インドJV出口設計の3つの落とし穴——デッドロック・FEMA・清算
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インド企業との合弁(JV)で事業を開始したものの、何らかの理由で合弁を解消したい、またはインド事業から撤退したいと考えた場合に何が起きるのか——本記事ではその実態を解説します。
前回の記事では合弁会社の入口設計として「株主間契約における4つの地雷」をご説明しました。今回の出口設計も非常に重要なテーマです。合弁の出口とは、企業が想定しているリスクをはるかに超えた泥沼化の実態が見え隠れしており、結果的に厳しい状況に追い込まれてしまった事例が多数あります。本記事では、JVの出口設計でよくある3つの落とし穴——デッドロック・FEMA制約・自主清算の現実——の実態を解説し、インド進出を検討している企業やインド企業とのJVですでに進出している企業が大きな落とし穴に陥らないための対応策を考えるきっかけを提供します。
JV解消のきっかけ——デッドロックと契約違反が生む「オプション幻想」
デッドロック・契約違反の2パターンとプット/コールオプションの限界
まず、「インドのJVを解消したい」と思うに至る原因としては、大きく2種類が考えられます。
1つ目が「デッドロック(意思決定の行き詰まり)」です。会社の重要な方針について日本側とインド側で意見が割れて、どうしても合意できない状態になった場合です。50対50の出資比率では典型的に発生しますし、いずれかが拒否権を持つような重要事項について意見が割れたときにも起こり得ます。
2つ目が「インド側の契約違反」です。インド側が合弁契約で合意していたことに違反した場合——例えば、経営情報を開示しない、勝手に競合事業を始めた、勝手に株式の一部を第三者に譲渡していた、こういったケースです。
合弁契約にはたいていの場合、こうした状況になった場合に使える「プット・オプション」や「コール・オプション」という規定が含まれています。プット・オプションとは「自社の保有株を相手方に買い取ってもらう権利」、コール・オプションとは「相手方の保有株を自社が買い取る権利」のことです。
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「万が一のときはこれを行使すれば解決できるから大丈夫」と考えがちですが、ここにインド特有の大きな落とし穴があります。まずはデッドロックが起きたときに実際にどのような状況になるのかを見ていきます。
デッドロック条項の3段階処理と実務設計の3つのポイント
付属定款への定足数対策と確定的デッドロックの定義
合弁契約にはデッドロック条項が含まれているケースがほとんどです。この条項には通常、段階的な処理手順が定められています。
まず「暫定的デッドロック」として、当事者間で一定期間——例えば60日間——解決に向けて協議することが規定されています。それでも解決しない場合には、各株主の担当取締役レベルへとエスカレーションして協議を続けます。それでもなお解決しない場合に「確定的デッドロック」という状況となり、このタイミングでプット・オプションやコール・オプションを行使できるのが通例です。
ただし、ここに問題があります。相手側が「デッドロックそのものを認めない」「協議のテーブルにつかない」という妨害型のケースに発展することが散見されます。例えば取締役会の定足数を悪用して——「自分が出席しなければ定足数に足りないから会議が成立しない」という形にもち込んで半年間も取締役会が開催されなかった、あるいは正式な「確定的デッドロック」として認めさせないよう妨害してくるケースです。
現場レベルで設計しておくべき重要な3つのポイントがあります。
1つ目は、附属定款AoAで「出席者不足により流会となった後に再招集した取締役会では、会社法上の要件を満たす限りにおいて定足数が成立する」と定めておくことです。それぞれが2名ずつ取締役を派遣している合弁会社では、通常取締役会の定足数を「合弁パートナーが指名した取締役から最低1名、かつ日本企業側が指名した取締役から最低1名が出席すること」というより厳しい条件に引き上げるケースがあります。しかしこの場合、合弁パートナー側が取締役会への出席を拒否し続けることで「デッドロックを成立させない妨害」が可能になります。附属定款で再招集後の取締役会では2名出席で定足数を満たせると定めることで、この妨害を封じることができます。なお、株主間契約に書いただけでは合弁会社を直接拘束できない可能性があるため、取締役会の運営にかかるこういった条項は附属定款にも必ず落とし込んでおく必要があります。
