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Vol.47 : “デジタル・ルピー”の未来を探る! インドが歩む仮想通貨の革命

1. はじめに

「え、 財布持って来るの忘れた…」 皆さんは、これまでの人生で現金やカードを忘れたがために、困った思いをした経験はありますか?
私は幾度となく、お金が足りないから友達やガールフレンドに頼るという場面を潜り抜けてきました…って自慢気に言うのもおかしな話ですよね。

このように、私たちの人生にとって欠かせない存在である 「お金」 ですが、現代まで続く人類史において、貝殻・硬貨・紙幣というように様々な形へと変容しながら、その価値が保たれてきました。そして今日、その姿は物体という制限を無くし、デジタルという全く新しい方法で取引されるようになっています。
この記事では、現代社会の 「お金」 つまり、 「デジタル通貨」 に焦点を当てながら、インドにおけるキャッシュレス化の現状と「デジタル・ルピー」という近未来のインド通貨について掘り下げていこうと思います。

2. キャッシュレス化の現状

現代社会を生きる私たちが、一般的にキャッシュレスと聞いて思い浮かぶのはクレジットカードや電子決済アプリ(PayPay、Apple Pay)のようなものではないでしょうか。まさに、これらのようなサービスこそ、現代の人々が慣れ親しんでいるキャッシュレスの形です。

しかし、ここ数年においては、暗号資産・CBDC(Central Bank Digital Currency)のように比較的新しいデジタル通貨がキャッシュレスのトレンドとして認知されつつあります。
世界的に見ても、暗号資産の市場規模は拡大傾向にあり、2009年にビットコインがリリースされて以来、2023年現在では9,000以上の暗号資産が存在しています。そのうち時価総額が10億ドルを超えるものは70以上にも及んでいるというのが実情です。(*2)
また、CBDCの開発も非常に進んでおり、すでにインド・中国・アメリカを含む20以上の国でそれぞれの中央銀行が試験運用を開始しています。(*3)

これら2つのデジタル通貨はベースにブロックチェーン技術が使われているという点では同じですが、実際の目的や特徴にはいくつか違いがあります。では、その違いとは具体的にどのようなことが挙げられるのでしょうか。

(1)暗号資産 (Cryptocurrencies)

まず、暗号資産には国際送金の簡素化・価格変動による投資・権力の分散化など様々な目的があります。民間企業や個人によって運営されている暗号資産が一般的であるため、中央集権的なプラットフォームに依存しないといった特徴があります。また、ネットワーク参加者がPeer to Peerで暗号資産を取引・管理することにより、従来の金融システムに比べてより透明性の高いキャッシュレス社会を目指しています。

一方、懸念点としては「価格の急激な変動により価値が安定しないこと」や「規制不足によるマネーロンダリングやテロ資金の調達に使われる」など、自由な取引環境だからこその問題もあるため、取引を行う際は十分な知識と慎重な判断が必要とされます。

(2)CBDC (Central Bank Digital Currency)

CBDCにおいても、暗号資産と同じく国際送金の迅速化という目的が挙げられますが、それとは別に、中央銀行による発行と管理で、金融経済の安定性を確保するという目的もあります。CBDCは国の法定通貨と同等の地位を持ち、価格変動が少なく、経済をコントロールしやすいという特徴があるため、日常的な取引において、「お金」の本質である信頼性を担保する役割を果たすことが期待されます。

要するに、暗号資産は主に金融経済における集中権力を分散させる役割があり、「投資や新たな経済モデルの探求」が主な目的です。一方、CBDCは中央銀行の管理下で通貨政策と決済の効率化が推進されており、「デジタルな法定通貨としての安定性」を重視しています。 (*4)

3. インドにおけるデジタル通貨

上記のような目的・特徴がある暗号資産とCBDCですが、ここ数年のインドにおけるデジタル通貨の現状を見てみると、暗号資産の所有者が驚異的な勢いで増加していることが分かります。2023年末までには、約1億5600万人もの人々が暗号資産を所有するかもしれない勢いです。この数値は、世界の暗号資産ユーザーの半分以上を占める規模であり、これにより次なる暗号資産の中心地がインドになるのではないかと考える人も増えています。(*5)

暗号通貨を使用または所有していると答えた回答者の割合 (*6)

 

