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Vol.48 : インドITオフショアリングを巡る国際税務論点

1. インドのITオフショアリング

ソフトウェアのオフショア研究開発とは、ソフトウェアが使用される国とは異なる国にあるサプライヤー(関連会社であるかどうかを問わず)がソフトウェアの研究や開発サービスをクロスボーダーで提供することです。企業がオフショアリングのソフトウェア開発サービスを利用する主な理由は、当該企業の国における開発コストが高かったり、また、昨今の日本においては高度IT人材が圧倒的に不足しているという背景もあります。
日系企業はベトナムにオフショア拠点を設けるケースが多いですが、これはベトナムには日本語を使えるIT人材が多く、文化的親和性もあり、日系企業が進出しやすいという背景があります。しかしながら、多くの多国籍企業がオフショア拠点としてインドを選んでいます。英語力が堪能でかつ優秀なIT人材の絶対数が圧倒的に多いからです。まだ、インドにオフショア拠点を構える日系のIT企業は欧米と比較すると多くはないものの、最近はインドで優秀なIT人材が豊富に採用できることが日本でも広く知られるようになってきており、今後はインド人と直接英語でコミュニケーションができる日系企業も徐々に増えていくことが予想されるため、楽天やメルカリ、ラクスルなどの日本企業のようにインドにオフショア開発拠点を設置する日系IT企業やスタートアップも増えていくことが期待されます。
ITオフショアリングは、インド国内に自社の現地法人を設立する方法と、第三者の現地法人(EORを含む)を通じて行う方法があり、それぞれに税務上の長所と短所がありますが、インド国内に子会社等の関連会社を設立してオフショア業務を行う場合、特にその取引価格(=移転価格)の観点において注意が必要です。そこで本記事では、インド国内関連会社へのITオフショアリング取引における税務上の注意点についてご紹介します。ITオフショアリングの業務に関連する判例はまだ少ないため、本記事でご紹介する判例はITオフショアリングを直接の対象としたものではございませんが、ITオフショアリングの会計税務と密接に関連するものを取り上げております。

2. インド国内関連会社を通じて業務を実施する場合の課税問題

1) ロケーションセービングとインド政府の税務見解

人件費やその他の経費が比較的安価な国へ事業を移転することにより、多国籍企業(MNE)グループはコストを削減することができます。このようにして節約された費用はロケーションセービングまたはLSA(Location Specific Advantages)と呼ばれます。
LSAは、アメリカやヨーロッパのような高コストの地域で事業を行う多国籍企業に対して、インドや中国のような低コストの国へ資本を移すインセンティブを与えます。多国籍企業グループは、LSAにより得た利益の一部を低コストの国に留保することもありますが、通常は大部分の金額が持株会社によって本国へ戻されます。インドの税務当局は最近、移転価格税制を根拠に、このように本国へ戻される利益に対して課税することを試みることがあります。
インドにはLSAを特定・配分するための特別な規制はありませんが、多国籍企業が立地により享受した利益を配分する手段として、利益分割法(PSM:Profit Split Method)の適用の可能性が検討されています。利益分割法とは、親会社と子会社の利益の合算を一定の基準(労働時間や減価償却費など)で分割することによって独立企業間価格を算定する方法です。具体的な規制がないにもかかわらず、インド政府は適切な方法を模索しており、歳入当局は税務調査において多国籍企業によってもたらされたLSAに対して上方修正(移転価格税制を根拠に追徴課税を指摘)する傾向にあります。一方で、これまでの税務訴訟における判例としては結果的に納税者にとって有利な判決がなされている傾向にあるようです。

税務当局のLSAに対する追徴課税請求をデリー高裁が棄却

例えば、衣料品の製造小売業(SPA:Speciality store retailer of Private label Apparel)であるGAP Internationalのケースにおいては、2012年の所得税裁判所(The Income Tax Tribunal)の判決によると、「LSAを理由とする個別または追加的な課税は要求されない。」としました([2012] 25 taxmann.com 414 (Delhi)/[2012] 20 ITR(T) 779 (Delhi)/[2012] 149 TTJ 437 (Delhi)[18-09-2012])。
なぜなら、LSAによる利益は特定の企業だけに利益をもたらすものではなく、業界全体が同じ条件でメリットを享受するため、企業間競争を通じて最終顧客へ便益が転嫁されるためです。つまり、利益を享受するのは多国籍企業ではなく、最終商品の値下げという形で利益を享受するエンドユーザーであるため、LSAを理由として追加で課税を行うのは不適切であるという見解です。
また、2013年のデリー高等裁判所(Li and Fung India)の判決によると、LSAの具体的な存在と量の確認が認められないため、LSAの調整請求を棄却しています([2013] 40 taxmann.com 300 (Delhi)/[2014] 223 Taxman 368 (Delhi)/[2014] 361 ITR 85 (Delhi)/[2014] 264 CTR 441 (Delhi)[16-12-2013])。

