【知らないと逮捕!?】インド駐在員の帰任リスクと刑事責任を回避する「出口戦略」完全ガイド
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帰任は「終わり」ではない。インド法務に潜む執拗なリスク
今回は、駐在員がインド現地法人の取締役に就任する際に注意すべきポイントについて徹底解説していきたいと思います。
あなたの会社がインドに進出する際に、インドに駐在する方が「インド子会社の取締役になってくれ」と言われるケース、結構多いと思います。取締役といっても「名ばかりの取締役でしょ?」「単なる役職でしょ?」って思っている人も多いかもしれませんけど、何も知らずに気軽に引き受けてしまうと痛い目を見るかもしれません。インド国内の銀行口座が突然凍結されたり、最悪の場合、逮捕されるリスクだってあります。日本に帰任した後でさえも突然インドの警察署や裁判所から呼び出しを喰らうかもしれません。
本記事では、2025年の最新法改正を踏まえ、インド駐在中に気をつけるべき最新の会社法上のリスクから、帰任時に絶対にやっておくべき実務上のチェックポイントを解説します。
【ポイント】
インド現地法人の取締役は帰任時に必ず登記を変更し、個人の責任を切り離す「出口戦略」を完遂する必要があります。
重要ポイント:◦ 自己防衛のために「Form DIR-11」を個人で提出する。◦ DSC(電子署名)のUSBトークンは必ず日本へ持ち帰る。◦ 居住者用銀行口座を「NRO口座(非居住者用)」へ切り替える
なぜ帰任した駐在員が逮捕されるのか?刑事責任と「2025年改正」の落とし穴
取締役が負う「禁固刑」の可能性と善管注意義務の重さ
まず最初に押さえておかないといけないのが、取締役の義務と責任についてです。
取締役の義務については、主に「善管注意義務」と「忠実義務」です。これは日本でも同じですが、プロの経営者として、しかるべき注意を払って仕事をし、自分の利益ではなく会社のために誠実に仕事をしてくださいねということです。
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例えば、リスクが高すぎる投資に対して十分な調査・検討もせずに独断で決定したりすると善管注意義務違反となる可能性があります。例えば、会社に損をさせて自分の親族の会社を儲けさせる、こういった利益相反取引については忠実義務違反になる可能性があるわけですね。インドでは、取締役としての民事責任を軽減したり免除したりすることは原則できない制度になっているので、取締役としての責任の重さを十分に認識しておく必要があるわけです。
そして、もうひとつ特徴的なのが取締役には刑事責任を追及される可能性さえあるということです。インドでは法令違反・コンプライアンス違反があった場合に、法人に対して刑事罰を科すことができるのですが、状況によっては会社の取締役も犯罪者と見なされて罰金だけじゃなくて禁固刑が科せられる可能性もあるんです。日本人駐在員が無実の罪を着せられて警察に拘束されるといった事件も実際に発生しているので、まずはインド現地法人として対応すべきコンプライアンスの全体像を正確に把握して、法令遵守できているかどうか定期的にチェックしておくこと、また、合弁パートナーやインド人従業員などとも良好な関係を築いておくことはが重要です。
インドには無数の適用法令が点在しているので、もちろん100%完璧に対応をしていくことが理想ではありますが、ペナルティという観点からも優先順位の高いもの、リスクのより大きいコンプライアンスを正しく理解した上で、重要度の高いものから優先的に対応をしておく必要があります。
2025年会社法改正:日系子会社を襲う「非犯罪化」からの除外
ちなみに、2025年の年末にインド会社法の改正があったことをご存知でしょうか?主な変更点は罰則を階層化するという新しい仕組みです。これまでは、インド会社法違反のペナルティっていうのは、会社の規模に関係なく一律で規定されていましたが、新しいルールでは会社を「小規模」「中規模」「大規模」に分けて、大きい会社ほど罰金が高くなる仕組みになりました。
具体的には、払込資本金が1億ルピー以下でかつ、直近年度の売上高が 10億ルピー以下の場合、「小規模会社」に該当して罰金や罰則等ペナルティが一部緩和されています。支払能力の低い小規模会社(いわゆるMSME)が、一度のコンプライアンスミスで倒産の危機に直面することがないよう、過度な罰金負担を避けることを意図しているわけですね。
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もう一つの大きな変更点は非犯罪化です。軽微な手続き上の法令違反については刑事罰の可能性を無くして「金銭的なペナルティ」と行政処分だけで完結させようという点です。
ということは、インドに進出している中小規模の日系企業、つまりほとんどの企業は刑事罰の可能性がなくなったということ?と思われるかもしれません。ただ、ここで問題なのが、非犯罪化の対象となる「小規模会社」の定義において例外規定があることです。つまり、外資系企業のインド子会社は対象外になっているんですね。先ほどご説明をした払込資本金や売上高あの基準を満たす場合には小規模会社としてペナルティの軽減、非犯罪化が適用されますが、残念ながら多くの日系企業はインド子会社としてインドに進出をしているケースが多いので、規模が小さくても「小規模会社」としては認められないこととなるわけです。したがって、ちょっとした書類の提出遅延や、会社法コンプライアンス上のミスがあっただけで、引き続き非常に重いペナルティが課される可能性が残っていることになります。取締役個人としての責任も問われることになりますので、駐在期間中のコンプライアンス対応や法令遵守状況のモニタリングについては今まで以上にシビアにやっていく必要があります。
「幽霊取締役」が招く予期せぬ呼び出し。自己防衛のための最強ツール「Form DIR-11」とは?