しかし、ここで注目すべき点はインド政府が暗号資産の取引に非常に懐疑的な姿勢を示しているということです。実際、2018年にはRBI(インド準備銀行)が商業銀行に対し、暗号資産取引への関与を禁止する通達を出しました。この通達は後に、最高裁で覆されましたが、その後も暗号資産に対しては厳格な規制が続いています。また、税制においても、暗号資産取引には30%もの課税が課せられています。

では、なぜインド政府はこのように暗号資産の取引を抑制する体制をとっているのでしょうか。それは、前述の暗号資産の目的・特徴でも述べた通り、自由取引による規制不足が主な要因として考えられます。インドの中央銀行であるRBIとしては、今のところ暗号資産を通貨としては認めておらず、「期待値によって価値が変動する投機的なもの」であると捉えています。

以上のような理由もあり、国内での暗号資産取引を抑制しようとしているインド政府ですが、CBDCの開発・発行に関しては非常に積極的に取り組んでいます。すでに、ムンバイ、ニューデリー、ベンガルール、およびブバネーシュワルのような都市では、インド政府により発行される「デジタル・ルピー」のパイロット・プログラムが開始されており、CUG(Closed User Group)、試験的研究のために集められた小売顧客や商人のグループ、の間では実際に銀行を介して取引が行われています。(*7)

ここまでの内容で、国際社会におけるデジタル通貨のトレンドとインド国内での暗号資産・CBDCの現状がご理解いただけましたでしょうか。それでは、次にインド政府が発行する「デジタル・ルピー」について具体的な解説していきたいと思います。

4. デジタル・ルピーとは

「国内外の決済プロセスを効率化することで、金融システムの安定性を向上させる」という目的があるデジタル・ルピーですが、実際にインド国内でこのデジタル通貨を流通させた場合、どのようなメリットと経済効果が期待できるのでしょうか。RBIによる公式のドキュメントから、要点を3つに絞ったので順番に見ていきましょう。

① 迅速かつ効率的なデジタル取引

まず、1つ目のメリットとして、デジタル・ルピーによる経済取引の迅速化が挙げられます。この要因は、デジタルウォレットの利用、24時間取引可能かつリアルタイムな処理、スマートコントラクトによる取引の確実性向上など様々です。
また、これまでのキャッシュレス取引とは大きく違う点として、経済取引の仲介に商業銀行を必要としなくなることが考えられます。理由としては、前述したとおりデジタルウォレットやスマートコントラクトの実装が中央銀行との直接的な取引を可能にするからです。これにより、利用者はクレジットカード会社や中間銀行を介する際に必要だった仲介手数料・複雑な手続きを省いて、Peer to Peerでの取引ができるようになります。

② 様々なコスト削減

2つ目のメリットは、これまで発生していた経済取引に関わる様々なコストがデジタル・ルピーによって大幅に削減されるということです。具体的には、貨幣発行コスト、銀行口座の維持コスト、事務作業に要するコストなど、「お金」が物体としてある限り発生してしまう必要経費の負担が軽減されます。
加えて、国際取引のように決して安くない送金手数料の掛かってしまう取引は、中央銀行の直接的な介入によりコスト削減だけでなく、ブロックチェーン技術による取引の安全性も確保されます。

③ 政府による支援

最後に、3つ目のメリットは、デジタル・ルピーが暗号資産とは異なりインド政府管轄で徹底して発行・管理されているということです。上記でも述べましたが、CBDCは国の中央銀行によって発行されるため、価格変動やセキュリティー問題が起こりづらいという特徴があります。
さらに、税金の還付、児童手当などのような、政府との煩雑な財政取引も、これまで以上にシンプルかつ効率的に行うことが出来ます。(*8)

これら3つのような特徴と経済効果が期待されるデジタル・ルピーは国、企業、個人など、インド社会のあらゆる側面において非常に有望であると言えます。

過去5年間で、デジタル決済取引が55%増加するなど、デジタル決済統合インターフェースUPI(Unified Payment Interface)(※)の影響もあり、キャッシュレス化の波が押し寄せるインドですが、今後デジタル・ルピーの普及がスムーズに進めばCBDCの分野で世界中の国々を牽引する可能性もあるでしょう。(*9)

※ UPI 「インドの銀行間即時送金システムで、スムーズなデジタル取引を提供する」

デジタル・ルピーに関する紹介動画 (*10)

