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インドの会計・税務アップデート

最新の判例に見るインドにおけるPE認定基準

国際税務において、非居住者が当該国に恒久的施設(PE: Permanent Establishment)を有しているか否かの判定は極めて重要です。国際的に事業を展開している多国籍企業は、様々な国や地域の税制を遵守するために、PEステータスの評価に細心の注意を払ってきました。しかし、多国籍企業と特定の国の税務当局との間でその機能かつ事実の解釈に相違がある場合にはしばしば問題が発生します。インドも例外ではありません。今回の記事では、インド国内におけるPEの解釈に関する判例を2つご紹介します。  

判例1 外国企業の従業員がインドの関連会社でスチュワードシップ活動や補佐的な活動を行っても、当該外国企業の恒久的施設とは見做されないことを示した判例 

項目  内容 
判例番号  ITA No.2147/Del/2022Assessment Year: 2018-19 
裁判所  デリー税務高等裁判所ITAT (Income Tax Appellate Tribunal) 
納税者名  Automation Anywhere Inc., 
納税者属性  非居住の外国法人 
判決日  2023年8月24日 
判決結果  納税者側勝訴 

 

【背景】 

納税者の居住地は米国で、ロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)および関連製品・サービスの開発・販売業者です。RPAソフトウェアとデジタルワークフォースプラットフォームを開発・販売しています。RPAサービスにより、顧客はビジネス・プロセスを自動化することができます。 

 

該当年度において、納税者はインドから以下の2つの収入を得ていました。 

1) ソフトウェアライセンス料  

2) 役務提供報酬 

 

【両当事者の主張】 

1.納税者従業員のインド滞在期間 

 

税務当局の主張 

納税者に所属する多くの従業員が、納税者の在インド関連会社(AE : Associated Enterprise) の事務所敷地内で長期にわたって勤務している。

納税者の主張 

納税者は従業員のインドへの出張記録とその目的を提出した。納税者は、各従業員のインド訪問は平均して年間 14 日以内である。 

 

2.納税者従業員のインド滞在の目的 

 

税務当局の主張 

納税者の従業員は納税者のビジネス活動のためにインドを訪問した。 

 

納税者の主張 

納税者の従業員の訪問は在インド関連会社の従業員との会議を目的としており、インド関連会社の中核的なビジネスを担ったわけではない。 

 

3.納税者従業員が在インド関連会社に対して有する権限 

 

税務当局の主張 

納税者の従業員は在インド関連会社の施設に自由に出入りでき、その施設を通じて納税者の従業員は納税者の事業活動を行っていた。従って、恒久性の基準(Permanency Test)と場所の固定の基準(Fixed Place Test)は満たされている。 

 

納税者の主張 

納税者の従業員は在インド関連会社の施設に対して何らの法的権利も実務的な権限も有していなかった。在インド関連会社の施設において会議を開催する権限すら有していなかった。 

 

4.納税者従業員のインド滞在中の具体的な活動内容 

 

税務当局の主張 

納税者の従業員は在インド関連企業の敷地を自由に処分する権限を有しており、在インド関連企業の敷地で長期間勤務しているため、処分権の基準(Disposal Test)と耐久性の基準(Duration Test)は満たされている。 

また納税者の従業員は、インドにおける販売契約の締結やソフトウェア開発、ライセンス譲渡やライセンシーからの代金回収の権限を有している。 

 

納税者の主張 

納税者の最高幹部は、子会社のオーナーや株主の利益のためにインドを訪問し、在インド関連会社の役員と面会した。他の技術スタッフも在インド関連会社を訪問し、関係を強化した。この事実から分かるように、納税者の従業員はスチュワードシップ活動1stewardship activities)か、準備的(preparatory)または補佐的(auxiliary)な性質の活動しか行っていなかった。 

 

【判決】 

納税者の従業員が在インド関連会社へ訪問した際の行動を詳細に確認すると、RPAソフトウェアプラットフォームの開発・販売および関連する活動を目的として訪問した従業員はいなかったことが確認できた。また、インドを訪問した従業員の誰一人として、ライセンス販売に関する活動を行っていたとは思われない。従業員の訪問目的には、株主活動、管理的な活動(stewardship activities)、マーケティングイベント、研修などが含まれていた。 

税務当局の主張には裏付けとなる証拠がなく、税務当局は納税者がソフトウェアライセンスの販売に関連する所得を得るためにインドに恒久的施設(PE: Permanent Establishment)を有しているという証拠を立証できていない。 

 

