NEWS LETTER VOL.21 監査人とのコミュニケーションにおける注意事項
- 序章:インドの「知」と「行」
- 本章:監査人とのコミュニケーションにおける注意事項
Chapter.01序章:インドの「知」と「行」
このニュースレターでは、教科書や手引書には載っていないような「知」と「行」を皆様と共有したいと考えています。
今回の本章では、監査人の立場も、弊社のような会計事務所の立場も、同じようなものとして認識されがちである一方で、実態としてはその果たすべき役割や期待される行動指針・日々のコミュニケーションにおいて大きく相違している点について、ぜひ皆さまにご共有をできればと考え、「監査人とのコミュニケーションにおける注意事項」についてご紹介差し上げたいと思います。
それでは、逆にベタベタな教科書知識にまつわる話をいくつか。
今バンガロール(弊社の拠点のひとつ)におります、と説明しても、ピンとこない日本の方々は実感としてまだまだいらっしゃいます。
でも面白いことに、今デカン高原にいるよ、というと「おお、デカン高原かよ!」といってくれる人が多いです。青少年期の教科書知識なんですね。とても便利です、ありがとう。
弊社の拠点間移動、バンガロールからチェンナイまでは、実は6時間の鉄道旅が便利です。
空路でもドアto ドアで4時間はかかってしまいますし、あっちこっち小刻みな移動も多くなることを考えると、冷房のきいた机付きの鉄道は、揺れも少なく落ち着いて仕事すらできてしまいます(泣)。
しかし、先週の鉄道旅の一番の目的は、この2拠点間の標高差約900m(軽井沢と東京くらいの差)を結んでいるとは到底思えない悠久の大地の走行が、いつの間にか我々を海抜0メートル地域に運んでしまう、というその大きな謎を解くことだったのです。
鉄道ファン的に言えば、実はいつもうたた寝している間に急斜面をスイッチバック式に進行方向を転換して、あるいはアプト式レールを敷いてそろりそろり下っているのではという疑念があったのです。
果たして、まんじりともせずに車窓を眺めていた今回の旅においても、ただの一度も斜めを体感することなく、デカン高原から一気にベンガル湾まで下りてしまいました。腑に落ちないまま思い立ったのは、遠い教科書の追憶、三角関数です。
約6時間の総走行距離である約350kmが三角形の斜辺となり、標高差900mが高さだとすると、その斜角は一体何度になるんだろう。
なになに、角度θを求めるには、サイン コサイン タンジェント・・のサインsinθ(斜辺÷高さ)を使うのだったっけ。
いやいや、それだけじゃだめらしく、その逆関数であるarcsin (x)を使わないと角度までははじき出せない、なんて完全に高校数学レベルを超えているし、じゃあ高校までの教科書知識っていかにもタスキに短しじゃないか、なんて消沈していると、スマホから三角関数表という便利な表があることがわかり、デカン高原数値sinθ= 0.0026を、当てはめると、、微小すぎて値がでない。。と、なんだかんだ苦戦しながら、ともあれ遠い教科書の追憶がきっかけで、今回乗った冷房ダブルデッカー(二階建て車両)型特急は、パチンコ玉も転がらない約0.15度で走り続けているらしいことが分かったのです。
ついでに、かつて地球にゴンドワナランドという超大陸があったことまでは教科書知識ですが、それはデカン高原の“ゴンド族の森”という意味らしく、今もインド最大の原住民族として300~400万人はいるらしい、じゃあ夕焼けの中ヤギ追いをしているあの男はゴンド族かもしれない、などとボーっと車窓をながめるのは、大人になってからの醍醐味ですね。
南アジア圏では2021年10月1日現在、スリランカ、モルディブ、ネパールが、世界からの観光客の受け入れをぞくぞくと開始しています。そしてインドもそろそろ、という動きになってきています。ぜひ、近い将来のインド旅がみなさまの知識欲を満足させられますように。それでは本章に入ります。
Chapter.02本章:監査人とのコミュニケーションにおける注意事項
1.監査人の役割とは
日本では非上場企業に対する会計監査は義務づけられていませんが、インドでは全ての株式会社に会計監査が義務づけられています。
企業の経営者は財務諸表の作成責任を負っていますが、いわば経営者が自分の成績を自己採点するようなものなので、不正に利益を水増しして報告するインセンティブが働きます。
