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インドの会計・税務アップデート

一時帰国中のインド駐在員の日本滞在長期化がもたらす驚愕の税務インパクトとは?

写真:ムンバイの街並み(Shutterstock)

 

1. 一時帰国中のインド駐在員の日本滞在長期化がもたらす税務論点の背景

新型コロナウイルスの感染が日々拡大している中、インド子会社の従業員たる駐在員の多くが日本に一時帰国をしています。当初は2〜3ヶ月程度の一時帰国しか想定していなかった企業も多いと思いますが、インド国内感染者数の急増とともに、国際線や日本―インド間の通常運行便の復旧の目処が立たず、日本滞在期間が長期化することは不可避の状況となっています。今回は、このような状況下において(1)インド現地法人との雇用関係を継続して日本で業務をするケースと、(2)日本本社に所属を変更して日本で業務をするケース、の2つに分けてご説明したいと思います。日本との租税条約締結国については概ね同様の対応が求められる可能性が高く、インドの部分を他国と読み替えていただいてもある程度は参考になるものと考えます。

各国税法および租税条約の具体的な内容については各国の専門家にお問い合わせください)

 

ここで注意が必要な税務論点は以下のようなもので、その課税関係の判定をする上でベースとなる前提情報がいくつかあります。また、恒久的施設や居住性の判定についてはOECDのガイドラインが出ているものの国税庁からの正式見解が出ていないため、事実関係と税務リスクを正しく整理した上で各社の状況に応じた適切な経営判断をしていくことが求められます。

 

■ 注意が必要な主な税務論点

 日本本社の源泉徴収義務

 日本PE(恒久的施設)課税

 日本およびインドにおける個人所得税納税義務

 日本およびインドにおける移転価格税制の対応

 日本本社の寄附金課税

 

■ 課税関係の判定においてベースとなる前提情報

 インド現地法人が日本にPEを創出するかどうか

 日本およびインドにおける駐在員の居住ステータス

 日印租税条約の理解

 OECDガイドラインの理解

 

 PE : Permanent Establishment(恒久的施設)とは、事業を行う一定の場所や代理人のことをいい、日本にPEがあると判断されると日本の税務当局が課税権を主張できることになる(いわゆる「場所PE課税」および「代理人PE課税」)

 

2. インド現地法人との雇用関係を継続して日本で業務をするケース

 

私が把握している限り、ほとんどのケースがこの状況に該当するものと思いますが、つまり、日本でインド子会社の業務をリモートで継続しているケース(日本本社の業務は行わないことが前提)です。

 

(A)インド現地法人が日本にPE(恒久的施設)を創出するかどうか

まず、駐在員が日本からリモートで業務することによってインド子会社のPEが日本にあると判断され得るかどうかを確認していきましょう。具体的には、ここでは“場所PE”についての検証が必要となりますが、つまり、日本に一時帰国中の駐在員が日本本社の従業員と同様の就業時間に則って、一貫して日本本社のオフィスに出社して業務を行っているような場合に、インド法人の“場所PE”が日本にあると判断される可能性が高くなります。つまり、「場所PE課税」を回避するポイントは、就業時間や勤務場所に制約がなく、自宅やカフェなど場所・時間を問わず自由に業務を行なっている(PEがない)実態をつくることで、また、理想的にはその実態が説得力のある形で文書化されていることが望ましいと言えます。また、そもそも日本人駐在員の所属を日本法人に変更してしまえばそもそもPEの論点がなくなるためPE課税リスクも回避できます。なお、2020年4月3日に公表された「OECD Secretariat Analysis」のガイドラインによると、「COVID-19の感染拡大による雇用される場所の変更は例外的かつ一時的なものであり、これにより新しいPEを創出するものではない」という旨の英文を発表しており、もし日本の国税庁もこれに則ったガイダンスを発表すれば、当該場所PE課税のリスクは軽減されることとなります。

OECD Secretariat Analysisガイドラインの原文はこちら

 

(B)日本およびインドにおける駐在員の居住ステータス

次に、日本に一時帰国中の駐在員の日本およびインドにおける居住ステータスがどうなるか、について見ていきたいと思います。日本国籍者の場合、日本国内に住所を有する個人、または、現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人が日本の居住者となります(所法2①三)。つまり、一時帰国中の駐在員が引き続き1年以上日本に滞在する予定がない(=1年以内にインドへ戻る予定である)場合には日本の「非居住者」として差し支えない、ということとなります。(※ちなみに、日本の「住民票」の有無が直接的に居住ステータスの判定に影響を与えることはありません。)なお、日印租税条約第15条において、「短期滞在者免除」に関する規定があり、以下3つの条件をすべて満たす場合には、日本での納税義務は免除されます。

 

1、日本の課税期間(1月1日〜12月31日)における滞在日数が合計183日を超えないこと

2、報酬がインド現地法人により負担されるものであること

3、報酬が、インド現地法人の日本国内に有するPEにより負担されないこと

 

