NEWS LETTER VOL.19 監査スケジュール調整時の注意事項
- 第一章:インドの最難関試験?
- 第二章:インドにおける監査スケジュールの全体像
Chapter.01第一章:監査ドラマを鑑賞する際の注意事項
「。。よって今回、われわれ監査法人は、あなたがたの財務諸表を承認することは、できません!」
監査側の20代の主査はその後、クライアント側の取締役全員をにらみつけ、真ん中の社長が、へなへなとじゅうたんに崩れ落ちます。代表社員とよばれる監査側の親分は、部下であるはずのその主査のかたわらで、みじろぎもせず、震えるくちびるを噛みしめています。。
10年以上も前に日本で放送された、会計監査を題材にした連続ドラマの中では、何度も出てくるシーンです。
美男美女の公認会計士ばかりがそろっている不思議さ以上に、とても分かりやすい違和感を次から次へとお茶の間へ提供してくれた、一瞬たりとも目の離せないドラマでした。
ドラマの詳しい内容に触れることは本意ではありません。ここでは、日本において当てはまると思われる視聴者側に立った指摘事項のいくつかに触れるにとどめたいと思います。
1.監査初日に、黒塗りの車数台でクライアントの本社正面玄関に乗りつけたりはしない。
会計監査は、まず、経験年数の比較的少ない会計士たちによって、経理部保管の総勘定元帳のチェック、現金の実査、固定資産の実地棚卸など、こまかな照合作業が粛々と行われていくため、東京地検特捜部や、国税局査察部(マルサ)のように威圧的に登場することはありません。
2.冒頭のクライアントへの最終講評直前になって、上司(監査側の代表社員)が、主人公の若い会計士に向かって、「おまえは、どうしても承認しないつもりか」と迫り、胸ぐらはつかまない。
そもそも、上記1の一連の作業の後は、マネージャークラス以上の会計士たちと、クライアント側の経営陣による、重要な期末会計処理の打ち合わせ、折衝が行われ、その後監査法人内で、監査報告書の原案から最終稿までが作成されます。
最終評価である「監査意見」は、4段階評価 (インドも同じ ー 会計監査手続きや監査意見については、こちらのコラム)にわかれています。もっとも事態が深刻である、「意見不表明」というものがありますが、監査人が監査報告書に署名しないということではなく、「監査が成立しないほどの不明瞭な事項が見受けられるため、監査意見を表明しない」旨を記載した監査報告書をクライアントに提出するということなのです。
クライアントの現場で生々しい監査報告書をプリントアウトして、署名するか否かのクライマックスを、しかも若い会計士たちが迎えるということはありません。
3.クライアントの子会社でもなんでもない別会社の倉庫に潜り込んだり、極秘に帳簿を入手したりして、クライアントの不正と癒着の秘密をあばいてしまった挙句、ひとりで義憤と懺悔のはざまで悩んだりはしない。
監査人には監査対象であるクライアントの情報についての守秘義務があるように、クライアントではない別会社の実態調査を独断で行うことなどは、その別会社にかかる守秘義務を侵害することになります。
熱血主人公に対して上司が、「お前たち、法を犯してまでクライアントの秘密を暴く厳格監査など、本末転倒だ」と糾弾する姿勢はとても正しいです。
4.厳格監査がモットーの若い会計士が、トップである理事長に 「あなた方は現場を忘れてしまっているんだ」とさけび、そして理事長は、グラスの中の氷をころがしながら、「そう、バランスシートってやつだ、表裏一体。。」 と遠い目をしない。
「このドラマはフィクションである」 との但し書きが、いつも開始部分に出てきます。現実離れしすぎていますが、公認会計士たちも人間です。ときにはジレンマにも陥ることもあります。
第二章では、現実に即したインドにおける監査時の注意事項の続編を展開します。
Chapter.02第二章:監査スケジュール調整時の注意事項
日本では非上場企業には監査を受ける義務はありませんが、インドでは全ての企業が監査を受ける必要があります。
今回は、インドにおける監査スケジュールの全体像についてご紹介します。
1.日本とインドのスケジュール感の違いを理解する
日本では、上場企業は45日以内の開示に向けて決算を実施し、非上場企業でも期末決算時には締日から2~3か月以内に法人税の申告を完了させなければならないため、期末決算の時期は非常に慌ただしくなります。
一方のインドでは、決算月が3月に法定されており、海外関係会社との移転価格取引がない企業の場合は翌年度の9月末、移転価格取引がある場合には翌年度の11月末が法人税の申告期限となっています。
