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インド会計・税務アップデート

【速報】インド所得税法2025とは?〜非居住者取引・国際課税への影響を徹底解説〜

インド所得税法2025(Income Tax Act 2025/ITA 2025)の概要

インド所得税法2025の概要

インドでは、60年以上にわたって適用されてきた旧「1961年所得税法」が全面的に刷新され、新たにインド所得税法2025(Income Tax Act 2025/ITA 2025)が制定されました。同法は2025年8月に大統領の承認を受け、2026年4月1日から施行されます。この改正の目的は、複雑化した旧制度を整理し、国際基準に合致した透明で理解しやすい税制へと再構築することにあります。

新法では、法律文書が大幅に簡素化され、セクション数が819から536へ削減されています。これにより、税務紛争や解釈の不一致を防ぎ、企業の法的安定性向上が期待されています。今回の記事では、日系企業に影響のありそうな論点を中心に、ご紹介をしたいと思います。

主要な論点:

・税率や基本的な税制枠組み(居住者判定、各種インセンティブ)は維持
・「前年度」「査定年度」という二重概念を廃止し、単一の「税年度(Tax Year)」方式に統一
・法文・用語を整理し、条項をより分かりやすく再構成

 

日系企業に影響がある主な論点

「税年度方式(Tax Year)」の導入

旧所得税法においては、「所得が発生した年」と「その所得を申告・納税・査定する年」を制度上分けて取り扱われていました。つまり、下記表のように、前者を Previous Year(前年度)、後者を Assessment Year(査定年度) と呼び、常に1年度ズレるのが原則であったところ、今回の税制改正において「税年度(Tax Year)」に統一されることとなります

期間 インド税務上の区分 定義
2024/4/1〜2025/3/31 Previous Year 2024-25 所得が発生する年
2025/4/1〜2026/3/31 Assessment Year 2025-26 前年度の所得を申告・納付・査定する年
2024/4/1〜2025/3/31 Tax Year 2024-25 申告・納付・査定する対象年度

 

ロイヤリティ課税の範囲明文化

ロイヤリティ課税とは、特許・商標・ノウハウ・ソフトウェアなどの知的財産を使用する権利の対価に課される源泉税を指しますたとえば、日本企業がインド企業に技術や商標の使用を「許諾」し、その見返りとして支払いを受ける場合、その対価がロイヤリティとして課税対象になります。

 

【改正のポイント】

ITA 2025では、ロイヤリティの定義に「権利の譲渡(transfer)」だけでなく「権利の付与(grant)」も明確に含まれるようになりましたこれまでもソフトウェアライセンスやフランチャイズ契約など、実際の知的財産を“使う権利”を与える取引についても「譲渡」と見なされ課税対象となっていましたが、これが明文化された形になります。

 

【実務上の対応策】

  1. 契約書で「譲渡」か「付与」かを明確に区別した上で、ロイヤリティ課税の範囲を明確化
  2. 日印租税条約の適用を受ける場合は、条約定義に沿った契約・請求書表現に修正
  3. 支払時の源泉所得税(TDS)の課税関係および源泉徴収税率を事前確認

 

推定課税での税務監査免除

推定課税制度(Presumptive Taxation)とは、実際の会計記録に基づかず、あらかじめ所得税法に規定された推定利益率に基づいて税額を計算する簡易制度です。

 

【改正のポイント】

ITA 2025では、インドの電子機器製造企業へサービスや技術を提供する非居住者については、推定課税制度(電子機器製造企業へのサービス提供対価の場合における推定利益率は25%と規定)を選択した場合においては税務監査義務が免除されることとなりました。ただし、帳簿や記録の保存義務は引き続き有効です。

 

【実務上の対応策】

  1. 推定課税制度を選択適用するかどうかの判断
  2. 請求書・契約書・納品書などの記録を保存
  3. 所得金額の算出根拠を文書化しておく

 

関連者取引(AE)の範囲拡大

関連者取引(Associated Enterprise:AE)とは、グループ企業間での取引を指します例えば、親会社と子会社、または資本関係を持つ企業同士の取引です。これらは独立企業間価格(Arm’s Length Principle)で行う必要があり、移転価格税制の対象になります。

