H-1Bビザ規制強化がインド人材と日本企業に与える影響
今回はですね、 アメリカの高度専門職向けビザ「H-1B」に関する最新の衝撃ニュースを取り上げて、インド人材と日本企業への影響について解説してみたいと思います。
H-1Bビザの新規申請に10万ドル、日本円でいうと約1,500万円の追加手数料が課されるという、衝撃的なニュースが飛び込んできました。米国移民局によると「米国の利益となり、かつ、米国の安全または福祉に対して脅威とならないと認められた場合には適用されない」としていますけど、これ事実上ほぼインド人に対する移民規制と言っても過言ではありません。
そこで、今回の動画では、この移民規制強化が与えるインドIT業界に対する影響と、実は日本企業にとってもむちゃくちゃ大きな影響が出てくる、という点について詳しく解説してみたいと思います。
H-1Bビザ規制強化がインド人材と日本企業に与える影響
H-1Bビザの新規申請に10万ドルの追加手数料がかかるという衝撃ニュースは、2025年9月19日に大統領令に署名されて、先月21日からすでに発効しています。まずは、このH-1Bというビザ制度の概要と、今回の変更点がどれほどインドにヤバい影響を与えるのか、という点から解説していきたいと思います。
※前回のインド最新ニュースは「インド人材は“日本企業の救世主”か?日印首脳会談が示した未来の人材戦略」の記事もご覧ください。
米国H-1Bビザ制度の概要と「10万ドル」追加コストの破壊力
H-1Bビザっていうのはですね、アメリカでITエンジニアや研究者、医師などの専門職に就く、高度技能労働者向けの一時就労ビザのことですね。このビザは年間8万5000件という年間発給枠(キャップ)に対して毎年数十万人もの応募があって、毎年4月に行われる抽選で、ものすごい倍率の中から選ばれれて新規発給分が決まる、こういった仕組みになっています。2025年度には50万件近くの応募がありました。
じゃあ、従来の手数料がどれくらいだったかというと、通常約2,000〜5,000ドル、つまり数十万円程度だったわけですけど、今回のトランプ大統領令によって、新規申請に対して1件あたり10万ドル、つまり、約1,500万円もの追加支払いが義務付けられたわけですね。これまでの費用と比較して約20〜50倍というとんでもない価格設定ですよね。ちなみに、この10万ドルの新しい手数料は、新規申請者のみに適用されて、ビザの更新(延長)申請や、既にビザを持っている人には適用されない、という形になっています。
なぜ米国は10万ドルを課したのか?米国規制強化の戦略的意図
それでは、なぜアメリカはこんなにもむちゃくちゃ高い追加手数料を課したのか?その背景にあるのは、アメリカ人労働者の雇用機会を保護するためです。
トランプ政権は、一部のIT企業やアウトソーシング企業がH-1Bビザを活用することで高度外国人材を低賃金で大量に雇用して、アメリカ人の賃金低下や雇用喪失を招いていると見ているわけですね。
要は、「安い外国人労働力によってアメリカ人の職が奪われている」という構造を強調して、例えば、9000人を解雇したマイクロソフトに対して批判したりもしています。マイクロソフトは、「H-1B保持者も解雇対象にしている。解雇とビザ申請は無関係だ」と真っ向から反論していますし、スペースXやテスラのCEOイーロンマスクは、我々アメリカ企業の多くが強くなったのはH-1Bビザのおかげだと、トランプ氏を痛烈に批判している状況です。
今回の規制強化の意図は明確です。H-1B制度を、低コストの「ボリュームベース」モデルから、「高スキル、高賃金、低ボリューム」のエリート制度へと再構築する、という思想が裏にありますよね。
そして、異常に高い手数料の導入と並行して、もう一つとんでもない提案が出ているんですけど、それが、抽選制度の抜本的な見直しです。今まではランダムな抽選だったところを、今後は賃金レベル(Wage Level)に基づいて選定確率に重み付けをする、という方式に移行する可能性があるようです。つまり、高賃金を提示している申請ほど、抽選プールでより多くの「エントリー」が付与され、したがって当選確率も上がる、という仕組みです。
10万ドルというコスト増に加えて、抽選の仕組みまで「高賃金」に寄せられるとなると、これまで「低賃金で大量採用を行う」という前提でH-1Bビザを活用してきた企業のビジネスモデルは、今後、完全に否定される、ということになります。
インドIT業界への構造的打撃:なぜH-1Bビザは「インド人規制」なのか?
