インドにおける給与計算および個人所得税実務の実態に迫る
日系企業がインドに進出した当初の検討事項として、前回の雇用環境の実務や最低限理解しておくべき人事労務関連法規についてご紹介いたしましたが、今回はそれに加えてインド人の給与計算の実務や日系企業が気を付けるべき個人所得税の課税関係についてご紹介したいと思います。
インド人の給与計算ってどうすればいいの?
インド人の給与計算は、通常、雇用契約書に明記された総支給額(Gross Salary)から、源泉所得税(TDS:Tax Deducted at Source)やEPF、ESI等の社会保険料を控除し、最終的な差し引き支給額(Net Salary)を算出することになります。
EPFやESIについては前回の記事でご紹介の通りですので今回は省略しますが、源泉徴収すべき個人所得税については(1)給与ストラクチャー(=基本給やその他手当から構成される給与明細)をどのように設定するか、また、(2)従業員各個人がどのような所得控除を適用できるか、が重要なポイントとなります。
つまり、年間の概算所得金額から個人所得税が非課税となる所得控除を差し引いて概算の課税所得金額を計算、そして、年度末に納付すべき納税額を計算します。その年税額を12等分することによって毎月給与から天引きすべきTDSを算出することになります。
給与ストラクチャーについて
給与ストラクチャーは従業員と合意の上で決定することが望ましいですが、一般的な事例としては、例えば月額総支給額が30,000ルピーの従業員の場合、下記のように基本給とその他いくつかの手当に配分するケースが実務上多くなっています。
Basic Salary (基本給) |
Gross Salary の50% | 15,000ルピー |
House Rent Allowance (住宅手当) |
Basic Salaryの50% (非課税最大枠) |
7,500ルピー |
Conveyance Allowance (通勤手当) |
1,600ルピー (非課税最大枠) |
1,600ルピー |
Medical Allowance (医療手当) |
1,250ルピー (非課税最大枠) |
1,250ルピー |
Special Allowance (その他手当) |
残額 | 4,650ルピー |
Gross Salary(総支給額) | 30,000ルピー |
なお、「住宅手当」や「通勤手当」、「医療手当」、その他各種手当に配分をするのは、上述のとおり個人所得税が一部もしくは全額非課税となる所得税法上の優遇税制があるためです。ここでは、手当や現物給与等に適用されるインドの優遇税制について一般的なものをご紹介したいと思います。
(※2018年4月以降は通勤手当や医療手当による所得控除が廃止される代わりに、基礎控除が導入されており、2019年4月以降の会計年度については基礎控除50,000ルピーが適用されます。)
House Rent Allowance (HRA:住宅手当)
HRAは従業員が給与の一部として受け取り、家賃を従業員個人が自ら支払っている場合の住宅手当のことです。この場合には、下記3つのうちいずれか低い金額が非課税となります。(※インド所得税法第 10(13A)項)
- 「HRAの年間総額」
- 「Basic Salary年間総額の40%(※デリー、ムンバイ、チェンナイ、コルカタでは50%)」
- 「年間家賃支払総額-Basic Salary年間総額×10%」
Free Rent Accommodation (FRA:無償貸与社宅)
FRAは従業員の代わりに会社が住宅の家賃を支払っている場合の現物給与のことです。この場合には、下記2つのうちいずれか低い金額が個人所得として課税対象となります。(※インド所得税法第17(2)項)
- 「Basic Salary年間総額×15%」
- 「年間家賃支払総額」
Furniture provided by employer(無償貸与家具)
従業員の代わりに会社が従業員の家具の代金を支払っている場合の現物給与のことです。この場合には、「家具代金の10%」が個人所得として課税対象となります。(※インド所得税法第17(2)項)
Conveyance Allowance (通勤手当)
Conveyance Allowanceは年間総額19,200ルピー(月額1,600ルピー×12ヶ月)まで無条件で非課税となります。(※インド所得税法第10(14)項)
Company provided car (会社支給の個人利用自動車)
会社が現物給与として従業員に無償で貸与している車両については、以下の表に従って一定の金額が個人の課税所得として算入されます。(※インド所得税規則 Provision of 3(2))
エンジン排気量が 1.6リットル以下の車を利用 |
エンジン排気量が 1.6リットル超の車を利用 |
|
維持費も会社が 負担する場合 |
月額1,800ルピー (運転手付はプラス900ルピー) |
月額2,400ルピー (運転手付はプラス900ルピー) |
維持費は個人が 負担する場合 |
月額600ルピー (運転手付はプラス900ルピー) |
月額900ルピー (運転手付はプラス900ルピー) |
Medical Allowance(医療手当)
Medical Allowanceは実際に発生した医療費についてのみ、それら領収書等の証憑書類の提示ができることを前提として年間総額15,000ルピー(月額1,250ルピー×12ヶ月)までが非課税となります。(※インド所得税法第10(14)項)
Child Education Allowance(子女養育手当)
Child Education Allowanceは子供一人当たり年間最大24,000ルピー(=月額100ルピーで最大二人まで)が非課税となります。(※インド所得税法第10(14)項)
