インドの監査人選びの極意:真のプロを見極めるための指南書
日本ではすべての会社に会計監査が義務づけられているわけではなく、上場企業や(会社法上の)大会社など、金融商取引法や会社法で会計監査を義務づけられる会社が指定されています。それに対してインドでは、会社の規模を問わず、すべての会社に会計監査が義務づけられています。日本本社が監査対象の企業ではない場合、会計監査対応に慣れていないため、会計監査とはどのようなもので、どのような観点で監査人を選べば良いのか迷うこともあると思います。また、たとえ日本で会計監査を受けている場合でも、インドでは事情が異なるのではないかと不安に感じている企業も多いのではないでしょうか。
以前、「F-33 : インドの監査人変更手続きについて」の記事でご紹介した通り、インドの監査人の任期は1期5年であり、任期途中で解任・除名をするのは困難をともなうケースも散見されますので、できれば監査人選任の段階で、御社にとって相応しい信頼できる監査人を選びたいところです。そこで本記事では、インドの監査対応実務に即して、信頼できる監査人を選任するポイントをご紹介します。
1.監査の目的を明らかにする
前述の通り、インドではすべての会社に会計監査が義務づけられているため、非常に多くの監査法人があります。高額の監査費用を捻出できない零細企業のニーズにも対応して、非常に安価な報酬で監査を実施する監査法人も多々あります。しかし、格安の監査法人は監査手続きに工数をかけないからこそ安く、ミスの見逃しや事業や取引に対する理解不足も多く、また、積極的にリスクを取る傾向にあるため、財務諸表の虚偽表示を発見することはあまり期待できません。
もちろん、「うちはコンプライアンスさえちゃんとやっていれば問題ないので、とにかく安く監査してくれるところが良い。」というのも1つの考え方ではあります。しかしながら、有識者の間でも見解が分かれる不明瞭な会計・税務論点を多く抱えるインドにおいて、会計処理や税務コンプライアンスにおける見解の相違や潜在的な法令違反は常に起こり得るため、専門家でありかつ第三者の立場である監査人がしっかりと監査を実施する意味とその価値は大きいと言えます。また「NEWS LETTER VOL.21 監査人とのコミュニケーションにおける注意事項」の記事で、監査人の機能には批判機能と指導機能という2つの機能があることをご紹介しましたが、せっかく監査を受けるのであれば質の高い監査人に指導機能を発揮してもらった方がインド現地法人の管理体制強化に効果的です。特にインドの子会社は日本本社の管理部門からはなかなか管理をしづらく、駐在員の方が管理部門での経験が浅い場合には、財務諸表の数字が間違っていた際の違和感にも気づかず、従業員の不正にも気づかないケースがほとんどです。したがって、本記事では品質の高い監査法人を選任し、法令遵守のためだけでなく、会社の経営管理体制にも大いに貢献ができるという観点から監査法人の選び方をご紹介したいと思います。
2.監査人の専門性と信頼度を確認する
最も重要なのは監査人の専門知識の深さや経験の豊富さ、他社での評判を確認することです。具体的には以下の手順で確認しましょう。
2-1. 資格と認定を調べる
監査人の資格や認定を調べることから始めましょう。インド勅許会計士協会(ICAI)の会員であるかどうかはもちろん、米国公認会計士協会(AICPA)、内部監査人協会(IIA)、英国勅許公認会計士協会(ACCA)など、評判の高い専門組織や団体の会員であるか、資格を正当に取得・保持しているかどうか等をチェックしましょう。これらの会員資格は、多くの場合、厳格な専門基準や倫理指針の遵守を義務づけています。
2-2. 監査人の経験を評価する
監査人の実務経験年数や、特定の分野のクライアントを担当したことがあるかどうかを確認しましょう。監査法人のホームページ等に掲載されているケーススタディやクライアントの声から、会計監査における専門知識や実績を確認しましょう。特に、会計監査の知識や経験だけでなく、貴社の所属する業界での監査経験があるかどうかも確認することが大切です。同じ業界での監査経験がないと、業界特有の制度や会計処理に精通していない可能性があります。
2-3. オンラインでリサーチを行う
