【2025年5月の最新ニュース】Appleが選んだ未来!iPhone生産「完全移行」インドが世界の中心に!
インドの経済やビジネスに関連する最新ニュースを毎月1つ取り上げて解説する新企画、今回はですね、「Appleの米国向けiPhone生産、中国からインドに全量移管」というニュースを取り上げて解説してみたいと思います。
現在、Appleは世界で年間約2億3,200万台のiPhoneを販売していて、そのうち約28%(約6,000万台)がアメリカ市場向けです。 これまで、アメリカ向けのiPhoneのほとんどは中国で生産されていたんですけど、イギリスのフィナンシャルタイムズ誌はAppleが2026年末までにアメリカ向けiPhoneのすべてをインドで生産する計画を進めている、と報じたわけですね。
インドはゆっくりと動く巨像で、なかなか前に進まないという印象を持っている人が多いと思いますけど、世界経済の中心が、静かに、そして、着実に動きはじめているようにも感じます。人生の中で「歴史の転換点」に立ち会えるチャンスはそうそうないと思いますけど、インドは今まさにその歴史が動くターニングポイントを迎えていると言っても過言ではありません。そこで、今回はインド国内でのiPhone生産にフォーカスをして、『インド経済のこれから』を皆さんと一緒に考察していきたいと思います。
インド国内生産の問題点
Appleはここ数年でインド国内でのiPhone生産と販売、この両方を急ピッチで同時に立ち上げています。
インドでiPhoneの生産を開始した当初は古い機種とか最新機種であっても普及モデルのみの生産にとどまっていたわけですけど、現在、インドでは「iPhone 16 Pro」などの最新モデルも生産されていて、Appleの世界に占めるインド国内生産比率は2023年度にすでに約15%近くにまで達しています。 タタグループが買収した電子機器受託製造サービス企業EMSの台湾大手ウィストロンのベンガルール近郊の工場に加えて、同じ台湾大手EMSのホンハイやペガトロンもインドでのiPhone生産を開始する中で、インド国内におけるiPhone生産はどんどん拡大してきているわけですね。
さらに、2023年4月にインド国内初のApple直営店をムンバイにオープンして、首都ニューデリーでも2号店をオープンさせるなど、販売拠点としても着実に拡張してきたAppleのインド法人は、2024年3月期の売上高ですでに約80億米ドル(日本円で約1兆1,500億円)にまでなっていて、前年度比で約33%もの成長を記録しています。今回の「アメリカ向けiPhoneのすべてをインドで生産する」というニュースは製販両面でインドを重視するAppleが、今後はインド国内市場だけでなく、世界への輸出拠点としてもさらに拡大していくことを示しています。
ただ、インド国内生産には①部品の現地調達と、②地政学的なリスク、そして、③品質管理、という3つの大きな課題を抱えています。iPhoneの重要な部品の多くはまだ台湾や中国からの輸入に依存しているにもかかわらず、インドと中国の関係は引き続き緊張状態にあってですね、中国からは人や物が入ってこない、つまり、中国からの技術者や重要な部品の移動が制限される可能性もあります。また、インフラ整備や人材の育成が追いついていない中で、インド国内で製造された部品はまだ不良品比率が高い、という報道さえ出ています。ここからは、この3つの課題に対してインドは今どのような政策を実施していて、iPhoneの生産において周辺の諸外国がどのような動きをしているのか、また、周辺の関連事業者がこの事業機会にどのように入りこんできているのかを、見ていきたいと思います。
知っておくべきインド政府の政策
まず、私たちが知っておくべきインド政府の政策として、電子・情報技術省(MeitY)が2021年に立ち上げた「インド半導体ミッション(ISM : India Semiconductor Mission)」があります。
インド政府はこのミッションにおいて総額7,600億ルピー(約1兆4,000億円)ものインセンティブパッケージを提供していて、国内の半導体およびディスプレイ製造エコシステムの構築を目指しているわけなんですけど、具体的な政策としては、例えば、シリコンウエハー上に細かな電子回路を形成する半導体前工程ファブやディスプレーファブなどの建設に対して最大50%の財政支援を提供しています。
