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Vol.46 : 今さら聞けない!インド出産手当法にかかる実務とよくある質問集

(文責:岡嶋由紀, Prastuti Verma/Global Japan AAP Consulting Private Limited)

近年インドにおける女性の社会進出は緩やかなスピードながらも進んでおり、2017年には1961年出産手当法(Maternity Benefit Act, 1961)の改正により産休・育休日数がそれまでの12週から26週に拡大したりと 政府主導の政策も推し進められています。ではこの1961年出産手当法および2017年出産手当(改正)法(The Maternity Benefit (Amendment) Act, 2017)がどのようなものなのか、またどのように実際に適用されているのかを含め、よくある質問にお答えしていきたいと思います。

2017年出産手当(改正)法の概要とよくある質問

まずはじめに、2017年出産手当(改正)法の概要についてご紹介しておきます。当該法律は、女性社員に対して、出産予定の8週間前から計26週間を出産休暇として取得できる権利を付与するものです。つまり、雇用者は、女性社員の出産休暇期間中についても引き続き「出産手当」として給与の満額を支払わなければならないと定められています。

また、50名以上の労働者を擁する施設は規定された距離の範囲内に保育施設を確保する必要があり、雇用者は女性社員が当該保育施設への1日最大4回までの訪問を許可する必要があると規定されています。なお、父親の育児休暇については一切言及がされておらず、男性社員が育児休暇やそれに関連する手当を受け取ることはできません。

 

1. 女性社員が連続して出産手当金を利用するのを会社は制限することはできますか?

この疑問については、2021年、アラハバード高等裁判所における Smt. Preeti SinghとState of U.P. Thru. Secyとの間の裁判で下された判決が重要な判断基準として参考になります。アラハバード高等裁判所は「1961年出産手当法(1961年)には、第1子の出産給付終了直後に第2子の出産手当受給を禁じるような具体的な制限はない」と述べました。母性を享受する女性の権利にいかなる制限もあってはならない、との判断が下されたのです。さらに高等裁判所は、1961年法第5条第2項に規定される給付金を利用するための唯一の重要な条件は、雇用主との80日間の継続勤務のみである、と補足しました。

事の始まりは、申立人(女性)は、第1子出産後に間を空けず第2子を身ごもり、1961年出産手当法に基づき第2子に関連する出産手当金受給を申請したが、雇用主(被申立人)の財務ハンドブックの内規である規則153(1)により、1人目の出産手当金と2人目の出産手当金の間に最低2年間空ける必要があるとの制限が設けられていたため、2人目の出産手当金の受給を拒否された、という出来事にありました。

申立人は雇用者によるこの判断を不服とし、雇用者が1961年出産手当法(1961年)の法令よりも会社財務ハンドブックを優先させるのは違法であると主張しました。

高等裁判所はこの主張を支持し「1961年出産手当法(1961年)に出産手当給付の間に2年間空けるようにというような規定はない。特に1961年出産手当法第27条には、他の法律や勤務契約内容に1961年出産手当法に矛盾するものが含まれる場合には、1961年出産手当法が優先されると明確に規定されている。にもかかわらず、雇用者は自社財務ハンドブックの規則153(1)を優先させ申立人の出産休暇の申請を却下したという判断は明らかに誤りである」と判決を下しました。

この判決の際に、裁判所は過去の類似判例である2019年のSmt. Richa ShuklaとState of U.P. 他の間の裁判事例も参考としました。

したがって、女性が最初の出産手当を受給した直後に次の出産手当給付を申請したとしても給付が禁じられることはない、と言えます。

2. 法律上の出産手当金の支給に際して、非正規従業員・労働者・日雇い労働者・正規従業員といった異なる勤務形態に準じて異なる待遇を付与することはできますか?

2000年のデリー市行政自治体と Female Workers (Muster Roll) & Anr. (登録女性労働者グループ)間の裁判において、最高裁は「1961年出産手当法は正社員に限定されるものではなく、非正規雇用や日雇い派遣で働く女性にも平等に適用される」と判示し、さらに、このような理由による差別は、インド憲法第15条違反とみなされるとも言及しました。  似た判例では、2021年Sushma Deviとヒマーチャル・プラデーシュ州他間の判決において、代理出産をした契約社員にも出産手当の給付が認められた、というケースがあります。

3. 継続勤務の定義とは?産休中の女性は継続勤務とみなされますか?

