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【速報】ハリヤナ州店舗商業施設法(改正)条例2025の施行について

ハリヤナ州店舗商業施設法(改正)条例2025の施行について

2025年11月12日より、ハリヤナ州において「ハリヤナ州店舗商業施設法(改正)条例2025(Haryana Shops and Commercial Establishments (Amendment) Ordinance, 2025)」が施行されました。本改正は、同州における「ビジネスのしやすさ(Ease of Doing Business)」を促進すると同時に、労働者の保護強化を目的としています。今回の改正により、事業所の規模に応じた適用範囲の変更や、労働時間・残業規制の緩和、さらには違反時の罰則規定の非犯罪化など、日系企業の労務管理に直結する重要な変更が行われています。

本記事では、ハリヤナ州店舗商業施設法改正の主要なポイントと、企業に求められる実務対応について解説します。

1. 適用範囲とコンプライアンス構造の変更

今回の改正における最も大きな変更点は、事業所の従業員数に応じた適用区分の導入です。労働局による労働条件や雇用環境規制を目的とし、従来は事業開始から30日以内にハリヤナ州労働局に対し書類提出(身分証明書、事業所証明書、写真)・登録料支払い・GPS位置情報の提供・変更時の報告等の厳格な義務が課されていました。

それが今回の改正により、従業員20名未満の事業所は簡易的な手続きのみへと変更されました。

・従業員20名以上の事業所:従来の「ハリヤナ州店舗商業施設法」の完全な規定が適用されます(第13条)。

・従業員20名未満の事業所:簡素化された新制度(第13A条)が適用されます。これにより、事業開始から1ヶ月以内に労働局へ「オンライン通知(Basic Information Performa ID)」を提出するのみで、従来の手続きは不要となりました。

2. 労働時間と残業規制の柔軟化

企業運営の柔軟性を高めるため、労働時間に関する規制が一部緩和されました。ただし、週の労働時間上限は維持されています。

・1日の最大労働時間:従来の9時間から10時間へ延長されました。

・週の最大労働時間:従来通り48時間のまま変更はありません(第7条(1))。

・休憩時間:休憩なしで連続して労働できる時間が、従来の5時間から6時間へ延長されました(第8条)。

・四半期の残業時間上限:従来の50時間から156時間へと大幅に引き上げられました。

 

【実務上の注意点】

残業時間の上限は引き上げられましたが、残業はあくまで従業員の自発的な意思に基づく必要があり(強制不可)、適切に記録された上で通常の賃金の2倍を支給する必要があります(第7条(2)(a))。就業規則や雇用契約書のレビューを行い、必要に応じて改正条例に適応させることが必要です。

デジタル登録と文書の整備

登録プロセスのデジタル化と、雇用主に対する新たな文書発行義務が導入されました。

・オンライン登録の義務化(20名以上の事業所):

従業員20名以上の事業所は、オンラインポータルを通じた登録をおこない自己認証、およびGPS位置情報の提出が義務付けられました。また、主要な項目(名称、管理者、労働力など)に変更があった場合は、7日以内にオンラインでの報告が求められます。

・従業員への文書発行義務(第20A条、20B条):

全ての雇用主に対し、以下の発行が義務化されました。

  1. 任命書(Appointment Letter):従業員の写真を含む正式なもの(第20A条)。
  2. 身分証明書(Identity Card):所定の事項が記載されたもの(第20B条)。

 

【実務上の注意点】

これまで多くのインド企業では、「任命書(Appointment Letter)」が実質的な「雇用契約書(Employment Contract)」として機能しており、両者はほぼ同義(あるいはAppointment Letterが雇用契約書を兼ねる)として扱われてきました。しかし今回の改正では明確に任命書の準備、もしくは既存の雇用契約書の修正が求められています。インドの商習慣上、任命書は内定受諾後すぐに渡される「雇用の証拠」、雇用契約書は守秘義務や競業避止などを含む法的拘束力のある「包括的な合意」と見做されており、任命書は役職、入社日、給与、試用期間など、基本的な条件のみが記載されているシンプルな書類であることが一般的です。従業員に対してこれまで雇用契約書のみしか発行していない場合は、以下のいずれかの対応が必要となります。

  1. 既存の雇用契約書を改定する: 契約書の表紙や署名欄に「従業員の顔写真」を貼付する欄を設け、タイトルや形式を法令に合わせて調整する。
  2. 別途「Appointment Letter」を発行する: 詳細な雇用契約書とは別に、法令順守用の(写真付きの)任命書を発行し、従業員に交付・受領サインをもらう。

 

罰則の非犯罪化と罰金の引き上げ

軽微な手続き上の違反や経済的な違反については、従来の「禁固刑」が廃止され、「金銭的ペナルティ」へと移行しました(非犯罪化)。一方で、抑止力を維持するために罰金額は引き上げられています。

主な罰則の変更例

違反内容 旧規定(抜粋) 新規定(抜粋)
登録要件の不遵守

(第13条(7))

有罪判決時:

1,000〜3,000ルピーの罰金

初回違反:3,000〜10,000ルピー

2回目:5,000〜25,000ルピー

継続違反:500ルピー/日

記録・台帳の不備

(第20条(5))

違反継続1日につき最大5ルピー 違反継続1日につき最大500ルピー
虚偽記載・隠蔽

(第20条(6))

3ヶ月以下の禁固 または

25〜200ルピーの罰金

初回違反:3,000〜10,000ルピー

2回目:5,000〜25,000ルピー

(禁固刑の廃止)

まとめ

今回の改正は、ハリヤナ州に進出する企業にとって、操業の柔軟性を高める前向きな変更であると言えます。特に、残業時間枠の拡大や1日の労働時間延長は、繁忙期の業務調整へのメリットが大きいと考えられます。一方で、任命書への写真添付やIDカードの発行義務化など、細かなコンプライアンス要件が追加されています。違反時の罰金も増額されているため、各企業におかれましては、自社の就業規則や雇用契約書、各種管理台帳が新法に適合しているか早急な確認が求められます。

当社では、インドの労働法改正に伴う就業規則の見直しや、コンプライアンス体制の構築に関するご相談をお受けしております。お気軽にお問い合わせください。

               

執筆者紹介About the writter

引地 朋美 | Tomomi Hikichi
筑波大学生命環境学部卒業。大手日系企業に入社後、営業部にて日々インド人とコミュニケーションを取る職場環境に身を置き、インドをはじめ、中国、タイ等の海外子会社の経営管理業務に約4年半従事。海外子会社経営の難しさ・大変さを目の当たりにした経験から、インドへ進出する多くの日系企業をより直接的に支援したいと考え当社に参画。現在はインド税務・会計のアドバイザリー業務、およびインド市場調査業務を担当している。デリー在住。