インドで仕事をする日本人の所得税とビザに関する実務を理解する
※当該コラムは2015年11月に執筆しております。
インドで仕事をする日本人の数が年々増加傾向にあります。いまや約1,000社以上の日系企業がインドに進出しており、それを大きく上回る数の日系企業が、何らかの形でインドとのビジネスに関わっています。昨年あたりから世界で就職する「セカ就」や「海外就職」などという言葉をよく聞くようになり、私が住むチェンナイにおいても、現地採用で働く日本人の若者がここ一年ほどで急に増えてきました。また、脱サラして当地インドで自ら起業をして奮闘している日本人も少なくありません。
例えば、2015年8月には元大手自動車メーカーのエンジニアが脱サラ後に当地チェンナイで起業し、チェンナイ初の日本人が作る本格ラーメン屋をオープンさせました。さらに、来月にはチェンナイ初の日本人美容師による美容サロンがオープン予定です。今回は、そんなインドで仕事をする日本人が、インドに滞在する上で重要な論点である「個人所得税」と「査証(ビザ)」の実務についてご紹介をしたいと思います。
※2018年10月末時点でインド進出日系企業数は1,441社になりました。
■ インド出張者の給与にかかる個人所得税と税務上の取り扱いについて
インドに出張する日本人は、ビジネスビザ(Business Visa)を取得し、原則、日本法人がその給与や出張手当等を支払い、かつ、負担しているケースがほとんどかと思います。つまり、当該出張者の個人所得税は日本側で納税が完結しており、インド税務当局に対しては一切納税をしないことになりますが、これは日印租税条約第15条に規定される「短期滞在者免除」が適用される場合においてのみ、インドでの納税義務の免除を受けることが可能です。つまり、以下3つの条件を全て満たす必要があります。
(1)、課税年度におけるインド滞在日数の合計が183日以内であり
(2)、給与・手当・賞与等が日本法人から支払われており
(3)、給与・手当・賞与等がインド法人によって一切負担されていない
長期出張、もしくは、複数回の出張により年間のインド滞在日数の合計が183日を超える場合には、日本側でしか給与を支給していなかったとしても、インドで仕事をしたことによって得た所得(インド国内源泉所得)全てに対してインド国内で課税されるため、年度末にインドで確定申告をしてインド税務当局に対して納税する必要があります。
なお、長期出張者のインド連続滞在日数が180日を超える場合には、FRRO(Foreigner Regional Registration Offices)において外国人登録(RP:Residential Permitの登録)を実施する必要があるため、当該外国人登録を避けるために連続滞在日数が180日を超える前に一度インドを出国させるという対応を取っている日系企業は多いかと思います。一方で、逆に外国人登録がないとインドで銀行口座が開設できない等何らかの支障が出るケースもあるため、ビジネスビザであっても必要に応じて自主的にあえて外国人登録をしている日本人も多数いるのが現状です。
※2018年度から、長期出張者を含むビジネスビザ保有者の場合は、”連続滞在日数”ではなく合計滞在日数が年間180日を超える場合にFRROにおける外国人登録が必要となりました。
また、当該出張者のサポートについて、もし日本法人が人的役務提供サービスとしてインド法人に対して請求をする場合には、「技術上の役務提供にかかる報酬(Fee for Technical Services)」に該当し、インド国から見るとサービスの輸入に該当するため、サービス税(税率14%)の課税対象取引となり、かつ、日本への海外送金時に源泉所得税(日印租税条約適用の場合は税率10%)の課税対象取引となる点については事前に留意が必要です。
■ 判例から見るインド出向者(駐在員)の税務に関して注意すべきポイント
インドに出向(駐在)する日本人は、原則、就労ビザ(雇用ビザ:Employment Visa)を取得し、インド法人の従業員もしくは役員としてインド法人から毎月給与もしくは役員報酬を得ることになります。ここで注意が必要なのは、日本人駐在員の給与の支払・負担方法です。理想的には、全ての給与・手当・賞与等をインド法人が支払・負担できれば問題ないのですが、現実問題そういう訳にはいきません。つまり、インドでの駐在期間も、日本の社会保障制度の受益権を継続させておくために、また、単身赴任者が日本に残してきているご家族の生活費のためにも、日系企業はインド払い給与と日本払い給与の2つに分けて給与を支給しているケースがほとんどです。
