インド駐在のイライラはEQ・CQで解決できる
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筆者はインドに14年ほど居住していますが、情けないことにいまだにイライラすることが多々あります。なぜこんなことが起きるのかと想定外の状況に憤慨することは日常茶飯事で、エアコンの修理業者が来ると言った日にまったく来ないとか、大事なミーティングがある時に限って停電が頻発するといったことも珍しくありません。とにかく日々細かいことにイライラしている自分に、ふと気づくわけです。ただ、インド人も同じことを経験しているはずなのに、インド人は何も気にせずケロっとしているように見えます。自分だけがイライラしている状況にふと気づいて、なんとなく馬鹿らしくなったり、自分は器の小さい人間なのではないかとさえ思えることもあります。
「インド駐在、正直しんどい」「なぜ自分ばかりこんなにイライラするのだろう」「自分は海外に向いていないのではないか」——そう感じている駐在員の方も多いのではないかと思います。
ただ、ここに興味深いデータがあります。文化の違いを測るホフステードのCWQアセスメントに「不確実性の回避」という次元があります。曖昧さや想定外の状況をどれだけ嫌うかを示すスコアで、日本は世界的にも異常に高く平均スコアが92、それに対してインドは40です。このスコアだけを見ると、日本人がイライラしてしまうのもよく分かります。ただ、筆者がこのCWQアセスメントで測定したところ、スコアは28でした。日本人どころかインド人の平均よりも曖昧さや想定外の状況をあまり気にしないという診断結果が出ていたわけです。そんな筆者でも、インドではやはりイライラしています。ということは、このイライラはあなたの性格や真面目さだけの問題ではなく、誰の感情をも揺さぶってくるものであり、インド人も顔に出していないだけで内心イライラしている可能性も十分にあります。
そこで本記事では、このイライラをどのように取り扱うべきか——「消し去るべきノイズ」ではなく「理解すべきデータ」として取り扱う方法についてお話しします。これまで当チャンネルでは「文化を知れば、感情が楽になる」というアプローチをご紹介してきましたが、今回はその逆です。「感情を理解すれば、文化が見える」という視点から考えます。自分の感情を読む知性がEQ、相手の文化に橋をかける知性がCQ。実はインドでの生活は、この2つの知性を同時に鍛えられる、世界でも稀有な場所ではないかと考えています。
インド駐在のイライラは性格の問題ではない——途中帰任9割超の実態
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途中帰任の最大の理由は語学力ではなかった
まず、大事な前提からです。イライラしているのは、あなただけではありません。筆者もいまだにイライラすることはありますし、インド人も顔に出していないだけで内心はイライラしているという仮説を持っています。
ここでひとつ、2025年9月に発表された民間の調査をご紹介します。オンライン英会話のビズメイツ社が、海外赴任者を送り出している従業員500人以上の日本企業の研修担当者400人に聞いた調査によると、過去3年間で駐在員の「途中帰任」が発生した企業は、なんと9割超という結果が出ています。これはインドに限らず海外駐在全般の数字ですが、9割超というのは、もうほとんどの会社で経験されていることです。
注目すべきはその理由です。途中帰任となった理由の第1位は「現地の文化や価値観になじめなかった」が35.0%、第2位が「現地スタッフとのコミュニケーションがうまくいかなかった」が33.8%です。一方、海外赴任前に多くの方が力を入れる語学については、「語学力が不十分で業務に支障が出た」は上位から数えて6番目にすぎませんでした。
「小さな想定外」の連続が心を消耗させる
「文化や価値観になじめなかった」という言葉はパッと見ると抽象的ですが、その中身こそが、毎日の小さなイライラの積み重ねではないかと考えています。ある日突然大きな事件が起きて帰任するわけではありません。業者が時間どおりに来ない、取引先が契約どおりに履行してくれない、「No Problem」と言われたのに全部Problemだった——こういった小さな「想定外」が毎日何十回と積み重なり、ある日、心が動かなくなります。筆者が14年間見てきた途中帰任のケースは、だいたいこのパターンです。