帰任後も登記が残るリスク:後任者への引き継ぎミスを防ぐ
これが一番怖い話かもしれませんが、帰任後も引き続きインド子会社の取締役として残って、そのまま「幽霊取締役」になっているケースです。よくあるのが、駐在期間が終わって安心して日本に帰任したものの、しばらくインド子会社の取締役として残ってほしいと言われてしまうパターンですね。もしくは、最悪のパターンだと後任者との取締役変更手続きがちゃんと終わっていなくて、気がついたらずっと取締役として残ったままだった、なんてケースも散見されます。これを「幽霊取締役」って呼んでるんですけど、この状態のまま、インド子会社が税金の未納とか、コンプライアンス違反とか、不祥事を起こしてしまうと、登記簿上の責任者であるあなたに、インド政府当局から突然呼び出しを喰らうかもしれません。
会社を介さず自ら辞任を証明する「Form DIR-11」の活用
ここでひとつ知っておくと良い書類が「Form DIR-11」です。これは、取締役である皆さん自身が「私は辞めました」と直接インド登記局ROCに対して届け出るためのフォームですね。基本的に提出義務はないので出していないケースも多いとは思いますが、社内の担当者に任せておくのが少し不安な場合にはこれが最強のリスクヘッジになるので、取締役個人の自己防衛という点では念のため出しておくと良いと思います。
インド法人としては別途「Form DIR-12」というフォームを使って、取締役の登記情報を変更することになりますので、日本に帰任した後はですね、念のためインド企業省のMCAポータルサイトにて変更された後の取締役登記情報について確認しておかれることをおすすめいたします。
実印(DSC)を置いて帰るのはNG?デジタル署名とDINの適切な「出口戦略」
DSC(デジタル署名)の放置が招く「なりすまし」犯罪
続いて、承認権限の話です。インドに駐在をされている方であればよくご存知だと思いますが、税務申告をする際や、登記局に登記をする際に電子的に署名をするためのUSBトークン、いわゆるDSC(デジタル署名証明)をみなさん持ってますよね?これ、帰任するとき、インド人従業員が「税務申告の署名に必要なんで、USBを置いてってください」「経理のインド人スタッフに預けておいてください」なんて言われることありませんか? これも、絶対にやっちゃダメです。
DSCっていうのは要は取締役としての実印みたいなものです。あなたが帰国した後に、インド人従業員が勝手にあなたのハンコを使って書類に署名されてしまったら、「なりすまし」という立派な犯罪になります。もし不正会計とかに使われてしまったら、あなたが不正に加担したことになっちゃう可能性もありますよね。帰任するときはDSCを物理的に日本に持ち帰るか、もしくはせめて信頼できる会計事務所や法律事務所などの第三者などに預けることをおすすめします。
取締役識別番号「DIN」の返納(Form DIR-5)
あと、取締役識別番号である「DIN」ですね。これは一度取ると一生有効なものなんですけど、もう二度とインドで取締役をやる可能性がないなら、放置せずに「Form DIR-5」というフォームを提出して返納(Surrender)することもできます。ここまでやっている人はあまりいませんが、立つ鳥跡を濁さず、きれいに返納するその方がすっきりするかもしれないですね。
銀行口座の放置はFEMA法違反?NRO口座への切り替えと税務上の居住性判定
給与口座の放置を禁ずる外国為替管理法(FEMA)のリスク
さて、ここからはお金の話、銀行口座についてです。 インドに住んでいる間は、給与振込用のSavings Account(普通口座)を使っていますよね。じゃあ、日本に帰任する際はこの口座はどうすればいいのでしょうか?「そのまま維持しておけばいいや」と思っている方、これ、インドの外国為替管理法であるFEMAの違反になってしまう可能性があります。要は、インドに住んでいない「非居住者」がインド居住者用の給与口座を持ち続けちゃいけないんですね。なので、帰任をする前に残金を日本に送金をして口座を閉鎖してしまうか、もしくは、速やかに銀行に連絡をして口座のステータスを「NRO口座(いわゆる非居住者用口座)」に変更しておかないといけません。
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帰任後の二重課税を防ぐ「タイブレーカールール」とTRC
