【インド半導体の現在地】モディ政権の再挑戦が示す、駐在員が知るべき成功の条件とは
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今回はですね、世界が今、最も熱狂している「インド半導体産業」。その発展の歴史と、果たしてモディ政権は半導体産業の世界地図を本当に塗り替えられるのか、その未来について徹底解説してみたいと思います。
失敗の理由から成功の条件へ:モディ政権の再挑戦とインド駐在員が知っておくべき真実
世界的な半導体不足や米中のチップ覇権争いが激化していますけど、意外な新興勢力としてインドが脚光を浴びています。そこで、今回の動画では、なぜ世界中の巨大企業が今インドに巨額の投資をしているのか、その背景から、過去の失敗の歴史、そして現在進行形で進む最新プロジェクトの「勝ち筋」、そしてですね、インドが次に仕掛ける「サプライズ戦略」についてもご紹介しますので、ぜひぜひ最後までご覧ください。
世界的なサプライチェーン再編とインドの追い風
世界が注目する「インドの半導体」、「なぜ今、インドなのか?」――まずはこの問いから一緒に確認していきたいと思います。背景にあるのは世界的なサプライチェーンの再編、つまり地政学リスクと半導体供給網の脆弱性(ぜいじゃくせい)がコロナ禍で露呈したことですよね。アメリカや同盟諸国は、米中対立や台湾海峡リスクを受けて、半導体調達先の分散を模索しています。その中でも特に、民主主義国家であってかつ巨大市場を持つインドは「信頼できる製造拠点」になり得るのではないかと、生産拠点の多様化を求める世界各国がインドに注目をし始めていて、インドにはとってむちゃくちゃ大きな追い風になっているわけですね。
そして、インド市場そのもののポテンシャルもケタ違いにデカいわけです。アメリカの科学技術政策専門シンクタンクITIFのレポートによると、インドの半導体消費市場は2030年までには1,100億ドルと、これから5年以内に2倍以上の規模に拡大、世界の半導体市場の少なくとも10%を占めるというふうに予測されています。スマートフォンや電気自動車(EV)、5Gインフラ、IoT、産業オートメーションなど、こういった産業すべてにおいて半導体需要が今後も拡大し続けるので、この膨大なインドの内需を取り込むメリットはとんでもなく大きいわけですね。
豊富な人材がいてもチップ産業は育たない?
実はですね、インドの「半導体産業の夢」は、今に始まった話じゃありません。インドは2000年代前半からアメリカのIntelやTexas Instruments、イギリスのARM、オランダのNXPなどの多国籍企業の設計拠点として台頭して、すでに世界的な半導体設計ハブになっています。半導体の設計分野において豊富な人材がいるわけです。
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ただ、製造に関しては、過去、何度も挑戦しては失敗を繰り返してきました。インド政府は2005年に初の本格的な半導体ファブ計画が提案されたのを皮切りに、2007年のシン政権時代に初めての包括的奨励策「半導体政策2007」つまり「半導体工場の設立費用の一部を補助する政策」を発表して、複数の投資構想が浮上しました。ただ、リーマンショックによる電子機器需要の減退なども重なって、結局、政策の期限だった2010年までに商業用半導体ファブは一件も着工されずに終わってしまいました。
さらに、モディ政権に移行してから2013年〜2014年にも、インド政府は2つのコンソーシアムによる半導体ファブ建設計画を承認しましたが、これも全て頓挫。政府肝いりのプロジェクトですら失敗して、「もはや半導体製造はインドには無理なのか?」とさえ噂が立つほど挫折を繰り返してきたわけですね。
なぜ、これほどまでに失敗が続いたのか?