より多くの情報を収集するために、オンラインの情報を活用することも有効です。監査人の名前または事務所名で検索し、そのウェブサイト、SNS等ソーシャルメディアのプロフィール、オンライン上のレビューやフィードバックを確認しましょう。肯定的なレビューと否定的なレビューの両方を参考にします。
2.4. 他の日系企業や専門家のネットワークに相談する
会計監査に関連する専門家ネットワークやフォーラムに参加することで、監査人と協働した経験のある専門家に意見を求めたり、業界内で悪い評判が立っていないか確認したりすることも可能かも知れません。また、取引先やビジネスパートナー、もしくは商工会などを通じて他の日系企業に相談することもできるでしょう。評価は、包括的で複数の情報源に基づくべきです。監査人の評判をより総合的に把握するためには、資格、経験、コンプライアンスにかかる包括的知識、業界内フィードバックなど様々な側面を評価することが重要です。
2.5. 過去の監査報告書を確認する
もし可能であれば、監査人が過去に実施した監査報告書を閲覧させてもらいましょう(公開情報のため、監査クライアントの企業名さえ分かればインド企業省MCAポータルから入手可能)。監査報告書のフォーマットや指摘事項の合理性、正確さ、明確さなど、監査人の仕事の質を確認します。
2.6. 品質管理プロセスについて問い合わせる
監査法人の品質管理プロセスについて問い合わせましょう。信頼できる監査法人は、監査人としての独立性に加えて、監査手続の有効性や正確性を担保するために強固な品質管理手段を有しているはずで、専門的なサービスの品質がどのように維持・管理されているかを示すことができます。例えば、会計士同士の相互レビュー(ピアレビュー)、監査人に対する定期的な専門研修、内部又は外部サービスにおける専門能力開発プログラムなどが挙げられますが、これらの品質管理プロセスを挙げることができない監査法人はプロフェッショナル意識が低い可能性があり、品質を担保するための優先順位が確立されていないケースも想定され、クライアントが要求する納期に対して品質を維持することができなくなる可能性があります。
3.体制の整った監査法人を選ぶ
2~3人の会計士で経営している監査法人に会計監査を任せた場合、その監査担当者とのコミュニケーションに問題があったり、監査人の繁忙期にスケジュールがかぶってしまい会計監査の期限に影響を及ぼしたりするリスクがあります。その会計士との関係性や相性が良ければ問題ありませんが、可能なかぎり監査スタッフ、マネージャー、パートナーといった職階に分かれ、状況を問わず監査チームを柔軟に編成できる監査法人を選任しておいた方が、いざという時には安心です。
4.コミュニケーションの柔軟性を見抜く
監査人の中には、重箱の隅をつつくような細かい指摘や、重要ではないが修正には膨大な時間を要するような非本質的な指摘を大量に行い「修正しなければ監査報告書に署名はできない」と一方的な主張をしてくる厄介な監査担当者もいます。もしくは、十分な監査手続きを行わず、後から(本社の内部監査などで)粉飾決算などが発覚した時に「監査人の責任は監査基準に則って監査手続きを行い、財務諸表に対して合理的な保証をすることなので、今回の問題は監査の責任範囲外で、特に監査上の注意を払うつもりはありません」と責任回避をする人もいます。
監査人のコミュニケーション能力は最も重要な要素ですが、事前に見抜くのは決して簡単ではありません。中堅・中小監査法人の場合には創業者や監査パートナー(監査法人のマネジメント層)と積極的に対面でのコミュニケーションを取り、かつ、WhatsApp等でつながり、人柄やコミュニケーションの取りやすさ、レスポンスの速さ等を事前に確認しておくことも重要です。また、ビジネス以前に個人的に仲良くなっておくことがスムーズな監査手続きにも影響を与え得ます。監査人のコミュニケーション能力を完璧に見抜く方法はありませんが、ある程度事前に評価するためのポイントをいくつかご紹介します。
4.1. 決算スケジュールの相談をする
