日本―インド間の国際取引の実態を正しく理解する
日本-インド間の国境を越えた国際取引が増えている中で、両国の税務当局から何らかの指摘を受けている日系企業は決して少なくありません。特に海外進出経験の乏しい中小企業の日本の親会社が、インドに対してコミッション等の支払を実施している場合の源泉徴収漏れを日本の税務当局から指摘されるケースや、インド駐在員の日本払い給与について日本側での税務上における損金算入を一部否認されるケース、また、突然インドの税務当局から追徴課税を求める英語の書面が日本に届き、ビックリされている日本の親会社の担当者もいらっしゃるのではないかと思います。今回は、インドの税務当局から日本に対して英語の書面が送付されてしまうまでの背景についてご説明をしたいと思います。
日系企業や日本の親会社はインド企業やインド子会社に対して概ね何らかのサービスや物品を提供/輸出しています。今日はサービスの提供の部分にフォーカスしたいと思いますが、例えば、技術支援や営業支援のためにインドに出張者を派遣したり、日本企業の技術やノウハウ等をインドに供与したり、インド子会社の経営管理サポートを実施したりしています。つまり、当然のことながら、日本企業はインド企業やインド子会社に対して人的役務提供報酬やロイヤリティ、管理報酬、貸付利息などを請求します。これらの請求に対する支払は「インド国内から日本(非居住者)への支払」に該当するわけですが、これらの国際取引を適切に処理するためにはインド国における国内法と、関連する判例に基づいたその解釈、そして、日印租税条約による影響を理解することがとても大切です。
■ 日本法人が取得すべきPANおよびTRCについて
インドから日本へ支払を行う際に、日印租税条約(DTAA)に規定された軽減税率10%を適用するためには、日本法人がPANおよびTRCを取得する必要がある、というのが現状の定説となっています。PANとは「Permanent Account Number」の略語でインド国内税務番号のことを指し、TRCとは「Tax Residency Certificate」の略で居住者証明書のことを指します。
さて、上記の要件が規定されているのは、主にインド所得税法第206AAと第90条2項、そして、所得税法第90A条。所得税法第206AA条の規定によると、課税所得の支払を受ける者が、支払者に対してPAN番号を提示しない場合には、20%の税率、または、関連法に規定された現行税率のいずれか高い方の税率に基づき源泉所得税(TDS)の徴収がなされることが義務付けられおり、所得税法第90条2項の規定においては、納税者は、租税条約と国内法で、どちらか有利な方法を優先的に適用することができる、とされています。
なお、TRCは2012年4月から導入された新しい要件ですが、これは日本国の所轄税務署が発行する居住者証明書で、その証明期間には注意が必要です。つまり、将来の一定期間を含む証明書の発行がなされれば理想的ですが、過去の一定期間のみを証明するものである場合には、それ以降インドから日本への送金が発生する都度毎回TRCの発行依頼を行う必要があります。また、2013年4月から導入されたForm 10Fというフォーマットに従って一定の情報を整備しておくことも求められます。
ここでひとつ税務訴訟案件をご紹介します。先月2015年4月にプネの地方裁判所(Tribunal)において興味深い判決がなされました。「え?そうなん?」と思わず拍子抜けしそうな内容ですが、簡単にご紹介をするとこんな感じです。インド国内から非居住者に対して様々な支払を行っていたある企業が、支払を受ける者(非居住者)のPAN番号を取得していなかったにもかかわらず、租税条約に規定される軽減税率を適用していた、としてインド税務当局から本来適用すべき高い税率と租税条約の軽減税率との差額部分に対して追徴課税を受けたことによる税務訴訟です。すでにご紹介したとおり、所得税法第206AA条の規定によると、課税所得の支払を受ける者が、支払者に対してPAN番号を提示しない場合には、20%の税率、または、関連法に規定された現行税率のいずれか高い方の税率に基づき源泉所得税(TDS)を徴収することが義務付けられていますが、判決内容によると、この規定は非居住者に対しては適用されることはなく、所得税法第90条2項が優先されるために、PAN番号の提示がなくても納税者は租税条約に規定される有利な税率を適用することが認められる、という判決を下したことになります。本件はあくまで一地方の裁判所の判決例にすぎず、高等裁判所や最高裁判所において判決が下されない限りは一定の信頼性の担保さえもなされませんので、いずれにせよ従来通りPANおよびTRCの取得が必要との見解で当面は対応すべきであることは間違いなさそうです。
■ インドから日本への海外送金時に準備すべき書類について