2つ目は、デッドロックの「定義」を明確にしておくことです。広すぎると些細な対立でいちいちデッドロック認定される可能性があり、狭すぎると本当に重要な対立がデッドロック対象から外れてしまうリスクがあります。デッドロック条項が発動するのは基本的に重要事項(Reserved Matters)に関連した協議の決裂に限定するのが一般的です。該当する事項の例として以下が挙げられます。
- 年次事業計画・予算の承認
- 一定金額以上の設備投資
- 新規事業への参入
- CEO・CFO等の主要経営幹部の選任・解任
- 配当方針の決定
- 増資・減資
- 合弁会社の清算
手続き的なトリガーも定めておくことが望ましく、例えば「14日以上の間隔をおいて招集された2回連続の取締役会でも合意に至らなかった場合を暫定的デッドロックとする」「取締役レベルで30日間協議、両社CEOレベルで30日間協議し、それでも解決しない場合に確定的デッドロックとする」といった形です。さらに、一方当事者が他方に書面でデッドロック通知を送付して受領後一定日数以内に解決しない場合にデッドロック確定とする宣言手続きも有効です。何を重要事項と整理するかによっても変わるため、個別に慎重に検討することをお勧めします。
解決メカニズム(ロシアンルーレット・テキサス・シュートアウト)とFEMA制約
3つ目は、解決メカニズムそのものの選択についてです。よく使われるのが「ロシアンルーレット」や「テキサス・シュートアウト」と呼ばれる方式です。ロシアンルーレットは一方が価格を提示して相手が「買う」か「売る」かを選ぶ方式で、テキサス・シュートアウトは両者が評価額を同時に封書で提出して高値を提示した側が買い手になるという方式です。いずれも50対50の合弁会社において国際的に定番の手法です。
ただし、インドでは外国為替管理法(FEMA)のプライシングガイドラインの規制——インド非居住者(日本側)は常に市場価格以上で株式を買い取らなければならないというルール——があるため、この価格設定ゲームの戦略的前提が崩れる可能性があります。例えばロシアンルーレットの場合、市場価格という基準価格が存在する以上、インド側は常にこのルールに守られて交渉を有利に運べる可能性が高くなります。最終手段として合弁会社そのものを任意清算するというケースもありますが、インドでの会社清算手続きはかなりの時間とコストがかかるため、この点も事前に認識しておく必要があります。
以上をまとめると、「デッドロックになればプット・オプションやコール・オプションを行使すれば大丈夫」と考えていると思わぬ落とし穴に陥る可能性が高く、こうした論点を事前に把握した上で出口設計をしておく必要があります。
落とし穴②——FEMAプライシングガイドラインがオプション行使を制約するメカニズム
保証リターン禁止・FMV基準・1年ロック・インの3つのルール
外国為替管理法FEMAのプライシングガイドラインについてさらに詳しく解説します。これがインドのJV出口設計で最も重要な論点です。
まず誤解を解いておくと、「インドではプット・オプションやコール・オプションを行使できない」と考えている方がいますが、これは正確ではありません。インド中央銀行(RBI)は2013年11月の通達でこうしたオプション条項を明確に容認しており、2019年以降のFEMA NDI規則にもその内容が引き継がれています。
問題はオプションが使えるかどうかではなく、「いくらで売る・買うか」という価格の部分です。日本側(インド非居住者)が絡む株式の売買には、FEMAの「プライシング・ガイドライン」が強制適用されます。このガイドラインのポイントは3つです。
- 保証リターンの禁止:「最低でもこの価格で買い取ってもらえる」という固定的な買取価格の合意による保証リターンを事前に約束することができません。
- 公正市場価格(FMV)に基づくこと:インドの勅許会計士(CA)またはSEBI登録マーチャントバンカーが国際的に認められた評価方法で算定した公正市場価格が基準となります。非居住者がインド側に株式を売る場合は市場価格が「上限」に、インド側が非居住者から株式を買う場合は市場価格が「下限」になります。
