商標の先使用権と周知商標/パッシングオフの事例
(文責:Rianna Lobo, 奥晋之介/Global Japan AAP Consulting Private Limited)
1. 先使用権が認められるためには?
インドの商標制度は、原則は先願主義(the Trademark Act, 1999、11条)であるものの、同法34条で先使用権も認めています。そのため、先に使用されている未登録商標も保護され、登録商標が無くとも、パッシングオフ(詐称通用:被告の営業行為が原告の営業行為であると公衆に誤認させるような行為)として、第三者の商標使用を差し止めることが可能です。
なお、先使用者の権利が認められるためには以下を証明する必要があります。
- 当該商標の使用開始の証明
- 当該商標の継続的な使用(Continuously used)の証明
先使用者は、使用開始を証明するだけでは不十分であり、継続的な使用(Continuously used)を証明しなければならない点に留意する必要があります。一方で、登録商標の所有者の立場で考えますと、商標が登録されているからといって、継続的な使用(Continuously used)を証明できなければ、当該商標が必ずしも保護されるわけではないため注意が必要です。
裁判所は、「使用開始日」「商標に係る商品・サービスが実際に市場で販売されているか否か」「商標が販売以外の活動(広告やサンプルの配布等)を通して、需要者に広く知られているか否か」等を考慮し、次のような書類を判断材料とします。
- 商標を使用した商品・サービスの販売量を証明する書類
- 商標を使用した商品・サービスの売上高を証明する書類
- 商標を使用した商品・サービスの広告費や販促費を証明する書類
- 商標の使用を裏付けるドメイン名やウェブサイト
2. 周知商標が保護されるケースとは?
インドの商標制度では、周知商標も保護されます(the Trademark Act, 1999、11条)。周知商標とは、需要者の間に広く認識されていることを指します。未登録の周知商標も保護され、パッシングオフとして、第三者の商標使用を差し止めることが可能です。
しかし、インドの裁判所は、インドで未登録の外国の周知商標の保護を判断する際に、インド国内の需要者に広く認識されているかどうかも考慮するため、インド以外の数カ国で商標登録されており、かつ需要者に広く認識されていたとしても、インド国内において需要者に広く認識されていると証明できなければ、周知商標として保護されない可能性がある点に注意が必要です。
例えば、2009年にトヨタ自動車株式会社が、インドの自動車部品メーカーであるPrius Auto Industries Limitedに対し、「PURIUS」の使用は商標権侵害であるとして、パッシングオフとして使用差止請求しましたが、2017年にインドの最高裁判所は、Prius Auto Industries Limitedが「PURIUS」を使用し始めた2001年時点では、「PURIUS」はインドにおいては広く認識されていなかったとして、Prius Auto Industries Limitedに対する「PURIUS」の使用差止請求は認められないとの主張を支持し、トヨタ自動車株式会社の敗訴が確定しました。
判例紹介:「継続的な使用」を証明できなかったため先使用権が認められなかったケース -『Peps Industries Private Limited vs. Kurlon Limited』
Peps Industries Pvt.Ltd.(原告) は、2008年より第20類(家具等)に登録された登録商標「NO TURN」の所有者でした。2018年にPeps Industries Pvt.Ltd.(原告)は、Kurlon Limited(被告)が商標「NO TURN」を不正に使用しているとし、Kurlon Limited(被告)に使用中止を通知しました。しかし、Kurlon Limited(被告)は、2007年から当該商標を使用しており、自らが先使用者であると主張して、当該商標の使用を継続しました。また、Kurlon Limited(被告)は、自らを先使用者とする商標「NO TURN」の登録出願を行うとともに、The Trademark Act, 1999、34条に基づき先使用者を理由として、Peps Industries Pvt.Ltd.(原告)の登録商標の取消出願を行いました。そこで、Peps Industries Pvt.Ltd.(原告)は、Kurlon Limited(被告)による「NO TURN」の使用の差し止めを求めてデリー高等裁判所へ提訴し、Peps Industries Pvt.Ltd.(原告)側が勝訴します。
Kurlon Limited(被告)側は、2007年より自社有名ブランド「KURLON」と共に「NO TURN」を使用してきたため、需要者に広く認知されており、自社に先使用権があると主張しました。一方でPeps Industries Pvt.Ltd.(原告)側は、自らが2008年以降一貫して「NO TURN」を使用してきたことは商標登録証、注文書、請求書から見ても明らかであると主張しました。
これに対して2020年にデリー高等裁判所は、商標登録所有者の権利は絶対的なものではなく、先使用者の権利は商標登録所有者の権利よりも勝るとの原則に言及しつつ、一方でKurlon Limited(被告)の売上は不規則な年もあり、2007年に「NO TURN」の使用を開始していることは認めるものの継続的かつ大量に使用してきたことを示す証拠がないため、Kurlon Limited(被告)の先使用権は認められないとの判決を下しています。
3. まとめ
インドの商標制度では未登録商標も保護されますが、先使用の事実や周知商標である根拠を証明するための書類が必要となります。また、登録商標の所有者であっても第三者から先使用等を理由に提訴される可能性があります。登録済か否かに関わらず、商標を使用開始したその日から、使用根拠となる書類を十分に収集・整理していくことが重要かと思われます。
執筆者紹介About the writter
学生時代に2015年~2018年の3年間、在ベンガルール日本国総領事館にて在外公館派遣員として勤務。その後、インド大手ITサービス企業の日本法人に入社し、製造実行システム導入の構想策定プロジェクトへの参画や提案活動に従事。インド進出日系企業の支援に関わりたいとの想いから、2022年に当社に参画し、再びベンガルールへ移住。現在は会社法を中心とした企業法務や労務、インド市場調査業務を担当。