日本法人がPANおよびTRCを取得したら、次はインド側で海外送金の手続を進めていくことになります。送金目的(支払の対象となっている取引内容)にもよりますが、海外送金時には、原則、銀行から以下のような書類の提出を求められることになります。
1. 請求書のコピー
2. その他関連証憑書類のコピー(付随する根拠書類や契約書、合意書など)
3. 海外送金依頼書(Remittance Application:銀行所定の申請用紙)
4. 海外送金報告書(Form A2:RBI規定の用紙)
5. 海外送金にかかる源泉徴収報告書(Form 15CA:税務当局指定の用紙)
6. 海外送金にかかる源泉税に関するインド勅許会計士の証明書(Form 15CB)
7. 法人設立証明書(COI : Certificate Of Incorporation)
8. 外国対内送金証明書(FIRC : Foreign Inward Remittance Certificate)
9. 宣誓供述書(Declaration : 設立費用の立替精算の場合など)
10. その他インド勅許会計士による証明書(Certificate : 設立費用の立替精算の場合など)
それぞれの書類準備にも相応の時間がかかるのですが、No.6やNo.10のインド勅許会計士が発行する証明書は、外部のインド勅許会計士に依頼をしなければならないため証明書の発行手数料として追加費用がかかります。なお、「Form 15CAおよび15CB」とは、海外送金の対象となっている取引が源泉課税取引である場合に、正しい税率でTDS(源泉所得税)が控除されているかどうかを確認・証明するための書類ですが、Finance Bill, 2015によると、2015年6月1日付以降、Form 15CAおよび15CB は、原則、非居住者へ支払をする全ての者が(当該取引が源泉課税対象であるかどうかにかかわらず)提出する必要がある旨の改定が行われ、同日以降、多くの金融機関が今までは提出を求められていなかった輸入貿易取引であっても当該Form15CAおよび15CBの提出を求め始めています。
また、支払のタイミングについても注意が必要です。海外へのサービス提供等に対する対価の支払いであれば支払期限の規制はありませんが、日本からインドへの物品等の輸入に対する支払については、原則、船積みから6ヶ月以内に支払をしなければならない規定もあり注意が必要です。支払時に求められる一連の手続を事前に理解した上で、どのような契約内容にするのか、どのようなタイミング・頻度で支払を実施していくのか等当事者双方で十分な検討が必要です。
■ 海外送金が完了した後に日本法人が対応すべきこと
インドから日本への海外送金が完了したらこれで全て終了かというとそうではありません。インドの場合には、PANを取得して租税条約の軽減税率を適用して支払を行った場合、送金を受領した日本の親会社自身がインドの税務当局に対して税務申告書を提出する必要があります。他国においては日本の親会社が現地国に対して申告しなければならないケースは稀で、そもそも申告書の提出義務を知らなかったという(日系企業を含む)外資系企業が比較的多かったようです。また、税務申告費用が追加で発生してしまうのであえて申告してこなかったケースもあったようですが、一昨年ぐらいまではインド税務当局から指摘をされるケースも稀で、結果的には事なきを得ていた状況ですが、昨年あたりから厳格に指摘をしてくる傾向になっています。これが冒頭でお伝えした「インドの税務当局から日本に対して英語の書面が送付されてくる背景」です。申告漏れによるペナルティーや、申告しているにもかかわらず申告内容に疑義があるとして追徴課税を要求してくるケースなどが散見されています。
日本の親会社の税務申告作業においては、インドから受領した所得の総額と、源泉徴収されたTDSの総額を正しく把握することが必要となります。親子会社間の取引であれば、インド子会社がいくら日本に送金をして、いくらインドの税務当局にTDSを納付したかの情報を得ることは簡単ですが、関連会社ではないインド地場企業から受領している場合には、当該インド企業が四半期に一度発行するForm 16A(送金金額およびTDS控除・納付額が確認できる書類で、日本でいう“源泉徴収表”のようなもの)等を通じて定期的に情報収集しておくと、申告作業をよりスムーズ進めることができます。
日本―インド間の海外送金ひとつ取るだけで、これだけの手続およびインド国特有の税規制と背景を理解しておく必要があります。経理業務を含む各種法規制に対応していくためには、インド子会社側だけでなく、日本の親会社が求められるコンプライアンスも含めて、適切な専門家のアドバイスを受けながら、日本側の積極的な関与・サポートが必要不可欠です。
(※当該コラムは2015年8月時点の税制に基づいて執筆しております。)