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Vol.015 :インドにおけるデジタル課税とPE課税の関連性 〜MasterCard社の事例〜

インドにおけるデジタル課税とPE課税の関連性 〜MasterCard社の事例〜

  1. 「平衡税」導入の背景と最新トレンド
  2. 2020年8月に下されたMasterCard社のデリー高裁判決
  3. 2018年6月の同社へのAAR回答結果とこれまでの変遷
  4. MasterCard社のビジネスモデル概要
  5. デリー高裁判決の影響とデジタル課税の行方

「平衡税」導入の背景と最新トレンド

国境を越えて世界経済を席巻するデジタル・ビジネスは、その課税管轄権を容易に超えてしまう取引の特性から、課税ルールを巡って国際的に議論が行われています。インドにおいても国内外の競争条件を公平にする目的で2016年にEqualisation Levy(以下、”平衡税”という)が導入されて以降、2020年にはその課税範囲が拡大されるなど、デジタル・ビジネスへの課税強化のトレンドが見受けられます。

平衡税に関する記事はこちら

2020年8月に下されたMasterCard社のデリー高裁判決

2020年8月23日、国際電子決済サービス大手のMastercard社とインド政府との間において争われていたPE(恒久的施設)認定にかかるデリー高裁審決において、「インド国内にPEを有する非居住者が帰属所得について既にインドで納税している場合、当該所得に対する平衡税の課税は行われない」とした税務当局の見解が、国際税務に従事する関係者の注目を集めました。

2018年6月の同社へのAAR回答結果とこれまでの変遷

今回の裁判は、2018年6月6日にシンガポール法人のMastercard Asia Pacific Pte Ltd,(アジア、中東、アフリカを管轄する地域統括拠点であり、以下「Mastercardシンガポール社」という)が、インド国内にPEを創出していると認定したAAR(課税問題にかかる事前審査機関)の回答結果(AAR/1573/2014)について再審議を求めたことに端を発します。

MasterCard社のこれまでの変遷

  1. 当初、米国本社MasterCard International (MCI)の駐在員事務所としてインドに進出
  2. 2014年にMasterCardシンガポール社の子会社(=つまり米国本社の孫会社)としてMasterCardインド社を設立し、同社システム(MIP : MasterCard Interface Processor)の所有権をMasterCardインド社へ移管
  3. 同時に、MasterCardシンガポール社は同社がインド国内顧客に対して提供する「承認、決済、支払等のサービス」がインド国内におけるPEを創出するか否についてAARに事前審査の申請を提出
  4. 2018年6月にAARからはインド国内にPEを創出しているとの回答結果
  5. MasterCardシンガポール社は再審議を要求

その一方で、Mastercardシンガポール社は、2020年4月1日から新たに適用範囲が拡大された平衡税も同時に課税要件を満たしてしまったため、二重課税を避けるべく課税留保の申立てを行いました。その結果、税務当局側の供述により同社への平衡税の課税は行われないことが判例として記録されることとなりました。

平衡税の課税範囲が拡大された当初は、PE認定による追徴課税に対抗してきた同社にとってはまさに泣きっ面に蜂だったわけですが、税務当局は、源泉所得税や予定納税等を通じて帰属所得に対する納税がすでに行われている場合には、平衡税の課税可能性については否定をしたため、懸念していた二重課税を結果的に避けられることとなったわけです。(PE認定の是非については執筆時点において係争中)

MasterCard社のビジネスモデル概要

Mastercardシンガポール社の行うビジネスの主要な収益源は、同社の電子決済技術を駆使したプラットフォームにあります。

四者間決済モデル(Four Party Scheme)と呼ばれる同技術は、①カード加盟契約会社、②カード発行銀行、③カード加盟店、④カード保有者の四者によって構成されており、プラットフォーム上でMastercard社は支払い承認手続き、売上・請求データの転送、決済手続きに関するサービスを一元的に提供しています。その対価として、Mastercard社は、カード加盟店の開拓・管理を行うカード加盟契約会社と、カード会員を募るカード発行銀行に対して、Mastercardブランドのライセンスフィーやネットワーク利用料等を請求する形で非居住者として収益を上げていました。

デリー高裁判決の影響とデジタル課税の行方

その一方で、AARのPE判定もこうした国境を超えるプラットフォームに根拠を求めています。同社はインド国内にMasterCard India Services Private Limitedという完全支配子会社を保有していますが、こちらは、名目上はカード決済時に暗証番号を入力する信用照会端末の販売やネットワークの管理等を行っているものの、実質的な役割としては親会社であるMastercardシンガポール社とインド国内の顧客との契約締結を親会社に代わってサポートしていました。

そして、同社はインド子会社からのライセンス収益を計上し、非居住者として源泉所得税を納めています。そのため、AARはこうしたプラットフォーム特有の性質や子会社による親会社名義の契約締結活動といった複数の根拠をもとに、インド・シンガポール租税条約上の固定PE, サービスPE, 代理人PEに該当すると判断した、ということになります。

今回のケースの最終的な高裁判決はまだ出ていないため、もし同社のPE認定が結果的に否認されることとなった場合には、同社に平衡税が課税される(=二重課税となる)可能性もあったわけですが、デジタル課税への強化トレンドにある中でこのような税務当局の公式見解が出されたことは、PE課税とデジタル課税が明確に区別されたという点において大きな収穫であると言えます。

国境を超えたプラットフォーム・エコノミーの勃興により、国際課税の大原則であった「PEなければ課税なし」は、デジタル・ビジネスにおいては「PEなければELあり」となったと言えるのかもしれません。