【カースト制度の裏に潜むインドの闇】知らないと損するインド独特の下請け文化について徹底解説!
知らないと損するインド独特の下請け文化について徹底解説!
今回はですね、インドという国を理解する上で重要なカースト制度、その背後にあるインドの闇、そして、インド的分業制度と下請け文化についてご紹介してみたいと思います。
インドと言われて思い浮かぶ単語の中でも、日本人にとってもっとも馴染みのない、得体の知れないものが「カースト」ですよね。
インドのニュースを見ていると、このカーストが原因でいろいろな事件が起きているんですけど、長い歴史を持つこのカースト制度の影響もあってか、インドには独特の分業制度や下請け文化が根付いていてですね、インドに住んでいると仕事や生活の中にその一端を垣間見ることがあります。
そこで本日はインドで生活をする日本人が知っておくべきカースト制度とその背後にあるインドの闇、インド仏教との繋がり、そして、あなたの生活や仕事に影響を与え得るインド独特の下請け文化についてご紹介したいと思います。
カーストとは?
まずは、「カースト」について簡単に説明しておきます。
簡単にいうと、人間は生まれながらにして身分が決まっていて、この人はこの人よりも偉いとか、この人はこの人よりも偉くない、っていう感じで人間の中に決められたヒンドゥー教徒における序列のことをカーストって言います。そして、カーストは親から受け継がれて、生まれた後は変更はできない。そして、現在の人生の結果によっては次の来世では高いカーストに上がることができる、また、現在のカーストは過去の前世の結果だからそれを受け入れて生きるべき、という輪廻転生観がインドの社会原理のベースにあると言われています。この序列は、上からバラモン(祭司)・クシャトリヤ(武士)・ヴァイシャ(平民)・シュードラ(隷属民)という4つの身分に分けられています。
また、カーストにさえ入らない「アウト・カースト」とか「アンタッチャブル(不可触民)」などと呼ばれている最下層の人たちもいてですね、1950年に制定されたインド憲法17条に、不可触民を意味する差別用語や、カーストによる差別の禁止が書かれているんですけど、カーストそのものが禁止されているわけではなく、インド国内ではいまだにこういったアウト・カーストの人たちにまつわる事件が数多く起きています。
ここに挙げたのはBBCニュースから持ってきたほんの一例なんですけど、上位カーストの人と話しただけとか、席に座ってご飯を食べただけとか、そんな理由で殺されるなんて、ちょっと目を疑うような内容ですよね。そして、これら事件の被害者たちはすべてアウト・カーストの人たちです。
・2014年にインド西部のマハラシュトラ州で17歳の女性が上位カーストの女性と話しているところを目撃されて殺される。
・2014年にインド西部のマハラシュトラ州で25歳の男性がアンベードカル博士の誕生日を祝うイベントを計画したため鉄の棒で殴られて殺される
・2015年にインド西部のマハラシュトラ州で24歳の看護学生の携帯の着信音メロディーがアンベードカル博士を讃える歌だったことが原因で口論となり殺される
・2019年にインド北部のウッタラカンド州で21歳の男性が上位カーストの前に座って食事をしたため殺される
・2021年にインド北部のハリヤーナー州で21歳の女子学生が5人の男性に繰り返し集団強姦される
ちなみに、インド人と一緒に仕事をしたり、インド企業と一緒にビジネスをする上で我々日本人がどこまでこの「カースト」を気にするべきかというと、私が10年以上会社を経営してきた肌感覚で言うと「基本的に気にしなくてもいい」と同時に「外国人がカーストに配慮して会社経営をするのは無理がある」と思っています。っていうのも、カーストについて詳しく理解をしようとすればするほど、正直、我々日本人には理解しきれないぐらいに複雑な繋がりによって成り立っていることに気づきます。家系や親族組織などの血縁だけでなく、商人の同族集団や宗教集団、その派閥に至るまで、インドでは「ジャーティー(社会的集団)」と言ったりしますが、職業や地縁(ちえん)もふくめて様々な意味合いを持つコミュニティが無数にあってですね、インド人の知り合いが言うにはインド人の名前を見れば出身地や職業などがある程度わかってしまう場合も多いようですし、そもそも身分が高いひとほど肌が白い傾向にある(必ずしもそうではない)、というカーストが生まれた経緯もその背景にはあるので、我々日本人が「カースト」を意識すればするほど差別的な見方や言動をしてしまうリスクさえあります。なので、組織が大きくなっていく中で、利害関係のない信頼できるインド人、特に経営者層や人事部門の人たちのカーストに対するいろいろな考え方も参考にしながらも、基本スタンスとしては気にしない。職場に持ち込まない。というのが良いと思います。