投資家や債権者は経営者が作成した財務諸表に基づき投資や貸付の判断を行うため、財務諸表に虚偽表示があると投資や貸付の判断を誤ります。
投資家や債権者を保護するため、経営者によって作成された財務諸表が一般に公正妥当と認められる企業会計の規準に従っているかどうかについて意見を表明する責任を負っているのが監査人です。
企業の経営者は財務諸表作成責任を負っており、監査人は財務諸表の適正性に関して意見を表明する責任を負っているため、これを「二重責任の原則」といいます。
この記事では、全てのインド企業に義務づけられている会計監査について、監査人を有効に活用するためのポイントや、監査人とコミュニケーションを取るうえでの注意事項をご説明します。
2.インドの監査クオリティについて
インドの会計士試験は非常に難関で、日本の会計士試験と変わらないほどの超難関試験と言えます。インドでは会計士試験合格者は非常に高い社会的ステータスを持っており、インド人会計士のクオリティは国際的にみても高いと言えます。インド人会計士は監査のみならず、外資系企業が進出してきた時の経営戦略の策定や内部統制の構築、M&Aまで活躍の舞台を広げています。
但し、会計監査でも監査初期に会計帳簿をチェックしに来る担当者は月3,000~5,000ルピーという薄給のArticleshipの研修生(会計士の卵)であることが多いです。彼らは監査で手柄をあげるため、モチベーションが高く非常に細かいことまで指摘をする傾向にあります。
最終的に署名をするのはパートナーですが、インドでは監査の最終段階でパートナーレベルが出てきて「ちゃぶだい返し」をされることがあります。
このような事態を防ぐため、監査スケジュールがタイトな場合には、中間監査を受けることが重要です。監査人にはできるだけ事前に状況を共有し、何か日本本社側で懸念事項がある場合には、その懸念事項も事前に伝える必要があります。
中間監査を含む監査スケジュール調整の詳細については「NEWS LETTER VOL.19 監査スケジュール調整時の注意事項」(https://g-japan.in/news/news-letter-vol-19)をご参照ください。
3.監査人の指摘に納得できない場合
上述の通り、監査人からは驚くほど細かい指摘をされる場合があります。
法令や会計基準に明確な記載がない場合であっても、監査人側のリスクを避けるために念のため指摘をしてきたり、監査指摘数を増やすことにより「手柄をあげる」という目的で細かい指摘をしてくる場合もあります。
上述の通り、インドの勅許会計士は非常に優秀な反面、プライドが高い人も多いため、監査人との交渉において無理に論破しようとすると監査人が意固地になってしまい更に細かい指摘をされてしまうリスクがあります。
監査人とのコミュニケーションでは言葉の選び方やコミュニケーションの仕方について気をつけなければなりません。
4.監査人の交代について
監査人が交代するのは任期満了と任期途中での解任による交代があります。
監査人が解任に合意すれば、いつでも交代することが可能です。しかしながら、もし監査人が解約に抵抗した場合には、一方的に解任するのは極めて困難です。
解任するプロセスは会社法上規定されていますが、明らかな詐欺行為や違法行為を会社側が立証し、それを当局に承認をもらう必要があるためハードルは高いと言えます。従って、任意解約ができるよう大人の交渉が必要です。
監査人変更手続きの詳細については「F-33 : インドの監査人変更手続きについて」(https://g-japan.in/faq/companies_act-f-33)の記事をご参照ください。
5.監査人の活用
上述の通り、監査人には「できるだけ多くの監査指摘をしようとする」という傾向があります。この傾向を逆手に取ることによって、経理コストを抑えることが可能です。
そもそも会計監査には「批判機能」と「指導機能」という2つの機能があります。
批判機能
批判機能とは、監査人が企業の公表する財務諸表の適否を、一般に公正妥当と認められる企業会計の規準に照らして批判的に検討する機能をいいます。
指導機能
一方、指導機能とは、監査人が被監査会社に対し会計処理の欠陥等につき必要な助言・勧告を行い、被監査会社が適正な財務諸表を作成するよう指導する機能をいいます。
