【要注意】インド駐在員が直面する海外赴任ストレスの原因と解決策とは
今回はですね、インド駐在員はなぜ苦しむのか?というテーマでインドに駐在する日本人が抱える「見えないストレス」について考察してみたいと思います。
インド駐在員は日々「見えないストレス」と常に戦っています。中にはストレスだらけでむしろバッチリ見えとるわ、っていう人もいるかもしれませんが、今回の動画ではそのストレスの正体を、具体的なデータや文化モデルを使って少し客観的に理解していただけるように説明してみたいと思います。そして、このストレスを乗り越えるためのヒントも合わせてご提案したいと思っていますので、ぜひ最後までご覧ください。
インド駐在の現実:なぜ日本人は苦しむのか?
まず、皆さんに知っておいていただきたいのは、インドに赴任する日本人駐在員が、他国以上にメンタルヘルスの深刻な問題に直面しているという現実です。実際、海外在住日本人の死因のうち自殺が占める割合は8.4%と、日本国内の割合1.8%の約4.5倍、インドの場合はその自殺率がさらに高いと言われています。インドに赴任をしたほぼ全員が経験すると言われている「インドイヤイヤ期」と呼ばれる現象、つまりすべてのインド的要素に嫌悪感を抱く心理状態っていうのがあってですね、私も、インドに13年間住んでいて、まさにそんな状況に直面した人をこれまでたくさん見てきました。その背景には、以下のような複数の環境・文化要因が重なっています。
まず一つ目は、息抜きできる場所が少なく、ストレス解消が難しいこと。中国とか東南アジアだと逆に夜遊びにハマって廃人になってしまう、みたいな話は聞きますけど、インドでは、プライベートの息抜きをする場所すらなくて、ストレスを溜め込みすぎて精神がもたない、っていうケースが結構あるんですよね。
二つ目は、食事や空気、騒音、時間感覚など、生活のあらゆる要素が日本と異なること。これはもう、想像をはるかに超えてくる多様性の国インドならではで、もはやその実態をとらえることすら難しくて日々インドに振り回されているという感覚すら持っている人も多いと思います。
三つ目は、職場での会話、報告、判断のタイミングすら「理解不能」と感じるほどの違いがあること。日本人とインド人の仕事における考え方・文化の違いは、例えば「プライベートを犠牲にしてでも仕事の期限を徹底的に守る日本人と、家族や健康を当然に優先するインド人」という形でも結構現れていますよね。
こういった異なる環境や文化に対してなかなか適用できないっていうのは、決して「個人の努力不足」と片付けられるものではなくて、むしろ、構造的な文化の差異に基づくストレスモデルとして理解する視点が不可欠だと感じているわけです。
ホフステードの文化6次元モデルとは何か
この文化の違いを客観的に可視化できる理論として、皆さんにぜひ知っておいていただきたいのがホフステードの「文化6次元モデル」です。これは、IBMの全世界の従業員を対象にしたグローバルな大規模調査をベースに、国民文化の傾向を数値化したものなんですけど、このモデルには6つの次元があるんですよね。
1つ目が個人主義です。個人の自由を優先するか、それとも集団との一体感を重視するか、という軸で、自分以外の人の利益や集団としての調和を犠牲にしてでも、自分の利益を大切にしようと思うその程度を表しています。
2つ目が権力格差です。これは上下関係を当然視する度合いのことで、権力者と権力が弱い人との間には不平等や格差があるのは当たり前だと思うその程度を表しています。
3つ目が不確実性回避です。変化に対する抵抗感の強さですね。つまり、曖昧な状態や不確かな状況に対して怖がったり不安に思ったりする程度を表しています。
4つ目が達成志向です。生活の質や助け合いを犠牲にしてでも、目標を達成しようと思うその程度を表しています。
5つ目が長期志向です。未来志向かそれとも現実志向か、という視点で、今日の利益を犠牲にしてでも、良い未来を重視しようと思うその程度を表しています。
そして最後6つ目が人生の楽しみ方です。これは欲求に対する寛容度を表していて、例えば、ポジティブに生きればいいじゃないか、ルールなんて別に必要ないじゃないか、と思うその程度表しています。