2) インドにおける研究開発の委託

研究開発機能の全部または一部をインドへ移転している先進国の多国籍企業は、その課税関係、 特に移転価格について注意する必要があります。
多国籍企業は、本社がすべてのリスクを負っており、インドで活動する関連企業は単なるコストセンターとなっている(つまり、リスクフリーまたは限定的なリスクしか負担をしない法的主体である)理由により、コストプラス方式に基づくマークアップ料率が低く設定される傾向にあります。オフショア拠点が受託した業務にかかる機能、使用した資産、引き受けたリスクに関して移転価格税制上求められる分析手法である「FAR(Functional Asset and Risk)分析」は、独立企業間価格を決定する上でより重要となっており、多国籍企業とインド国内関連会社はFAR分析の結果を明確に文書化する必要があります。
インドの税務当局が多国籍企業の研究センターをコストセンターとして認めるかどうかの基準については、インド直接税中央委員会(CBDT :Central Board of Direct Taxes)の通達(CIRCULAR NO.06/2013 [F NO. 500/139/2012], DATED 29-6-2013)の研究開発委託における独立企業間価格算定の詳細なガイドラインを参照することができます。
当該通達によると、インドにおける研究開発センターは、A)起業家的性格のもの、B)コストを分担する拠点、C)研究開発委託(上述のコストセンター)の3つに分類されます。研究開発センターが以下の要件を満たした場合にコストセンターとしての要件を満たすものとしています。Aは当該研究開発センターがリスクを引き受ける場合を指しており、BはAとCの中間に位置づけられます。もし当該研究開発センターが当局からコストセンターとして認められない場合、低いマークアップ料率が否認される可能性があります。

1. 当該多国籍企業の研究又は製品開発サイクルに関与する経済的に重要な機能のほとんどを、本国の従業員が担っている
2. 本国の親会社またはその関連企業が、無形資産を含む資金/資本およびその他の経済的に重要な資産をインドの研究開発センターへ提供している
3. インドの研究開発センターが、本国の親会社またはその関連企業の直接的な指揮監督下で業務を行っている
4. 契約上、インドの研究開発センターが、経済的に重要なリスクを引き受けていない
5. 租税が低い、あるいはかからないと広く認識されている国・地域に本社が設立されていない(もし租税が低いと認識されている地域に本社が所在している場合、本社はリスク管理を行っていないものと見做される)
6. インドの研究開発センターが研究成果にかかる知的財産権や何らかの経済的便益を有する権利を持たない

この他に、多国籍企業親会社のインド法人が制作した無形資産の評価など、まだ税制上の対応が明確でない項目があります。 研究開発機能をインドへオフショアリングしている多国籍企業の一部は、インドのセーフハーバールール[1] や事前確認制度(Advance pricing agreement)[2] を活用することで税務リスクを軽減しているケースもありますので、万が一の課税インパクトや取引スキームに応じてこのような税務リスク対策をご検討されることも一案です。

 

[1] セーフハーバー・ルールは、利益率など一定の条件を満たす場合、税務当局が納税者の申告した移転価格を容認する制度を指します。インドにおけるセーフハーバー・ルールは2015年2月4日付のCBDT通知のルール10THC(https://incometaxindia.gov.in/communications/notification/notification_11_2015.pdf) にて定められています。

[2] 事前確認制度(APA:Advance Pricing Agreement)とは、事前に納税企業と税務当局間で独立企業間価格および価格算定方法を合意する制度を指します。

               

執筆者紹介About the writter

田中 啓介 | Keisuke Tanaka
京都工芸繊維大学工芸学部卒業。米国公認会計士。税理士法人において中小企業の税務顧問として会計・税務・社会保険等アドバイザリーに約4年半従事、米国ナスダック上場企業において国際税務やERPシステムを活用した経理部門シェアード・サービス導入プロジェクトを約3年経験後、30歳を機に海外勤務を志し、2012年から南インドのチェンナイに移住。2014年10月に会計士仲間とともに当社を共同設立。これまで200社超の在印日系企業や新規進出企業向けに市場調査から会社設立支援、会計・税務・人事労務・法務にかかるバックオフィスアウトソーシングおよびアドバイザリー業務を提供。また、インド人材のリモート活用にかかる方法論および安心・安全なスキームの導入支援を積極的に行っている。