最新判例!出産手当法が要求する在宅勤務許可の法的拘束力は?
(文責:Rianna Robo、安本理恵)
1.インドにおける産休・育休制度の概要と実態
2017年、インド政府は、法定の産休・育休制度(出産手当法:Maternity Benefit Act, 1961)を変更し、休暇日数を以前の12週から26週に拡大しました。まずは、当該制度の概要についてご紹介します。
インド産休・育休制度概要
- 女性従業員に対して、80日以上勤続を条件に、産前・産後合わせて合計26週間、100%の月給支払いを保証する産休・育休付与が義務化されている
- 休暇中の月給支払いは全額雇用主が負担する(政府からの給付金等は一切なし)
- 男性従業員への産休・育休付与は義務化されていない
- 雇用主は、業務の性質上可能であれば、授乳中の女性従業員に対して、双方で合意した条件に基づき、在宅勤務を許可するものとする
日本では産休付与の条件は最低1年勤続、産前休暇が任意であること、保険組合等から各種給付金制度があり、基本的に産休・育休中は無給であること等を考慮すると、インドにおける産休・育休制度は雇用主にとっての負担が非常に重い制度となっています。この制度では、女性従業員に対しては非常に手厚いものの、男性従業員への福利厚生は一切なく、結果的に多くの企業、特にスタートアップや中小企業は女性の雇用に躊躇せざるを得ず、男女の雇用格差を助長する可能性もあるとして批判もされていますのが実態です。
2. コロナ禍における産休・育休制度の改定
2021年6月1日、インド政府はコロナ禍において、雇用主に対し、業務の性質上可能であれば、出産日から少なくとも1年間は、女性従業員に在宅勤務の選択肢を与えるよう奨励するガイドラインを発表しました。 また、このガイドラインは、法的拘束力を持たず、あくまでも努力目標として、コロナ禍を考慮した福利厚生を推奨するに留まるものでしたが、雇用主に対して、女性従業員に当該福利厚生について周知徹底を求めていました。
3. 産休後の女性従業員への在宅勤務許可は必ずしも義務とはされない
2022年3月3日、カルナタカ州高等裁判所の判決(Prachi Sen v. Ministry of Defence)によると、上述の改正法に基づく在宅勤務という選択肢は、仕事の性質上可能な場合にのみ許可されると判断されました。この新しい判例の事実関係として、申立人の女性はインド国防省(Ministry of Defence)傘下の半導体技術・応用研究センター(STARC:Semiconductor Technology & Applied Research Centre )のエンジニアとして雇用されており、産休に入りましたが、産休の期間の終了後も職場に復帰しませんでした。彼女は、上述のインド政府によるガイドラインに従って在宅勤務を申請しましたが、STARCは許可せず、申立人に職場復帰を求める正式な通知を送付しました。申立人は、このSTARCからの通知に対して法廷で異議を唱え、在宅勤務の許可を求める訴訟を起こしました。高等裁判所は、申立人が与えられていた仕事は、機密性が高く、かつ、複雑な研究業務の性質を考慮すると、自宅から業務を遂行することは不可能であるため、改正法の在宅勤務を許可する義務はこのケースには適用されないと判断しました。 しかしながら、裁判所は、STARCに対し、コロナ禍であることを考慮し、新生児を持つ女性従業員に向けて適切な託児所を提供するよう指示しました。
4. まとめ
在宅勤務という選択肢が当たり前になりつつある昨今において、従業員の権利や働き方にかかる各種ガイドライン、また、会社として果たすべき義務や情報セキュリティ等における各種規定や実務運用上のルールはますます複雑になりつつあります。自社のビジネスモデルや取り扱う情報に応じて、適切なルールや管理体制を構築し、関係者に周知していくことが重要であると考えています。
以上
執筆者紹介About the writter
2014年より北インドグルガオン拠点の現地日系企業で法務や総務、購買等を中心とした管理業務を経験後、インドの法務および労務分野の専門性を深めるべく2018年に当社に参画し、南インドチェンナイへ移住。現在は会社法を中心とした企業法務や、労働法に基づく人事労務関連アドバイス、インドの市場調査業務を担当。2023年3月に退職。