この文化の相対的な違いを測定して、その違いを6つの次元に分けて定量化できるようにしたのが、世界的権威のオランダの社会心理学者ゲールト・ホフステード氏が開発したCWQ(Culture In The Workplace Questionnaire)というものなんですね。ちなみに、弊社関連会社INDIGITALでは、このCWQ認定アソシエイトの国際資格を持ったメンバーが多数おりまして、異文化研修サービスをご提供しています。例えば、御社のインド駐在員やインド人従業員の文化の違いをCWQアセスメントで測定していただくことで、見えないストレスの所在やその潜在的原因に気づくきっかけをつくれたり、異文化理解の本質を体系的に学んでいただくことで、職場のストレスを軽減して、リーダーシップやチームワークを高めていただける研修サービスをご提供していますので、もしご興味ある方は概要欄からお問い合わせいただければと思います。
日本とインドの文化的ギャップ:数値が示す“見えないストレス”
それでは、このホフステードの指標に基づき、日本とインドの文化的距離が特に大きい4つの次元に焦点を当てて、皆さんが直面している「見えないストレス」の正体を深掘りしていきたいと思います。
まずは権力格差です。
インドの権力格差は77と全体のなかではかなり高く、日本は54と真ん中ぐらいに位置しています。
実際この数字のとおり、インドはカーストや年功序列、権威重視といった階層的社会構造に深く根ざしていて、上司の言うことは絶対、という文化が強いんですよね。
部下は上司の指示に対してあまり疑問を持たず、良くも悪くも指示どおりに動く傾向にあります。だからこそ、日本的な「参加型経営」や「部下の自発性」を期待してボトムアップ型の経営をしようとしても、インドではなかなか理解されにくい、という状況が起こります。例えば、日本人上司が率先して掃除をしたりしていると少し慌てた表情で「私たちがやりますから!」と気を使われてしまうんですけど、裏を返すとそれだけ社長としてあるべき姿勢や言動を期待されているっていう風にも言えますよね。日本人駐在員であれば比較的役職の高い立場にいらっしゃる方は多いと思いますけど、インド人従業員は、我々日本人がどれだけ的確な指示やコミュニケーション、経営陣としてのあるべき立ち居振る舞いができているかを期待をしながらよく観察している、っていう節があるのでぜひ注意していただければと思います。
次に、不確実性回避です。
インドの不確実性の回避は40とかなり低い一方で、日本は92とこちらも世界最高レベルです。
事実、日本ではルールやマニュアル、合意形成が非常に重要視されますよね。事前に時間をかけてしっかり計画を立て、想定されるリスクや最悪の事態も考慮し、そして計画どおりに遂行していくという日本人なりの仕事の進め方における美学があります。それに対してインドは、「とにかく始めてみる」という即興的で柔軟な文化なんですよね。いわゆる「足し算思考」が得意なインド人と、「引き算思考」が得意な日本人、という話を以前しましたけど、インドでは計画通りに物事が進まないことが日常茶飯事なので、日本人駐在員は「何もかもが崩れてしまうような不安」に直面する、ということがよく起こります。このあたりの話はインド赴任前に見ていただきたいこちらの動画やインド人材のマネジメント方法の動画でも詳しく解説をしていますのでご興味ある方はぜひご覧ください。
続いて、達成志向です。
インドの達成志向は56と真ん中ぐらいに位置している一方で、日本は95と世界最高レベルです。
たしかに日本は納期厳守や長時間労働が評価される文化ですよね。体調を崩そうが、外的要因で問題が発⽣しようが、納期や目標をなんとしても守ろうとする、ある種の異常なほどのコミットメントが高い傾向にあります。一方で、インドは、達成への意識は持ちつつもいろんな理由で遅延をすることに対して「◯◯だからやむなし」と整理する傾向があります。家族の事情や自分の健康状態によっては仕事を後回しにすることに日本人ほど抵抗を感じない傾向があるわけですね。なので、日本人が求める基準というのはまず異常なほどに高いんだという意識を持つことと、成果を出すための「過労的な働き方」を押し付けてしまうと、現地スタッフの反発や離職リスクを誘発しまう可能性がある、という点は知っておいた方が良いと思います。
そして最後は長期志向です。
インドの長期志向は51とちょうど真ん中に位置している一方で、日本は88とこちらもかなり高くなっています。
