インドM&Aの4つの買い方|FEMA規制・Demat義務を解説
![]()
インドへの進出を検討している経営者の方とお話ししていると、最近すごく増えているのが「ゼロから現地法人を作るんじゃなくて、インドの会社に少額出資をするとか、買収するとか、そういう形で入れないかな」というご相談です。14億人の市場で、すでに顧客も従業員もライセンスも持っている会社を丸ごと手に入れられるなら、そのほうが早い、と。まー、その発想は極めて真っ当ですよね。
ただ一方で、M&Aで失敗をしてしまう会社も後を立ちません。例えば、UAEの通信大手のエティサラットという会社が、インドのスワン・テレコムという携帯会社に出資をしました。ちゃんとお金も払って、株主にもなった。ところがその後、そもそもこの会社が持っていた通信ライセンスが、行政の不正な手続きで取得されたものだったということが発覚して、2012年にインドの最高裁が、その時期に発行された通信ライセンス122件を「まとめて取消し」にしたんですね。エティサラットが「価値がある」と思って買った会社の、その価値の源泉そのものが、ある日根こそぎ消えてしまったわけです。インドのM&Aは、「そもそもどういう形態で買うのか」「何を引き継ぐのか」「出資をするいちばんの価値はどこにあるのか」という”入口の設計”を間違えると、後からあがいても取り返しがつかない、ということが起こり得るわけですね。
そこで今回の動画では、インドのM&A前編として、インドで会社を「買う・出資する」ときの、4つの買い方の違い、出資比率で得られる権利、そしてFEMA——インドの外国為替管理法——による入口の規制、この3つを整理したいと思います。
インドM&Aの4つの選択肢——株式取得・組織再編・事業譲渡・資産譲渡の違いと使い分け
![]()
インドのM&Aって、デューデリジェンスや価格交渉より前の、この”入口の設計”の段階ですでに勝負がついているケースが本当に多いので、「スキーム設計の初手」をしっかりと解説していきます。
まず最初に、インドで事業や会社を手に入れる方法には、大きく4つあるということを押さえておきたいと思います。具体的には①株式取得、②組織再編(合併や会社分割)、③事業譲渡、④資産譲渡、この4つです。これは法律でこの4種類が規定されているわけではないんですけど、実務上は概ねこの4つのいずれかということになろうかと思います。
①株式取得——ライセンスと資産をそのまま引き継げる最もシンプルな方法
一番よく使われるのが1つ目の株式取得です。これは日本と同じで、対象会社の株を買って株主になる、というやつですね。会社をまるごと引き継ぐので、資産も負債も、契約もライセンスも、原則そのまま引き継げる。手続きもシンプルなので、日本企業にとってのインドM&Aはこの形態がほとんどです。
②〜④組織再編・事業譲渡・資産譲渡——NCLT承認・個別同意・制約の違い
2つ目は組織再編、つまり合併や会社分割です。これはちょっと厄介なんですけど、インドでは合併・分割をやろうとすると、原則としてNCLTという会社法審判所という裁判所のような機関——の承認が必要になるんですね。なので、このスキームに対して最終的にゴーサインを出すかどうかはNCLTの裁量に委ねられています。株主総会と債権者集会で、議決に参加した人の「金額ベースで4分の3以上」の賛成を取って、そのうえで裁判所が公益や株主保護の観点から審査するわけです。これ、実務上は準備を含めると1年以上かかる可能性が高いと言われていますのでちょっと利用しにくい選択肢ではあります。
3つ目は事業譲渡、いわゆるスランプセールって言われるやつですね。これは、会社ごとではなくて「事業」を買う方法です。これはNCLTの承認は必要なくて、当事者の合意だけで実行できるので株式取得の次によく利用される選択肢です。ただし、取引先との契約や債務を移すためには当然に相手方の同意が個別に必要になってきますし、許認可やライセンスなどは原則引き継げないという点は、株式取得と大きく違うので留意が必要です。
最後4つ目は資産譲渡で、特定の資産だけを買う方法です。例えば、工場や設備だけ買います、みたいなケースですね。ちなみに、インド系じゃない外国籍で、かつインド国外に住んでいる個人・法人の場合はそもそもインド国内不動産を買えない、という制約も一部ありますし、当然に製造ライセンスなどは引き継げないので「工場ごと欲しいなら、資産で買うより、その工場を持っている会社の株を買ったほうが早い」というのが実態だとは思います。
