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Vol.014 :英Vodafone社、インド事業買収時の遡及課税巡り勝訴

英Vodafone社がインド事業買収時の遡及課税巡り勝訴

英Vodafone社が遡及課税を巡り勝訴

2020年9月25日、英携帯大手のVodafone社は、2007年のインド事業買収に対する20億ドル規模の遡及課税を巡るインド政府との裁判について、オランダ ・ハーグの国際仲裁裁判所の勝訴裁定を得ました。「Vodafone事件」と称された当該税務訴訟は国内外から注目を集め、約13年間にわたって続いた国際課税論争は、ようやく終着点を迎えそうです。今回の記事は、Vodafone事件と遡及課税ついて取り上げたいと思います。

  1. Vodafoneのインド市場参入の背景
  2. 非居住者間による買収スキームと課税関係
  3. インド最高裁判決と法改正による「タックス・テロリズム」
  4. 税務訴訟が国際司法の場にまで発展
  5. 国際仲裁による裁定結果

Vodafoneのインド市場参入の背景

日本テレコムの傘下であったJ-Phone(ジェイフォン)の買収を通じて日本の携帯電話市場に参入した英Vodafone社は、日本市場については早々に見切りをつけ、2006年にはソフトバンクに事業売却後、今度はインドの携帯電話市場に注目します。

同社がその翌年に当時インド国内大手Hutchison Essar(ハチソン・エッサール)社を間接的に買収するわけですが、この買収スキームが少し複雑なため、まずはそのスキームの概要についてここで説明しておきます。

Vodafoneのインド市場参入の背景

2007年11月、Vodafone社は、同社のオランダ法人を通じて、英領ケイマン諸島法人の投資会社(CGP investment社)の発行株式を100%取得しました。譲渡人は同じくケイマン法人のHutchison Telecommunication(HT:ハチソン・テレコミュニケーション)社で、対象会社はモーリシャス法人の中間持株会社を通じて、インドの携帯通信会社Hutchison Essar社の株式67%を間接保有していました(※その後、2018年にインド大手財閥Aditya Birla Group(アディティア・ビルラ・グループ)傘下のIdea Cellular(イデア・セルラー)と合併しVodafone Idea Limitedが誕生。2020年11月現在、英Vodafone社の間接的な株式持分は約45%)。

非居住者間による買収スキームと課税関係

インド国内外のM&A関係者に衝撃を与えたVodafone事件

もっとも、当時ではこうした非居住者間のオフショア間接譲渡スキームは広く用いられており、当該取引においてもインドの課税権は及ばないものとして理解されていました。

しかしインド税務当局は、この間接譲渡の譲渡益をインド国内の資本資産(つまりハチソン・エッサール社)の移転を通じて発生したとみなして課税権を主張し、所得税法195条に規定される源泉徴収義務をはじめとした複数の根拠に基づき、譲渡対価110億ドルにかかる約26億ドル(1,100億ルピー)の源泉徴収税の課税処分を行ったのです。

Vodafone社は課税処分の取り消しを求めてムンバイ高裁へ不服を申立てますが、2010年9月の高裁判決では税務当局の主張が支持されたため、Vodafone社は敗訴します。法的管轄権のない非居住者間の間接譲渡に対して課税権を認めたこの高裁判決は、インド国内外のM&A関係者の間に衝撃を与え、Vodafone事件と呼ばれるきっかけとなりました。

インド最高裁判決と法改正による「タックス・テロリズム」

インド最高裁判決でVodafone社が逆転勝訴

その後の2012年1月インド最高裁判決では、翻ってVodafone社が逆転勝訴します。

判決では、所得税法9条1項に規定される「資本資産の移転(the transfer of a capital asset)」の解釈において、当該譲渡取引にかかる課税根拠としては限定的であるとして同195条の源泉徴収義務は該当しないと判示されました。

ようやくVodafone事件に決着がついたと思われたのも束の間、最高裁判決の2ヶ月後には、翌年度に施行予定であった2012年度財政法(Finance Act, 2012)の法案作成において、最高裁判決を覆すような所得税法の新規定の加筆や関連法規の改正に関する条項が盛り込まれます。争点となった所得税法9条1項の「資本資産の移転(the transfer of a capital asset)」にかかる新解釈(explanation5)の挿入に加え、1962年施行時まで遡及適用を可能とする新たな条項を加筆修正することで最高裁判決を無効とし、Vodafone社への遡及課税を行う様々な手立てを整えました。

このような恣意的な改正は、国内外から”タックス・テロリズム”と大きく批判され、インドの税務リスクの高さを改めて浮き彫りにしました。

税務訴訟が国際司法の場にまで発展

Vodafone事件が国際司法裁判所へ

インドの立法府を動員してまで争われたVodafone事件は、ついに国際司法の場へと大きく発展します。

法改正の直後の2012年4月、Vodafone社はオランダ-インド二国間投資促進保護協定(BIPA)の第4条に規定された公正かつ公平な待遇条項(FET:fair and equitable treatment)の義務違反であるとして税務当局へ争議通知(Notice of Dispute)を申立てます。

インド当局はこれに対し、税務事案は同投資協定の管轄外であるとして退けたため、2014年4月にVodafone社は対抗策として、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所へ国際仲裁を申立てました。

その仲裁手続きの間にも2016年2月には遅延利息と罰則金を含む2,210億ルピーの課税通知があったため、Vodafone社は並行して2017年1月にイギリス-インド間の投資協定に基づき国際仲裁を再度申立てるなどして、徹底抗戦を図りました。

国際仲裁による裁定結果

インドにおける遡及課税と課税の不確実性

そして2020年9月25日、ハーグ常設仲裁裁判所は、インド政府の2012年の法改正による遡及課税はインド-オランダ間の投資協定の規定違反であるとの判示を行い、裁判費用の一部補償としてVodafone社に対する4億ルピーの支払いをインド政府へ命じました。こうしてようやくVodafone社は、国際的にも裁定を勝ち取ったのです。

インドにおける遡及課税と課税の不確実性は、外国企業や投資家にとって大きなリスクであるため、長らく投資検討の足かせとなってきました。今回の裁定を受けてインド政府が法改正を行い、投資環境をさらに改善されれば、インドはより魅力的な投資候補地になるのではないかと期待します。