現在、グジャラート州とアッサム州を中心にいくつかの半導体製造工場建設が承認されている状況ですが、グジャラート州ドレラ特別投資地域(いわゆるDholera SIR : Special Investment Region)に建設中のタタ・エレクトロニクスの半導体工場は、インド初の「前工程」半導体製造ファブとして特に注目されていて、この工場は台湾の大手半導体メーカーPSMCと提携して、月産約5万枚のウエハー生産能力を持つ予定で、2万人以上が雇用される予定となっています。
また、「チップ・トゥ・スタートアップ(C2S)」というプログラムを通じて、超大規模集積回路VLSIや組み込みシステム設計分野のエンジニアを85,000人育成すること、そして、半導体設計ツールや関連インフラへのアクセスを提供することで中小企業やスタートアップの育成と半導体エコシステムの構築を目指しています。例えば、ベンガルールでは、チップイン(ChipIN)センターが開設されていて、半導体設計の自動化支援ツールや設計トレーニングプログラムなど、資金調達をしたスタートアップがプロトタイプの製造がしやすい環境・施設が整備されています。
さらにこのインド半導体産業の支援に乗り出した国があります。そう、アメリカと日本ですね。2023年3月にアメリカが「米印半導体供給チェーンおよびイノベーションパートナーシップ」に関する覚書MOUを、そして、同じく2023年の7月には日本が「日印半導体サプライチェーンパートナーシップ」に関する覚書MOUを締結したのは記憶に新しい方も多いと思います。今インドとアメリカ・日本は半導体サプライチェーンの強靱化と多様化、そして、相互の経済機会の創出に向けて一緒に手を取り合っている状況なわけですね。
ちなみに、グジャラート州では今注目されている2つのスマートシティ開発計画があります。
1つは、先ほど出てきたドレラSIRで、デリー・ムンバイ産業回廊(DMIC)の一環として計画された特別投資地域で、半導体ハブ構想としても注目されている産業スマートシティです。アーメダバードから南に約100キロほどに位置するドレラ地区では、すでにいくつかの半導体製造工場の建設が進められていると同時に、再生可能エネルギー大手のReNew Power社も工場を構え、ドレラSIR内での大規模な太陽光パネルの導入が進められています。
もう1つは、GIFTシティーです。GIFTとは、Gujarat International Finance Tecの略語で、インド初の国際金融テックシティ(IFSC)として設計がされている金融スマートシティとなっています。アーメダバード市内から北に30キロほどの近郊にあるGIFTシティでは、東京ドーム75個分という広大な敷地に、特別経済区(SEZ)やホテルや娯楽などの商業施設に加えて、居住用アパートや病院・学校などが併設される予定です。国際金融テックシティというだけあって、インド国内で唯一米ドルなどの外貨建て融資が認められていたり、源泉所得税TDSや法人税の免除といった税制優遇を受けられて、インド版香港みたいなイメージですね。2022年5月に三菱UFJ銀行が邦銀として初めてGIFTシティ支店を開設して以来、三井住友銀行およびみずほ銀行もすでに支店を開設しています。
民間事業者の動きの活発化
民間事業者の動きも活発化してきています。冒頭ですでにご紹介したとおり、台湾の半導体メーカーやEMS企業のインド進出はもちろんのこと、アメリカの半導体メモリー大手・マイクロンテクノロジー社は2023年6月にグジャラート州サナンド工業団地に半導体の組み立てとテスト工場を建設すると発表。同じくアメリカの半導体製造装置大手・ラムリサーチ社は2025年2月にインド南部カルナータカ州に1,000億ルピー(約1,800億円)を投資して、半導体製造装置の開発拠点を設立する計画を発表しています。
