・判断がされるので、企業様が複数拠点を持っている場合においては、例えばバンガロール事務所の従業員が8名、チェンナイ事務所の従業員が7名みたいなケースだと、法人全体では10名以上ですが、事業所ごとで見ると10名未満なのでこれらの法律は適用されません。

従業員が20名以上になったとき

従業員が20名以上になったときに適用される法規制についても見ていきたいと思います。

従業員が20名以上になると主にこういった適用法令が追加されるんですけど、この中でも特に対応が求められるのが、PF(Provident Fund)です。

インドには日本のような国民全員が対象の国民皆保険制度がないんですけど、このPFっていうのはEmployees’ Provident Fund and Miscellaneous Provision Act, 1952、いわゆるPF法という法律に規定されるインドの社会保障制度のひとつで、インドでPFと言えば、従業員積立基金のEPFと従業員年金のEPS、そして、従業員預託保険のEDLIという3つの社会保険を内包する制度の総称になっています。このPF拠出金は、日本の社会保険料と同じように、会社と従業員がそれぞれ12%ずつ負担をする労使折半の仕組みになっていて、かつ、一般的に標準月額15,000ルピーをPF拠出額の算出に使用するケースが一般的なので、ざっくり言うと15,000ルピーの12%、つまり1,800ルピーを従業員本人が負担、そのほぼ同額を会社側が負担する形になります。ただ、この標準月額を任意で引き上げることもできるので、このあたりは、従業員側の希望や、会社側がそれに応じるかどうかなど、企業によっても対応が分かれているところです。

また、原則このPFについては外国人も加入する必要があって、かつ、外国人には15,000ルピーという標準月額が適用されないんですよね。なので、以前はインドに駐在をする日本人はかなり高額の社会保険料を納付させられていたんですけど、2016年に発効された日印社会保障協定によって、日本とインドの両国で社会保険料を二重負担しなくてもよくなっています。つまり、日本の社会保障に加入していることの証明書「適用証明書(Certificate of Coverage)」、正式名称としては「インドで就労する被用者のための日本国公的年金の適用に関する証明書」という書類をインド赴任前に日本年金機構から入手をしておいてですね、インド側で保管しておくことで、インド側の社会保障制度PFにはそもそも加入する必要がないということになります。

あと、労務コンプライアンスという観点からはズレるので少し余談になっちゃいますけど、インドには国民皆保険制度がないので、その代わりに企業側の福利厚生の一環として、民間の保険会社を活用した医療保険を従業員の代わりに加入してあげる、というのが比較的一般的になっています。この点、日本だと医療費の自己負担はほとんどの人が原則3割っていうのが普通だと思いますが、インドでは民間の保険会社の医療保険商品を活用することになるので、一部本人に負担をさせるのか、100%全額保険でカバーできるようにするのか、また、医療保険の対象者を従業員のみとするのか、配偶者と子供までを対象とするのか、はたまた、従業員のご両親までを対象とするのか、など比較的自由に設計ができるので、福利厚生の手厚さと医療保険料コストの観点から慎重に判断をする必要があります。

あと、賞与支払法、英語ではThe Payment of Bonus Act, 1965っていう法律もあります。これは、月収21,000ルピー以下の労働者向けに法定賞与を支払わなければならない規定が設定されていて、法定賞与額については月額給与の最低8.33%から最大20%の範囲で算出されます。こちらも先ほどのESIと同じように低所得者向けの労働者保護制度の一つになっています。

ちなみに、このPF法や賞与支払法などの法律についても、20名以上という人数基準は法人全体ではなく、事業所ごとに適用・判断がされるので、企業様が複数拠点を持っている場合においては、例えばバンガロール事務所の従業員が15名、チェンナイ事務所の従業員が12名みたいなケースだと、法人全体では20名以上ですが、事業所ごとで見ると20名未満なのでこれらの法律は適用されません。

