会社清算手続きにおける従業員への補償については最優先事項に含まれない(2016年インド破産・倒産法)
(文責:岡嶋由紀, Prastuti Verma/Global Japan AAP Consulting Private Limited)
はじめに:
破産または倒産という厳しい財政状況に直面した企業は、多数の債務に立ち向かいつつ、従業員への補償を行う重圧に苦しんでいます。この状況は、従業員が提供される補償に不満を持つと労働争議が発生する可能性があるという、企業にとっては一層の不安をもたらします。長年にわたり、雇用主や企業は、多様なステークホルダーへの債務残高に対して、どのように資金を適切に分配すべきか、という課題に直面してきました。今回はその課題を軽減する一つの重要な判例を紹介したいと思います。
2023年2月のインド最高裁判決とは?
2023年2月7日、インド最高裁判所は、インド本社の多国籍企業であるMoser Baer(光学ディスクや記憶デバイスを製造販売)の労働組合と、Moser Baerの担保債権者として裁判に参加したインドステイト銀行(State Bank of India)との訴訟に関して、従業員にとっては不利となる判決を下しました。それは、NCLT(会社法審判所)およびNCLAT(会社法上訴審判所)が以前に下した「従業員積立基金(PF)、従業員年金基金(PS)、退職金基金については清算財産には含まれず、したがって破産・倒産法第53条に規定されるウォーターフォールメカニズム(債権者に対する優先支払いの順位を定める)に基づく回収対象にも該当しない」という判決を支持したものでした。さらに、「ウォーターフォールメカニズムは、清算中の企業が支払いの優先順序を決定する最適な手段である」との意見も付されました。
なおここでは、従業員積立基金、従業員年金基金、退職金基金について「労働者が最終的な清算金額の一部として受け取る項目」として述べていますが、決してこれは、労働者が補償を受け取る権利がないと意味するものではありません。
本判例にかかる出来事の背景
2017年11月14日、破産・倒産法(IBC, 2016)第7条に基づく申請により、Moser Baer Pvt. Ltd.(法人債務者)に対して「企業倒産処理手続」が開始されました。そして最終的に2018年9月20日に会社法審判所(NCLT) ニューデリー主法廷において、清算命令が下され、Moser Baerの労働者は破産・倒産法第33条(7)に基づき解雇されることになります。
その数か月後の2018年12月5日、本件を担当する清算人が、従業員積立基金、年金基金、退職基金の優先的支払いを断固として拒否する旨をEメールにて伝達し、また破産・倒産法第53条のウォーターフォールメカニズムに基づく支払いの場合においても、同様の意図を示しました。
それを受けMoser Baer労働組合は、2019年1月に会社法審判所(NCLT) ニューデリー主法廷にて、以下のような嘆願書を提出しました。
「企業が労働者らに支払うべき従業員積立基金、年金基金、退職基金が清算財産に含まれず、また、破産・倒産法第53条のウォーターフォールメカニズムから除外されるのであれば、それぞれを『従業員積立基金』『年金基金』、『退職基金』の名目で労働者に支払われるべきである」と。
インド最高裁判決の根拠
インド会社法1956/2013に基づく会社清算の場合、一定の未払残高を有する労働者は、原則、債務残高を有する担保債権者と同等の立場であるといえます。しかしながら、破産・倒産法に基づく会社の解散、清算の場合は、労働者側がこれと同じ権利を主張することはできません。
つまり、破産・倒産法第53条第1項(b)によると、担保債権者が同法で定められた方法で担保権を放棄した場合には、清算開始日以前の24ヶ月間における労働者に対する未払残高に対して、労働者と担保債権者の間で同等の優先順位が付けられます。これは「清算開始日に先立つ24ヶ月間の労働者や従業員への未払残高についてのみ、担保債権者への債務残高と同等の立場である」ことを意味します。
そして、ここで注目すべき点は、同法において会社が清算される場合の資産の分配方法に関する規制や指針が規定されているのですが、同法第36条第4項によると「従業員積立基金、年金基金、退職基金については、清算財産には含まれず、よって清算手続きにおける分配項目には該当しない」と規定されていることです。
まとめ
インド会社法第326条および第327条は「企業が清算手続きに入った場合には、特定の支払い(労働者の賃金等)は他の債務より優先される」と規定しています(なお、「特定の支払い」には、労働者の補償や収益、また企業から連邦政府、州政府、地方公共団体に収める税金や健康教育目的税が含まれます)。しかしながら、2016年11月15日付発行、同日より有効となった破産・倒産法の別紙第11(第255条)による改正で、この規定が清算時には適用外であるという旨が最高裁判所により明示されました。また、同会社法第327条第7項において「同法第326条、第327条が破産・倒産法に基づく清算時には適用されない」との旨が明記されています。
そこで、このような場合には破産・倒産法第53条が適用され、清算財産の価値に準じて債権者に分配すべく(ウォーターフォールメカニズムに則った)支払いの優先順位を付けるという手順が取られます。
ウォーターフォールメカニズムにおいて、担保金融債権者は最も高い優先順位を有します。次に、無担保金融債権者、政府への納付金、そして最後に営業債権者が続きます。担保金融債権者は銀行などの金融機関、無担保金融債権者はクレジットカード会社や地主など、そして営業債権者は会社にサービスを提供した人、すなわち従業員や仕入れ業者などが該当します。
この場合、労働者への分配は営業債権者の項目に該当するので、最優先とは言い難い位置づけとなります。そして、上述のとおり破産・倒産法第36条第4項においては、従業員積立基金、年金基金、退職基金は優先されるべき必須の支払いとはみなされていません。
したがって、会社の清算手続きに際して労働者に対して優先的に支払われるのは、原則、清算開始日以前の24ヶ月間の未払残高のみであり、従業員積立基金、年金基金、退職基金の支払いが優先されることはない、ということになります。
Global Japan AAP Consulting Pvt. Ltd.では、インド適用法令による会社清算手続きに精通した弁護士・会計士が貴社の状況に最適な解決策をご提案、全力でサポートいたします。どうぞお気軽にお問合せくださいませ。
執筆者紹介About the writter
英国ローハンプトン大学経営学修士号(MBA)取得。音響会社にてマネジメントとオペレーション両部門の責任者として活躍する。多角的視点を強みとし、ベトナム滞在の9年間は建築・IT・教育業界のマネジメントを担い、エコ製品の製造・販売会社を経営す。2023年よりバンガロールにて日系企業のインド進出支援、また空手道場の運営を行う。科学哲学書の出版翻訳経験を有す。