例えば、こういう一日を想像してみてください。朝9時の定例会議、キーマンのマネージャーが来ない。電話をすると「On the way(今向かっています)」——これ、インドではほぼ「まだ家にいます」という意味です。10時になってようやく始まった会議で「例の件、ほぼ完了しています」と報告を受け、午後に実際に確認したら3割程度しか終わっていない。夕方、家に帰ると、来るはずだったエアコンの修理業者が来ていない。そして、家族からは冷ややかな目で見られる——インド駐在員の一日というのは、多かれ少なかれこういった「小さな想定外」の連続でできています。1つひとつは笑い話のようなものですが、これが毎日連続してたたみかけてくるわけです。
企業の赴任前研修はその現実に追いついていない
しかも、企業側の準備はこの現実に追いついていません。同じ調査によると、赴任前研修を必須にして全員に受けさせている企業は28.0%しかなく、その研修の中身も安全対策が59.3%、語学が55.0%と上位を占めています。一方、途中帰任の最大の理由だった「文化や価値観」への理解を深める研修は半数以下です。つまり、一番つまずく場所の練習をせずに、いきなり本番の試合に送り出されているわけです。
そもそも日本とインドでは「想定外の発生頻度」がまったく異なります。日本の生活では、お金を払えば期待どおりのサービスが期待どおりの時間に提供されます。ところがインドは真逆で、朝から晩まで想定と現実のズレが生じ続けます。日本で1年かかって経験する「想定外」を、インドでは1日に凝縮して経験できると言っても大げさではありません。
だから、まず今日お伝えしたい結論の半分を先に申し上げると、「インドでイライラするのは、私たちが未熟だからではなく、インドという環境が私たちの感情を揺さぶってくるから」と考えた方が良さそうです。
「文化→感情」から「感情→文化」へ——EQとCQをセットで学ぶ
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感情はノイズではなく精度の高いセンサーである
このチャンネルを以前からご覧いただいている方であれば、「イライラ対策なら前に聞いたぞ」と思われるかもしれません。まさにそのとおりでして、以前は「ほんまかいな」「知らんがな」「ほれ見い」という3つの認知スイッチでインドの理不尽を笑いに変換する方法をご紹介しました。また、インド駐在で伸びる人の話として、「自分の機嫌は自分で取る」——これはインド人から学んだこと——という話もしたことがあります。
それらの内容でお伝えしていたのは、「文化を知れば、感情が楽になる」ということです。インドの文化や商習慣を先に理解しておくことで、イライラを予防したり、笑いに変えたりできる。いわば文化が入口で、感情が出口でした。
今回お話しするのは、その逆です。感情が入口で、文化が出口。湧いてしまったイライラを消したり笑い飛ばしたりする前に、一度だけその感情を「読む」工夫をしてみる。そうすると、そのイライラが、自分自身と相手の文化の両方を教えてくれる教材になる、というお話です。
このヒントをくれたのが、PIVOTというメディアの番組でご紹介された、エゴンゼンダーのパートナーでスタンフォード大学客員研究員の丸山泰史さんのお話でした。丸山さんは「日本人を縛る真面目の罠」というテーマで、日本人特有の計画へのこだわり、完璧主義、遠慮という3つの縛りを指摘されており、その中でEQについてこう説明されています。EQとは「いい人」や「対人スキル」のことではなく、自分の感情を理解して、コントロールして、さらに活かすところまでを含めた知性だ、と。学術的にもEQは1990年に心理学者のサロベイとメイヤーが提唱した概念で、「感情を識別し、思考と行動の指針として活用する能力」と定義されています。