監査については上記の法人税申告期限までに完了させれば良いため、インドでは日本と比較して非常にのんびりと期末決算を実施します。期末だからと言って特別に忙しいわけではありません。
インドでも上場企業は日本と同様の開示スケジュールで慌ただしく期末決算を行いますが、上場企業を担当していない監査人は決算日から6~8ヶ月以内というゆっくりしたスピード感で監査を進めるのが当たり前という感覚を持っていることに注意が必要です。
その監査スケジュールでも特段の問題がない場合には、わざわざ日本本社や日本人駐在員が積極的に監査スケジュールの進捗管理をしなくても、インド人のローカル経理スタッフと監査人に任せておいて問題ありません。
しかしながら、本社が上場企業である場合には遅くとも4月25日頃までに期末決算の数字を確定させて欲しいはずですし、非上場企業であっても早めに決算報告をして欲しいと考える企業は多数あります。
その場合には、日本人が積極的に決算の進捗を管理する必要があります。この記事では、監査スケジュールの計画と進捗管理に関する注意事項をご紹介します。
2.一般的な監査スケジュール(日本本社が上場企業の場合)
この項目では日本本社が上場企業である場合にインド子会社へ要求される一般的な監査スケジュールをご紹介します。( )内の期日は、最終試算表を4月25日に確定させることを前提とした場合のスケジュール目安です。
1.監査報酬と監査スケジュールの確定(12月末)
日本本社が上場しており、インド子会社が連結決算の対象となっている場合には、一般的に4月25日頃までにはインド子会社の決算を確定する必要があります。
当該期日からスケジュールを逆算すると、12月末までには監査報酬と監査スケジュールについて監査人と合意をしておく必要があります。
4月25日までに財務諸表の数字を確定させる場合、3月31日から4月25日までの間に1年分の帳票類を全て確認するのは難しいことから、1月末または2月末時点で中間監査を実施するのが一般的です。
2.監査必要書類リスト(PBC List)の送付(1月末)
まずは監査人からクライアントへ、監査に必要な書類リスト(PBC List : Provided By Client List)を送付してもらう必要があります。
1月末時点で中間監査を実施する場合には、1月末までに監査人からPBC Listを入手する必要があります。監査人がPBC Listを作成するためには会社の規模や取引数などをざっくり把握しておく必要があることから、12月までの試算表を監査人に送付し、1月末までに必要書類リストを作成してもらうのが一般的です。
監査人からPBC Listを受領したら、各書類の担当者と送付期限について社内で確認します。中には日本の本社が準備しなければならない資料もあるため注意が必要です。
3.中間監査必要書類提出(2月中旬)
上述の通り、4月中に期末監査を完了させたい場合、4月に入ってから1年分の監査を実施するのはスケジュールの観点から厳しいため、期中で中間監査を実施するのが一般的です。
取引量が少ない場合には2月末までの中間監査を実施することもありますが、3月までに中間監査が完了しなければ中間監査と期末監査が重なってしまうことになってしまい、結局慌ただしいスケジュールになってしまうため、通常は4月~翌1月分を中間監査でチェックし、2月~3月分を期末監査で確認します。
4.中間監査指摘事項送付(2月末)
4月~翌1月分(10か月分)の中間監査を実施した場合、監査人は中間監査の指摘事項を2月末頃までに送付します。監査指摘の内容を確認し、異論があれば監査人へ反論し、指摘事項に納得した場合には指摘事項に従って帳簿を修正します。中間監査の指摘事項は3月末まで(期末監査が始まる前)に完了し、試算表を監査人へ送付して認識に齟齬がないかを確認します。
5.期末監査必要書類提出(4月15日)
3月の決算を速やかに締め、2~3月分の必要書類を4月10日までに監査人へ送付します。
6.期末監査指摘事項と最終試算表送付(4月20日)
主要な修正は中間監査までに完了しているはずなので、期末監査の指摘事項は最低限であることが一般的です。但し、2~3月で新しい取引が発生したり会計方針の変更があった場合(工場の稼働開始、新しいビジネスの開始、M&Aの実施など)には大幅に時間がかかってしまいます。スムーズに期末決算を完了させるために、大きな取引は中間監査の段階で事前に監査人と協議しておく必要があります。
7.監査修正の実施(4月23日)