なぜこれだけ失敗が続いてしまったのか、その壁は主に3つあります。
1つは、半導体製造に不可欠な基礎インフラの不足です。ファブ稼働には不純物ゼロの超純水や24時間無停電電力が要求されるわけですけど、これらを安定的に確保するための基礎インフラに大きな課題があったわけです。
2つ目は、サプライチェーンの未整備です。半導体材料・部材や製造装置の現地調達率はむちゃくちゃ低くて、ほぼ輸入に依存していたわけですね。半導体製造には巨額の投資が必要になりますけど、ほぼ輸入に依存をする前提においてビジネスの採算性を確保するのも大きな課題です。
最後3つ目は、技術者の不足です。半導体の製造には製造プロセスの実務やデバイス工学に明るい技術者が必要になりますが、こうした熟練技術者はインド国内には極めて少ないという人材力・技術力にも大きな課題があるわけですね。
政策転換と外資の呼び水
ただですね、2020年代に入ってから、状況は劇的に変わります。モディ政権は2021年12月に「インド半導体ミッション(ISM)」を発表したわけですね。この戦略は、総額7,600億ルピー、約100億ドル規模の包括的な支援策になっていて、特にファブ建設プロジェクト費用の最大50%を補助するという、大胆なインセンティブを用意しました。
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具体的には、半導体前工程の工場や、ディスプレーファブ、センサーやパワー半導体、ATMPやOSAT施設などを設立するプロジェクトを対象に、プロジェクトを担う企業などに対して、プロジェクト費用の最大50%に相当する補助金が支給されるというものです。過去の失敗から学び、グジャラート州などを中心に各州政府とも綿密に連携をして、高品質な水や電力インフラ、物流インフラの整備を進めると同時に、中央政府の50%の補助金に加えて、州政府が20〜25%の補助金を上乗せ支給する、という体制が取られています。
その結果、インドはこの4年間で快進撃を見せています。2025年8月に新たに承認がされた4件を含めて、すでに累計約1.6兆ルピー(約190億ドル)に上る計10件の半導体関連プロジェクトが承認されている状況です。
その中でもインドの半導体産業における重要なマイルストーンとして特に注目されているのが、インドの大手財閥グループで半導体メーカーTata Electronics(タタ・エレクトロニクス)が、グジャラート州アーメダバード近郊にあるドレラ工業団地で台湾のPSMC(力晶積成電子製造)と共同で進めているインド初の半導体前工程の工場、2027年12月稼働を目標に着々と進んでいる12インチ半導体ファブの建設ですよね。さらに2023年には、米メモリ大手のマイクロン社が、インド初の大規模な後工程拠点ATMPをグジャラート州アーメダバード近郊にあるサナンド工業団地に建設開始しています。マイクロン社の進出は、ある種、インドがグローバル半導体企業の生産分担先として認知された重要な参入例として位置づけられています。
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また、日本の大手半導体メーカー・ルネサスエレクトロニクスも、インド地場CGセミとの企業連合において2025年8月に同じくグジャラート州アーメダバード近郊にあるサナンド工業団地内で建設していた半導体組み立て・テスト拠点OSATのパイロット工場の開所式をちょうど最近開催したところです。
ちなみに、少し余談になりますけど、このグジャラート州のアーメダバードに並んでもうひとつ注目しておくべき都市があります。それが州第2の都市スーラトです。このスーラトはグジャラート州で初めての半導体OSAT工場が建設された街としても知られていて、先ほどご説明をしたようなタタ・エレクトロニクスやマイクロンのように中央政府の承認を待ってから半導体工場の建設を進めている半導体メーカーとはちがって、スチ・セミコンというインド半導体メーカーは、中央政府の補助金に依存せず、その承認を待たずして半導体OSAT工場の建設を進めていて、2024年12月にはすでに半導体の試作ラインを完成させた例外的なケースもあります。
スーラトはテキスタイル産業やダイヤモンド加工産業などにおいて発展してきた都市で、特にダイヤモンドの研磨についてはインドが数量ベースで世界シェアの約9割を握っていますけど、そのほとんどがここスーラトを中心とするグジャラート州で実施されているという事実があります。日本が円借款で支援しているムンバイ~アーメダバード間の高速鉄道事業とか、都市鉄道スーラト・メトロ2路線の建設も同時に進んでいて、インド半導体業界における今後の発展が期待される都市のひとつでもあります。
あと、もともとはグジャラート州を中心に承認がされていた半導体関連プロジェクトも、直近2025年8月に承認された4件を見てみるといずれもグジャラート州以外のプロジェクトが承認されていて、2件がオディシャ州、1件がアンドラプラデシュ州、そして、もう1件がパンジャブ州での承認となっています。アメリカ企業である3D Glass Solutionsに加えて、SiCSemやASIPなどのインド企業もイギリス企業や韓国企業との技術提携をして半導体プロジェクトを進めている状況です。
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日本の装置メーカーも、インド半導体市場の勃興に大きな期待を寄せています。
2025年9月に2回目の半導体産業展示会「セミコン・インディア」が開催されたんですけど、そこには多くの日本企業が出展していました。半導体洗浄装置で世界シェア1位を誇るSCREENホールディングスやボンディングワイヤや半導体材料で世界的なシェアを誇る田中貴金属は、インド初の前工程ファブの稼働と今後拡大の見通しに対して大きな期待を寄せています。半導体材料のレゾナックはすでにグルガオンに販売マーケティング拠点を設立していますし、また、研磨装置の東邦鋼機製作所も2026年9月までにインド企業などと合弁会社の設立を検討していると報じられています。