【ポイント】 

外国企業の従業員がスチュワードシップや補佐的な活動のためにインドを訪問しても、当該外国企業がインド国内に恒久的施設(PE: Permanent Establishment)を有しているとは見做されないことが示されました。本判決では、PE の存在を証明する責任は税務当局にあり、単にPE の特徴があるというだけでは証明として不十分であることが強調されました。本判決で納税者に有利に働いたのは、従業員のインド訪問の目的を立証する強固な証拠書類が入手可能であったことです。 

当該判決から私たちが学ぶことができるのは、当局からのPE認定を避けるために、従業員の訪問目的やインド滞在中の行動を確認できる記録(出張記録や会議の議事録など)を普段から残す習慣をつけておくことが重要となります。 

 

判例2 外国企業がインドの合弁先へ6ヶ月を超えて従業員を派遣していても、合弁先の事業所への支配権や監督活動がなければ恒久的施設とは見做されないことを示した判例 

項目  内容 
判例番号  ITA No. 8960/Del/2019 Asstt. Year: 2015-16 
裁判所  デリー税務高等裁判所ITAT (Income Tax Appellate Tribunal) 
納税者名  FCC Co. Ltd. 
納税者属性  非居住の外国法人 
判決日  2022年3月9日 
判決結果  納税者側勝訴 

 

【背景】 

納税者(自動車関連の製造業)は日本の居住者であり、インド企業であるRico Auto Industries Limitedとジョイント・ベンチャー(JV)契約を締結し、インドにFCC Rico Limited(以下、「FRL社」とします)を設立しました。 

その後、FRL 社との間で原材料、部品、資本財の供給に関する基本販売契約(MSA: Master Service Agreement)を締結し、FRL社から対価を受領しました。また、FRL に技術支援を提供するため、技術者を派遣する契約を締結しました。 

 

【税務当局の主張】 

  • 納税者は専門資格を有する従業員をインドのFRL社の工場へ頻繁に派遣し、生産活動を指導していた。このような状況を踏まえると、FRL社の工場は納税者のインドにおける恒久的施設(PE: Permanent Establishment)に該当する。 
  • 納税者の従業員がインドでの新製品ラインの立ち上げを支援し、始めから終わりまで指導を行っていることから、納税者のインドにおけるPEに該当する。 
  • 納税者の従業員のインド滞在期間は6ヶ月を超えており、日印租税条約第5条第4項2に基づき、納税者のインドにおけるPEに該当する。 

 

【判決】 

固定事業所(fixed place of business)を構成するためには、納税者がその敷地への裁量権を有することが必要である。固定事業所への裁量権を有するとは、納税者が事業所を使用する権利を有し、事業所を支配していることが必要である。 

本件では、納税者はFRL社の敷地へアクセスすることができたが、FRL社にサービスを提供する目的に限られており、敷地への支配権は有していなかった。単に敷地内へのアクセスできるというだけでは、納税者のPEに該当するとは言えない。加えて、納税者の従業員は、建設、設置、組立プロジェクトに関連する監督を行っているとは言えないため、納税者の従業員のインド滞在期間に関係なく、納税者のインドにおけるPEには該当しない。 

 

【ポイント】 

今回のケースでは、販売基本契約書、合弁事業契約書、技術者派遣契約書などの契約書の条文を根拠に、合弁会社の事業所が納税者のインドにおけるPEに該当すると主張しました。しかし裁判所の判断では事実が重視されており、納税者が事業所への支配権を有していないことや、出張者が監督業務を行っていない事実に注目して、税務当局によるPE認定が否認されました。 

当該判決から私たちが学ぶことができるのは、適切な書類を作成および保管の重要性はさることながら、それらの契約文書に基づく実態がどうであるかがより重要であることを強調しています。 

               

執筆者紹介About the writter

田中 啓介 | Keisuke Tanaka
京都工芸繊維大学工芸学部卒業。米国公認会計士。税理士法人において中小企業の税務顧問として会計・税務・社会保険等アドバイザリーに約4年半従事、米国ナスダック上場企業において国際税務やERPシステムを活用した経理部門シェアード・サービス導入プロジェクトを約3年経験後、30歳を機に海外勤務を志し、2012年から南インドのチェンナイに移住。2014年10月に会計士仲間とともに当社を共同設立。これまで200社超の在印日系企業や新規進出企業向けに市場調査から会社設立支援、会計・税務・人事労務・法務にかかるバックオフィスアウトソーシングおよびアドバイザリー業務を提供。また、インド人材のリモート活用にかかる方法論および安心・安全なスキームの導入支援を積極的に行っている。