そんなアメリカ企業の動きに呼応するかのように、日本企業の動きも増えています。半導体メーカー大手・ルネサスエレクトロニクスは、2024年3月にインドのムルガッパ・グループ傘下のCGパワー・アンド・インダストリアルソリューションズと、タイのスターズ・マイクロエレクトロニクスとの3社で合弁会社を設立することを発表して、現在、グジャラート州サナンド工業団地に半導体の組み立てや検査を手掛ける「後工程」の工場を建設中です。また、半導体製造装置大手・東京エレクトロンは、2024年9月にタタ・エレクトロニクスと戦略的パートナーシップを締結して、半導体製造装置のインフラ構築や人材育成、研究開発支援を行うことを発表しましたが、同時に2025年中にベンガルールに開発拠点を設立予定で、急速かつ着実にインドへの進出を進めています。また、同じく半導体製造装置メーカーのディスコもベンガルールに現地法人を設立して2024年9月から営業を開始しました。こういった動きに商機を見い出す半導体材料メーカーや商社などの動きも活発化してきていて、最近は弊社でもこういった半導体関連・電気電子部品関連のインド進出に関するお問い合わせが増えている状況です。
地政学的なリスク
最後に、地政学的なリスクについても少し触れておきたいと思います。
地政学においては、「隣国は敵」というのが基本だと思いますけど、インドにおける中国という隣国も、歴史的に中国によるチベットの併合や、ダライラマ14世のインドへの亡命などを機に、インドと中国は仲が悪くなったわけですけど、中国が一部領有権を主張するカシミール地方・ガルワン渓谷(Galwan Valley)で2020年に発生した両軍衝突を機に印中関係はさらに冷え込んでいます。
そして、もう一つの隣国であるパキスタンは、歴史的にイスラム教徒の国としてインドから分裂してできた国なんですけど、その当時、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒が混在していた地域こそが、いまだにパキスタンが一部領有権を主張しているカシミール地方で、つい先日起きた武装集団によるテロ事件もこのカシミール地方・パハルガム(Pahalgam)を発端として両国がやり合っているわけですね。今回の事件を受けて、印パ関係は過去最悪レベル、そして、「敵の敵は味方」というわけで、パキスタンは中国に協力を求める姿勢を見せている、という構図です。
一方で、中国やパキスタンを間に挟むロシアとは仲良くやっています。歴史的に武器や航空機の調達において協調してきたロシアとは基本的に良い関係性を維持していて、2022年に始まったロシアのウクライナ侵略においても、欧米諸国がロシアに対して経済制裁を加える中で、インドはロシアからの安い原油購入量をむしろ大幅に買い増やしてきました。
そして、インドと中国とパキスタン、ロシア、そして、アメリカと日本という国において、日本以外はすべて核保有国です。そんな中、日本はアメリカとの同盟関係をベースにしているところがありますけど、インドは基本的に特定の国に過度に依存しない「等距離外交」を基本としているので、日米豪印戦略対話のQUADを通じてアメリカ・日本と適度に仲良くしつつ、したたかに自分の国の主権と利益を最大限守ろうとしていくと思われます。
日本はこれまでインドへのODA(政府開発援助)やインフラプロジェクトへの投資を通じて、経済的な連携を深めてきた経緯がありますけど、この歴史の転換点において、今後日本はインドとどのように付き合っていくべきなのか。そして、AppleにとってのiPhone生産においても、そして、インドにとっての半導体産業振興においても、技術者や重要な部品調達という点においてまだまだ中国に頼らざるを得ない側面もある中で、このインドの地政学的リスクも考慮した上で、いかに日本とアメリカがインドという国と戦略的に付き合っていくことができるかは、双方の経済成長だけでなく、インド太平洋地域における安定にも大きな影響を与えるのではないかと思います。
そして、日本企業にとってもインドとの付き合い方を検討すべきタイミングが来ています。例えば、現状インド政府は中国を中心とした隣国からは事前承認なく直接投資ができないよう制限しているので、つまり、インドは中国企業という競合他社が参入しにくい市場になっています。だからこそ、単なる「チャイナリスクの分散」としてインドを見るのではなく、むしろ「チャイナ不在のチャンス」としてインド市場やインド人材を見る企業様も少しずつ増えてきているわけですね。50年に1度の「歴史の転換点」を迎えているインドに、ぜひ一度足を運んでいただければと思っています。
皆さん、いかがでしたでしょうか?iPhone生産のインドシフトというニュースにフォーカスをして、『インド経済のこれから』を考察してみました。インドへの進出を検討されている企業様、すでにインド国内で事業展開をされている企業様はぜひ参考にしていただけると嬉しく思います。