不可触民とインド仏教
インド独立の父として知られる「マハトマ・ガンディー」を知らない人はいないと思いますが、ガンディーと並んで私たち日本人が知っておくべき重要な人物のひとりが先ほどの事件の中にも登場していた「アンベードカル」という人です。正式名、ビームラーオ・ラームジー・アンベードカルはインドの初代法務大臣で、インド憲法の草案を作った人物として有名なんですけど、さらに重要なのが彼の生い立ちです。勘づいている人も多いと思いますが、そうなんです、彼はカーストの最下層・不可触民の家庭に生まれて、公共の水も飲めず、ヒンドゥー教寺院に入ることも許されず、幼いころからカーストによる差別を受けて育ったんですね。イギリスで上級法廷弁護士の資格を取ったアンベードカルは、不可触民への差別に対して弁護士として戦い、差別撤廃運動を起こした人物です。
最終的に、1956年、彼が65歳のときに不可触民約50万人とともに仏教徒に改宗したことで、インド仏教復興運動が始まります。インド仏教の創始者として仏教徒に改宗をしたアンベードカルはその2ヶ月後に亡くなってしまうんですけど、現在、このインド仏教のトップに立っているのが佐々井秀麗という元日本人です。日本でも2021年に「Jai Bhim ! インドとぼくとお坊さん」という佐々井さんに密着をしたドキュメンタリー映画が公開されましたけど、この佐々井さんの人生がとにかくぶっ飛んでいてですね、彼はアンベードカルが亡くなった10年後の1966年から半世紀以上にわたって、差別と闘うためにインドにずっと住んでおられます。1986年には不法滞在容疑で一度逮捕されてるんですけど、1ヶ月で60万人分の釈放嘆願署名が集まって、その2年後に当時のラジーヴ・ガンディー首相からインド国籍が授与されています。なのでさっき「元日本人」って言ったのは、いま彼は日系インド人になっているからですね。1億5千万人を超えているというインド仏教徒の最高指導者・佐々井さんは現在、インドのおへその位置にあるナグプールという場所にいて、ここナグプールでは毎年10月にこの仏塔・ストゥーパで「大改宗式」が行われています。まさに「インドの中心で仏教を叫んで」おられるわけですけど、2023年ラッキーなことに機会があってご本人に会いに行ってきました。
あんぱんが大好物、ということでバンガロールの知り合いにあんぱんを作ってもらってお土産で持っていたらむちゃくちゃ喜んでくれました。この佐々井さんの波乱の人生については、この本がむちゃくちゃ読みやすくて、面白かったのでご興味ある方はぜひぜひ読んでみてください。
インド的分業制度と下請け文化
さて、少し話が脱線してしまったんですけど、ここからは今日の本題でもあるインドで仕事・生活をしていると垣間見えるインド的分業制度と下請け文化について解説していきたいと思います。要は、インドは役割を細分化して、大変な仕事ほど下の人間にどんどん下ろしていく、下に行けば行くほど賃金は低くなっていく、っていうのが当たり前の社会構造になっているんですね。
インドに根付くカースト制度の影響なのか、輪廻転生観の思想によるものなのか、はたまた、人口大国が雇用を生み出すための仕組みとして定着したものなのかなど、正直その真相はわかりませんけど、大変な仕事を、低賃金で下のひとに押し付けることに対して心理的な抵抗を感じる人は少ないように思いますし、むしろそれが当たり前になっています。このインド独特の社会構造と文化を背景に考えると、インドの生活や仕事で頻発する面倒くさいことがなぜ起こるのか、というその正体が見えてきます。つまり、このインド版OSを自分の頭にインストールしておくことは、インドという国を理解する上でむちゃくちゃ重要です。
例えば、レストランなんかに行くとその分業制度と下請け文化が面白いぐらいに分かるので簡単に解説しますね。
