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Vol.41:不正行為から事業を守る:インド子会社での成功の鍵

海外子会社管理で頭を最も悩ませる問題の1つが、現地スタッフによる横領などの不正行為です。インドも例外ではありません。特に、日本人駐在員が常駐しておらず現地スタッフに管理を任せているケースでは、管理の目が届きづらいので注意が必要です。今回の記事では、インドでよく見られる典型的な不正事例と、その対策についてご紹介します。

1.現場からの報告:インドにおける主な不正行為

一般的に、インドにおける主な不正には(1)横領、(2)財務諸表の改竄、(3)汚職の不正の3つに分類できます。ひとつひとつ具体例も交えながらご紹介したいと思います。

1-1. 横領:隠された脅威

経費精算

スタッフが個人で経費精算する場合、本当に費用を支出したのか確認をする必要があります。例えば、たとえスタッフから航空券の支払明細が提出されたとしても、本当に飛行機に搭乗したのかは分かりません。支払明細の取得後、フライトをキャンセルしてバスで移動した可能性もあります。カラ出張などを避けるために、ホテル代や飛行機代はできるだけ会社から直接支払うようにしましょう。もし経費精算をする場合には、例えば航空券であれば、支払明細だけでなく、搭乗後の半券を提出してもらうようにしましょう。

不正送金

小規模の企業で、日本人駐在員が不在だったり頻繁に出張をしたりする場合、記帳・送金・決裁を1人の財務経理担当に任せきりにしていることがあります。インドへ進出したばかりであればスタッフに対する警戒心も強いと思いますが、長年勤めた信用のある財務マネージャーこそ油断は禁物です。たとえ長年信頼を寄せるスタッフであっても、不正の機会があると出来心で不正をしてしまうものです。後述する職務の分離が重要です。

共謀

購買担当者が仕入先と共謀してキックバックを受け取っていたり、従業員同士で共謀して不正な送金をしていたりすることがあります。他にも、例えば新規従業員の採用時に応募者から金銭を受け取って、応募条件に見合わない従業員を採用しているケースもあります。

振り込め詐欺

これは従業員による意図的な不正という訳ではありませんが、詐欺集団から一方的に根拠のない請求書が送付されることがあります。Tax Invoiceであれば、本当にGST登録がされているかどうかを、支払前にGSTポータルで確認してから支払いを行うようにしましょう。また、請求書の裏付けとなる発注書や契約書、成果物を確認してから支払を行うことが大切です。
酷いケースになると、犯罪組織が税務署や警察を名乗って電話をかけてきて、財務担当者や経営者に罰金の支払いを要求することがあります。気が動転して冷静な判断ができず、慌てて支払ってしまうこともありますが、心当たりのない請求が来たら、たとえ相手が官公庁であっても支払いをする前に専門家へ相談したり、こちらから警察や税務署に電話をして確認しましょう。

1-2. 財務諸表の操作:数字の背後に潜む危険

現地法人社長やマネージャーが本社からのプレッシャーを感じて、財務諸表を粉飾してしまう可能性もあります。例えばTax Invoice(適格請求書)やDelivery Challan(検収書)を偽造するケース、また、在庫の水増しや資産性のないものをあえて費用計上せずに残しておく等による利益操作などが考えられます。つまり、本社からの売上や利益目標等のノルマや、また、投資家や金融機関等を含む対外的な業績に対する期待値(プレッシャー)が過度にかかった場合に、それらの目標や期待値に対して強引に達成するために経営者自らが粉飾に手を染めるのです。この場合、会計監査人と結託をしている可能性が高く、監査法人を切り替えたタイミングで粉飾決算が発覚するケースもあります。

1-3. 汚職:汚染される組織の心臓部

税務調査や各種申告の差異、公務員から賄賂を要求されることがあります。日本人駐在員や経営陣がインドの公務員に賄賂の支払いに応じてしまった場合、外国公務員贈賄罪は属人主義であるため、日本へ帰国後に日本の警察から逮捕されるリスクがあります(経済産業省ホームページ「外国公務員贈賄罪Q&A」Q3参照)。ある現地スタッフが地元政府へ勝手に賄賂を支払い、会社に恨みを持っている別のスタッフが日本の警察へ内部通報し、現地法人の日本人社長が日本へ一時帰国中に日本の警察から監督責任を問われ、事情聴取を受けるケースもあります。税務調査の対応については「Vol.39:インドにおける税務調査:文化的洞察と適切な対応戦略」の記事もご高覧下さい。

2.逃れられない戦い:インドでの不正防止戦略

ここからは、不正を防ぐポイントをご紹介します。

2-1. 解像度の高い現場:従業員を知る

以前に「I-49. リモートワーク時代のインド現地法人管理術」の記事でご紹介しましたが、「動機・機会・正当化」の3つが揃うと不正の発生確率が高くなります。不正の実行犯は、不正の意図を示すような行動特性を示すことが多いです。従業員を観察し、しっかりと話を聞くことで、潜在的な不正リスクの小さな兆候を特定できるケースもあります。経営者が従業員と積極的に対話し、時間をかけて彼らをより深く知ることが重要です。多くの場合、態度の変化からリスクを察知する手がかりを得られます。また、従業員へのヒアリングにより、対処すべきその他内部の問題を察知するきっかけが得られるケースもあります。