- 1年間のロック・イン:株式の割当日から最低1年間は株式を自由に売却できません。外資規制がある業種ではこのロック・イン期間がさらに長い場合もあります。
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契約違反ペナルティが「経済的に機能しない」構造的問題
日本側がプット・オプションを行使して「市場価格の120%で買い取ること」と合意していたとしても、非居住者から居住者への株式売却は市場価格が上限となるため、割増しで売ることができない可能性があります。
逆に、日本側がコール・オプションを行使して相手方の株式を買い取ろうとした場合、非居住者が居住者から株式を買う際は必ず市場価格以上で買い取る必要があります。合弁契約で「取得価格で買い取れる」と定めていたとしても、市場価格が取得価格を上回っていれば実現できない可能性があります。
さらに深刻なのは、これによる契約履行インセンティブへの影響です。インド側が契約違反を起こして日本側がコール・オプションを行使した場合、「契約違反したのだから取得価格でお前の株を買い取る」と主張しても、株式売買は市場価格に基づいて実施しなければなりません。インド側にとっては「契約違反をしても市場価格でちゃんと株が売れる」という状況が生まれます。こうした実態を見ると、「オプションの行使ができない」という声があながち誇張でないことが見えてきます。
実務上の対応策として、インドの裁判所は「価格保証」はFEMA違反になりうる一方、「契約違反に対する損害賠償」という形であれば執行を認めるという判断をしています。つまり、「最低価格を保証する」という書き方ではなく、「相手が義務違反した場合にその損害として一定額を賠償する」という損害賠償条項(インド契約法第73条)として設計し直すことで、FEMAの価格規制の壁を越えられる可能性があります。オプション行使価格をあらかじめFMVベースで設計した上で、ペナルティ部分はこの損害賠償型として組み立てることが実務上の一つの方向性です。ただし、この設計が機能するかどうかはインドのFEMA専門弁護士と事前に確認することを強くお勧めします。
NTTドコモ×タタ事件——投資から8年かけた合弁解消の現実
デリー高裁の判断と「損害賠償型」設計の示唆
FEMAのプライシングガイドラインとオプションの行使に関するこの問題が現実に起きた事例として、NTTドコモとタタグループの合弁解消事件は大きな教訓として知っておく必要があります。
2009年にNTTドコモは、タタ・テレサービシズ(TTSL)の株式約26.5%を、約2,600億円で取得しました。この合弁契約においては、「3年後に一定の経営目標を達成できなかった場合、ドコモ側は市場価格または取得価格の50%のいずれか高い方の価格で株式を売り戻せる」という特別条項が含まれていました。
2014年に実際に業績目標が達成できなかったため、NTTドコモはプット・オプションを行使しました。この時点でタタ・テレサービシズの株価は取得価格の20%以下にまで崩壊していました。だからこそ契約で定めた「取得価格の50%」が機能し、NTTドコモは約1,300億円の買戻しを求めました。ところがタタ側は「RBIが承認しない。FEMAのプライシング規制上、その時点のインドの公正価格でしか買い取れない」として、契約通りの価格での買い取りを拒否しました。NTTドコモはこれをロンドンの国際仲裁(LCIA)に持ち込みます。2016年6月に仲裁判断が出てNTTドコモが勝訴し、タタに対して約11.7億ドル(日本円で約1,300億円)の賠償が命じられました。
しかしここからがインドらしい展開です。インド準備銀行(RBI)とインド政府が「この仲裁判断はFEMAのプライシングガイドラインおよびインドの政策に違反する」として、インド国内での執行に抵抗しました。最終的に2017年にデリー高等裁判所がドコモ側の主張を全面的に支持します。裁判所の判断は「あの売り戻し価格の契約条項は、FEMAが禁止している『保証リターン』ではなく、契約違反に対する損害賠償に該当する。FEMAはこうした契約条項を禁止していない」というものであり、RBIの主張を退けました。条項そのものは有効と認められたわけです。
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最終的にタタが供託していた約11.8億ドルがNTTドコモ側に引き渡され、NTTドコモは利息込みで約1,449億円を受け取っています。ここから学ぶべき教訓は、権利は最終的に認められたものの、プット・オプションの行使から数えて約3年もの歳月と巨額の国際仲裁・訴訟執行コストがかかったということです。