日本は「100年企業」という考え方があるように、長期的な視点での改善(Kaizen)を重視する傾向があります。 一方でインドは比較的に「今ここ」を重視しますし、良し悪しはありますけど必要であれば計画もすぐに変える、という柔軟性があるんですね。そのため、会議の予定が直前で変更されたり、プロジェクトの方向性が急に変わることも多く、日本人が無意識的に持っている長期的な視点積み上げていく「構造への信頼」が揺らいでしまう、という状況は結構よく起こっているように感じます。
文化的ギャップがメンタルヘルスに及ぼす影響
こういった文化の違いから生まれるストレスの多くは、赴任から半年〜1年半ぐらいのカルチャーショック期に集中します。特に以下のような場面で心理的ダメージが蓄積される傾向があると言われています。
- 部下が意見を言わない、提案しない。
- 競争や成果を求めても反応が薄い。
- 計画が何度も変更される。
- スケジュールや約束が守られず、信頼できない。
こういったストレスはですね、決して個人の性格の問題ではなく、「文化的適応プロセス」として捉えるべき側面もあるかなーと感じています。これをわかりやすくとらえているなーと思うのがU字型モデルの4段階です。つまり、ハネムーン期、ショック期、回復期、そして習熟期、という4段階ですね。
ハネムーン期というのはインド赴任直後の新鮮さや興奮を楽しめている時期ですけど、そこからショック期に入ります。つまり、思い描いていた環境と現実とのギャップに直面して、強烈にストレスを感じる時期です。回復期はようやく現実を受け入れ、ストレスが軽減されていく時期、そして最後に習熟期に入り、インドの文化に適応して、能力を発揮できるようになる時期という形で、人の適応プロセスはU字のカーブを描く、というモデルですね。これは1955年にノルウェーの社会学者セバーン・リスガード(S. Lysgaard)が、アメリカ滞在中のノルウェー人を対象に行った調査で提唱したものです。
インド駐在で伸びる人っていうのは、結局のところこのU字型モデルにおける習熟期に早く移行できる人、つまり「適切な好奇心をもって文化の違いを楽しめる人」であり、「想定外にいちいち振り回されることなく適度に受け流せる人」であるとも言えます。つまり、ハネムーン期とショック期だけで駐在が終わってしまうことのないように、異文化に対する理解力、いわゆるCQ(Cultural Intelligence)・文化知性を高めておく必要があると感じますし、文化的適応プロセスにおけるこのショック期でインド駐在員がずっと苦しみ続けることがないように、企業様の海外事業責任者や人事責任者は十分なサポートをしてあげる必要があると考えています。
統合的視点:文化の“複合効果”が最大のストレス源
ちなみに、インド駐在で私たちが感じるストレスは、実は個々の文化次元が単独で作用するだけでなく、それらが同時に、相互に作用して増幅される「複合効果」が最大の原因になっています。
例えば、日本だと平等×計画×長期、これらが組み合わさって、「標準化と秩序重視」の文化が形成されていると考えられます。合議性と、計画通りに進めることを重視して、細部まで徹底的に突き詰める傾向がありますよね。
一方でインドだと階層×柔軟×短期、これらが組み合わさって「関係性と即興重視」の文化です。権力格差に基づく絶対的なトップマネジメントのリーダーシップと、目の前の現実に合わせて柔軟に対応し、その場で最善を尽くす「ジュガード」的な思考が強いと言えるわけです。
この日本とインドの価値観の「ねじれ」が、駐在員にとって非常に大きなストレス源になるわけですね。例えば、日本人駐在員がインド人部下に対して「なぜ計画通りに動かないのか」「なぜ自ら提案しないのか」と不満を感じる一方で、インド人部下は「なぜ上司が明確な指示を出さないのか」「なぜ個人の事情を理解してくれないのか」と感じています。こうした状況は、駐在員とインド人チームの間だけでなく、駐在員と日本本社との間にも大きな溝をつくっていて、日本人駐在員は右からも左からも殴られているような状況を生み出してしまうわけですね。つまり、「インドで現地化を進めろ」と言われながらも、「日本の基準で成果を出せ」と板挟みになって、自己効力感やアイデンティティの喪失を招いてしまうんですよね。これは、本当にしんどいのでなんとかする必要があります。
実践的な対処法:文化的知性を高めるステップ