日本の本社が上場企業であり、インド子会社が連結開示の範囲に含まれている場合には、決算スケジュールは厳しいものになるはずです。そこで契約締結前に監査人に決算スケジュールの案を提示し、対応可能かどうかメールで言質を取っておくことがお勧めです。タイトな期日に対して監査人がどのような提案をしてくるかがひとつの評価基準になります。「No problem」というシンプルな回答には十分な懐疑心を持ち、どのような手続き・方法論に基づき問題がないと言い切れるのかをしっかりとヒアリングしておくことが重要です。監査契約をした後で「そのスケジュールでは無理です」と言われてしまうと、後の祭りになります。監査のスケジュール管理については「NEWS LETTER VOL.19 監査スケジュール調整時の注意事項」の記事をご高覧ください。
4.2. 監査指摘に対する柔軟性を確認する
例えば、「監査の指摘事項について納得ができない場合には、相談することは可能ですか?指摘事項は全て是正しなければなりませんか?」などとメールで質問し、回答の記録を残しておくことも有効だと考えられます。監査契約前は監査人の態度も柔らかいと思いますので、「柔軟に対応できます」という回答が得られることが一般的です。もしこの時点で「監査報告書に署名するのは監査人ですから、我々の監査指摘には全て従ってもらわなければなりません」などと回答するような監査人とのコミュニケーションは相当に難しくなることが容易に想像がつくため避けた方が良いと思いますが、監査契約後にはそのように要求してくる監査人も多いものです。監査契約後に監査人の強硬な態度を牽制するためにも、事前にメールで質問しておくことは有効だと思われます。
4.3 法定ではないレビュー業務をお願いする
別途追加費用がかかってしまいますが、法定監査の契約を締結する前に、任意のレビュー等の合意された手続業務(AUP : Agreed Upon Procedure)をスポットで依頼し、監査法人の仕事ぶりや成果物を見てみるのは有効な判断方法です。例えば、内部監査を通じて業務プロセスやコンプライアンス対応状況のレビューを依頼してみる等が考えられます。新設法人の場合はレビュー対象となる取引が少ないので実効性は低いかも知れませんが、現監査人の任期満了にともない新監査人への変更を考えている企業にとっては、任意レビューを依頼するのは有効な方法です。
5.信頼できる企業から紹介を受ける
以上、監査人選定のポイントについてご紹介しましたが、それでもやはりインドで信頼できる監査人を事前に見極めるのはとても難しいことです。最も安心できるのは、日系企業の同業他社や取引先から評判の良い監査人を紹介してもらうことではないでしょうか。弊社では経理業務の代行サービスをご提供させて頂いているお客様に、信頼できる監査法人をご紹介することが可能です。多くの日系企業での監査経験があり、かつ、弊社が信頼関係を構築してきた監査法人のため、安心して会計監査手続きを依頼していただけると思います。
インド国内の多くの会計事務所が特定の監査法人のみとお付き合いをしているケースが散見されますが、弊社の特徴としては、複数の監査法人と幅広くお付き合いをしている点が挙げられます。つまり、監査人によって見解の相違が生まれた際のセカンドオピニオンとして活用したり、我々がそのような状況においてもプロフェッショナルとして客観的立場をとって適切な対応ができ、かつ、監査法人に対しても意見を主張できる適正なレビュー体制と、監査人との対等な関係性を構築しています。また、特定の監査法人のみと提携をしている場合には、例えばクライアント企業が期待する監査スケジュールが一時期に集中してしまうことによる品質・納期への影響リスクも懸念されるところですが、複数の監査法人とお付き合いをすることで当該リスクを分散させることもできるのです。インドで監査人の選定にお困りの場合にはぜひご相談ください。
執筆者紹介About the writter
京都工芸繊維大学工芸学部卒業。米国公認会計士。税理士法人において中小企業の税務顧問として会計・税務・社会保険等アドバイザリーに約4年半従事、米国ナスダック上場企業において国際税務やERPシステムを活用した経理部門シェアード・サービス導入プロジェクトを約3年経験後、30歳を機に海外勤務を志し、2012年から南インドのチェンナイに移住。2014年10月に会計士仲間とともに当社を共同設立。これまで200社超の在印日系企業や新規進出企業向けに市場調査から会社設立支援、会計・税務・人事労務・法務にかかるバックオフィスアウトソーシングおよびアドバイザリー業務を提供。また、インド人材のリモート活用にかかる方法論および安心・安全なスキームの導入支援を積極的に行っている。