番組の中で特に腑に落ちたのが、「何にフォーカスすべきかのヒントは感情にある。特に、嫌だ、気持ち悪い、やりたくないというネガティブな感情にこそ大きなヒントがある」という指摘です。ネガティブな感情は、早く消したいノイズとして扱いがちですが、そうではなく、自分にとって何が大事かを教えてくれる精度の高いセンサーだということです。
日本人は「感情を抑える」訓練しか受けていない
日本のビジネスの現場では、「感情的になるな」「冷静になれ」が絶対的な美徳です。感情は仕事に持ち込まないのがプロとして当然であると、社会人になってからそう叩き込まれてきました。番組の中でも、日本人は感情を扱う技術を学ぶ機会がほとんどなかった、という話が出てきます。つまり私たちは、感情を「抑える」という訓練は人一倍積んでいるのに、感情というデータを「読んで活かす」という訓練はほぼやらないまま社会人をやっているわけです。その状態のまま、感情が毎日揺さぶられるインドに放り込まれています。多くのインド駐在員はイライラを抑える装備しか持っていないのに、インドという感情の大洪水に立ち向かわざるを得ないためにしんどくなるわけです。
インドは世界最高の「感情のデータセンター」
ただ、見方を変えると、ネガティブな感情にヒントがあるのだとすれば、ネガティブな感情が毎日たっぷり供給されるインドは、世界最高の「感情のデータセンター」とも言えます。以前の記事でCQを「IQ・EQに次ぐ、3つ目の知性」としてご紹介した上で、CQについて学ぶ価値についてお話ししてきました。ただ、最近少なくともインドにおいては、EQとCQは別々の科目ではなくセットで学ぶべきだと感じています。同じ1つの出来事——あなたの今日のイライラという感情——を教材にして、EQとCQは同時に鍛えられるワンセットの知性なのではないかと考えています。
イライラを「読む」3段階——EQとCQが同時に鍛えられる
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第1段階:イライラに気づく(EQ)
感情のデータを「読む」とは具体的にどういうことか。これを3段階で考えてみます。
まず1段階目は、イライラに気づくことです。取引先が遅れてくる。エアコン修理業者が来ない。ムッとしている自分がいる。ここで大事なのは、イライラを抑え込んだり、なかったことにしたりせずに、「今、自分はイライラしているな」と一歩引いて自分自身を観察することです。これがEQの第一歩、自分の感情を理解するということです。簡単そうに聞こえますが、イライラの渦中で自分を観察するのは、相当な訓練が必要です。
第2段階:相手の側から見る(CQ)
2段階目は、同じ出来事を相手の側から見ることです。取引先の遅刻も、時間どおりに来ない業者も、自分だけが特別に経験しているわけではありません。インド人もみんな、同じようなことを経験しながら毎日暮らしているはずです。つまり彼らは、この不確実な社会を前提に生活と仕事との折り合いをつけています。だから約束は緩めに、ダメなら明日、という柔軟な行動様式になっています。そう見えた瞬間に、「あの遅刻」は自分に対する嫌がらせではなく、インドという国民文化や設計思想の表れだと分かります。これがCQ、相手の文化に橋をかける知性の仕事です。
第3段階:残ったものと向き合う(EQ)
最後に3段階目は、それでも自分の中に残ったものを見ることです。相手の文化が理解できても、感情はゼロにはなりません。筆者の場合、自分の中に残ったのは「イライラしている自分が器の小さい人間のようにさえ思える」という感覚でした。インドにいると、自分の人間としての器を試されているような感覚に陥ることがよくあります。この「残ったもの」こそが一番の教材になります。つまり、自分は何を「当然」だと思って生きてきたのか、自分が絶対に譲れないことは何なのか——を映し出す鏡になるわけです。日印の摩擦を経験する日本人が最終的に向き合うのは、遅刻をしてきた相手ではなく自分自身の内面だと考えています。
筆者もこの3段階目——残ったものから何が見えるか——は、いまだに答えが出ないまま持ち歩いている問いです。ただ、「自分の人間としての器を試されている」という感覚に襲われるたびに、自分の本性があらわになる感覚があります。自分がなりたいと思っていた理想の大人像とのギャップに直面するわけです。この「答えが出ないまま観察を続ける」こと自体が、EQの筋トレになるのだと思います。