改正労働法案の概要

最後に、2020年に連邦議会で可決されたものの、4年以上経過した今もまだ施行されていない改正労働法案の概要についても、解説しておきたいと思います。

全体像としては、ここにある29の連邦労働法を、4つに整理・集約されることが予定されています。
①2019 年賃金法(Code on Wages, 2019)
②2020 年労使関係法(Industrial Relations Code, 2020)
③2020 年社会保障法(Code on Social Security, 2020)
④2020 年労働安全衛生法(Occupational Safety, Health and Working Conditions Code, 2020)

まず、2019 年賃金法についてはこの4つの旧連邦労働法が対象となっていますが、主な変更点としては、賃金(Wages)や従業員(Employee)、使用者(Employer)の言葉の定義が明確化・統一化されたり、法的拘束力を持つ最低賃金水準(Floor Wages)が規定されたりしていて、最低賃金水準については連邦政府の規定に基づいて州政府が州ごと別途定める形になっています。また、先ほどご説明をした賞与支払法の規定についても、各州政府が州ごとに賞与の支払義務の対象範囲を決定することとされています。あと、これまでは法令遵守違反があった場合にいきなり半年以下の禁固刑もあり得る、という恐ろしい状況だったんですけど、初回は5万ルピー以下の罰金はあるものの違反を是正できる機会が与えられて、2回目以降の場合に初めて3ヶ月以下の禁固刑または10万ルピー以下の罰金、もしくはその両方、という形にあらためられることとなっているのでいきなり刑罰に発展するということはなくなる予定です。

2つ目の2020 年労使関係法についてはこの3つの旧連邦労働法が対象となっていますが、主な変更点としては、労働法が主に保護対象とする労働者、いわゆる旧法では「Workman」という用語で定義されていた人たちが、「Worker」という用語に置き換えられる点と、その対象者の金額基準が月収1万ルピーを超えているかどうか、から1万8,000ルピーに引き上げられて、保護対象者が大幅に増える可能性があるところです。一方で、100名以上の労働者を雇用する事業所が解雇・レイオフや事業所の閉鎖等をする際に州政府から事前に許可を取る必要があったところ、今回の労使関係法においてはその人数基準が300人に引き上げられ、逆に規制が緩和される予定となっています。また、一定の条件を満たすストライキやロックアウトを違法とする規定も盛り込まれています。こういった点においては、企業にとっては解雇しやすくなったり、労働組合運動を規制できる意味合いが含まれているので、改正労働法案の施行が大幅に遅れている背景のひとつに、このような変更に対する労働組合からの強い反発が出ている、という影響もあるようです。

3つ目の2020 年社会保障法についてはこの9つの旧連邦労働法が対象となっていますが、主な変更点としては、さまざまな労働者の定義が明文化されたことが挙げられます。

例えば、従業員(Employee)や契約労働者(Contract Labour)、有期雇用従業員(Fixed-Term Employee)に加えて、ギグワーカー(Gig Worker)、建築労働者(Building Worker)、プラットフォームワーカー(Platform Worker)、賃金ワーカー(Wage Worker)、非組織ワーカー(Unorganised Worker)などが定義されています。また、ギグワーカーやプラットフォームワーカー、非組織ワーカーに対する社会保障基金の設立義務を規定しています。あと、勤続5年未満の有期雇用従業員に対しても法定退職金の支給義務を規定したり、企業は出産後6週間以内の女性を雇用することができないといった規定も盛り込まれています。

最後4つ目の2020年労働安全衛生法についてはこの13つの旧連邦労働法が対象となっていて、主に企業側が果たすべき事業所の安全・衛生管理義務や労働条件などに関することを規律する法律です。主な変更点としては、これまで義務化されていなかった毎年の健康診断の実施義務であったり、雇用契約書(Letter of Appointment)の作成義務などの規定が盛り込まれています。

皆さん、いかがでしたでしょうか?今回は、インドの労働法と労務コンプライアンスについて解説をいたしました。インド駐在員やインドを含む海外拠点の管理部門の方、インド進出を検討されている企業様はぜひ参考にしていただけると嬉しく思います。