Vol.0086 2020年に劇的な発展をもたらしたインドEdTech、今後の展望は?
EdTechにとって「移行の年」となった2020年
インド最大のスタートアップメディアであるYourStory社の2021年3月22 日付けの報道で、4人の企業家がEdTech(※1)にとって変化の年となった2020年について語っています。
インドでは2020年3月末に新型コロナウイルス対策としてロックダウンが発表され、今日で約1年が経ちました。現在ロックダウンは解除されたものの、学校や公共施設など、感染対策として一定の活動にはまだ制限が多く残っているのが現状です。
約13億人の人口を抱えるインドでのロックダウン。一夜にして変わったことの中で、最も大きな意味を持ったのが教育だったのではないでしょうか。というのも、インドは世界最大級の学生人口を抱えており、幼稚園から高校生までで2億6,000万人、さらに数百万人の学生が受験勉強や大学での勉強に励んでいるからです。ロックダウンが始まり、学校や大学が無期限に閉鎖され、この何億人もの学生に影響を与えました。学生たちはこれを長期休暇と捉えたかもしれませんが、親や教師、学校管理者、教育委員会などの年長者たちは、オフライン学習ができない状況下で学習の継続性を確保するという至難の業に直面しました。
これまでの100年間において、2020年ほど教育が脅かされた年はありませんでした。その結果、物事が大きく変わり、学習におけるまったく新しい世界秩序が生まれました。EdTech業界では多くのスタートアップ企業が2020年を『移行の年』と呼んでいます。
コロナ禍以前のオンライン学習と2021年のオンライン学習
2020年以前、オンライン学習は、オフラインの教室やコーチングを補完するものと考えられており、場合によっては、その品質や信憑性が疑われることもありました。しかし、パンデミックはすべての俗説を打ち破り、EdTechの存在意義を力強く確立しました。Eruditus Executive Education社の共同設立者兼CEOであるAshwin Damera氏は、『2020年にはオンライン教育が主流となった。また、政府が高等教育の新しい方針を打ち出し、オンラインでの学位取得を初めて認めたことからも、この年が移行の年であったことが分かる。』と述べています。
オンライン教育を普及させる大前提として、テクノロジーへのアクセスが必要です。しかしインドのほとんどの地域では、パンデミックによって状況が一変するまで、テクノロジーへのアクセスはありませんでした。このことについてDoubtnut社の共同設立者であるTanushree Nagori氏は次のように述べています。『弊社の学生の約85%は、人口統計上の上位10都市以外の出身で、彼らの多くは、ここ7〜8ヵ月の間に初めて携帯電話を手にすることができた。その理由を聞くと、”Padhai ke liye(勉強のため)”と答えている。勉強の継続性を保つためにテクノロジーを手に入れたのである。2020年は、オンラインが主要な学習手段となったことで、オンライン教育のクオリティもピークに達した。』
2021年にはEdTechがさらに成長すると考えられています。EdTechスタートアップの創業者たちは、パンデミックによって「ベースラインが何倍にもなった」ことを祝っています。Gradeup社の共同創業者兼CEOであるShobhit Bhatnagar氏は、『オフラインが開放されても、これまでに始まったEdTechの旅を止めることはできないだろう。なぜなら、オンライン学習の品質が大きく改善されたからである。以前はオンライン学習の品質における懸念があったが、それがなくなった今、私たちはオフラインの教育と真っ向から競争することになる。そしてこのオンライン学習のクオリティこそがEdTechにとっての強みであり、安心材料である。』と述べています。
オンライン学習がもたらした恩恵
EdTechは、オフラインではアクセスできなかった国内の一部地域に、質の高い教育を配信する機会を提供しています。 昨年は、IIT(※2)やIIM(※3)などの高等教育機関がオンライン化され、オンラインのみで学位が取得できるようになりました。Damera氏によると、『IITマドラス校がオンラインで学士号を提供したところ、約9,000人の応募があり、うち6000人が合格した』ようです。これはオフライン受験の合格者数よりも非常に多く、これが意味するところは学校側のビジネスや収益の問題にとどまらず、『質の高い教育へのアクセスが改善された』ということです。
地理的にどこにいても、オンラインであらゆるコースにアクセスできるようになったことで、よりよい教育を求めて都市を移動することに伴うコストや課題が取り除かれました。Bhatnagar氏はこのことに関して『インド教育では、物理的な距離の壁と、経済的な壁が大きな要因となっている。その点オンラインでは、同じ学習内容を10分の1のコストで利用だ。結果、低中所得層の何百万人もの人々に教育を届けることができるだろう。』と説明しています。
興味深いことに、EdTech企業は、オンライン学習によってインドの高等教育制度における男女格差を改善できると考えています。インドでは、女子生徒が男子生徒よりも成績が良いにもかかわらず、高等教育機関に進学する女子はごく一部に過ぎません。その理由の多くは、インドにおける女性の安全性と関係しています。『進学のためのテスト対策コーチングを受けるためには、村や町から大都市に移住しなければならないことが多い。そうなると試験に参加できる女の子の数は激減してしまう。もし彼女たちが家にいる間に、同じ質の試験準備教育を提供することができれば、これを改善することができるだろう。』とNagori氏は述べています。
2021年にエドテックが「主流」であり続けるためにはどうすればよいか
急成長には当然ながら課題がつきものです。Testbook社の共同創業者兼CEOであるAshutosh Kumar氏は、『2021年は非常にダイナミックな年になるだろう。親、学生、システムの認識にもこれまで以上に変化が生まれ、競争は激化するとみている。それはまた、多くの問題解決にもつながるだろう。私はオンライン教育における「人との触れ合いや双方向性の欠如」こそが、EdTech事業者が取り組むべき課題だと考えている。それこそが学生のモチベーションの根本的な源だからだ。』と述べています。
今後、Edtechプラットフォームでは、実際に触れてより高いエンゲージメントを確保するための機能を構築することが重要になります。小さな町で圧倒的なシェアを誇るTestbookのように、ハイブリッドなコーチングモデルの構築に取り組んでいる企業もあります。 Testbookは、24時間営業のサイバーカフェと提携し、生徒とコーチがお互いに交流して成績レベルをチェックしています。そしてこのプログラムによって、学習時間が2〜2.5倍近く改善されたようです。
Doubtnutは、K12(※4)の学生の疑問を解決する会社で、Edtechの本当の課題は、オフライン教室が再開された後も「主流」であり続けることだと考えています。そのためには、スタートアップ企業は現地に目と耳を向ける必要があります。 Nagori氏は次のように述べています。『オフラインが開放された時にオンライン学習が再びオフライン授業の補完に戻らないようにするためには、子供たちに寄り添い、生徒の希望を取り入れることが重要である。』
インド発EdTechは世界で活躍するプレイヤーになれるのか?