この政策変更によって最も構造的な打撃を受けるのは、インド人材とインド系ITアウトソーシング業界です。っていうのも、H-1Bビザ取得者の実になんと71%がインド国籍者なんですよね。もう圧倒的にインド人が断トツです。
JPMorgan Chaseのエコノミストによる経済分析では、この10万ドルの手数料によって、年間で66,000件以上の労働許可が減少する可能性があると予測されていて、アメリカ国内で事業展開をしているインドのアウトソーシング企業とかアメリカのハイテク企業は海外から直接獲得していた新規労働者のパイプラインを事実上完全に遮断されたようなものですよね。
2025年に実際にH-1Bビザが承認された企業別件数を見ていると、GAFAMなどのアメリカ企業はもちろんのこと、アメリカに進出しているインドのアウトソーシング企業にも大きな影響が出てくることは火を見るよりも明らかです。
特に、インドのアウトソーシング企業にとって、H-1B制度は自社のインド人技術者をアメリカのクライアント企業に派遣するといったビジネスモデルが主流だったので、1人派遣するごとに1,500万円のコスト増っていうのは死活問題ですよね。インドのIT業界団体NASSCOMも、「米国での事業継続に支障が出る」 「ビジネスモデルや収益源に大きな混乱を招く可能性がある」と危機感を表明しているわけです。
インドIT業界の緊急対応:オフショアリングとGCC戦略の加速
では、この状況を受けてインドのIT業界はどのように対応しようとしているのか、今後期待される潮流についても考察してみたいと思います。
まず、当然ながら、このコスト増分をクライアント企業に転嫁するという方法が考えられると思います。インドの格付け機関CRISILの分析では、増分コストの30%から70%をクライアントに転嫁する、こういった戦略を取るのではないかと見込まれていますけど、ただ、これはコスト削減を求めるアウトソーシングの基本原理と矛盾する戦略とも言えるので、クライアント企業からの反発は避けられないのではないかと思われます。
なので、デリバリーモデル自体を再構築せざるを得ない状況だと考えています。アメリカに呼べなくなった優秀なインド人材をインド国内のグローバル・ケイパビリティ・センター、いわゆるGCC拠点で積極起用していく、こういった戦略への移行が加速するのはほぼ間違いないのではないかと感じます。要は、「アメリカに呼べないなら、インドで雇ってリモートでやってもらおう」 という方向への転換ですね。
ちなみに、インド人材を雇用して、リモートで一緒に仕事をする、というのはまさにこれから日本企業にとっても極めて重要な新しい海外人材獲得手法のひとつとして定着していきますので、このあたりについては次回の動画から2回にわたって公開予定の動画でEORというスキームやGCCの戦略的価値について詳しく解説をしたいと考えています。もしご興味のある方はこのチャンネルを見失ってしまう前に忘れないよう今のうちにチャンネル登録をお願いいたします。
あと、H-1Bビザの代わりに、社内転勤者用のL-1ビザとか、カナダ・メキシコ国民向けのTNビザを活用するという方法も考えられます。
L-1ビザは特に年間の定員枠とか抽選制度がないので、いったんアメリカ国外の海外グループ会社で1年以上の勤務実績をつくった上で、同じグループ内の社内転勤としてアメリカに入国させる、という「グループ会社迂回モデル」であったりとか、カナダやメキシコに「ニアショア・デリバリー・センター」を設立することで、カナダ・メキシコ国民向けTNビザを活用して隣国からクライアントワークを強化する、という「ニアショア拠点モデル」も加速するんじゃないかと思われます。
日本企業にとっての「戦略的機会」:優秀なインドIT人材を獲得するためのアクション
最後に、私たち日本企業にとってもっとも重要なお話をしたいと思います。勘のするどいかたはすでにお気づきだと思いますけど、このアメリカの劇的な移民規制強化は他人事ではありません。むしろ、日本にとっては戦略的な好機にもなり得ます。
アメリカでの就労が難しくなることで、優秀なインドのIT人材のキャリアの選択肢は多様化していって、カナダや欧州、オーストラリアなどの英語圏への流入が増えると同時にですね、日本もまた、このグローバルな人材争奪戦の渦中でより戦いやすくなるのではないかと期待しているわけです。ご存知のとおり、日本のIT業界は2030年には最大で約79万人の人材が不足する可能性があると言われています。
この移民規制強化によってインドのIT人材が他の国に目を向けざるを得なくなった今こそ、日本企業にとっては、優秀な人材を確保するチャンスが巡ってきたとも言えます。この絶好の機会を活かすために、日本企業が取るべきアクションは3つあります。
1.報酬水準の国際競争力強化:競合国に負けない待遇の提示
1つ目、賃金・報酬水準の国際競争力の強化です。
優秀なインド人材を獲得するためには、カナダや欧州といった競合国と比べて見劣りのしない待遇を提示することが不可欠です。アメリカほどの高額な年収である必要はないと思いますけど、国際市場、そして、インド国内の給与相場に合わせて、競争力のある報酬体系を提示していくことが求められています。
2.柔軟な採用戦略へのシフト:リモート雇用とEORの活用
2つ目、人材獲得方法の柔軟な戦略です。
すでにアメリカの金融大手は「アメリカに呼べない人材は、インド拠点でリモートで活用する」という戦略にシフトしているという報道も出ています。日本企業も同じように、「海外人材を日本に呼ぶ」ことだけに固執せず、オフショア開発やリモート雇用、さらに、EORという代替雇用スキームと組み合わせた柔軟な海外人材の活用を検討するときが来ています。
※EORに関しては、こちらの記事(EOR活用と企業の対策とは?)もご覧ください。
3.企業ビジョンと魅力を発信:インド人材に「選ばれる」企業になるために
そして最後3つ目は、なんといっても企業自らがダイナミックな夢を描き、自社の魅力を伝え続ける努力をすることです。
優秀なインド人材を集めている企業は、超一流企業だけではありません。むしろ、誰も知らないスタートアップ企業が、実現したい世界観・ビジョン・夢を語ることで優秀なインド人材をたくさん獲得できているという事実があります。これはもちろん弊社にも同じことが言えるんですけど、自社の魅力を伝えることにもっともっと貪欲になっていく必要があるので、ぜひみなさん一緒にインド人材から選ばれる企業を目指していきましょう。
H-1B規制強化を日本企業の成長チャンスに変える
さて、皆さん、いかがでしたでしょうか?今回の動画では、米国H-1Bビザに関する衝撃ニュースが、インド人材やそして世界のITアウトソーシング市場にどれだけ大きなインパクトを与えるのか、そして日本企業が取るべき戦略についてご紹介いたしました。ぜひインド人材の採用を検討されている企業様は参考にしていただければと思います。
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