5. デジタル・ルピーの現状と政府の意向

キャッシュレス社会において、非常にその効果が期待されているデジタル・ルピーですが、現状、インド国内ではどの程度、開発・発行までが行われているのでしょうか。また、インド政府やRBIのデジタル・ルピーに対する具体的な位置づけについても見ていきましょう。

「3.インドにおけるデジタル通貨」 でも少し触れましたが、デジタル・ルピーは現在インド国内の複数の都市で試験段階にあります。前述にあったように、デジタル・ルピーは商業銀行を介さない経済取引が可能ですが、試験段階である現在では、State Bank of India、 ICIC Bank、 Yes Bank、 IDFC First Bank、 Bank of Baroda、 HDFC Bank、 Kotak Mahindra Bankという8つの銀行が参加して、システムの検証と改善を行っています。(*11)
また、デジタル・ルピーの取引数量に関しては、2022年12月から現在までで、1日あたり約5,000~10,000件に留まっており、RBIとしては2023年末には1日の取引額を100万ルピーまで増やすことを目指しています。(*12)

では次に、デジタル・ルピー取引に対する政府の意向を見ていきましょう。一般的に、デジタル・ルピーは法定通貨という位置づけで取り扱われるため、現金と比べて特に優先されるような措置は未だ取られていません。例えば、一定基準を超える現金取引を行う個人にはインド国内の税務番号であるPAN(Permanent Account Number)の取得が義務付けられていますが、これはデジタル・ルピーも同様に適用されます。
ただし、今後新たにデジタル・ルピーに特化した政策が施行される可能性は十分にあり、これは物体という制限を無くしたデジタル通貨が現代社会に適応するためには必要不可欠なことです。

現在ではとりわけ現金と同じ扱いのデジタル・ルピーですが、価値は同等でも、やはり普及を促すにあたってそれ相応の政策が打ち出されるかと思われます。また、政府・RBIにおいては、2023-2024会計年度で現在進行中のパイロット・プログラムを拡大し、多方面の民間企業やCUGと協力することで、様々なユースケースや機能を統合するという意向を示しています。

6. UPIとの関わり

この記事を読まれている皆さんは、インドに興味がある、又はビジネス関連でインドに進出しようと考えている方が多いのではないでしょうか。となると、いつかのタイミングでUPIという言葉を聞くことになるはずです。(※UPIを中心としたインドのデジタル公共財「India Stack(インディア・スタック)」については下記2つの記事をご高覧ください。)

インドが世界に誇るオープンAPI「インディア・スタック」とは(前編)

「インディア・スタック」はなぜ画期的なのか(後編)

「4. デジタル・ルピーとは」の注記でもUPIについて簡単に説明はしましたが、どうしてもデジタル・ルピーとの関連性が分かりづらいと感じられる方がいるかもしれません。なので、念のために、もう一度UPIについて説明した上でデジタル・ルピーとの違い・今後の関わり方について考察します。

UPI(Unified Payment Interface)とは、NPCI(インド国立決済公社)、RBIとCBDT(インド銀行協会)が共同で設立した非営利企業、によって運営されているデジタル決済統合インターフェースのことを指しています。UPIは独自のプラットフォームを介してシームレスな資金移動やその他の取引を容易にしており、銀行口座間の安全かつリアルタイムな送金を可能にすることでPeer to Peer取引の促進に貢献しています。

インド国内ではキャッシュレスな決済方法として非常に支持されており、2023年2月時点では、月間80億件以上の取引が記録されました。(*13)

UPIを通じた取引の流れ (*14)

以上にあるようなUPIの特徴から、これらの概念が異なるということは理解して頂けたと思います。ただ、より分かりやすく違いを知ってもらう為に、UPIとデジタル・ルピーで明らかに違う点を表でまとめたので見ていきましょう。

UPIとデジタル・ルピーの違い

UPI デジタル・ルピー
取引 銀行が仲介の間接取引 ウォレットから直接取引
決済 銀行の決済サイクルで受送金 即時的に口座で受送金
データ 匿名性は不可能 匿名性可能

 

簡単に言うと、デジタル・ルピーは「お金」であり、UPIは「お金を動かす方法」ということです。消費者の視点からは、これらのシステムに特別な違いは無く、送金方法もUPIと良く似ています。
しかし、銀行の立場からすると非常に大きな違いが存在します。例えば、皆さんがUPIを使ってタクシー運転手に200ルピーを支払った場合、アプリ上では銀行口座から料金が引き落とされたように表示されます。けれども、実際の資金移動は、銀行の決済サイクルの間で取り行われるため即時処理ではありません。
一方、デジタル・ルピーの場合は、リアルタイムで皆さんとタクシー運転手の間でトークンの交換が即時的に行われます。これは、タクシー運転手に200ルピーの現金を渡すのと同じ原理で、かつフロントエンドとバックエンド(※)が同時に更新されるので、これまで必要だった決済プロセスの必要性が抑制されます。