こうしたインド政府の劇的な政策転換とグローバル企業参入計画の動きを見ていると、ここからがインド半導体市場の転換点となり得るのではないかと、期待が集まっているのも理解できるのではないかと考えています。
潮流について解説してみました。インド進出に関心のある企業様はぜひ参考にしていただければと思います。
「勝ち馬」は誰だ? インド半導体レースの主役たち
現在、インド半導体産業の未来を担うべく、複数の企業コンソーシアムが競い合う、まさに群雄割拠の様相を呈しています。
まず注目すべき筆頭馬は、なんといってもインド最大級の企業グループ、タタ財閥の本格参入ですよね。タタ傘下のタタ・エレクトロニクスは、台湾のPSMCと提携して、前工程ファブを建設して電源ICやディスプレイドライバなど幅広い中核部品を生産予定です。さらに、タタ財閥は後工程のOSAT工場も同時並行に進めていてるので、このタタグループの半導体事業への参入は「インド資本による垂直統合型のサプライチェーン構築」の第一歩として期待されていて、実現すれば海外頼みだった製造工程の一部が国内で完結するむちゃくちゃ大きな転機になると見られているわけです。
一方で、その対抗馬として、台湾の大手EMSであるFoxconnも、インドIT大手HCLテクノロジーズと組んで、後工程拠点OSAT工場を建設する計画を進めています。Foxconnは、以前ベダンタグループとの大型ファブを建設する合弁計画から撤退していたわけですけども、戦略を転換して、まずは後工程から着実に実績を積むという方針に変更したと見られていて、スマートフォンやノートPC向けのディスプレイ駆動ICの組立・テストを行う予定で、この合弁計画も2025年にすでにインド政府に承認がされている状況です。
さらに、イスラエルのTower Semiconductorは、インドの巨大財閥アダニ・グループとの提携で、約100億ドル規模のアナログ/パワー半導体ファブの建設計画を進めていて、これは65nm世代から開始し、将来的に28nmまで進むという構想ですね。ただ、この計画は事業採算性の観点からいったん暗礁に乗り上げているようなので今後どうなっていくのか注目されるところです。
まさに、「勝ち馬」は誰なのか?インド政府からの強力な支援が得やすいと言われるタタやアダニといったインド財閥主導の総合力と、Foxconnを中心とした海外勢の技術力、どちらがインドの半導体製造の鍵を握るのか?むちゃくちゃ面白いフェーズを迎えていると思います。
「実は○○が鍵だった?」意外な視点
このインド半導体ストーリーには、一見すると見落としがちなサプライズ、つまり「知られざる伏兵」がいくつか存在します。
その一つが、インドの昔からの強みである高度なチップ設計人材です。インドは半導体設計分野で世界有数の人材大国で、世界の設計技術者のうちインド関係者が2割にも上ると言われています。既に50社以上のファブレス設計スタートアップが誕生していて、例えばシグナルチップ社は2019年に国内初の4G/5G通信チップを開発・発表するなど、これらは将来のイノベーション源泉となり得る動きが芽生え始めています。
政府の設計開発支援策(DLI)では、インド国内で集積回路やシステムオンチップ、チップセットなどの設計に携わる100社の企業を支援して、また、5年間で売上高150億ルピー以上の企業20社以上育成することを目標に、プロダクト設計費用に対するインセンティブと、プロダクトのデプロイメント・市場投入に対するインセンティブが整備されていて、既に22社が採択され監視カメラ用チップや自動車用ICなどの開発が支援されています。
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また、国家プロジェクトで培った技術も侮れません。インド工科大学マドラス校(IIT Madras)が中心となって、政府主導でオープンソースのRISC-Vベースの国産CPU開発「SHAKTIプロジェクト」が進められていて、IntelやARMなど通常のCPUではなく、無料・オープンソースで誰でも使える設計ルールに基づいた国産CPUを開発することで、外国企業にお金を払わずに、自分たちでチップを自由に設計できる世界を目指しているわけですね。2025年には初の国産チップが実用化段階に入るという報道も出てきています。
そして、インドならではの最大の有利な条件は、巨大国内市場を背景に、作ったチップの国内消費先がすでに用意されているという点です。政府はEV、5Gインフラ、IoTなど急拡大する内需を念頭に、2030年までに国内需要の相当部分を国産チップで賄う目標を示唆しています。
あと、先行する台湾などとの激しいシリコンCMOS(シーモス)の先端競争を追うよりも、インドはGaN(窒化ガリウム)やSiC(炭化ケイ素)といった新材料デバイスや、赤外センサーなど特殊分野に資源を投入して差別化すべきといった提言も出ています。例えばSiCパワー半導体は、EVや高速充電スタンドなどで需要が拡大しているようで、セミコンインディアに出展していた日系半導体材料のレゾナック社もSiCパワー半導体の材料を製造販売しています。インドがこうしたニッチながら不可欠な半導体材料の供給国として存在感を示す可能性も秘めているわけですね。
さて、皆さん、いかがでしたでしょうか?巨額投資の採算性への不安や技術力のギャップ、そして何より電力や水、物流といった基礎インフラの不足は依然として克服すべき課題として残っている中で、インドでの工場新設にはかなり慎重な姿勢を示す企業がまだ多い状況ではありますけど、でも、「なぜ今インドなのか」という問いに対する答えは、単に市場が成長しているから、だけでないインドが置かれている複合的な状況を正確に理解しておく必要があります。地政学的なリスク、過去の失敗から学んだインド政府の本気度が垣間見える中、果たしてインドは設計大国ではなく、国産チップ生産大国に変革できるのか?インド半導体業界の動向は引き続き眼が離せない状況です。引き続きインドの最新情報をキャッチアップしていきたいという人はぜひぜひチャンネル登録もお願いをいたします。
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