この質問については、労働争議法第 25 条(b)を参照することができます。これによると、ストライキやロックアウト、 病気、産休等の承認済の休暇を含む、合法的な理由による休憩や休暇は、労働者の継続勤務に影響しない、とされています。

4. 出産休暇は、出産後からでも取得できますか?

この問題は、ごく最近の2023年アラハバードでのSaroj Kumariとウッタル・プラデーシュ州(他5関係者)との間の裁判がよい参考になるといえるでしょう。この事件の女性(申立人)はウッタル・プラデーシュ州基礎教育委員会が運営する小学校の校長でした。申立人の勤務条件は、1981年ウッタル・プラデーシュ州基礎教育(教師)勤務規則の規定に従うものでした。申立人は2022年10月15日に出産し、直ちに2022年10月18日から2023年4月15日まで(180日間)の出産休暇を申請しました。しかし、産前産後休暇申請書の添付書類に不備があったという理由で、申請は却下され、その後女性は、2023年10月30日に必要書類を揃えて再度申請しましたが、これもまた却下されたのです。学校側の却下理由は、出産休暇は出産後に付与されるものではなく、出産後においては育児休暇のみが付与されるため、とのことでした。

これを扱った裁判所は、1961年出産手当金法に記載の「出産前後の一定期間における女性の雇用、また出産手当金およびその他一定の給付を規定する法律である」という前文を参照し、非常に重要な指摘を行いました。

つまり、同法第 5 条第 4 項によれば「出産手当金が出産後にも支給されることは明らかで、合法的な養子縁組や3ヶ月未満の養子縁組の場合にも延長することができる。唯一の制限は、出産後からの出産休暇申請においては、180日または26週間完全には付与することはできない」ということで、出産後であっても、女性には出産休暇を受ける権利があると結論づけられました。

5. 第3の性と呼ばれる人たち、またトランスジェンダーも、他の女性と同様に出産手当金を受けることができますか?

トランスジェンダー権利保護法第5条の庇護下において、いかなる形態の差別も認められず、またこの保護法には1961年出産手当金法が適用される旨も含まれています。よってトランスジェンダーも含めて女性と同様の出産手当金受給権利を有する、ということになります。

6. 1961年出産手当金法に基づき、出産休暇中に女性を解雇することはできるのでしょうか?

出産休暇中に女性を解雇することは可能ですが、その場合は厳正な調査の上、会社の人事規則に明記されているような懲戒処分事項に該当する事案の発生や重大な違法行為があり、また解雇対象となる女性の直接的な関与が証明された場合に限ります。また、その場合、会社は解雇対象となる女性に対して、同法第 12 条但書きに従って事前通告を行わなければなりません。

7. 1961年出産手当金法の規定に基づき、出産手当金が没収されるのはどのような場合でしょうか?

例えば、給付申請をした女性が、承認された出産休暇中に他の会社や組織等で有給で就労していることが判明した場合、出産手当金の請求は没収されます(1961年出産手当法第 18 項を参照)。

8. 申請者が出産中に死亡した場合、その後も雇用主は1961年出産手当金法に基づく支払いを行う義務がありますか?

はい、同法および規則第7条・規則第5条に基づき、女性が給付金を受け取る前に死亡した場合、申請書に記載された受取人、または受取人の記載がない場合には法定代理人に対し、同様の支払いが行われる必要があります。

さいごに

1961年出産手当金法および2017年出産手当(改正)法は、女性社員が妊娠・出産・育児の期間において女性と子供の健康を保護を目的に制定され、また時代とともに更新されています。ご対応に少しでもご不安・ご不明な点があれば、お気軽に弊社までお問合せください。

               

執筆者紹介About the writter

岡嶋由紀 | Yuki Okajima
英国ローハンプトン大学経営学修士号(MBA)取得。音響会社にてマネジメントとオペレーション両部門の責任者として活躍する。多角的視点を強みとし、ベトナム滞在の9年間は建築・IT・教育業界のマネジメントを担い、エコ製品の製造・販売会社を経営す。2023年よりバンガロールにて日系企業のインド進出支援、また空手道場の運営を行う。科学哲学書の出版翻訳経験を有す。