2021年には、国内外の投資家や政府から、EdTech分野で「インドに多くの投資が行われる」と創業者たちは考えています。 これにより、設立間もないスタートアップ企業でも、十分なスケールアップが可能になります。 Damera氏は、「今、EdTechに流れている資金量は今後も続くだろう。私の予想では、2021年にEdTechへの投資が最大になり、その結果、多くの大規模なEdtech企業が他社を買収したり、予想外の分野に進出したりすることもある、と考えている。」と述べています。続けて『2020年の終わり頃になると、マーケティングや教え方などで行き過ぎたEdTechプレーヤーが見られた』と注意を促しています。そのため、もしかしたら2021年にはEdTec分野に対する監視の目が厳しくなるかもしれません。
パンデミックでオンライン教育が驚異的に成長していることを考えると、そろそろインド発の多国籍EdTech大手のカウントダウンが始まってもいいのでは?と、YourStory社のパネルに参加したすべての創業者は楽観的です。主な理由は、インドがすでに「英語ファーストまたは英語オンリー」の学習製品を構築しているからです。このことは、自国のEdtechスタートアップが他のグローバル企業よりも優位に立っていることにつながります。Nagori氏は『私たちは、世界の大部分の人々にサービスを提供できる製品を作るための体制が整ってる。』と自信を表していました。
私自身がインドで学生をしていることもあり、この1年間のオンライン学習の変化は身をもって体感することができました。近所の高校生はロックダウン以前、兄弟3人で1つの携帯電話を共有していましたが、オンライン授業が始まり各々のデバイスを持つ必要性がでてきて、初めて自分の携帯を持てたことに喜んでいた光景も印象的でした。
インドはテクノロジーが発展しているイメージがあるかもしれませんが、それはごく一部で、私が通っている大学でも授業中のデジタル機器の使用は禁止というルールがありました。そのため、デジタル機器に慣れていない生徒が多く、オンライン授業が始まった当初は新しいシステムに苦戦している人が多く見られました。また、インドの授業は日本とは大きく異なり、インタラクティブな授業や、アクティビティを多く取り入れたものが多いです。また科目ごとの先生の教育方針もそれぞれ異なってくるので、オンライン授業で使用するビデオ会議ツールもWebex Meetings、Google Meet、Microsoft Teamsと内蔵されたシステムによって授業ごとに使い分けしているのが特徴的だと感じました。オンラインテストでは不正行為対策としてMettl Platform(※5)が導入され、音声、ビデオ、パソコンの画面共有をオンにしなければいけないため、家にいながらもオフラインと同じような緊張感のあるテスト受験が可能となりました。
現在では理系コースの学生は実験などの関係からオフライン授業が再開していますが、文系科目は引き続きオンライン授業が続いています。オンラインでもオフラインと同じ、もしくはそれ以上のクオリティの授業が受けることができると分かった今、全コースでオフライン授業が再開することはないのでは、と思います。もしくは今後オンラインとオフラインの選択が可能な学校が増えてくるのではないでしょうか?そうなると、EdTechスタートアップが世界進出を目指しているのと同じように、私たちも国をまたいで勉強することが可能になってきます。EdTech産業が盛んになることで、教育格差問題や経済の発展などあらゆる面で恩恵がもたらされることを期待しています。
※1 EdTech:Education(教育)×Technology(テクノロジー)を組み合わせた造語
※2 IIT:Indian Institute of Technologyの略。インド工科大学
※3 IIM:Indian Institute of Managementの略。インド経営大学
※4 K12:幼稚園から高校3年生までを指す言葉
※5 Mettl Platform:AIが導入されたオンラインテストやスキル診断を行えるプラットフォーム
Source:EdTechにとって移行の年となった2020年、インドEdTechの未来は?
今回YourStory社のパネルディスカッションに参加した4社
Eruditus Executive Education社:https://www.eruditus.com/
Doubtnut社:https://doubtnut.com/
Gradeup社:https://gradeup.co/
Testbook社:https://testbook.com/