Aadhaar(アーダール)制度および非対面型税務調査にかかる最新法令
1. Aadhaar制度にかかる最新法令
2009年に導入されたインド版マイナンバー制度である「Aadhaar(アーダール)」は世界最大の個人ID生体認証システム(顔写真・指紋・目の虹彩による認証)で、2021年10月末の時点での登録者数は約13億2千万人にのぼっています。居住者である外国人による登録数を含んではいるものの、その時点でのインドの人口が約14億人であることを考えると、近い将来ほぼ完全に制度が浸透すると考えられます。
2018年9月のインド最高裁判所の判断では、Aadhaar番号の保持は義務ではないとされています。しかしながら、各種銀行口座の開設、個人所得税の申告、PAN(納税者番号)の取得、および携帯電話の認証等の目的で、すでにAadhaarの登録が要請あるいは強く推奨されており、非居住のインド人(NRI: Non Resident Indian)も含め、登録が義務付けられているのとほぼ変わらない状況になりつつあると言えます。
インド直接税当局による2022年3月30日付の通知(Circular No.7/2022 )では、個人所得税申告や、それに伴う還付等の手続きについて、Aadhaar未登録の納税者に限り、PANのみで行うことが可能であることが明らかにされました。しかしながら、今後はさらに、あらゆるシステムにおいてその登録が要請されていくことが予想され、当局による2022年5月10日付の通知 (Notification No. 53/2022) では、銀行口座からの200万ルピー以上の引き出しおよび預け入れ、キャッシュクレジット用口座・当座預金口座の開設について、Aadhaar番号の提示が義務付けられることになりました。
以上を含め、現時点でAadhaar番号の提示が、原則、義務付けられている主な手続きは以下の通りです。
- 銀行口座からの200万ルピー以上の現金の引き出しおよび預け入れ
- 普通預金・当座預金口座の開設
- EPF(被用者積立基金)の積立額の払い戻しおよびアカウントの移行
- LPG ガスの定期購入契約
- 年金の受給
- 個人の携帯電話、インターネット等の通信契約
- パスポートの申請および更新
- その他、政府関係の各種補助金、奨学金、補償金等を申請する際も、Aadhaarカードの提示が義務付けられています。
なお、Aadhaarは、政府・民間企業・ディベロッパーがデジタルインフラを使えるようにするためのオープンAPI群から成るデジタル公共財「インディア・スタック」を構成する基盤(プレゼンスレス・レイヤー:Presenceless Layer)としても極めて重要な役割を担っています。詳しくはこちらの記事をご覧ください。
2. 非対面型の税務調査にかかる最新法令
非対面型の税務調査は、2020年8月よりインドで導入された、世界でもまだ例の少ないオンライン完結型の調査スキームです。現時点ではまだ直接税(所得税や移転価格税制など)に限定されていますが、調査工程の効率化、物理的な対面機会の最小化、調査担当官個人に属人化しないチームベースの査定の仕組みの導入と、それに伴う説明責任の向上等を目的としています。2021年4月時点で公開されている情報によると、実施された非対面型調査106,734件のうち、その90%以上が課税所得の追徴対象とならなかったということであり、従来より理不尽な税務調査に悩まされてきた日系企業にとっても、今後この仕組みによって一定の恩恵を受けることができるものと期待されます。
納税者とのすべてのコミュニケーションの窓口となる国家電子調査センター(NeAC: National e-Assessment Centre) は、2021年4月より国家非対面型調査センター(NFAC: National Faceless Assessment Centre)に改称し、 非対面型の税務調査の手続きを一元的に進めています。
NFACによるデータ分析により特定された調査事案が、対象となる納税者に通知された後、地域非対面型調査センター(ReFACs : Regional Faceless Assessment Centres)を通じて税務調査が実施され、センター内の各ユニットに対して、調査事案の担当業務が自動割り当てシステムによって振り分けられる仕組みとなっています。
→詳しい仕組みのご説明については、以下の記事をご覧ください。
インド直接税当局による2022年3月28日付の通知(Notification No. 15/2022,により、非対面型調査における税務調査担当官の権限・管掌についての明確な規定がなされ、さらに29日、30日付の通知(Notification No. 18/2022, 19/2022)にて、非対面方式に則った脱税調査スキーム、調査開始前の事情聴取スキーム、調査中の特別監査スキームおよび時価評価スキームが新たに規定されました。
納税者は、NFACからの調査事案通知に対して回答する前に、ビデオ会議によるヒアリングを要求することも可能となっており、納税者にとってより公平な機会が提供されていくことが期待されます。
執筆者紹介About the writter
慶応義塾大学経済学部卒。日本・香港・スリランカ・インドにて、日系企業の経理・財務・総務業務に約14年従事。スリランカにてCSR業務から派生したソーシャルビジネスの起業実績もあり、経営者として管理業務実績を数多く積んでいる。2019年よりバンガロールを中心とした南アジアに強い会計・税務コンサルタントとして日系企業のインド進出を支援している。