インドにおける居住ステータスについては以下のステータス判定表に準ずることとなるため、ご確認ください。また、日印租税条約第4条によれば、日本・インド双方の居住者に該当する者については、両国の管轄局の合意により、その者が居住者とみなされる国が決定されるとあり、さらに、OECDのガイダンスにおいては、PEの論点と同様「COVID-19の感染拡大による例外的かつ一時的な状況によって税務上の居住性に影響があってはならない」という旨の英文が発表されているため、今後の国税庁のガイダンスも含めて適宜最新の情報に基づき判断をする必要があろうかと思います。

 

 

(C)上記の前提情報をもとに注意が必要となる税務論点について

 

日本法人の源泉徴収義務

一時帰国中の駐在員(日本の非居住者)に対して日本法人が給与を負担している場合には、非居住者への支払として20.42%の源泉所得税を徴収する義務あります。これは、今回のコロナ禍による駐在員の一時帰国に限らず、従来から海外の日本人駐在員が日本出張で日本に滞在して業務を行なった場合についても例外なく非居住者への支払として源泉所得課税の対象となります。実際に、昨今の税務調査でも追徴課税の指摘を受けているケースが散見されるため、海外に日本人駐在員を有する日系企業の日本本社は、当該駐在員の日本出張スケジュールを正しく把握した上で、日本払い給与からは源泉徴収をして納税しておく必要があります。

 

駐在員/現地採用の日本人が日本で確定申告が必要となるケース

もし1月1日から12月31日までの暦年で日本滞在日数が結果的に合計183日を超えることとなった場合には、上述の日印租税条約第15条に規定される「短期滞在者免除」を適用することができなくなるため、したがってインド側で支払われている給与についても日本で課税されることとなり、海外を拠点にしているはずの日本人駐在員が日本で確定申告をしなければならなくなります。これは海外で仕事をしている現地採用の日本人にも例外なく適用がされるため注意しましょう。(滞在日数が183日を超えない場合には上述の20.42%の源泉分離課税のみとなり、課税関係は確定申告無しの源泉徴収のみで完結します。)

 

■ PE課税認定を受けてしまうケース

PE課税については、上述のとおり“場所PE”の認定を受けないような対策を検討することが大前提となりますが、その対策を講じることが難しい場合には税務調査などでPE課税の指摘を受ける可能性があります。もし自主的にPE課税に対する納税を実施する場合にはインド子会社のPEに帰属する所得がいくらかを計算し、日本の税務当局に対して申告・納税をすることになります。また、所轄税務署が発行する納税証明書をもってインド側で外国税額控除の適用を受けることで二重課税を回避することが可能です。

 

■ 日本およびインドにおけるグループ間取引の移転価格税務

 もし、日本でインド子会社の業務をリモートで継続しつつ、日本本社の業務も同時に行なっている場合には、インド子会社が日本本社に対して役務を提供していると見なされるリスクがあります。この場合には、グループ会社間で契約書やその取引対価を設定する必要があります。この場合、移転価格税制の観点からその取引対価の妥当性を検証し、インドから日本本社へ請求書を発行、また、日本本社からインドへ海外送金時に源泉所得税の控除・納税が求められます。なお、グループ間の請求がなされない場合には、インド子会社が負担している給与の一部が税務上否認される可能性があります(損金不算入/否認リスク)

 

3. 日本本社に所属を変更して日本で業務をするケース

 

一時帰国による日本滞在期間が長期化するにつれて、このケースも徐々に出てきているように思います。つまり、当初は一時帰国の予定で日本に短期滞在するつもりであったが想定よりも長期化してしまったためにそのまま本帰任となるケースや、一時的であっても日本滞在中は所属を日本法人に切り替えてしまうケースがこれに当たります。

 

(A)インド現地法人が日本にPE(恒久的施設)を創出するかどうか

まず、インド駐在員であった日本人の所属を日本法人に変更した時点で、インド子会社の日本PEという論点は無くなります。しかしながら、所属を変更したものの当該日本人が引き続きインド子会社の代理人として業務を行なっていると見なされる場合には、逆に、日本法人のインドPEという論点において注意が必要となってきます。つまり、いわゆる「代理人PE課税」のことを指しますが、これは従来から存在していた論点であるため、今回はその詳細な説明については省略したいと思います。

 

(B)日本およびインドにおける駐在員の居住ステータス

一時帰国中であった駐在員の所属が日本法人に変更された場合には、日本で通常どおり勤務をする状態となりますので、当然に日本では「居住者」となり、インドでは居住ステータス判定表に則った居住性に基づき申告・納税を実施することとなります。

 

(C)上記の前提情報をもとに注意が必要となる税務論点について

もし、一時帰国中であった駐在員の所属が日本法人に変更されたにもかかわらず、インド子会社の業務も引き続き行なっている場合には、日本法人に対して寄附金課税の指摘を受けるリスクがあるため注意が必要です。つまり、日本法人の所属であり、給与の100%を日本法人が負担しているにもかかわらず、インド現地法人の業務を行なっていると見なされた場合にはそのインド子会社の業務にかかる給与相当分については税務上否認され、日本法人がインド現地法人に対して支払った寄附金と見なされる可能性があるため注意が必要です(寄附金課税リスク)

 

Vol. 009 : インド現地法人の日本人取締役が留意すべき法律上・税務上のポイント