つまり、1段階目と3段階目はEQの筋トレで、2段階目はCQの筋トレです。たった1回のイライラを客観的に「読む」だけで、EQとCQが同時に動きます。しかも面白いことに、この2つは連動して育つことが研究でも示されており、日系企業の駐在員184名を対象にした2025年の研究では、EQの高さとCQ——特に異文化に向かう意欲や行動面の高さ——に有意な関連があることが報告されています。感情を扱う力と、文化に橋をかける力は、別々の科目ではなく、同じ教材で一緒に伸ばせます。そして、その教材が毎日無料で大量に提供されている国がインドというわけです。
「読める人・読めない人」を分けるのは英語力ではない
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英語エリートと英語ゼロ工場長の決定的な差
この「読める・読めない」の差が一番はっきり出るのが、駐在員の明暗です。
10年以上インドで見てきた中で、忘れられない対比があります。一人は、非常に英語力が高い駐在員の方。TOEICの点数でいえば文句なしのエリートです。ところがこの方は、いつもインド人スタッフにイライラしており、着任から帰任まで、ずっとすれ違ったままでした。英語は通じているのに、心はまったく通じていない。もう一人は、まったく英語ができない日本人の工場長さん。この方は身振り手振り、あらゆるコミュニケーション手段を使い、ご自身の熱意でインド人ワーカーと信頼関係を築いて、現場をきっちり立ち上げていました。
この差は何だったのか。英語力でないことは明らかです。そして実は、「イライラしたかどうか」でもありません。工場長さんだって、イライラする場面はいくらでもあったはずです。この差は、イライラした後、その感情をどう処理するかにあったのではないかと考えています。英語エリートの方は、イライラをなんとか抑えようとする際の捌け口として「インド人はダメだ」というレッテルを貼ることで感情との折り合いをつけてしまっていたように思います。一方で、工場長さんは、うまくいかなかった経験を「ではどう伝わるか」という次の工夫の材料にしていった。つまり、イライラの感情に気づき、それを相手の立場から十分に観察した上で、自分と向き合う時間をきちんと作れたのだと思います。
感情を活かさない状態を「サイドブレーキを引いたまま運転しているようなもの」と表現した言葉があります。日本人の真面目さというのは非常に大きな魅力である一方で、常にサイドブレーキを引いてしまっている状態、つまり相当もったいない状態でもあると感じます。
インド駐在員の人選基準に加えるべき1つの視点
だから、駐在員を送り出す側の経営者や人事の方には、人選の物差しを一つ加えていただきたいと思います。「英語ができる人」でも、「イライラしなさそうな穏やかな人」でもなく、「イライラに向き合ってそのデータを読める人」です。つまり、腹が立った経験を面白がって語れる人、失敗談を自分の変化とセットで話せる人。そういう人こそ、インドで大きく成長するのではないかと思います。
本記事でご紹介した社会心理学者ゲールト・ホフステード氏が開発したCWQ(Culture In The Workplace Questionnaire)アセスメントを受けることで、自分自身の文化や職場のチームの文化を数値化することができます。弊社関連会社INDIGITALでは、このCWQ認定アソシエイトの国際資格を持ったメンバーが多数おり、企業様ごとの文化に寄り添った異文化研修サービスをご提供しています。御社のインド駐在員やインド人従業員の文化の違いをCWQアセスメントで測定していただくことで、見えないストレスの所在やその潜在的原因に気づくきっかけをつくることができます。また、異文化理解の本質を体系的に学んでいただくことで、職場のストレスを軽減し、リーダーシップやチームワークを高めていただける研修サービスをご提供していますので、ご興味のある方は概要欄からお問い合わせください。
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