【2025年6月の最新ニュース】インドが“関税ゼロ”を提示した本当の理由とトランプ政権との交渉の裏側とは?
インドの経済やビジネスに関連する最新ニュースを毎月1つ取り上げて解説する新企画、今回はですね、「インドが対米関税100%削減の用意」というニュースを取り上げて解説してみたいと思います。
2025年5月15日、アメリカのトランプ大統領が「インドが米国製品に対する関税を100%削減する用意がある」っていう発言したんですけど、これは結構大きな波紋を呼んだ発言でしたよね。だってインドといえば、自国産業を保護するために外資規制や関税政策をむしろずっと堅持してきた国のひとつだからです。自動車や電子機器をはじめいろんな分野で高い関税率を維持して、さらにBIS規制とか輸入ライセンスとか原産地証明手続き、また、SVB(Special Valuation Branch)などのグループ会社からの輸入手続きに至るまで、非関税障壁もむちゃくちゃたくさん設定していて、外資企業にとっては特に貿易ビジネスのハードルの高さが指摘され続けてきたわけですよね。
そのインドが、最大の貿易相手国である米国に対し、「関税ゼロ」という大胆な通商条件を示したというニュースは結構衝撃だったわけです。ただ、その背景には単なる外交辞令にとどまらないインドのしたたかな戦略があると思われます。つまり、アメリカはインドに対して、引き続き26%という相互関税をかける方針を示していますけど、インドがこのアメリカとの関係において先手を打った、つまり、“譲歩のカード”を先に切ったという構図です。しかも、トランプ政権が設定している90日間の猶予期間中に締結される可能性のあるFTA(自由貿易協定)交渉のための布石とも言われていて、インドのしたたかな戦略的動きが見て取れます。今回の動画ではインド市場に関心を持つ企業様がこの流れをどのように理解すべきかについて考察してみたいと思います。
「トランプ関税」とは何だったのか──相互関税の制度的理解とインドの例外的立場
まずは、今回の相互関税、つまり「トランプ関税」の思想について見ておきたいと思います。これは2017年以降のトランプ政権によって打ち出された新たな通商戦略の柱いわゆる「相互関税主義」に基づいて発表されたもので、要は、もし貿易相手国がアメリカに対して高い関税をかけている場合、アメリカも同じぐらいの水準まで関税を引き上げますよ、というお返し型の関税です。関税っていうのはいわゆる物品の入場料ですよね。つまり、あなたが高い入場料を取るのなら、私もあなたに高い入場料を払ってもらいますからね、という理屈です。2国間の貿易不均衡を是正することで貿易赤字を減らして、そして、アメリカ国内の製造業のリバイバルそしてさらなる製造業振興をねらった政策になっています。
そして、この戦略においていちばんターゲットにされたのが中国ですよね。一時アメリカが中国に対する相互関税率を125%にまで引き上げて、アメリカと中国との間ではお互いに報復関税の応酬が繰り返されていましたけど、今は当初の34%に戻されて、そのうち追加関税の24%部分については同じく90日猶予期間が設定されている状況です。アジアの新興国に対しても同じように圧力が加えられています。カンボジアやベトナム、スリランカ、バングラデシュといった国々に対する関税もむちゃくちゃ高く設定されているんですけど、そうした中で、インドは相対的に低い関税率が設定されたことは大きな注目を浴びました。2025年5月時点でインドの相互関税率は26%、これはカンボジアの49%やベトナムの46%に対して大きく下回る水準ですし、ASEAN主要国であるタイの36%やインドネシアの32%などと比べてもさらに低いので、対アメリカへの輸出を関してはインドの貿易競争力がさらに高まっていく可能性があります。そして、さらにインドの主力輸出品であるITや医薬品、半導体などは相互関税の対象外になっているわけですね。そもそもインドは構造的に内需主導型の経済なので、今回のトランプ関税による影響もそれほど大きく受けない立場だったとも言えますけど、ただ、アメリカはインド市場の戦略的重要性をそれだけ評価している、とも言えますし、ASEAN諸国や南アジア諸国などと比較しても、インドが経済的に、そして、地政学的にもアメリカに選ばれたパートナー国として扱われていることを間接的に証明しているようにも思います。
「100%削減」提案の真意──なぜ今、インドは譲歩を示したのか
インドがアメリカに対して「関税ゼロ」というかつてない譲歩案を提示した背景には、いくつかのしたたかな戦略があると思われます。
っていうのも、インドって実はこの提案をする数日前にむしろアメリカに対する報復関税の提案をしていたんですよね。報復関税の可能性を匂わしつつ、「状況によってはそれを撤回・修正する」といった発言がなされていたわけですけど、この数日の動きだけを見ても、まさにインドは戦略的に交渉をしていることが伺えます。それでは想定されるインドの3つの戦略について見ていきましょう。
1つ目は、FTA(自由貿易協定)交渉への布石としての意味合いですね。現在インドはアメリカと段階的な通商協定の交渉を進めていて、初期の暫定合意については7月までに合意することを目指しています。今回の「関税ゼロ」提案はその初期段階の交渉プロセスの中でインド側が「先手」を打った形で、インドが交渉の主導権を確保しようとしているとも言われています。
2つ目は、インドへの直接投資を呼び込む環境整備としての意図があるんじゃないかと思います。ここ数年でアメリカと中国の対立を背景に、たくさんのグローバル企業が「チャイナ・プラス・ワン」戦略としてインド市場に注目しているという大きな潮流がありますけど、ここでアメリカの製品に対する関税撤廃を示唆することで、アメリカ企業に対して「インド市場はあなた方を歓迎しますよ」というメッセージを発信することができます。アメリカからの投資を呼び込む契機づけとしたい、という思惑があるんじゃないかと思われます。