だからこそ、まず最初にやるべきは、「自分たちがM&Aにおいていちばん手に入れたいのは何か——顧客か、ライセンスか、工場か、人材か——を明確にして、それに一番合った選択肢を選んでスキームを構築する」ということになります。この買い方の検討は、デューデリジェンスを実施するよりも前の、一番最初の分かれ道になります。
出資比率の地図——10%・25%超・50%超・75%以上で変わる権利と株主間契約の鉄則
![]()
次にですね、どれぐらい株を持つべきかという話をしたいと思います。これ、マイノリティ出資、つまり過半数を持たない出資を検討している企業様は特に理解しておいてほしいんですけど、インドの会社法では、持ち株比率によって使える権利がきっちり規定されているんですね。この出資比率の”地図”を頭に入れておくことは、最低限インド企業との交渉をスタートする上でむちゃくちゃ重要です。
10%・25%超・50%超・75%以上——各比率で得られる法的権利
まずは10%です。発行済み株式の10%以上を持つと、臨時株主総会の招集を請求できたり、なんか経営に違和感を感じたときにNCLTに調査や救済を申し立てる権利、いわゆる「少数株主に対する抑圧や不当運営」に対する救済を求める権利が持てます。マイノリティ出資であっても、最低限この10%は確保しておくと、いざというときに声を上げる法的な足場ができるわけですね。
次が25%超。これがものすごく重要なラインです。インドでは、定款変更とか増資とか、重要な事項は「特別決議」といって75%以上の賛成が必要になります。ということは、逆に25%を1株でも超えて持っていれば、その特別決議を単独で否決できるわけです。つまり拒否権を持てるわけですね。マイノリティ出資で「経営権まではいらないけど、重要な意思決定において勝手なことはさせたくない」という場合、この25%超の株式を持っているかどうかがひとつの目安になります。
そして、50%を超えて過半数の株式を持っていれば普通決議を単独で通せる、いわゆる経営権の取得です。そして、さらに75%以上の株式を持てば、特別決議まで単独で通せるようになりますので、ここまで来ると、実質ほぼ何でもできてしまう状態になります。
株主間契約だけでは不十分——付属定款(AoA)への落とし込みが鉄則
ここで、マイノリティ出資の場合に絶対に知っておいてほしい話があります。例えば、25%超の株式を持って、株主間契約、いわゆるSHA(Shareholders Agreement)において拒否権とか取締役の指名権などを合意していれば変なことにはならないだろうからいったん安心だよね、と、こういった発想になりがちですけど、これが過去の判例で株主間の合意が無効とされたケースが多くあります。つまり、株主間契約でどれだけ立派な約束をしても、それを会社の付属定款AoAにちゃんと落とし込んでおかないと、いざというときに無効とされてしまうリスクがあります。「株主間契約で合意しただけでは危ない。必ず定款にも反映させる」——これは鉄則なので覚えておいていただきたいと思います。
そしてもう1つ、マイノリティ出資というのは、「守りの権利は設計できるけど、攻めの権利・つまり後から経営権を主導して取りにいくのは簡単じゃない」——この前提で投資の意思決定をする必要があります。だからこそ、出資比率は「なんとなく26%」とか「とりあえず49%でいい」とかって決めるんではなくて、「自分が守りたい権利は何か」「最悪、将来的に経営権の取得はできなくてもいいのか?」など、起こり得るシナリオから逆算して、25%超でいいのか50%超は取っておくべなのかを決めて、守りたい権利については必ず株主間契約だけでなく付属定款にも落とし込んでおく必要があるわけですね。
FEMA規制①——FDIの自動承認・政府承認ルートとプレスノート3の落とし穴
![]()
自動承認ルートと政府承認ルート——まず業種のFDIルートを確認する
さて、選択肢と出資比率に加えてもうひとつ大切なのが「そもそも外国人としてその出資が許されるのか」という規制の話です。インドでは外国からの直接投資FDIは外国為替管理法FEMAで管理されていて、大きく2パターンあります。つまり、1つは業種ごとに事前の許可がいらない「自動承認ルート」、もう1つは事前にインド政府の許可が必要な「政府承認ルート」です。まずは自分が買おうとしている会社の業種が、どっちのルートなのかは念のため確認しておきましょう。
プレスノート3——中国資本が間接保有される場合も政府承認が必要
で、ここでたまに日本企業がうっかり引っかってしまうのが「プレスノート3」という規制です。これは2020年に導入されたもので、インドと陸で国境を接している国——実質的には中国が念頭にあるんですけど——そういう国からの投資は、直接だろうが間接だろうが、原則すべて政府の事前承認が必要になる、ということになっています。
