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ASEANの延長で考えると失敗する|インド日本食レストラン進出の勝ち筋

はじめに|「ASEANで通用したやり方」を持ち込んだ瞬間に、躓きは始まります

「ベトナムで成功したから、次はインドへ」「タイで磨いたオペレーションを横展開しよう」。もしインド日本食レストラン進出をこのASEANの延長で考えておられる事業者様がいれば、それはリスク要因になるかもしれません。なぜなら、ASEAN各国の日本食レストランの立ち上げを支えてきた「日本人駐在員需要が初期売上の基礎を作る」「都市部中間層は外食に開かれている」こういった2つの基本的前提が、インドではいずれも崩れているからです。

本記事では、弊社がこれまでインドで見てきて飲食店経営の実態やご支援してきた飲食業クライアントの実例をもとに、検討段階の経営者・事業責任者がまず腹落ちさせるべき「インド市場の構造」を整理したいと思います。全6回のシリーズの第1回として、まずは「なぜインドはASEANと違うのか」という根本的な問いから始めます。

1. ASEANの延長で考えると失敗する3つの理由

1-1. 在留邦人数:インド約9,000人 vs ベトナム約2万人 vs タイ約7万人

インドにおける在留邦人数は、外務省『海外在留邦人数調査統計』によれば8,865人(2025年10月時点)です。これに対し、ベトナムは約2万人、タイに至っては約7万人規模となっています。

ASEAN各国で日本食レストランを立ち上げてきた事業者の多くは、「初期は駐在員と日本人ファミリー、現地の日本ファンで売上の3〜4割を作り、その後に現地中間層へ拡げる」という典型的な立ち上げパターンを取ってきたのではないかと思います。タイのバンコク・スクンビット界隈、ベトナムのホーチミン1区などは、まさにこのパターンが機能した代表例です。

しかし、在留邦人約9,000人のインドで、同じパターンを再現することは構造的に困難です。仮にデリーNCR・ムンバイ・ベンガルールの主要都市に在留邦人が均等に分散していると仮定すると、1都市あたりの母集団は約1,000〜3,000人程度にすぎません。日本人駐在員需要だけである程度の売上をつくる戦略は、インドではそもそも機能しないのです。

1-2. ベジタリアン比率:「ノンベジ前提」のメニュー設計が通用しない

ASEAN各国でも宗教的・文化的な食制限は存在しますが、インドのベジタリアン構成比は他のアジア諸国とは桁違いの規模です。

Mint紙の記事によれば、ベジタリアン人口比率は州ごとに大きく異なり、北西部の州では40%を超え、ラジャスタン州では75%を超えている一方で、南部・東部では10%未満の州もたくさんあります。さらにインド食品安全基準局FSSAI(Food Safety and Standards Authority of India)の定義では、ベジタリアン/ノンベジタリアンの区分は緑色マーク・茶色マークとして全食品への表示が義務付けられており、メニュー1品ごとに視覚的に明示する必要があります。

加えて重要なのは、「ベジタリアン」と一言で言っても内訳が多層に分かれている点です。

区分 動物肉・魚介類 乳製品
ヴィーガン × × ×
ラクト・ベジタリアン × ×
オボ・ベジタリアン × ×
ラクト・オボ・ベジタリアン ×

インドにおける「一般的なベジタリアン」はラクト・ベジタリアン(卵不可・乳製品可)が中心です。さらにジャイナ教徒は玉ねぎ・ニンニク・根菜類まで避けるなど、宗派ごとの食制限はさらに細分化されます。つまり、ASEANで「ベジメニューも申し訳程度に揃えておけば大丈夫」という感覚で店を出してしまうと、メニュー全体の半分以上が地元客から「食べられないメニュー」として認識される構造になります。

1-3. 酒類規制:販売価格が日本の約10倍、州ごとに別ルール

ASEANの日本食レストランで重要な利益源となっている酒類販売も、インドでは状況が一変します。つまり、インドにおけるアルコール飲料の関税率は150%にも達し、日本酒を含む酒類の最終販売価格は日本の約10倍近くに跳ね上がります。さらに酒類ライセンスは州ごとに運用されていて、グジャラート州、ビハール州、ナガランド州、ラクシャディープ諸島などのように、州内でのアルコールの製造・販売・購入・保管・輸出入が原則禁止されている地域もあります。

ASEANで「居酒屋業態」「飲んでなんぼの収益モデル」を確立してきた事業者にとって、この規制環境は事業計画の根本的な見直しを迫ります。客単価設計・原価率・回転率のすべてを、ASEANで磨いた指標とは異なる前提で再構築する必要があります。実際、飲食事業者の中には、「お酒で取る利益」を計画の前提から外したり、「ビール提供を諦めてワインのみの提供」に切り替えたりするレストランも少なくありません。