そして、3つ目は、経済的観点だけじゃなく、インドは地政学的見地に立った外交上の戦略的パートナーとしての立場を強化する絶好のチャンスと捉えているんじゃないかと思います。インド太平洋戦略において、インドはアメリカにとって極めて重要な存在で、中国を牽制する上で、貿易・安保・経済における相互連携はむちゃくちゃ重要ですよね。なので、今回の「関税ゼロ」提案はインドはアメリカにとって極めて重要な戦略的パートナーであることを強烈に再認識してもらうための交渉カードとして使っている可能性があります。
インド経済への影響──マクロとミクロの視点から読み解く
インドがアメリカに対して提案した「関税ゼロ」っていうのは当然インド国内の経済構造に対して影響を及ぼします。インド全体のマクロ経済の視点と、国内産業のミクロ経済の視点に分けて具体的にどのような影響がありそうかを一緒に見ていきたいと思います。
まずマクロ的に見ると、インドは外需依存度がむちゃくちゃ低い国、というのがあります。2024年度時点で対アメリカ向けの輸出総額はインドの名目GDP全体の2%ぐらいしかなくてですね、ASEAN諸国のように輸出ドリブン型の経済構造とはぜんぜん違うわけですね。
つまり、インドは内需主導型の経済成長が続いているので、アメリカからの貿易圧力が強まったとしても、インド全体の経済活動に対する影響は限定的という見方が一般的です。さらに言うと、関税の撤廃や軽減によってアメリカの製品がインド国内に流入しやすくなることで、むしろインフレの緩和や例えば医療機器とかIT関連のハードウェアなどの価格競争力が高まる、高品質なものがより安く買えるようになる、っていうようなプラスの影響さえも想定されます。
一方で、ミクロの視点で見るとその影響度には格差がありそうで、業界によっては痛みを伴う部分もあるように思います。例えば、インドの電子機器や宝石類、医薬品などの品目についてはその輸出総額のうち約3割がアメリカ向けなんですけど、極端な例としてアメリカが相互関税を維持したまま、インド側だけが関税を撤廃する形になった場合、インド国内のこういった産業品目の輸出企業はいわゆる「逆ザヤ構造」に直面する可能性があって、利益率が低下したり、生産を縮小せざるを得なくなって、その結果、雇用への影響も懸念されることになります。あと、インド政府が定めた特定の製品の品質や安全性に関するルールいわゆるBIS規制だったり、さまざまな輸入ライセンスの取得義務など「非関税障壁」に対する緩和圧力が強まっていく可能性もあるので、これまでの自国産業保護路線との折り合いをどのようにつけるかは大きな課題・論点になっていくのではないかと思います。
「誰とでも取引するつもりはない」──インドは“選ばれし国”か
トランプ大統領は2025年5月15日の米FOXニュースのインタビューで「誰とでも取引をするつもりはない」と語っていましたけど、これって単なる強がりでも外交辞令でもなくて、アメリカが今後の通商交渉において「パートナー国をしっかりと選定する」という明確な意図を持っていることを意味すると考えています。で、もしそうだとすると、じゃーアメリカはどんな基準でパートナー国を選ぶのか、その判断基準について知っておくことはインドにとっても、そして、インドへの進出を検討する日系企業にとっても重要ですよね。
その判断基準はいくつか考えられます。例えば、アメリカ企業にとってインド市場への投資価値があるかどうか、つまり、政権・政策の安定性や人口動態、購買力などをベースとした経済的価値がどのぐらいあるかとか、あとは、米中対立が激化する中で戦略的な外交パートナーとしての地政学的価値がどれぐらいあるかも重要な判断基準になると思われます。
ただ、ここで特に重要だと思われるのが、市場開放の実質的レベル感です。実際のところですね、インドってこれまで高関税や外資規制、BIS規制などを国内産業保護の手段として機能させてきた国で、いわゆる「自立したインド3.0(Atmanirbhar Bharat Package3.0)」という政策を掲げてこれまでやってきたわけです。そんなインドが市場を実質的にどこまで開放するのか、という市場開放の実質的レベル感についてはアメリカがしっかりと見極めてくるポイントになると思います。もし仮に関税を引き下げたとしても、それ以外の非関税障壁がガッツリ残っていたら、結局アメリカの製品はなかなかインドに入ってこれないということなりますよね。
これまでインドで事業をしてきて感じるのは、インドでは法律と実務との間にむちゃくちゃ大きなギャップがあるケースが散見されるので、一見、規制緩和がされたように見えても、実務上、現場レベルではまったく緩和されておらず手続きが進まない、みたいなことが頻発することも想像に難くありません。こういった文脈においては、今回の「関税ゼロ」提案は特定の分野・パートナーに対してのみ市場を段階的に開放する、つまり「選択的自由化」という方向に向かっている可能性はあるものの、それが現場レベルで本当に実現するのかどうか、ここが重要な判断基準になるのではないかと思います。日系企業としては「インドがアメリカに選ばれる国かどうか」をただただ静観するのではなくて、むしろこのタイミングでインド市場がアメリカに向けて本当に開放されるのか、FTA交渉の進捗も注視しつつ対米戦略を正確に把握して、自社のインド戦略にも組み込んでいく必要があります。特にグローバルなサプライチェーン再構築を進めている企業にとっては、グローバル戦略の再設計につながる可能性もありますよね。
さて、皆さん、いかがでしたでしょうか?今回はですね、「インドが対米関税100%削減の用意」というニュースを取り上げてインド政府のしたたかな戦略とその影響について解説してみました。インドへの事業展開を検討されている方にとってはとても重要な内容だと思いますので、ぜひ参考にしていただければと思います。