これらのように全く異なった特徴を持つ両者ですが、どちらも「インドの金融システムを大きく改善しキャッシュレス社会を推進する」という目的は同じなので、競争関係にあるというよりは相補的な存在であると私は考えます。(*15)

※ フロントエンド 「ユーザーが直接関わるウェブページやアプリのインターフェース」
※ バックエンド 「システムの背後でデータ処理やサーバー管理を行うプログラム」

7. まとめ

この記事では、「お金」というキーワードについて、「暗号資産・CBDCというデジタル通貨の目的・特徴」、「インドにおけるキャッシュレス社会とデジタル・ルピーの役割」、といった要素をメインに考察してきました。インドのデジタル・ルピーに関する政策は他の国と比べても、非常に先進的な段階にあり、今後もこのようなデジタル分野で諸外国を牽引する存在になることが予想されます。

日本でもCBDCの取り組みは試験段階にありますが、実際にパイロッド・プログラムを開始するまでには至っていません。議論や検証を重ね、できるだけリスクが無い状態でデジタル・円をローンチするというのも民主主義を重んじる日本の良さなのかもしれませんが、個人的な意見としては、インド政府のような迅速な対応で世界の国々から注目される存在になって欲しいと思います。

暗号資産やCBDCのようなデジタル通貨は未だ成長段階にあり、セキュリティーやスケーラビリティなど様々な面で課題も残っています。しかし、これらのような新たな「お金」が、今後のキャッシュレス社会において、目の離せないトピックであることは間違いありません。

 

【参照元の記事リンク一覧】

(*1) Digital Rupee: RBI plans to expand CBDC pilot to include more banks and locations – The Economic Times (indiatimes.com)

(*2) Cryptocurrencies and Central Bank Digital Currencies (CBDC) | A Future Outlook | LinkedIn

(*3) Snapshot: Which countries have made the most progress on CBDCs so far in 2023 – Atlantic Council

(*4) What Is the Difference Between Cryptocurrency and CBDCs? (vajiramandravi.com)

(*5) Despite hurdles, crypto users in India set to reach 156 million in 2023 — Next crypto hub? (cnbctv18.com)

(*6) Chart: Where the Crypto Hype is Growing | Statista

(*7) Digital Rupee: RBI plans to expand CBDC pilot to include more banks and locations – The Economic Times (indiatimes.com)

(*8) What Is Digital Rupee & How Does It Work – Forbes Advisor INDIA

(*9) Digital Rupee – Effect, Impact and Implications – Razorpay Blog

(*10) How to use e-Rupee | Digital Rupee App Tutorial | CBDC – YouTube

(*11) Press Information Bureau (pib.gov.in)

(*12) “Aim To Increase E-Rupee Transactions To 10 Lakh Per Day”: RBI Deputy Governor (ndtv.com)

(*13) What is UPI? How Does UPI Work? The Complete Guide – Wint Wealth

(*14) How Do UPI Payments Work?. Getting Under the Hood of the Fastest… | by Abhav Kedia | DICE India | Medium

(*15) DIGITAL RUPEE VS UPI | ICICI Bank Blogs

               

執筆者紹介About the writter

橋口悠雅 | Yuga Hashiguchi
明治大学商学部会計学専攻。貿易・物流ゼミにてゼミ長を務め、リーダーという役割の苦労・やりがいを経験。また、教育業界におけるデジタルインフラ統合をビジョンとした EdTech ベンチャー企業でインターン生として約半年ほどリサーチ・翻訳業務を担当。その後、グローバルな環境でも活躍できるビジネスパーソンになるため、大学を休学し、南インドの当社バンガロール事務所にてインターシップをスタート。市場調査や在インド日系企業・インドスタートアップ企業へのインタビュー等を通じて、インド市場や投資環境、最新のDX動向に関する記事・コラムの作成に携わる。インターンシップの傍ら、USCPAの資格取得に向けた勉強に取り組み、将来的には日本を代表する実業家になりたいと考えている。