しかしながら、この状況は以下のような観点から、インド税務当局から「サービスPE課税」の指摘を受けてしまうリスクがあります。実際に、英国企業Centrica India Offshore Pvt Ltd.社の税務訴訟において、2014年4月にデリー最高裁判所にてPE課税を認める判決が言い渡された税務訴訟事例が発生しています。(※「サービスPE課税」とは、外国法人の代理人として従業員がインドにおいて技術支援等何らかの役務提供を行っていると見なされ、外国法人が享受しているとされるみなし所得に対して課税されることを指します。)
(1)、駐在員の真の雇用者は外国法人であるとする駐在者との雇用関係
(2)、駐在員を通して外国法人がサービスを提供しているとする役務提供取引の実態
(3)、外国法人が駐在者の管理・監督・契約に関する実質的な権利を有しているとする権利関係の実態
以上のことから、ある程度のサービスPE課税リスクを取ることは実務的には仕方がないとしても、当該リスクを可能な限り軽減するために、上記3つの観点からしかるべき内容を含む「出向契約書」や「雇用契約書」等を正式な文書として整備しておき、事前に税務調査に備えておくことが望ましいと考えます。
(※なお、日本本社が負担している給与については、法人税基本通達9-2-47「出向者に対する給与の較差補てん金の取扱い」に規定される範囲内において、日本法人における税務上の損金算入が認められています。)
また、日本払い給与をインド法人に付け替える場合にも注意が必要です。つまり、当該費用が「技術上の役務提供にかかる報酬(Fee for Technical Services)」と見なされないように、あくまで日本払い給与実費の立替精算(Reimbursement)であることを、契約書や請求書等において明記しておく必要があります。もし、当該立替精算が、書類の不備等によって「技術上の役務提供にかかる報酬(Fee for Technical Services)」に認定されてしまった場合には、上記と同様に、サービス税と源泉所得税の課税対象取引となっていまい、ダブルパンチを受けることになってしまいますので注意が必要です。
■ 日本人がインドで起業する際に適用されるビザの取り扱いについて
日本人がインドで起業する場合には、適用されるビザとその発給要件について事前に理解をしておくことが重要です。ちなみにMHA(Ministry of Home Affairs:インド内政省)がそれぞれのビザの発給要件等を公表していますが、これらの規定があまり明確ではありません。私のこれまでの経験を考慮した実務的な見解としては、個人投資家としてインド法人に直接出資をする場合にはビジネスビザ(Business Visa)が、日本法人を設立した上で当該日本法人を介してインド法人に出資をする場合には就労ビザ(雇用ビザ:Employment Visa)が適用されることになります。
ここで注意が必要なのは、個人投資家としてインド法人に直接投資をした場合です。ビザ取得申請時は日本の東京および大阪にあるインドビザ申請センター(在日インド大使館管轄)に出向いて取得申請手続きを行うことになりますが、インドビザ申請センターの理解と、FRRO(MHA:Ministry of Home Affairsインド内政省管轄)の理解が違っているケースがあり、ビジネスビザが適用される基準が明確になっていません。インド内政省管轄のFRROでは、「個人投資家の出資比率が10%未満程度であれば、ビジネスビザではなく、就労ビザが適用できる可能性もある」などと曖昧な表現をしており、私の場合は出資比率が10%を大きく上回っていたために、日本のインドビザ申請センターで一度適用を受けた就労ビザがインドでは認められず、渡印後にFRROでの外国人登録ができず、一度日本に帰国させられる事態となりました。なお、個人投資家としてのビジネスビザ(=別称“投資家ビザ”)が適用されると、設立から2年以内に年商1,000万ルピーを達成しなければならない、という発給要件も設定されており、当該要件を満たせなかった場合にはそれ以降はビジネスビザが更新できなくなる、という高いハードルが課せられています。したがって、可能であれば日本法人を設立した上で、当該日本法人を介してインド法人に出資をして、就労ビザでインドに滞在する方が無難、という見方もできますが、一方で、就労ビザの場合には発給要件として最低年収25,000米ドルという要件を満たさなければならないので、当該給与負担をまかなっていけるだけの出資計画および事業計画を立てておく必要があります。
ちなみに、以前まで観光ビザ取得の選択肢として利用されていたアライバルビザ(Visa on Arrival)が今年から実質廃止となり、事前オンライン申請によるETA(Electronic Travel Authorization)の新制度に移行されています。以下リンク先のホームページに実務的な手続きに関する詳細が分かりやすく紹介されていますのでご参考まで。
https://indianvisaonline.gov.in/evisa/tvoa.html
※2018年度より雇用ビザの発給要件である最低年収基準は1,625,000ルピーに変更されました。