インドでビジネスを安全に! 不正を未然に防ぐ内部統制の設立と有効な内部監査の実行
前回の記事では、インドで発生する不正の典型事例と対策をご紹介しました。不正対策の中でも特に重要なのが、予防的統制としての内部統制の構築と、発見的統制としての内部監査の実施です(予防的統制と発見的統制については 「I-49. リモートワーク時代のインド現地法人管理術」の記事をご高覧下さい)。
1. セキュリティの要:効果的な内部統制の構築
内部統制とは、組織の資産を保護し、会計記録の完全性を確保し、不正や盗難を抑止・発見するために整備され、運用される仕組みのことです。適切な内部統制を構築し、運用することにより、職務の属人化を防ぎ、組織がプロセスに依存できるようになります。
1-1. 職務の分離:互いのチェックとバランス
職務の分離は、不正の発生リスクを低減することができる内部統制の重要な構成要素です。多くの中小企業では、その取引量がそこまで多くないことから、売掛金、顧客からの入金処理、請求書の支払い、小口現金の管理などの帳簿業務を常に一人の担当者が行い、これらの業務を会計システムに記録しています。そのため、不正行為が行われていたとしても、それを見つけることが現実的に難しいという側面があります。インドの場合には年に1回の会計監査が必ず実施されますが、監査直前に当該従業員が突然退職をしたり、行方不明になってしまう可能性さえあります。そこで、内部統制の観点からは記帳・送金・決裁は別々の人が担当することで、職務を分離しておくことが重要です。特に送金の承認は日本人が行いましょう。もし駐在員が支払決裁をするのが難しい場合、日系のメガバンクであれば日本本社からもオンラインバンキングを操作できますので、一定の金額以上の支払は本社が行い、地場の銀行口座は少額の支払専用とし、現地スタッフがデビットカードで決済をする運用にすると良いでしょう。小口現金や小切手による支払いも可能な限り排除することが望ましいと言えます。また、外部の会計事務所へ記帳代行および支払代行を依頼することで牽制を効かせることも可能です。
1-2. 声を聞く:内部通報窓口の役割と設置
従業員同士が共謀して不正を行っている場合、決裁者の承認記録なども改竄されていることから、監査手続きでは不正を見抜くことが困難なケースも多いと言えます。しかし、必ずしも全ての従業員が不正に加担しているわけではなく、正義感の強い従業員もおり、内部通報をきっかけに不正が発見される可能性もあるため、内部通報窓口の設置も一定の効果を発揮します。
内部通報制度を構築する際のポイントは、通報した従業員の秘密が守られ、安心して通報ができる環境を整えることです。通報した従業員が、同僚や直属の上司から報復を受けないよう配慮することが最も大切です。例えば、内部通報システムを導入することで匿名ベースでかつ多言語対応をした形で通報を受け付けることができる環境を整備したり、インド子会社内部で通報窓口を設置するのが困難な場合には、日本本社へ英語で直接通報できるよう窓口を設置し、全従業員へ周知することが大切です。
1-3. 痕跡を残す:文書化の重要性とその効果
文書化も内部統制構築の重要なポイントです。たとえ内部統制のルールを整備しても、記録を文書化していなければ、内部統制が適切に運用されているかどうかを確認することができません。
例えば、長年に渡り購買担当者が同一の仕入先から商品を購入している場合、購買担当者が仕入先と癒着し、キックバックを受け取っている可能性があります。このような事態を防ぐためには、購買先選定のプロセスを文書化しておくことが有効です。例えば「最低でも3社は相見積を取得し、価格や品質を適切に比較して意思決定していることを記録する」「一定期間ごとに価格や品質の再評価・精査を行い、部門長の承認を記録する」といったルールが有効です。もし物品購入のたびに毎回相見積を取得するのが困難な場合には、1年に一度など、期間を規程で定めて定期的に相見積を取得し、記録に残しましょう。
購買担当者が、懇意にしている仕入先業者の見積を意図的に安く見せるために、他社の見積金額を高めに改竄してしまうこともあります。他社の見積が真正なものであることを担保するため、見積書には社印や署名をしてもらうよう義務づけることや、可能であれば購買担当ひとりに全てを任せず、別ルートからも入手をして見積書の妥当性を検証することも有効です。
文書化は、採用や昇給プロセスでも必要です。特定の応募者や社員を優遇していないことを確認するため、採用者が業務に必要なスキルを有していること、特定の社員が他の社員と比較して優遇されていないこと等を記録して保管しておくことが有効です。文書化することをルールで義務づけてしておくことで初めて、適切な購買・採用プロセスが運用されているかどうかを内部監査の際にチェックすることが可能になります。
1-4. 価値ある投資:内部統制の費用対効果