それではここからは、インドでの異文化適応において、具体的にどのように対処していけばいいのか、そのステップをいくつかご紹介してみたいと思います。大きく分けて二つの対処法があります。一つは問題焦点型コーピング、つまり現実の構造に働きかけるアプローチと、そしてもう一つは情動焦点型コーピング、つまり私たち自身の認知や感情の切り替えに焦点を当てるアプローチです。
1. 問題焦点型コーピング(現実の構造に働きかける)
まず、現実の構造に働きかけるアプローチから見ていきたいと思います。
(1)段階的アプローチ
インドは日本と比べて権力格差が大きい社会だ、っていうのは先ほど説明したと思いますけど、つまり、上司が部下に対して的確に指示を出すことを期待する傾向がありますから、インドのこの階層文化をまずは受け入れるところから始めます。指示待ちの部下を批判するのではなく、まずは上司自らが積極的に指示出しを行なって、同時に上司としての威厳を示しつつ、どうすればインド人と信頼関係をより築きやすくなるだろうかと段階的なアプローチを考えます。例えば、一対一でカジュアルに対話ができる場をつくってみたり、人事部門やメンターなど、上司に直接言いにくいことを共有できる窓口を設置しておくことも重要です。
(2)業務構造の調整
次に、業務の構造そのものを調整していくことも有効だと思います。日本人は納期や目標達成に対するコミットメントが異常なほどに高い傾向にあるので、例えば、評価基準においても目標達成をしたかどうかに偏りがちです。一方で、達成度合いだけではなくて、「進捗報告の有無」や「遅延事由等が発生した際のタイムリーな報告の有無」「チーム貢献度合い」といった、結果だけではなくプロセスもしっかりと評価する仕組みにすることで業務構造としてネガティブに働きそうな部分を調整するわけですね。
あと、「足し算思考」や「想定外の連続」といったインド特有の環境を踏まえると、綿密かつ固定的な計画よりも、現場での即興性や柔軟性、いわゆるインド人が得意とする「ジュガード」に代表されるようなアジャイル型のアプローチを少しずつ取り入れていけると良いと思います。
2. 情動焦点型コーピング(認知を切り替える)
次に、私たち自身の認知や感情を切り替える情動焦点型コーピングです。
(1)「公平・平等」は普遍ではないと自覚する
まず、日本で当たり前とされている「公平・平等」という価値観は、世界中で普遍的なものではないと自覚することからスタートします。インドの強い階層文化の中では、上下関係や特定の関係性における「特別扱い」や「不公平」「理不尽」がむしろ自然に受け入れられる状況もかなりあるので、インドの階層文化というスパイスを企業経営や人材マネジメントの中にうまく取り入れていくことも大切です。
(2)日本の価値観を絶対視せず、柔軟な視点をもつ
あと、当たり前の話ではあるんですけど「自分自身の常識が絶対ではない」とあらためて再認識すること、つまり、日本の価値観を絶対視せずに柔軟な視点をもつことがむちゃくちゃ重要です。文化的な違いを理由にインドを「ディスる」のではなく、むしろ文化構造を学んだ上で好奇心を持つ姿勢がストレス軽減にも繋がりますし、先ほどのU字モデルにおける成熟期にいち早く移行できるきっかけにもなります。
そして、「見えないストレス」つまく付き合っていくために何より重要なことは、自分が無能なのではないという安心感を持つことが大切です。インドでうまくいかない状況に直面をしてしまうと「自分の能力が足りないからだ」と感じてしまうことがあるかもしれませんけど、文化構造の違いを正しく理解しておくことで、「これは自分の無能さではなく、文化的な背景が引き起こしている現象なんだ」と客観的に捉えることができるようになります。
単なる経験則や属人的な対応に頼るのではなくて、ホフステードの文化6次元モデルのような科学的根拠に基づいた文化理解があれば、インド人の行動や反応をある程度予測できるようになったり、いちいち感情的にならずに、一部だけでも受け入れられるようになるかもしれません。
えらそうに言ってますけど、これ私もまだぜんぜんできていなくてまさに学びながら実践中、という状況でして、時に感情的になってしまう自分が見え隠れしているんですが、そろそろ成熟期に移行できるようになりたいなーと感じている今日この頃です。
さて、皆さん、いかがでしたでしょうか?今回はインド駐在の現実:日本人はなぜ苦しむのか?というテーマで異文化ストレスと対応策について解説してみました。インド進出を検討されている企業や人事担当者様はぜひ参考にしていただければと思います。