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Vol. 27 : 最新判例!仲裁法における仲裁人の管轄権について

(文責:Rianna Robo、安本理恵、奥晋之介)

 

1.インドにおける仲裁手続きの概要と実態

 

  • 仲裁とは

インドにおいて、仲裁はインド仲裁・調停法 (The Arbitration and Consolidation Act)で規定されている、当事者が自身で選んだ仲裁人を通じて、私的に紛争解決を行うための手続きです。原則全ての情報が公のものとして公開され、インドでは特に長期化することの多い訴訟・裁判に比べ、仲裁は、非公開で、迅速に済ませる事が可能なため、様々な契約書にも、紛争解決の手段として記載されることが一般的です。仲裁判断は、民事訴訟法(Code of Civil Procedure)の規定に従って執行され、インドでも日本と同じく、裁判所の判決と同等の法的拘束力を持ちます。仲裁機関としては、日本商事仲裁協会やシンガポール国際仲裁センターが日本ではよく知られていますが、インド国内にもニューデリー、ムンバイ、バンガロール、ヴァドーダラ(グジャラート州)等に仲裁センターが存在します。この仲裁・調停法は、直近では2019年、2021年に改正が行われています。ここでは重要と思われる改正点の概要をご紹介します。

 

  • 2019年改正法

2019年改正法では、仲裁人の選任から6ヶ月以内に原告・被告双方の訴状提出を完了すること、また、訴状提出より12ヶ月以内に仲裁判断を下すことを義務付けていますが、当事者双方が合意した場合、最長6ヶ月まで追加で延長可能としています(第29A条)。つまり、当該改正により、仲裁人選任後、最長でも2年以内に仲裁が完了することとなりました

更に、仲裁人、仲裁機関、当事者に対し、仲裁手続の秘密保持義務を課す新条項(第42A条)が組み込まれ、仲裁判断実行等のために開示が必要である場合を除き、仲裁手続きについて外部へ非開示とすることも義務付けられました

 

  • 2021年改正法

2021年改正法では、インド裁判所による仲裁判断への介入権限を以前よりも更に制限しています。インドでは、以前は、仲裁判断を不服として、自身に不利な状況を覆すためとも言えるような訴訟も多数見受けられましたが、改正法第36条(3)により、仲裁判断による措置が裁判所によって停止される条件として、仲裁判断が詐欺または贈収賄の影響を受けていると認められる場合に限定しました。しかしながら、同法では「詐欺(fraud)または贈収賄(corruption)」の定義はされておらず、解釈の余地が残されています。

また、2021年改正法で、2015年に導入された、仲裁人資格要件を明記した別表8(Eighth Schedule)が撤廃されています。当該別表8では、インドの国家資格保有等の要件が細かく記載されており、実質外国人の仲裁人選任は不可能でしたが、現在は保有資格等に限らず外国人の選任が可能であるという解釈が可能となっています。

 

2. 最新判例:同じ当事者であっても、異なる契約に対して仲裁人の管轄権を及ぼすことは出来ない

 

ここで、法定の条件ではなく、仲裁人の管轄権を理由に仲裁判断の一部が覆された、最新判例をご紹介します。2022年2月1日、インド最高裁判所の判決(Indian Oil Corporation Ltd. v. Shree Ganesh Petroleum Rajgurunagar)において、異なる契約に対して、同じ当事者間におけるものであったとしても、仲裁裁判所(Arbitral tribunal)の管轄権を及ぼすことはできないという判断が下されました。

 

上記判決に至るまでの経緯をここでご説明いたします。

  • (1) 同じ当事者間でリース契約と販売代理店契約を別々に締結

インド国営石油(Indian Oil Corporation Ltd. :借主)とShree Ganesh Petroleum社 (貸主)は、2015年9月20日付で29年間の商用敷地リース契約を締結していました。借主であるインド国営石油は、当該リース契約の条件に従い、月額賃料1,750ルピーで、自社製品を販売するための小売店舗を設置しました。その後、両者は、貸主のShree Ganesh Petroleumを販売代理店として指名する、15 年間の販売代理店契約を別途締結しました。

  • (2) 上記契約内の仲裁人の選任において異なる条件が規定

同じ二社によって締結されたこの2つのリース契約と販売代理店契約は、どちらも、紛争解決の方法として仲裁を規定していましたが、両契約は、仲裁人の選任について、異なる条件が定められていました。リース契約では、紛争が起きた場合、インド国営石油の代表取締役(MD)または MD が指名する仲裁人に付託されることになっており、一方、販売代理店契約の条項では、インド国営石油のマーケティング・ディレクターまたはマーケティング・ディレクターが指名する役員が仲裁人として紛争を付託されることになっていました。