内部統制を構築する時には、費用対効果を考慮することも大切です。例えば、インド法人を立ち上げたばかりで売上も少ない状況で、財務・経理・購買・債権回収などの職務を全て分離すると、管理コストが増大し経営を圧迫する可能性があります。例えば、記帳スタッフを採用する余力がなければ外部の会計事務所へ委託したり、本社が一部担当したりするなど、会社の規模に見合った適切な内部統制を構築することが重要です。あるいは、例えばボールペンやクリアファイルなどの細かい社内備品1つ1つまで在庫管理をすれば横領のリスクは減りますが、管理コストが膨大になります。内部統制の手順が複雑すぎて遵守できない場合、「社内規程を守っていたら業務が回らないから、規程は守らなくてよい」という企業文化が醸成され、本末転倒な結果になってしまいます。従って、欠陥のない完璧な内部統制を目指すのではなく、会社の事業状況や不正リスクに応じた“身の丈に合った”内部統制を構築し、構築された内部統制は例外なく確実に運用がされるようモニタリングしていくことが重要です。
1-5. 革新と進化:内部統制の定期的な見直し
内部統制は、事業環境の変化や会社の成長、技術進歩などに対応して、継続的に見直しを行い、改訂する必要があります。例えば、創業時には記帳と支払を財務担当者が1人で行い、現地法人社長が決裁をする、という体制だったとしても、会社の規模が大きくなってきたら記帳担当者と支払担当者を分離するのが望ましいでしょう。
2. 目に見えない敵を発見:内部監査の重要性
内部監査は、組織の機能を継続的かつ批判的に評価し、その改善を提案し、組織のガバナンス機構に付加価値を与えることを目的とする独立した機能です。インドにおいては上場企業や公開会社はもちろんのこと、非公開会社であっても前年度の売上高が20億ルピーを超える会社、もしくは、期中において10億ルピーを超える借入・融資等がある場合に内部監査人を選任する義務があります。
内部監査は、組織がリスクマネジメントと内部統制の有効性を評価し、改善のための推奨事項を提供するのに役立ちます。ここでは、内部監査が重要である理由を、インドの状況に即して具体的にご説明します。
2-1.本質的な相違:会計監査と内部監査の役割
インドでは全ての企業に毎年の会計監査が義務づけられているので、「毎年、会計監査を受けているのだから、もし従業員の不正があれば監査人が見つけてくれるだろう」と考えられがちです。しかし、会計監査の目的は「財務諸表全体として重要な虚偽の表示がないことに関する合理的な保証を得ること」です。つまり、会計監査の目的は、貸借対照表や損益計算書に大きな間違いがないかどうかをチェックすることであり、不正の発見が目的ではありません。もちろん、監査の過程で企業の内部統制に重大な欠陥が発見されれば、経営者に「このままでは不正が発生する可能性があります」と提言をすることになりますが、たとえ不正が発生しうる状況であったとしても、財務諸表の数値が正しければ会計監査手続きとしては問題なく終了、ということになります。
極端な例を挙げると、例えば監査手続きにおいて社長の机の上に銀行の支払決裁用トークンやパスワードのメモが放置されていることが発見されても、銀行の残高が会計帳簿と一致していれば会計監査は通過してしまいます。もちろん、その問題に監査人が気づけば経営陣へアドバイスはしますが、状況を改善するのは経営者の責任であり、もし仮にその翌年に横領が発生しても、監査人への損害賠償請求はできません。また、限られた監査工数の中で全ての取引をチェックするのは難しく、重要性の高い取引を中心にランダムにチェックをせざるを得ないので、見落としのリスクは常に隣り合わせとなります。
「監査で無修正意見(Unqualified Opinion)が出たのだから問題はないだろう」と安心していると、会計監査とは別に内部監査によって内部統制の運用状況を確認することは非常に重要です。
2-2.現場力:内部監査が明らかにする潜在的な問題点
たとえ内部統制を構築しても、従業員同士が共謀したり、経営者が内部統制を無効化したりしてしまえば、内部統制は機能しません。例えば、たとえ記帳担当と支払担当を分けていても、両者が共謀して個人口座へ送金してしまえば、不正を隠ぺいすることも可能です。また、頻繁に出張をする日本人駐在員が、出張先でパスワードトークンを紛失したり、出張先のネット環境が弱くて支払を行えないことを心配したりして、長年に渡って信頼している財務経理担当の現地スタッフに銀行のパスワードトークンを預けてしまうケースもあります。この場合、銀行のシステム上は本人駐在員の名義で決裁されたことが記録されるので、記録から不正を発見することも困難になります。
このようなケースでは、日本から会計記録を見ているだけでは状況を掴めません。そこで、内部監査人が現地の会社に入って、従業員からヒアリングをすることは重要です。日本人が知らない不正行為でも、インド人スタッフの間では噂になっていることがあります。わざわざ本社へ内部通報をしてくれない場合でも、現地でインタビューをすれば噂に詳しいスタッフが真実を話してくれることがあります。このようなことから、独立した内部監査部門が現地を訪問し、内部監査を行うことは不正防止のために有効な手段となりえます。