2. しかし市場規模と成長は本物:インド外食市場の構造

ここまでASEANとの違いを強調してきましたが、インド市場が魅力に乏しい市場かといえば、答えは明確に「ノー」です。

Technopak & FICIIによる調査報告書によると、インドのフードサービス市場は年平均成長率10%以上で成長し、2028年には800億米ドル規模に達する見通しです。さらに重要なのが、組織化された(オーガナイズド)セクターの構成比が2017年の34%から2022年に43%へ拡大しているという構造変化です。特に独立系店舗やチェーン店舗は急速に増えています。外食カテゴリ別の2022年シェアと客単価は以下のとおりです。

カテゴリー シェア 中心客単価
アンオーガナイズド(屋台・路面店、Dhaba等) 57% Rs.20〜200
独立店舗(個人経営・2店舗以内) 29% Rs.300〜600
チェーン(QSR・カジュアル・ファイン)※ 11% QSR:Rs.300〜600
カジュアル:Rs.300〜1,000
ファイン:Rs.1,500+
ホテル内レストラン 3% 4つ星以下:Rs.500〜1,500
5つ星:Rs.1,500+

※QSR:Quick Service Restaurant(マクドナルド等のファストフード系)/カジュアル:着席型の中価格帯/ファイン:高価格帯

日本食レストランの主戦場は、カジュアルダイニング(客単価Rs.300〜1,000)からファインダイニング(Rs.1,500以上)にかけてのレンジです。このゾーンは、まさに組織化セクターの拡大によって今後最も伸びていく領域とも言えます。加えて、人口・所得構成の追い風も極めて強力です。

  • 人口: 14.2億人(2022年、国連推計)、2023年に中国を抜いて世界第1位
  • 年齢中央値: 27.9歳(日本約49歳、中国約38.5歳と比較して圧倒的に若い)
  • GDP: 2028年に5.94兆ドルで世界第3位に到達見通し(IMF)
  • 所得層シフト: 2040年には上位中間層43.2%、富裕者層29.1%まで拡大(Euromonitor)

つまり、「市場としての魅力は本物。しかし、ASEAN的アプローチは要注意」――これが正確な現状認識です。

3. 日本食カテゴリの現在地:真の競合は誰か

3-1. 既存プレイヤーの構造

インド国内における日本食レストランの現状は、ホテル内の富裕層向け高級店や、駐在員向けの独立店が中心となっていて、日本食レストラン数はまだまだ限定的かつ大都市圏に偏在している状況です。ただし、グルガオンやムンバイ、ベンガルール等の一部大都市圏では日本食(SushiやRamenなど)や抹茶(Matcha)などの認知が少しずつ広がり始めている日本食黎明期と言える状況だと感じます。

実際、インド主要都市に展開するKuurakuやデリーNCRのPremium IchizenやKofuku、5つ星ホテル併設の日本食レストランなどが代表例ですが、店舗数全体としては各都市で2桁前半に留まります。外食大手としては、三井物産・壱番屋が運営するCoCo壱番屋が2020年8月にグルグラム(デリーNCR)に1号店を出店し、2022年10月にデリー2号店を開業しています。また、東南アジアや北米など8カ国にラーメン店やカフェ、カレー店を展開するサンパーク2024年8月にベンガルールで初めてとなるラーメン店「KAZAN JAPANESE RAMEN」をオープンし、さらに日本人オーナーが立ち上げたピザフォーピース(Pizza 4P’s)ではお好み焼きピザやサーモン味噌クリームピザを提供するなど、インド人向けの日本式メニューの開発も行われています。

3-2. 真の競合:インド資本のパンアジアン業態

ここで多くのASEAN既進出事業者が見落とすのが、真の競合は日本資本の日本食レストランではなく、インド資本のパンアジアン/フュージョン業態であるという事実です。ここ数年で、都市部のパン・アジアン/フュージョン系レストランで寿司や天ぷら、ラーメンなど日本食メニューを提供しているケースが増えており、デリーのPa Pa Yaのような業態は、寿司・ラーメン・タイ料理・韓国料理を1店舗内で提供していて、インド人富裕層・中間層を着実に取り込んでいます。

これらインド資本のパンアジアン業態は、ベジ・ノンベジ表示への対応、ヴィーガン対応メニュー、酒類ライセンスの州別対応、現地サプライヤーとのネットワークなど、インド特有の運営課題を最初からインド人経営者の経験とネットワークを通じて解決しているという強みを持っています。特にベンガルールではIT富裕層・若年層を狙ったパンアジアン業態の新規開業が年々増加しているように見受けられ、例えば、日系の飲食事業者が「日本食専門店」としてインド市場に参入する場合、戦う相手はそもそも他の日系日本食店ではなく、この既に市場に根を張ったインド資本のパンアジアン業態になると認識しておく必要があります。