監査指摘事項を確認し、異論があれば監査人と協議し、異論がなければ監査修正を実施します。監査修正が完了すれば最終的な監査済財務諸表が確定し、それ以降は数字が動くことはありません。
8.連結パッケージの最終確定(4月25日)
監査人はインドの会社法に準拠した財務諸表で数字を確定させるため、日本の本社が読み解くには時間がかかります。最終確定した数字に合わせて社内の経理スタッフが月次報告書や連結パッケージを修正する必要があり、この作業に1~2営業日必要となる点に留意が必要です。
9.監査報告書の提出(4月30日)
4月23日の時点では数字が確定しただけなので、まだ監査報告書は提出されません。監査報告書が必要となる場合には、監査報告書の提出スケジュールについても事前に決めておく必要があります。
なお、上述の通りインドでは税務申告が翌年度の秋となっているため、決算書が完成した段階ではまだ税務申告書は作成されていません。
損益計算書に法人税が計上されている場合や、貸借対照表に繰延税金資産または繰延税金負債が計上されている場合には最終的な試算表が確定した段階で正確な税金計算が完了していますが、法人税や繰延税金資産·負債の計上がない場合には税金の計算が後回しになっており、監査報告書提出の段階では完了していない場合があります。
本社の連結決算の監査で本社の監査人からインド子会社の繰越欠損金などについて問い合わせがあった場合、上記の事情により情報を提供できない可能性があるため、もし4月30日の段階で法人税の計算まで完了させておく必要がある場合には、スケジュール調整の段階でその旨を監査人と合意しておく必要がある点について注意が必要です。
3.一般的な監査スケジュール(日本本社が非上場企業の場合)
本社が非上場企業の場合は、上場企業ほどのタイトなスケジュールは求められませんが、だからと言ってインド人経理スタッフと監査人にスケジュール調整を任せていては決算の確定が翌年度の秋となります。
もし決算数値を早く知りたい場合には、積極的なスケジュール調整が必要です。以下は、5月末までに監査を完了させたい場合の一般的なスケジュールです。
1.監査人と事前に協議しておいた方がよいと思われる取引の精査(1月)
期中にすでに発生している取引や、期末までに発生することが見込まれる取引において、監査人と事前に協議をしておいた方が良いと思われる重要性の高い取引や事象の有無を確認し、会計処理や税務処理にける見解を事前に確認·精査しておくことが必要です。
2.監査報酬と監査スケジュールの確定(2月)
日本本社が非上場企業の場合は中間監査を実施しないのが一般的なため、年末までにスケジュールを確定させる必要はありませんが、とはいえ3月に入ってからスケジュールの調整をしたのでは手遅れの可能性が大きいので注意が必要です。
3.監査必要書類リスト(PBC List)の送付(3月末)
2月末までの試算表を監査人へ送付し、年度末までに監査人から必要な書類リスト(PBC List)を受領します。
4.期末監査必要書類提出(4月末)
監査人から依頼された資料を4月末までに監査人へ送付します。
5.監査修正と最終財務諸表送付(5月20日)
監査人と協議しつつ監査修正を進め、5月20日頃までに決算数字を確定させます。この際に、監査修正仕訳(AJE : Audit Journal Entry)のリストも合わせて入手しておくと監査修正の全体像および具体的な内容を把握でき、かつ、翌期への繰り越し処理がスムーズです。
6.監査報告書の提出(5月31日)
監査人から会社へ監査報告書を提出します。
次回は、監査スケジュールの計画時に特に注意すべき具体的なポイントと事例をご紹介します。
執筆者紹介About the writter
慶応義塾大学経済学部卒。日本・香港・スリランカ・インドにて、日系企業の経理・財務・総務業務に約14年従事。スリランカにてCSR業務から派生したソーシャルビジネスの起業実績もあり、経営者として管理業務実績を数多く積んでいる。2019年よりバンガロールを中心とした南アジアに強い会計・税務コンサルタントとして日系企業のインド進出を支援している。
東京大学経済学部卒。IT業界での営業職を経て、経営企画室にて予算管理や内部統制整備、法務コンプライアンス業務、また、財務経理部にて海外子会社の経理業務などを含む幅広い経営管理業務に約10年従事。2018年より南インドに移住し、インド会計・税務コンサルタントとして日系企業のインド進出を支援している。2022年7月に退職。
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