ぜひインドでレストランに行ったらじっくり観察してみてほしいんですけど、ざっと把握できる人だけでもおそらくこの10個ぐらいに分業されていて、店のドアを開ける人は、注文を取りに来ないですし、注文を取りに来る人は、レジのお会計はしません。下手するとモスキートバットで蚊をやっつけるだけの人さえいたりするんですよね。なので、蚊をやっつける担当の人に、注文しようとしても聞いてくれないですし、注文をしたくてレジにいる会計担当を呼んでも来てくれません。料理を持ってくる担当の人は調理場から出てくる料理しか見てませんから、店内で手を上げているお客さんに気づかない、みたいなことが頻発するわけです。
①店のドアを開ける人
②モスキートバットで蚊をやっつける人
③注文を取りに来る人
④料理を持って来る人
⑤レジで会計をする人
⑥調理をする人(シェフ)
⑦食器洗いをする人
⑧掃除やごみを片付ける人
⑨フロアマネージャー
⑩デリバリーをする人
レストランでさえこういうことが起こっているので、仕事の規模が大きくなればなるほどむちゃくちゃ厄介です。つまり、インド的下請け文化がはびこっている社会においては、ひとつの仕事に関わる関係者がどんどん増えていくわけですね。そして、この下請けが抵抗感なく繰り返されることで、仕事の役割は下層の人たちに対してどんどん細分化されて、ミドルマネージャーが不在の中で無限に増殖します。その結果、依頼したはずの仕事は、下層の人たちの仕事の寄せ集めとして提供されることになるので、下層の人たちの仕事の質レベルに極端に依存する形になるわけです。下層のインド人たちは適切な教育さえ受けていないケースも多いので、まさに「安かろう悪かろう」。全体最適がされていないパッチワーク的な仕事になって、結果的に依頼した仕事の質や、顧客側の体験価値は低くなる、という現象が起きます。
これはコンサルタントとして事業をしている弊社も意識的に管理すべき重要事項なので、内製化すべき作業と、外注できる領域については慎重に精査しています。
一方で、インドで駐在する我々日本人は、実はこのインド的下請け文化の恩恵をむちゃくちゃ受けている、という側面もあります。つまり、日本だとかなりコストがかかってしまうような下請け仕事を、インドだからこそガンガン下請けに出せちゃうという側面もあります。例えば、アパートの入り口付近に24時間常駐しているセキュリティーのおっちゃんのおかげで夜遅くに帰ってきても多少の安心感があったり、専属ドライバーさんのおかげで飲み会の後に満員電車に乗ったり最寄りの駅から歩いたりすることもなく車に乗り込めば自動的に家の前まで連れて帰ってくれますし、メイドさんやベビーシッターさんのおかげで家事も育児も子供の学校の送り迎えも手伝ってもらえますし、配達員を含む数多くのギグワーカーがたくさんいるおかげで自宅にいながらにしてあらゆる買い物や食事、いろいろなサービスをその日のうちに届けてもらうこともできます。こういった下請けとして仕事をしてくれている人たちの給与相場感としては時給150〜200円ぐらいなのでむちゃくちゃ助かりますよね。
こういったインド的利便性は、所得格差があるからこそ成り立っている社会構造なので、自分ができること、自分でやればいいことを、低い給料で他人にやらせている、という見方をしてしまうとものすごく違和感というか抵抗がある日本人もいるんですけど、、、まーよくよく考えると資本主義社会で生きている私たちにとっては馴染みのある話のはずです。会社の中で株主や社長がすべき仕事と従業員がすべき仕事は違うし、上司がすべき仕事と部下がすべき仕事も違います。そういう意味では、自分のOSをインド版に少しアップデートしてしまえば、もちろん、仕事の質レベルに対する品質管理はしっかりとやる必要がありますけど、日本人駐在員がやらなくていいことをどんどんインド人に任せていくことで、自分がやるべきことに集中できる環境がつくれるようになってくるので、そうなるとインドでの生活も仕事もだいぶと楽になると感じています。
さて、本日はカーストとその背後にあるインドの闇、そして、インド的分業制度と下請け文化について解説しました。インド進出をご検討されている企業様や、インド国内ですでに事業を行っている企業様はぜひ参考にしていただければと思います。