中小零細企業(MSME)向け経済支援による日系企業への影響とは?
写真:バンガロール中心部
1. 中小・零細企業向けの経済支援
今回は税務論点ではありませんが、重要なトピックなのでご紹介いたします。2025年2月1日に発表されたインド2025年年度国家予算案では、MSME(中小・零細企業)に対する支援強化が、引き続き重点項目として掲げられています。新型コロナウイルスの感染拡大が続いていた202年当時、インドではロックダウンに起因した経済停滞に直面しており、景気後退が危ぶまれていました。こうした背景から、2020年5月12日にインド政府は、約20兆ルピー(約28兆円)規模の経済対策を行うことを発表しました。
その中でも、中小・零細企業(Micro, Small & Medium Enterprises、以下”MSME”という)への手厚い支援を盛り込んでおり、7月6日には「MSME緊急対応プログラム(MSME Emergency Response Program)」の原資となる7億5,000万米ドル(約810億円)もの融資を新たに世界銀行と締結しており、インドの経済成長と雇用創出の核となる中小・零細企業の支援に向けて積極的に動き出しています。今回の融資契約で、世界銀行からの総融資額は27億5,000万米ドル(約3,000億円)に達しました。
2025 年度予算では、中小零細企業(MSME)の成長促進や競争力強化を目的に、以下の施策が盛り込まれています。
- 信用保証枠の拡大(Credit Guarantee Scheme):マイクロおよびスモール企業向けの信用保証枠が5,000 万ルピーから1 億ルピーに引き上げられ、今後5 年間で1.5 兆ルピーの追加融資
が可能となります。 - カスタマイズされたクレジットカードの導入:MSME 認定を受けるに当たり必須となる、Udyamポータルに登録されたマイクロ企業向けに、50 万ルピーの限度額を持つクレジットカードが導入され、初年度に100 万枚が発行される予定です。
- スタートアップ支援の強化:スタートアップ向けの信用保証枠を1 億ルピーから2 億ルピーに拡大し、27 の重点分野において1%の保証料で融資を提供します。これらの取り組みは、MSME セクターにおける雇用創出・輸出促進・技術導入の加速を通じて、インド経済の持続的成長を後押しすることが期待されています。
2. MSMEの定義変更にともなう影響
上記に加えて、インド政府は支援対象を拡大するために、MSMEの定義基準変更を発表しています。そもそもMSMEの定義は、2006年に制定された中小零細企業開発法(MSME Development Act, 2006)において規定されており、製造業/サービス業ごとに、機械設備や工場への投資額により、中規模企業、小規模企業、零細企業の定義がそれぞれ定められていました。そして、このコロナ禍においてより多くの企業が資金調達の支援を受けられるよう、拡大されたMSMEの定義基準は、2025年のインド連邦予算案において、大幅に見直され、投資額と売上高の上限が引き上げられました。
MSMEの新しい定義基準(2025 年4 月1 日施行)
【MSME省2025年3月21日通達】
補足事項
- 非税制上の優遇措置:再分類後も、企業は旧区分に基づく非税制上の優遇措置(公共調達政策や支払遅延対策など)を3年間継続して受けることができます。
- Udyam登録制度の強化: 2023年以降、PANおよびGSTINと連携し、オンラインでの事業規模の把握が可能になりました。
3. MSMEの債権回収にかかる法的措置
なお、上述の中小零細企業開発法に関連して、2017年10月に“MSME Samadhaan Portal(Delayed Payment Monitoring System : 支払遅延モニタリングシステム)”というポータルサイトが導入されており、MSMEに該当しかつ事前に登録をした中小零細企業が、自社が販売した物品や提供したサービスについて、その対価の支払遅延が発生した際には当該ポータルサイトを通じて債権回収のための法的措置を取ることができる仕組みになっています。裁判所での訴訟を通じた債権回収手続きと比べて、手続きが簡易的でかつ時間を短縮できる点においてメリットがあるようですが、実際にどこまでそのメリットを享受できている実績があるかは公表されているデータからでは評価が難しいところです。むしろ、実務的な観点では、例えば顧客が大手中堅企業である場合において、当該MSMEに事前に登録をして顧客にその旨を通知しておくことによって、支払を優先してくれる可能性がある、という話は聞きますので、この点においては即効性のあるメリットとして享受できる一面はあるように感じます。
4. 破産倒産法の基準緩和にともなう影響
また、資金繰りに関する金融支援以外に、中小企業の倒産の増加を抑制する観点から、破産倒産法 (Insolvency and Bankruptcy Code、以下”IBC”という)における倒産処理の申立基準の緩和と新規の破産手続き申し立てを停止する措置が2020年当時は大統領令の施行により行われていました (2025年現在では、IBCの通常運用が再開され、MSME向けには簡易倒産手続き [Pre-Packaged Insolvency Resolution Process;PIRP] が活用できます。)
債権者となる場面の多い日系企業としては、支払条件の見直しや、追加担保の取得などを検討する等、IBCに頼らない厳格な債権管理の必要があると言えるでしょう。
Source:
財務省公式HP https://www.indiabudget.gov.in/
財務省 (予算配分) https://www.indiabudget.gov.in/doc/eb/vol1.pdf
MSME省公式HP https://msme.gov.in
MSME Connect March Newsletter 2025(PDF)