日本では一般的に、「監査で間違いを指摘されてないよう、事前に正確な財務諸表を作成することが大切である」と考えられており、監査において間違いを指摘されることは恥であるかのように考えがちですが、それは上記の「批判機能」に焦点をあてているためです。
なぜ日本の会計監査において間違いを指摘されることが問題になるのかと言うと、監査修正を実施することにより決算開示スケジュールがタイトになってしまうためです。
日本の上場企業は決算日から45日以内に開示をする必要がありますが、例えば12月決算の会社であれば監査は1月中旬頃から本格的に始まります。
例えば1月末になって大きな虚偽表示が発覚してしまうと、単体子会社決算と連結決算を修正し、会社法準拠の開示書類と金融商取引法準拠の開示書類を全て2月中旬までに修正し、チェックしなおさなければなりません。
そうなると開示スケジュールが極めてタイトになり業務がパンクするリスクがあるため、監査において誤りを指摘されてしまうことが大問題となってしまうのです。
ところがインドの非公開会社監査の場合には、決算スケジュールがそこまでタイトではありません。
移転価格税制が適用されない企業の場合には期末から6か月、移転価格税制が適用される企業の場合には期末から8ヶ月以内に監査及び税務申告を完了すれば良いため、監査指摘を受けてから修正する時間を十分に確保することができます。
そこで、インドのスタートアップ企業や中小企業での会計監査では監査人の指導機能を活用することで、監査人を実質的な外部コンサルタントとして活用することができます。
社内に勅許会計士や経理実務経験が豊富なスタッフがおらず心細い場合には、「監査人に誤りを指摘させて是正する」というアプローチをとることで社内の経理体制を補完することが可能になります。
監査人に社内の記帳代行をさせたり、監査人に社内の決裁権限を与えてしまうと監査人の独立性を損ねるため違法となりますが、会計処理について監査人に事前共有したり、期末監査で間違いを指摘させることで適切な会計処理へ是正する分には問題なく、むしろ本来の監査機能であると言えます。
監査指摘の数が多くなったからと言って監査費用が増額されることはなく、それどころか監査人は喜んで多くの監査指摘をしたがる傾向があります。
監査人を「敵」だと考えて監査前に完璧な財務諸表を用意する必要はなく、「監査人と協力して適切な財務諸表を作成する。監査人に教えてもらう」という心構えを持つことで経理の内部統制構築にエネルギーを割く必要がなくなり、本業の事業に集中することができます。従って、社内の経理チームが弱い場合には、心構えとして「監査人を利用して内部統制や経理体制を強化する」という考え方も有効です。
但し、期末監査は期末決算が締まった後で行われるため、タイムリーに正確な月次決算報告が必要である会社の場合や、日本本社が上場していて4月中旬までに監査を完了して欲しい企業の場合にはこのアプローチを採用することができない点に注意が必要です。
また、監査人の指導機能へ全面的に依存してしまうと、監査人から理不尽な監査指摘を受けた時に対抗できないという問題が生じます。監査人は保守的な会計処理を要求することが多く、それが事業にとって足かせとなってしまうリスクもあります。
そのような問題が生じないよう、信頼できる監査人を見抜いて選任することが大切であり、かつ監査人の意見に納得できない場合には信頼できる外部の会計事務所にセカンドオピニオンを求めることも大切です。
執筆者紹介About the writter
慶応義塾大学経済学部卒。日本・香港・スリランカ・インドにて、日系企業の経理・財務・総務業務に約14年従事。スリランカにてCSR業務から派生したソーシャルビジネスの起業実績もあり、経営者として管理業務実績を数多く積んでいる。2019年よりバンガロールを中心とした南アジアに強い会計・税務コンサルタントとして日系企業のインド進出を支援している。
東京大学経済学部卒。IT業界での営業職を経て、経営企画室にて予算管理や内部統制整備、法務コンプライアンス業務、また、財務経理部にて海外子会社の経理業務などを含む幅広い経営管理業務に約10年従事。2018年より南インドに移住し、インド会計・税務コンサルタントとして日系企業のインド進出を支援している。2022年7月に退職。
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