ちなみに、このNRO口座も、口座を維持しなければならない何らかの目的がある場合にのみ変更できると聞いています。例えば、帰国した後の確定申告で所得税が還付される可能性があるとか、現地採用の方だとインドの社会保障であるPFの積立金が還付される可能性があるとかもそうですよね。こういった特定の目的を前提にNRO口座への切り替え手続きができる形になっているはずなので、その目的が実現した時点で速やかに口座を閉じることになります。このあたりの具体的な手続きについては銀行によっても対応が異なるようなのでぜひお取引をされている金融機関に一度相談してみてください。
帰任時のITCC(所得税清算証明書)取得要否と税務上の「居住ステータス」判定
ITCC取得の法的義務と実務上の判断基準
最後に税金の話です。日本に帰任する際に取得すべき書類のひとつとしてITCC(Income Tax Clearance Certificate)という書類があります。これは所得税の未納がありませんよ、ということを証明する、「所得税清算証明書」のことですね。インド所得税法上の規定ではこれを取得した上で出国することが義務付けられています。ただ、現実問題、帰任が決まって、最終的な納税を済ませてからITCCの取得手続きを進めても出国までには間に合わないケースがほとんどだったりもします。っていうのも、手続き自体結構大変で時間がかかる上に、外注するとそれなりにコストもかかってしまうんですけど、ITCCを持っていなかったばっかりに出国時に空港で止められたっていうケースはこれまでほぼ聞いたことがないので、実務上はITCCを取得せずに帰任をしている駐在員も結構多いのが実態だとは思います。なので、ITCCについては法的な義務を理解しておきつつ、最新情報も踏まえて実務上どこまで厳密に対応をする必要がありそうかを専門家にも事前にご相談されることをおすすめいたします。
二重課税を防ぐ「タイブレーカールール」とTRC(日本の居住者証明書)の重要性
あと、もうひとつ理解をしておくべき重要な論点が、帰任後の居住ステータスです。インドにはこの図のように3つの居住ステータスがあるんですけど、この判定表の左下にある通常の居住者「ROR(Resident, Ordinary Resident)」に該当すると、いわゆる全世界所得課税になるんですね。つまり、年度の途中で日本に帰任をした場合、インド現地法人を退職したとしても、帰任後翌年の3月末までの期間に日本で受け取った給料については引き続きインドで課税されてしまうというロジックが成立してしまいます。
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このインドでの課税を回避するためのロジックが日印租税条約の第4条に規定されているタイブレーカールールです。タイブレーカールールというのは、ある個人や法人が日本とインドの両方の国内法において「居住者」と判定されてしまった場合(つまり、二重居住者になった場合ですね)、どちらの国の居住者として取り扱うかっていうのを決定するための優先順位を決めた規則のことですね。個人の場合は、日本に恒久的住居があるとか、経済活動や家族の多くが日本中心になっているとか、国籍が日本である、などをベースに日本の居住者と見なされることになるケースが多くなっています。そのため、それを証明できる書類として、「通常の居住者(つまりROR)」として日本に帰任することとなった駐在員は、帰任した年度の確定申告を実施するまでにTRC(Tax Residency Certificate)、要は日本の居住者証明書とそれに基づくForm 10Fの申告をしておくと確実だと思います。
ちなみに、先ほどの居住ステータス判定表の中で真ん中にあった「RNOR(Resident but Not Ordinarily Resident)」は日本語でいうと居住者なのですが、「非通常の居住者」という謎のステータスがあります。駐在員が帰任する際の居住ステータスがこのRNORであれば、帰任した後に日本で受け取る給料については上記のようなタイブレーカールールの判定も必要なく、明確に非課税ということになります。
さて、皆さん、いかがでしたでしょうか? 今回は、インド現地法人の日本人取締役が絶対に知っておくべき法律や税務のポイントを、特に「帰任時」にフォーカスしてお話ししました。これからインドに駐在される方はぜひ参考にしていただければと思います。
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