インドのJVでは「いざというときに使えると思っていたオプション条項」が、たとえ法的には有効であっても、FEMAの影響ですんなり実行できなかったり、国際仲裁→執行という長い手続きの迂回を強いられます。しかもその執行段階でインド政府・規制当局も妨害しようとしてきます。「権利がある」ことと「すぐ使える保険になる」ことは、インドでは全く別物であることを認識しておく必要があります。
第一三共×ランバクシー事件——「勝訴後の回収」という最後の関門
仲裁地をインド国外に置く重要性
JVではなくM&Aですが、日本企業がインドで「仲裁に勝った後」に直面した現実として、第一三共とランバクシーの事件も重要な教訓を含んでいます。出口の最終段階——「お金を取り戻す」フェーズ——の話として非常に示唆に富んでいます。
第一三共は2008年にインドの製薬大手ランバクシーを買収しました。しかし買収後に事実の隠蔽が発覚します。米国FDA・DOJ(司法省)によるランバクシーへの調査は買収以前から存在していたにもかかわらず、その事実が第一三共に開示されないまま株式が売却されていたのです。第一三共はシンガポールの仲裁地に持ち込み勝訴し、ランバクシーの旧オーナーであるシン兄弟に対して約350億ルピーの賠償が認められました。デリー高等裁判所も2018年にその執行を認めています。
しかし旧オーナー側のシン兄弟は資産を移転・隠匿し、第一三共は「回収」に苦労します。勝訴から9年が経過した2025年時点でも、元本・利息を含めた約490億ルピーのうち4%程度しか回収できていないという情報もあります。
仲裁で勝訴し裁判所が執行を認めているにもかかわらず、資金の回収が進まない——NTTドコモ事件と第一三共事件の2つに共通するのは、「インドでは、契約上の権利を勝ち取ること自体はもはやゴールではなく、それをキャッシュに換えるところまで実現することが本当の戦いだ」という教訓です。なお、この2件はいずれも仲裁地をインド国外——ドコモはロンドン、第一三共はシンガポール——に置いていました。これは偶然ではなく、インド国内の仲裁・訴訟を避けて中立的で執行力のある国際仲裁地を選ぶことも、重要な出口設計の一部です。
インドで合弁会社をたたむ——自主清算手続きの現実(2025年最新版)
2021年規則改正後の処理期間短縮と税務リスクによる長期化
合弁を解消して会社そのものをたたむ——すなわち「自主清算」について解説します。デッドロックが解消できず、オプションの権利行使もうまくいかず、最終的に「もうこの会社は清算しよう」という判断になった場合の話です。
インドでの自主清算手続きは、インド破産倒産法(IBC)2016年の第59条に基づいて行われます。一般的な理解としては、インドの自主清算は「数年かかるのが普通」「下手すると5年経っても終わらない」という声が聞かれていました。その最大の原因は、税務当局からの「NOC(未納税額がないことを証明する書類)」を取得していないと会社の清算手続きが進まないという点にあります。ただし2021年11月にインド破産倒産委員会(IBBI)が「自主清算において税務当局のNOC取得は不要だ」と明確化しています。本来は時限的に手続きを終わらせることを趣旨とするインド破産倒産法の趣旨に反するためです。
さらに、2022年から2025年初頭にかけての規則改正で手続きが効率化され、最終報告書提出までの平均日数が従来の約460〜500日から約200日にまで短縮されています。資産が少なく係争もないクリーンな会社であれば、1年以内に完了するケースも出てきています。
ただし、現場の実態として——税務当局が後から遅れて更正処分を出してきたり、未解決の税務係争が残っていると、依然として長期化するケースが散見されます。制度上「NOC不要」になっていたとしても、現実には税務リスクが片付かないと安心して撤退できないという実情が見え隠れします。また、合弁相手のインド側が「自主清算」という選択肢に合意しない場合は裁判所の関与が必要となり、やはり時間がかかります。だからこそ、インド企業との合弁設立を検討するタイミングから、入口設計と出口設計の戦略を立てておくことが非常に重要です。
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