 

【改正のポイント】

従来は、1. 経営・支配・資本参加の有無(一般基準)2.持株26%以上、取締役派遣、貸付・保証など(数値基準)という二段階判定でした。ITA 2025では、これを「単一リスト(Unified List)」に統合しました。すべての基準を一覧化し、より明確に関連者を特定できるよう整理されています。

また、「持株26%以上」の場合のみ「年度内いずれかの時点」という条件が適用され、それ以外(貸付・保証・経営依存など)は期間制限が撤廃されました。この点については、多額の貸付や保証、経営依存などについては時点制限がなくなったことにより、より広範囲に関連者間取引であるとみなされる可能性が出てくることを意味します。この点は法律の解釈において余地を残してしまう形となってしまったため、引き続き留意が必要です。

 

【実務上の対応策】

  1. 短期的な貸付・保証でも年度内外に限らずAE関係に該当する可能性を考慮
  2. 一時的な取引であっても移転価格文書化の要否を検討
  3. グループ内取引のリストを整備し、定期的に見直す

 

間接的資産譲渡の明確化

間接的資産譲渡(Indirect Transfer)とは、日本企業などの非居住者がインド国外で「外国法人・ファンド等の株式や持分」を譲渡した場合であっても、その株式・持分の価値が実質的にインド所在資産から派生しているときに、当該譲渡益のうちにインド所在資産に合理的に帰属する部分をインド源泉所得として課税できる仕組みです。ITA2025では、既存の枠組みを整理・統合しました。

インド所有資産から派生しているかどうかは、指定日における1. インド所在資産の価値が1億ルピー超2. 当該会社等の全資産価値の50%以上という二つの基準で判断します。評価は指定日のFair Market Value(負債控除なし)で行い、外国ポートフォリオ投資家(FPI)や5%以下の小口・日支配的投資家など、実質的に経営に関与しない受動的投資については課税対象外と規定されています。

【実務上の対応策】

  1. M&A、組織再編、株式譲渡などを行う際に、持分構造とインド所在資産を事前に特定
  2. 税務デューデリジェンス(事前調査)を早期に実施
  3. 評価報告書、持株証憑、議決権、必要に応じて源泉徴収要否等を文書化しておく

 

企業に求められる対応「ストラクチャー・プロセスの整備」とは?

ここでいう「ストラクチャー・プロセスの整備」とは、税務リスクを事前に把握し、取引設計や社内手続を体系的に整えることを意味します。

  • 契約管理:ライセンス契約や技術提供契約の条項を見直し、課税対象を明確化
  • 税務プロセス:源泉徴収、申告、条約適用の社内フローを文書化
  • 移転価格対応:関連者取引をリスト化し、文書整備・価格基準を統一
  • 組織再編・M&A:インド資産の影響を分析し、デューデリジェンスを早期に実施

 

まとめ

ITA 2025は、インド税制を国際基準に合わせて明確化する大改革です。非居住者を含む国際取引の範囲が拡大する一方で、法的予見性が高まり、企業が自らリスクを管理できる環境が整いました。今後は、契約内容の見直し・移転価格の文書化・社内体制整備を早期に進めることが、持続的なインド事業運営の鍵となります。

当社では、インドにおける事業運営全般や、税務・労務・法務に関するご相談をお受けしております。お気軽にお問い合わせください。

 

               

執筆者紹介About the writter

引地 朋美 | Tomomi Hikichi
筑波大学生命環境学部卒業。大手日系企業に入社後、営業部にて日々インド人とコミュニケーションを取る職場環境に身を置き、インドをはじめ、中国、タイ等の海外子会社の経営管理業務に約4年半従事。海外子会社経営の難しさ・大変さを目の当たりにした経験から、インドへ進出する多くの日系企業をより直接的に支援したいと考え当社に参画。現在はインド税務・会計のアドバイザリー業務、およびインド市場調査業務を担当している。デリー在住。