Vol.0134 理学療法にとってかわるウェアラブル商品を販売するAshva社
インド最大のスタートアップメディアであるYourStory社の2023年1月4日付けの報道で、膝の状態を計測するためのウェアラブルデバイスを取り扱うヘルテック企業のAshva Wear Tech社を取り上げています。
Ashva社設立の背景とインドでの理学療法の実態
女性起業家であるAnmol Saxena氏によって2019年に設立されたAshvaは、膝の状態を定量化し、データを用いて理学療法治療の効果を追跡することを目的としたヘルステック・スタートアップです。
理学療法は、初日の期待や楽しみが失われた後は、退屈で地道な努力が必要です。特に、検査報告書に記載された数値が、改善を見せてくれない場合はモチベーションを維持することも大変になってきます。
現在、多くの理学療法や関節リハビリテーションは、コレステロールやビタミン欠乏症など他の健康項目のように定量的に測定されるのではなく、触ったり感じたりすることに頼っています。インドのように急速に高齢化が進む国では、筋肉や関節に関連する傷害の定量的な追跡ができないため、特に変形性関節症のような一般的で広範な疾患に関しては、深刻な問題が生じます。
多くの家庭で唯一の稼ぎ手であるインドの農民の平均年齢が57~61歳であることを考えると、変形性関節症の診断されることは、農民だけでなくその家族にとっても死刑宣告に等しいと言えるでしょう。
しかし、エンジニアで元Ford Motorsに勤めていたのAnmol氏がAshva設立に至ったきっかけはインド農民の変形性関節症の重大さについて考えたからではありません。
当時彼女の母親が、変形性関節症という診断を下されたことがきっかけでした。
Anmol氏の母親はどうしようもない膝の痛みや運動能力の低下に何年も悩まされ、終わりのない理学療法を受けても、苦痛が和らぐ様子もなく、最終的に変形性関節症という診断を下されたのです。
Anmol氏は、様々な理学療法士や整形外科医に相談し、インド全土に数えるほどしかない7,000万ルピー(約1億1250万円)以上の巨大な機械を備えた病院をいくつか訪ねました。母親の状態を総合的に評価できるのはこれらの病院だけでしたが、変形性関節症の評価に必要な機器をすべて備えている病院は一つとしてありませんでした。その上、検査には費用がかかり、理学療法によるリハビリの経過を見るために、定期的に検査を繰り返す必要がありました。
母親のリハビリの進捗状況を定量的に把握するためにあちこちに出向くことを強いられた際に、エンジニアであるAnmol氏は、『もっと身近で、手頃なトラッキング方法はないだろうか』という思いに駆られました。
母親の生活を少しでも楽にしたいと考えたAnmol氏は、膝の状態を評価してくれるオールインワンのウェアラブルデバイスを作ることを決意し、2019年にバンガロールに本社を置くヘルステックスタートアップ、Ashva Wear Techを設立しました。
インドには競合が存在しない?