「うちは日本企業だから関係ないでしょ」と普通は思いますけど、これは会社の実質的な持ち主、Beneficial Ownerという考え方に基づいて判断されることとなっているので、たとえば持株会社に中国系の資本が入っていたら、日本からの直接投資に見えても、この規制に引っ掛かることがあります。分かりやすい一例が、例えばもともとイギリス企業であったMGモーター(モーリス・ガレージ)も、中国系の上海汽車の傘下に入って100%子会社だったということで審査が長引いて、インド地場のJSWグループを株主のパートナーにあらたに迎えて株式持分をわざわざ組み替える、という対応を迫られた、という事例があります。つまり、MGモーターはインド市場に参入するためにインド地場企業に株式の過半数を売却せざるを得なかったわけですね。
で、この規制、最近ちょっと動きがありました。従来は、持ち分がどんなに小さくても、少数出資でも承認が必要という、しきい値ゼロのむちゃくちゃ厳しい運用だったんですよ。それが2026年3月に緩和されて、「非支配的であり、かつ、隣接国の実質持ち分が10%未満」の投資については自動承認ルートで良い、という最低ラインが新しく設けられることになったんですね。ただし、これはあくまでFEMA上の正式な通知があって初めて効力を持つもので、ましてや「これで中国からの投資が全面解禁されたわけではない」ので引き続き留意が必要です。
そしてこのプレスノート3、契約実務にも顔を出します。株式譲渡契約の中で、買主側が「自分は隣接国の企業ではありません」「隣接国の者が実質的に10%以上持っているという事実はありません」こういった表明保証を求められます。これが後で嘘だったとなると大問題になるので、業種のルート確認とあわせて、「自分たちの資金の実質的な出所がこの規制に抵触しないか」を必ず事前にチェックしておくことが大切です。
FEMA規制②——取得価格の上限と「18/25ルール」が日本のM&A常識を覆す
![]()
外為法FEMAの規制にはもう一つ大事な論点があります。それが「価格」と「支払方法」です。
プライシング・ガイドライン——外国人は公正市場価格以上で買わなければならない
まず取得価格です。インドの居住者から、日本企業のような非居住者が株を買う場合、価格を当事者が自由に決められないこととなっています。つまり、FEMAのプライシング・ガイドラインというのがあって、非上場会社の場合は、公認会計士、あるいはSEBIに登録されたマーチャントバンカーが、国際的に認められた方法で算定した「公正な市場価格」以上で買わないといけない。外国人が「買う」ときは公正な市場価格「以上」を払え、と。つまり、安く買い叩けないんですね。これはインドから資本が不当に安く流出しないための規定になっているわけです。
18/25ルール——後払い・エスクロー・アーンアウトは25%かつ18か月が上限
そして、価格以上に見落とされがちなのが、「支払方法」の規制です。これがですね、日本の感覚と一番ズレるところなんですけど、日本のM&Aだと、「買収額の一部は業績を見てから後払いにしましょう」とか、「一部はエスクローに預けて、問題が出なかったら渡します」とか、「アーンアウト、つまり目標達成したら追加で払います」とか、柔軟に設計することができますよね。
ところがインドでは、この後払い、エスクロー、価格調整、アーンアウト、こういう「後で払う部分」は、FEMAで「対価総額の25%まで」かつ「株式譲渡契約を結んだ日から18か月以内」に収めないといけないんですよ。いわゆる「18/25ルール」ですね。そして、むちゃくちゃ重要なのがこの起算日が「クロージング日(つまり取引実行日)」じゃなくて「契約締結日」なんですね。だから「クロージングしてから18か月」だと思っていると、実際にはもっと短い。クロスボーダーM&Aの場合って締結から取引実行までに半年以上かかっているケースも散見されるからです。しかも、後払いにできるのは全体の4分の1まで。これを知らずに、日本の本社が「リスクがあるから大半を後払いにしよう」という方針で交渉を進めてしまうと、契約直前になって「その建て付けはインドの外為法上できませんよ」となって、一気にひっくり返されちゃうわけです。
だからこそ、価格の交渉に入る前に、「この取引で、いつ、いくらを、どういう名目で払うのか」というキャッシュフローの設計を、最初からFEMAの25%・18か月ルールを前提に組んでおく。これをやっておくかどうかで、交渉後半のスムーズさがぜんぜん違ってきます。
クロージングの3つの関門——Demat義務・最低株主数・先買権の実務対処
![]()