  • (3) 販売代理店契約の解約にかかる仲裁の申し立て

インド国営石油は、販売代理店契約における、Shree Ganesh Petroleum社による小売店の運営方法に疑問があったため、当該販売代理店契約を解約しました。その結果、Shree Ganesh Petroleum社は販売代理店契約に基づいて仲裁を申し立て、インド国営石油のマーケティング・ディレクターが、同じく同契約に基づき、仲裁人に任命されました。仲裁において、Shree Ganesh Petroleum社は、インド国営石油による販売代理店契約の解約に異議を唱え、解約をキャンセルし、元に戻すことが出来ないのであれば、代替案として、リース契約に基づく月額賃料を35,000ルピーに引き上げ、更に3年ごとに賃料を20%増額することを要求しました。

  • (4) 仲裁人が販売代理店契約の解消だけでなく、リース契約内容の仲裁手続きに介入

仲裁人は2010年11月4日に裁定を下し、契約の解約は、インド国営石油により契約に基づいて行われた有効な手続きであり、元に戻すことはできないと判断しました。そして、Shree Ganesh Petroleum社の要求を一部呑むかたちで、仲裁人は、リース契約における賃料を月額1,750ルピーから月額10,000ルピーに増額し、販売店契約が終了した日から3年ごとに10%増額することを代替案として決定しました。

 

  • (5) インド最高裁判決により、仲裁判断のうちリース契約変更は無効であると判断される

この仲裁人の裁定に対して、Shree Ganesh Petroleum社は不服として、仲裁法(Arbitration and Conciliation Act, 1996)に基づき、地方裁判所、ボンベイ高等裁判所、そして最終的には最高裁判所で訴訟を起こしました。最高裁は、2010年の仲裁は、販売代理店契約に基づいて行われたものであり、したがって、別の契約である、リース契約に関連する裁定を下す権限は仲裁人にはないため、当該裁定を無効としました

 

最高裁は、仲裁人は当該契約の当事者であるため、契約条件に従って行動する義務がある、つまり、仲裁人が契約に従って行動しなかった場合、または契約の特定の条件を無視した場合、その裁定は明らかに違法であると指摘しました。さらに、過去の判例(PSA SICAL Terminals Pvt. Ltd. v. Board of Trustees of V. O. Chidambranar Port Trust Tuticorin)が引き合いに出され、仲裁人の役割は、契約条項の範囲内で仲裁を行うことであり、その裁定が当該契約の範囲を超えることはできないとされました。

 

一方で、最高裁は、販売店契約のいかなる条件も不当であるとは認められず、仲裁人が販売店契約の解約自体に対しては、違法な判断をしたとも認められないとしました。しかしながら、今回のケースでは、仲裁手続きは、販売代理店契約に従って行われたとは言えず、全く別の契約である、リース契約の期間と月1,750ルピーの賃貸料を変更することはできないという判決が下されました。

 

 

3. まとめ

上述の判例のように、同じ当事者間で異なる複数の契約を締結しているケースは多いかと存じます。異なる契約を交渉のカードとして持ち出すといったことも一般的に考えうる紛争解決の手段かと思われますが、仲裁人の役割は、契約条項の範囲内で仲裁を行うことに限定されます。仲裁判断から訴訟に発展した場合に自社の不利にならないように、改正法と共に、仲裁人の役割とその管轄権を適切に理解しておくことが重要です。

 

以上

               

執筆者紹介About the writter

安本 理恵 | Rie Yasumoto
2014年より北インドグルガオン拠点の現地日系企業で法務や総務、購買等を中心とした管理業務を経験後、インドの法務および労務分野の専門性を深めるべく2018年に当社に参画し、南インドチェンナイへ移住。現在は会社法を中心とした企業法務や、労働法に基づく人事労務関連アドバイス、インドの市場調査業務を担当。2023年3月に退職。
奥 晋之介 | Shinnosuke Oku
学生時代に2015年~2018年の3年間、在ベンガルール日本国総領事館にて在外公館派遣員として勤務。その後、インド大手ITサービス企業の日本法人に入社し、製造実行システム導入の構想策定プロジェクトへの参画や提案活動に従事。インド進出日系企業の支援に関わりたいとの想いから、2022年に当社に参画し、再びベンガルールへ移住。現在は会社法を中心とした企業法務や労務、インド市場調査業務を担当。