今日、膝の不調を医者に訴えると、医者は通常、ベッドに横になって膝を曲げたり、座って脛を手に押し付けて筋力をテストしたりと、しばしば非常に主観的なテストを行います。
この評価方法の2つの大きな問題は、【①医師の専門的レベルに大きく依存する】こと、そして、【②治療計画の進捗や効果をどのように定量的にテストするのか】ということです。
『心臓病の心電図のように、データを使ってこの問題にアプローチする標準的なテストがないのです』とAnmol氏は言います。
『私たちは、インドにおける膝の評価のゴールドスタンダード(※1)を定義し、設定したいと考えています』と彼女は付け加えます。
Ashvaは現在までに、Gofrugal Technologies、Kumar Vembu、LetsVenture、BIRAC-IKP Fund、その他の富裕層からシード資金を調達しています。
Ashvaは、7,000万ルピー(約1億1250万円)以上する巨大で重い評価機を除けば、インドのスタートアップで競合にあたる企業はありません。
国際的なウェアラブル企業で競合に当たるのは、カリフォルニアに本拠を置くVayu Technology(※2)、ポーランドに本拠を置くAISENS(※3)、VALD Performance(※4)が挙げられます。
Ashva社の商品ラインナップ
Ashva社は現在、以下の2つの製品を提供しています。
①Fitknees(フィットニーズ):変形性膝関節症、スポーツによる膝の怪我、人工膝関節置換術後の回復など、膝の問題で理学療法を受ける患者の経過をモニターするAIセンサーデバイス。
②Fitmust(フィットマスト ):人の上肢と下肢の筋力を数値化する携帯型デバイス。
この2つの装置を併用することで、理学療法の進捗状況を定量的に把握し、処方された運動が患者の状態を改善しているかどうかを客観的に示すことができます。
『私たちの機器は、理学療法などの保存的治療で膝の問題を解決できるのか、それとも膝関節置換術を受ける必要があるのかを患者に理解させることができます。膝の血液検査のようなもので、膝の手術が必要かどうかを判断するのに役立ちます。』とAnmol氏は語っています。
現在Ashva社のFitkneesとFitmustは、バンガロール中の50以上の理学療法センターで高齢者やスポーツ選手を対象としたクリニックで使用されています。
同社は2年間研究開発を行い、その間に5つの特許を取得しています。2019年の設立後、バンガロールのセントジョンズ病院で1年間の臨床試験を経て、2022年に正式に商品を発売しました。
Ashva社はこれまでに1,500件以上の評価報告書を作成しています。治療サイクルのさまざまな段階にある患者の45%近くが、Fitkneesの評価を複数回受けているというデータもあります。『Fitkneesの検査は通常20~30分で終了し、可動域、筋力、バランス、歩行パターン、転倒リスクなど、さまざまなパラメータを測定します』と、Anmol氏は説明します。
Ashva社の今後の計画
バンガロールの喧騒から30キロほど離れると、さまざまな農作業をする農民が点在している風景が広がります。
家計を支えるインドの農家には、休息の機会はほとんどありません。加齢に伴い、変形性関節症になることが多いのも現実です。予防は外科的手術よりも安価でリスクも少ないですが、インドの農民には手が届かないことがほとんどです。
Ashva社は、バンガロール近郊の病院と提携し、農家の人たちに膝関節の評価を高い補助金付きで行っています。
『私たちの目的は、農家の人たちに関節炎の初期段階で膝の問題について知ってもらい、高額で手の届かない手術が必要な身体障害に悪化させることなく、適時に理学療法の介入を受けてもらうことです』とAnmol氏は言います。
『農民は国の支えです。Ashvaは農民の骨のケアをしたいのです』と彼女は言い切りました。
Ashva社は現在、Fitkneesの検査機能を拡張し、大きな怪我をした後に現場復帰するアスリートのための評価、将来の怪我の予測・予防、ランニング解析の提供などを行っています。
将来的には、検査を標準化し、”スポーツ特有の筋骨格系の発達に焦点を当てられる臨床医にアクセスできないインドのアスリートが理学療法の恩恵を受けられるようにしたい” と考えています。
同社は、2023年度末までに、バンガロール、ハイデラバード、ムンバイの150の診療所や病院でプレゼンスを確立することを目指しています。現在、別の資金調達ラウンドを実施中です。
ウェアラブル製品の可能性
高齢化が急速に進むインドは、2050年までに変形性関節症の患者数が最も多くなると予測され、関節や筋肉に関する健康問題の世界的な中心地になる可能性があると、WHOの報告書は述べています。
同社の独自試算によると、膝の問題に対するウェアラブル検査・評価装置の市場はインドだけで250億ドルであり、バイオテクノロジーやスマートデバイスを導入する人が増えるにつれ、年々増え続けると予想されています。
日本でもウェアラブル製品は増えてきていますが、健康意識の高い若者や、スポーツをしている方向けの商品が多いように感じます。
高齢化率世界トップとも言われている日本でこそ、高齢の方を対象にしたウェアラブル製品が流行し、少しでも免疫疾患や体の不調を予防できるようになると安心できる社会になると思います。
※1 ゴールドスタンダード:妥当な条件下で利用できる最良の診断テストまたはベンチマークのこと
※2 Vayu Technology: https://www.vayu.tech/
※3 AISENS:https://aisens.co/
※4 VALD Performance:https://valdperformance.com/