3. 見逃さない監視:効果的な内部監査の秘訣
内部監査は、組織のリスクマネジメント、ガバナンス、内部統制のプロセスが効果的に機能していることを独立した立場から保証するものであり、業務効率と財務の信頼性を維持し、資産を保護するために不可欠です。内部監査人は、業務プロセスと、そのために設計されたプロセスとの間に矛盾がないかを調べ、矛盾が見つかった場合、改善のために実施すべきプロセスについて経営陣に助言します。ここでは、この内部監査を効果的に実施するために注意すべきポイントについてご紹介したいと思います。
3-1.二つの視点:整備状況と運用状況の評価
内部監査は整備状況と運用状況を分けて評価することが重要です。整備評価と運用評価の違いは以下の通りです。
整備評価:組織に必要な規程が整備され、適切に更新され、異なる規程間で矛盾が発生していないかを評価する
運用評価:整備された規程が適切に周知され、かつ、実施されていることを評価する
一方、運用評価で不備が発見された場合には、そもそも現実的に運用不可能なルールが整備されている可能性もあります。例えば、「ボールペン1本1本を全て在庫管理する」という規程が守られていない状況において、「この規程を遵守すると管理コストがかかり過ぎる」と経営陣が判断した場合は、規程の運用状況を改善するのではなく、運用に合わせて規程を改定することが必要になります。
3-2.リスクのナビゲーター:組織のリスクと目標に基づく具体的な助言
内部監査は、付加価値を高め、事業運営を改善するために設計された、一種のコンサルティング活動です。内部監査は、リスク管理、統制、ガバナンスプロセスの有効性を評価し、改善するための体系的で規律ある活動であり、組織が戦略的目標を達成するのを助けることができます。内部監査人は、組織のプロセスを継続的に監視・検討し、これらのプロセスの効率性と有効性を向上させるための助言を経営者に行います。
経営者が的確な経営判断を行えるようにするため、内部監査人は、会社の目標や事業環境を理解した上で、組織が抱えるリスクや目標に応じた助言をする必要があります。
例えば、現金決済を主とする事業を行っている会社であれば、現金の取りあつかいに関する内部統制は事業の根幹を形成する重要な要素となります。一方、銀行送金による決済が基本で、会社の資産額に占める小口現金の額がごく僅かなのであれば、現金に関する内部統制はそこまで重要とは言えません。たとえ両者が同じ内部統制の欠陥を抱えていたとしても、事業状況やリスクが異なるので、アドバイスは異なるものになるはずです。
3-3.公正な監視者:独立性と公平性を保つ内部監査
もし従業員のリソースが限られており、独立した内部監査部門を設置できない場合には、従業員をクロストレーニングして、互いの部門を監査させることも可能です。しかし内部監査は、決められた手順に従って機械的に確認を行えば良いものではありません。
特に、従業員同士の共謀などにより隠ぺいされた不正を発見するためには、提出された資料を淡々と確認するだけでなく、会社の雰囲気や従業員の会話などから不正の兆候を発見するアンテナも必要になります。そのためには、ある程度の専門的な知識と経験が必要です。
もし、豊富な内部監査経験を有する専門人材を社内で確保することが困難な場合には、外部の専門家に依頼することも有効です。専門家は、会社の事業環境とリスクを分析し、適切な改善案を提案し、実行を支援することができます。
たとえ従業員が内部監査を行う場合でも、専門家に助言を求めることは有効です。例えば、整備評価を実施するためには、会社に必要な規程類の一式を把握することが重要ですが、どのような規程が会社に必要かが分からない場合には、外部の専門家にアドバイスを求めましょう。また、内部監査そのものを外部委託するだけでなく、従業員の内部監査スキルを向上させるためのトレーニングを外部専門家に依頼することも可能です。
弊社では、豊富な内部監査経験を有するインド勅許会計士や弁護士を中心とした専門家が、企業のビジネス環境や経営目標を踏まえて組織の状況を分析し、会社のフェーズや規模、状況にあった内部統制構築のアドバイスをすることが可能です。
執筆者紹介About the writter
京都工芸繊維大学工芸学部卒業。米国公認会計士。税理士法人において中小企業の税務顧問として会計・税務・社会保険等アドバイザリーに約4年半従事、米国ナスダック上場企業において国際税務やERPシステムを活用した経理部門シェアード・サービス導入プロジェクトを約3年経験後、30歳を機に海外勤務を志し、2012年から南インドのチェンナイに移住。2014年10月に会計士仲間とともに当社を共同設立。これまで200社超の在印日系企業や新規進出企業向けに市場調査から会社設立支援、会計・税務・人事労務・法務にかかるバックオフィスアウトソーシングおよびアドバイザリー業務を提供。また、インド人材のリモート活用にかかる方法論および安心・安全なスキームの導入支援を積極的に行っている。