最後の章はですね、契約がまとまって「さあいよいよクロージングだ」というときに、意外と足を引っ張る、インド特有の手続き論点を3つ、お話ししておきます。ここ、地味なんですけど、知らないと実行日がずるずる後ろにずれるので要注意です。
株式の電子化(Demat)義務——口座開設に半年超かかることも
1つ目が、株式の電子化、いわゆるDematです。インドではもともと上場していない公開会社は2018年からすでに株式の電子化が義務づけられていたんですが、これが2023年以降、非公開会社にも義務づけられることになりました。最終的な対応期限が2025年6月末だったので、2025年7月以降は非公開会社も原則、株式を電子化していないと株式譲渡ができない、という状態になっています。つまり、M&Aにおいては買う側も売る側も、インドの納税者番号であるPANを取得して、Demat口座を開いておかないと、そもそも株の受け渡しができないわけです。しかも、2025年6月にNSDLという証券保管所が出した通達で、非公開会社の電子化株式を譲渡するときには、対象会社が発行する確認書が必要、ということになりました。この準備ができていないと、クロージング当日に「株が動かせない」みたいなことになりかねません。
ここ、もう少し具体的にお話ししておきますね。このDematの対象になる非公開会社では、M&Aのときの株式の譲渡だけじゃなくて、例えば、増資による新株の発行も、電子化した形でしかできません。つまり、物理的な株券での受け渡しは、もうできないっていうことです。ということは、株を受け取る側の日本企業のほうがDemat口座を事前に持っておかないと、そもそも株が受け取れないんです。「Demat口座はまだないけど、とりあえず先に株だけ受け取っておく」という抜け道は原則ないわけですね。で、この外国法人のDemat口座の開設って、PANの取得も含めるとかなり時間がかかります。ほとんどの企業が半年以上かかっているという実態があります。なので「Dealが決まってから慌ててDemat口座を作る」のではなくて、Demat口座が必要になると想定される時期から逆算をして、前々から準備を進めておく必要があります。
ちなみに、2025年12月の改定で、Dematの義務がない「小規模会社」の基準が少し緩められて、払込資本が1億ルピー以下、売上が10億ルピー以下なら小規模会社に該当することとなりました。つまり、小規模会社であれば物理的な株券のまま譲渡したり新株を発行したりできます。ただですね、M&Aで買収するくらいの規模の会社が、この小規模会社の基準にきれいに収まるケースって、実際にはそんなに多くないので、M&Aの場合には基本的には「Dematが必要」という前提で、Demat口座の開設準備に早めに着手しておくことをおすすめしています。
最低株主数2者・先買権の事前放棄・RBI報告FC-TRS——見落とせないチェックリスト
2つ目が、最低株主数です。インドの会社法では、非公開会社は最低2者の株主が必要です。なので「おし、100%買収するぞ」とうっかりすべての株式を1社で持ってしまうと、会社法違反になってしまいます。なので実務上は、グループ会社とか役員の方に1株だけ持ってもらったり、名義株主を立てたり、こういった対応をするわけですね。細かい話ですけど、これを忘れるとクロージングの書類が整わないので念のため要注意です。
あと最後3つ目が、株式の譲渡制限です。インドの非公開会社は、付属定款AoAに必ず何らかの譲渡制限が入っています。先買権(せんばいけん)、つまり「特定の株主が優先的に買える権利」とかが定められていることが多い。だから、対象会社の既存株主がその権利を放棄してくれないと、そもそも売主は自由に株を売れない、ということになります。ここは法務DDの際に必ず定款を確認して、「関係株主の先買権の放棄」をクロージングの前提条件として契約に書き込んでおく必要があるわけですね。
で、無事に株を動かしたら、最後に忘れちゃいけないのが、インド準備銀行RBIへの報告です。居住者と非居住者の間で株を譲渡したら、FC-TRSというフォームで、原則60日以内に報告しないといけないことになっています。これをミスると後々の法令遵守違反として大問題になるので、クロージング後のToDoとして漏れなく対応する必要があります。
こういったことは、一つ一つはむちゃくちゃ地味なんですけど、どれか一つが抜けるだけでかなり痛い目に合う可能性があります。なので、契約交渉と並行して、この電子化・最低株主数・株式譲渡制限・RBIへの報告という”手続きのチェックリスト”を持ってひとつずつ確実に潰していくことをおすすめいたします。
▼ あわせて読みたい関連記事