Leave Travel Allowance(LTA:旅行休暇手当)
会社が任意で設定した手当の金額を上限に、当該手当受給者(一定の扶養家族を含む)が、インド国内旅行で支払った交通費の実費相当額が非課税となります。適用条件は以下のとおりです。(※インド所得税法第10(5)項)
- インド国内旅行のみが対象
- 電車や長距離バス、飛行機(エコノミークラス)などの主要交通費のみが対象
- 宿泊費、食事代、補助的な交通費(タクシーやオートリキシャ等)は対象外
- 実際に発生した実費証憑原本の提出義務あり
Individual Income Tax paid by employer(会社が負担する個人所得税)
会社が従業員の代わりに負担をする個人所得税は、個人的債務の負担に当たるため、当該負担額については従業員の個人所得に含めて追加で課税されます。一般的にこの計算方法を「グロスアップ計算」と言います。
また、会社が従業員の代わりに負担することによって追加で課税される個人所得(グロスアップ)によってさらに発生する所得税部分についても、さらに個人所得に含める必要があり、その追加所得に対してさらに課税がされ、複数のグロスアップ計算を行う“ループ課税”が起こりますが(Multiple stage gross-up)、インド所得税法上、追加で課税された個人所得にかかる所得税に関しては、さらに個人所得に含めなくてもよい(=免税)とする一段階のみのグロスアップ計算(Single stage gross-up)を選択適用することが可能です(※インド所得税法第10(10CC)項)。
具体的な計算事例は下記の表をご参照下さい。なお、所得税法第10(10CC)項を適用する場合には、下記の計算事例上における9(Tax on tax paid by employer)の部分が法人税の課税所得計算上において損金不算入となる点には留意が必要です。
所得税法第10(10CC)項を 適用しない場合 |
所得税法第10(10CC)項を 適用する場合 |
|
従業員の課税所得 (Taxable Income) |
100 | 100 |
会社が従業員の代わりに 負担する所得税額 (Tax paid by employer) |
30 (100 * 30%) |
30 (100*30%) |
会社が負担した 所得税額に対して 課税される所得税額 (Tax on tax paid by employer) |
13 (30 * 30/(100-30)) Multiple stage gross-upループ課税 |
9 (30 * 30%) Single stage gross-up一段階グロスアップ |
税務当局への 納税額 (Tax paid to Indian Revenue) |
43 (143 * 30%) |
39 (130 * 30%) |
従業員の所得控除について
個人所得税は4月1日から翌年3月31日までを課税期間として、毎年7月31までに確定申告を実施することになりますが、所得控除として認められる項目は従業員が当該課税年度においてどのような支出や投資を行ったかによって異なります。
つまり、年度始め4月度の給与計算を実施する際には、翌年3月末までの1年間にどのような支出や投資をする予定があるかを各従業員に確認をし、適用でき得る年間の所得控除金額の見積もり金額を計算した上で、毎月給与から天引きすべき源泉所得税を算出するのが一般的です。
具体的に所得控除として認められる一般的な項目について以下に簡単にご紹介したいと思います。なお、これらの所得控除額については項目ごとに上限金額が定められており、その上限金額の範囲内で確定申告書の1ページ目のPART Cにも記載されています。
- 一定の支払生命保険料やProvident fundへの拠出等(※所得税法第80C項)
- 規定された一定の年金基金への積立(※所得税法第80CCC項)
- インド中央政府管掌年金基金への積立(※所得税法第80CCD項)
- 一定の支払健康保険料(※所得税法第80D項)
- 一定の支払医療費(※所得税法第80DD項)
- 一定の支払教育ローン(※所得税法第80E項)
- 一定の支払住宅ローン(※所得税法第80EE項)
- 一定の慈善施設等への寄付金(※所得税法第80G項)
- 一定の支払家賃(※所得税法第80GG項)
- 一定の政治献金(※所得税法第80GGC項)
従業員への福利厚生や出張時の日当支給について
少し話は変わりますが、従業員への福利厚生の一環として昼食代や各種補助、出張時の日当等を支給している日系企業も多いのではないかと思います。
福利厚生については、インドで以前からフリンジ・ベネフィット(Fringe Benefit)として理解されており、当該フリンジ・ベネフィットの総額に対して30%のFringe Benefit Tax(FBT)という税金が会社側に課税されていましたが、現在FBTは廃止されています。したがって、現在は従業員の福利厚生の一環として実際に支払った経費については個人所得税が非課税となりますが、もしその実費を超えて個人が現金や現物給与を受け取った場合には原則当該超過部分については個人所得税の課税対象となります。
日本では、例えば、従業員が出張時に受け取る「旅費日当」については、一定の条件を満たせば(出張旅費規程などに明記がされ、かつ、役職ごとに適正なバランスが保たれ、一般的に妥当と認められる金額の範囲内であれば)、個人所得税法上において非課税所得として扱うことができますが、インドではそのような規定がありません。
したがって、宿泊費や食費などの名目で支給される出張手当を含め、日当(Per Diem)として支給される手当のうち、出張旅費等として発生した経費の実費を超える部分については、従業員個人の課税所得に算入し、個人所得税を納税する必要があります。