2-2. リーダーシップの重要性:経営者自らが積極的にレビューする

経営者の意識はすべての従業員に影響します。組織内の全員が、不正による影響・リスクを認識する必要があります。不正を行おうとする者は、経営陣が監視していないことを知ると、不正の誘惑に負ける可能性が高まるため、経営者による日々の「見てるよ光線」が一定の牽制機能として重要な役割を果たすのです。
例えば、社内の財務経理担当が1人で記帳をしているのであれば、日本人駐在員または日本本社が毎月のBank Statementで怪しい資金移動がないかを確認することが重要です。主な確認項目は、見覚えのない企業や個人への支払、会計帳簿に記載されていない資金移動、経費精算以外のタイミングでの従業員口座への送金、などです。
可能であれば、固定資産や棚卸資産の管理台帳、前払費用台帳などの帳簿も定期的にチェックすることが望ましいと言えます。また、小切手の使用状況を確認することが会計監査プロセスの一部であること等をスタッフに周知するだけでも、不正行為を防止することができます。定期的でない監査を時々行うことで、リスクの高い重要なビジネス分野での不正を発見することができます。
また、たとえ日本人駐在員が支払承認を行っている場合でも、新任の駐在員で企業の内情がよく分かっていない場合には、請求書の中身をしっかり精査せず、従業員の「毎月支払っている重要な費用です」という言葉を鵜呑みにして、支払申請を全て承認してしまうケースも散見されます。特に、社歴が長く、長期雇用されている現地スタッフだけで会社が回っていて、現地スタッフを全面的に信頼している場合こそ要注意です。何の費用か分からないまま支払承認をするのは避け、内容をしっかり確認するようにしましょう。

2-3. 信頼の価値:信頼できる管理職を採用・育成する

CFO、CEO、勅許会計士、弁護士、エンジニアなどは、従業員の不正を防止する上で重要な役割を果たすことができます。しかし、たとえ豊富な経験と専門性を有している専門家であっても、人間性が信頼できるとは限りません。高いスキルを持つ管理職は、より巧妙な不正を行う可能性があるため、人間性に問題のある専門家を採用してしまうと、一般の従業員による不正よりも発見が困難になるリスクが高いです。これは社内の管理職だけでなく、会計事務所や弁護士事務所などの外部専門家へ業務を依頼する場合も同様です。
銀行口座番号など企業の機密情報にアクセスできる専門家を雇う場合、これらの企業や個人が高い専門性だけでなく信頼性に基づいた評判を得ていることを確認することが重要です。信頼できる従業員を採用するためのポイントについては、別の記事でご紹介したいと思います。

2-4. 文化の力:ポジティブな企業文化の構築

ポジティブな職場環境は、従業員の不正や盗難を防ぐことができます。明確な組織構造、文書化された社内規定や方針・手順書、公正な雇用慣行があるべきです。また、風通しの良い職場環境は、従業員と経営陣とのコミュニケーションがオープンになるため、従業員の不正行為防止に対して大いに貢献します。経営者や管理職は従業員の模範となるべきであり、経営者や管理職が公正に振る舞うことで、従業員による不正の正当化を防ぐことができます。

2-5. 防御ラインの確立:内部統制の構築と内部監査の実施

I-49. リモートワーク時代のインド現地法人管理術」の記事でご紹介した通り、不正を防ぐためには(1)予防的統制(Preventive Control)と、(2)発見的統制(Detective Control)があります。特に、予防的統制としての内部統制の構築と、発見的統制としての内部監査の実施が重要です。内部統制構築や内部監査実施の責任は経営者が負っています。次回の記事では、従業員の不正を防ぎ、発見するための内部統制構築と内部監査実施のポイントをご紹介します。

               

執筆者紹介About the writter

田中 啓介 | Keisuke Tanaka
京都工芸繊維大学工芸学部卒業。米国公認会計士。税理士法人において中小企業の税務顧問として会計・税務・社会保険等アドバイザリーに約4年半従事、米国ナスダック上場企業において国際税務やERPシステムを活用した経理部門シェアード・サービス導入プロジェクトを約3年経験後、30歳を機に海外勤務を志し、2012年から南インドのチェンナイに移住。2014年10月に会計士仲間とともに当社を共同設立。これまで200社超の在印日系企業や新規進出企業向けに市場調査から会社設立支援、会計・税務・人事労務・法務にかかるバックオフィスアウトソーシングおよびアドバイザリー業務を提供。また、インド人材のリモート活用にかかる方法論および安心・安全なスキームの導入支援を積極的に行っている。