3-3. インド人消費者の日本食認知

一方で、インド人富裕層・Z世代における日本食認知度は、この5年で急速に高まりました。アニメ・日本文化への関心、Instagram映え、K-Foodブームの波及効果が複合的に作用し、「Sushi」「Ramen」「Teppanyaki」は都市部の若年層にとって文化的アイコンとして定着しつつあります。ここに、日本資本の本格日本食レストランが参入する商機は確かに存在します。ただし、その商機をつかむための前提条件は、ASEAN各国とは大きく異なるという点を認識しておく必要があります。

4. ASEANの常識を3つ捨て、代わりに3つ身につける

E-26-2:インドGST計算方法まとめ

ここまでの構造分析を踏まえると、ASEANで成果を上げた事業者がインドに参入する際の意思決定は、「何を捨て、何を身につけるか」の対構造で整理できます。

捨てる① → 身につける① :「駐在員需要の前提」を捨て、「インド人富裕層向けの設計」を身につける

在留邦人約8,000人のインドでは、駐在員需要は売上の補助線にしかなりません。最初からインド人富裕層・上位中間層に向き合う覚悟と、そのための投資を前提とした事業計画が必要となります。

捨てる② → 身につける② :「ベジは申し訳程度」を捨て、「ベジ50%以上の主力ライン化」を身につける

メニュー全体のうちベジタリアン対応メニューを最低50%程度確保することは、ほぼ全ての都市・業態で必須条件となります。ベジを「サブメニュー」ではなく「主力ライン」として開発・運営できる体制があるかが、立ち上げ初期の客足を左右します。

捨てる③ → 身につける③ :「とりあえずオープンしてから磨く」を捨て、「オープン前に2倍の時間をかける」を身につける

ASEANでは、立ち上げ後のオペレーション微調整で勝負が決まるという側面も少なからずあったと思います。しかしインドでは、オープン前のメニュー研究開発・スタッフ教育に通常の2倍の時間をかける前提が必要です。

なお、Pizza 4P’s(ベトナム発の人気ピッツェリア)のフード部門統括である兵藤氏によると、実際、インド出店にあたってインド現地で投じた商品開発期間は約6ヶ月。実際にこれは同社の他国出店時に投じた商品開発期間の約2倍の長さです。500種類もの料理を試作し、その中から厳選した50皿でオープンをしたとのこと。また、当初全体の30%程度であったベジタリアンメニューも、テイスティングにおいては想定以上にベジタリアンメニューが好評だったこともあって、ベジタリアンとノンベジタリアンのメニュー比率も50:50に調整したんだとか。ASEAN各国でブランドを確立してきた飲食事業者であっても、インドではこのレベルの試行錯誤・初期投資が必要になるという象徴的な事例です。

5. 「立地」「マーケ」「メニュー」「運営」の論点はシリーズで詳述します

撤退事例の分析からは、上記3つの「捨てる/身につける」に加え、立地ミス(駐在員エリアと富裕層エリアの違いを理解せず出店)と資金計画の甘さ(ライセンス取得遅延・人材教育コスト・原材料輸入コストの過小見積)も、頻出のパターンとして観察されます。これらの論点は、本シリーズの後続記事で詳しく扱います。

  • 立地戦略の詳細 → 第3回(旗艦店と2号店以降は別の選定基準で考える)
  • マーケティング設計 → 第4回(「来てくれれば伝わる」が効かない構造)
  • メニュー研究開発の方法論 → 第5回(ローカライズの3層分解とプレミアム設計の4層分解)
  • 運営・人材マネジメント → 第6回(現地幹部委譲・AI活用・宗教祭事カレンダー)

そして、これらすべての前段にある最重要の意思決定――「いきなり自社店舗を出すのではなく、まずどう市場を試すか」――は、次回(第2回)で詳述したいと思います。

まとめ|検討段階の経営者・事業責任者へ

インド外食市場は、規模・成長率・人口動態のいずれを取っても日本食レストランにとって魅力的な市場です。しかし、ASEANや北米で通用したプレイブックはそのままでは通じません。「在留邦人需要に頼らない」「メニューを徹底的にローカライズする」「テスト出店フェーズを設ける」――この3つを最初に腹落ちさせられるかが、検討段階の最大の分岐点となると考えています。

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ASEANの延長で考えると失敗する|インド日本食レストラン進出の勝ち筋