【2025年最新】インド労働法が歴史的再編 | 4つの新労働法典施行で企業実務は移行期へ
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インド政府は2025年11月21日、賃金、労使関係、社会保障、安全衛生を包括する「4つの労働法典(Four Labor Codes)」を全国で施行しました。これにより、従来の29本のインド労働法は原則として4つの法典に再編されましたが、社会保障法典や労使関係法典の一部規定は段階的に施行される予定で、当面は旧法に基づくルールやオンライン申請サイトと並行して運用される移行期間となります。
今回の改革は独立以来最大規模とされており、労働者保護を強化しつつ、手続きの標準化・一本化を通じて企業側のコンプライアンス負担を軽減することを狙っています。労働者・企業・政府を結ぶ制度全体を再構築するこの改革は、在インド日系企業にとっても実務への影響は小さくません。そこで本記事では、今回のインド新労働法典の主な変更点と日系企業が抑えるべき今後の留意点を紹介します。
1. 全国共通の「フロア賃金」、任命書義務化、賃金支払いの明確化
新労働法典では、中央政府が全国共通の「フロア賃金(National Floor Wage)」を定め、その水準を下回らない範囲で各州が最低賃金を設定する仕組みが導入されました。これにより、地域差を残しつつも全国的な最低水準が明確化されます。
また、原則としてすべての労働者に対し、任命書(アポイントメントレター)の交付が義務化されました。賃金の支払期日や支払方法、職務内容、就業場所など、雇用条件に関する必須記載事項については、法典および各州ルールで明示される方向です。これまで雇用契約書を作成・締結してきた企業であっても、任命書に求められる内容を踏まえて文書体系を見直す必要があります。なお、任命書と雇用契約書を必ず別で作成しなければならないかどうかについて、現時点では法令上明確な定めは確認されていません。このため、上記の必須記載事項を網羅していれば、既存の雇用契約書を任命書として位置づける運用も検討可能と考えられます。その場合には、当該文書が任命書としての機能を兼ね備えている旨を明記するなど、法令要件を満たす工夫が望まれます。
入社時の交付タイミングや契約変更時の再発行の取り扱いなど、運用基準を統一し全従業員への適用を徹底することが求められます。
2. 社会保障対象が大幅拡大 ギグワーカーや契約労働者も保護へ
社会保障制度(PF、ESIC、保険、退職金など)の対象は、ギグワーカー、デジタルプラットフォーム労働者、移民労働者、契約労働者、MSME労働者まで拡大されました。退職金については、従来どおり一般労働者は原則5年以上の勤続が必要ですが、有期雇用労働者が1年の勤続で退職金の対象となる点も大きな変更点のひとつです。
また、仲介プラットフォーム企業(配車アプリ、配送サービスなど)は売上の1〜2%をギグワーカーの福利厚生基金として拠出する枠組みが法典上規定されています。もっとも、具体的な拠出率や運用スキームは、今後のルール・通知によって段階的に整備される見込みであり、企業が委託している物流やデリバリー業務にも間接的な影響が生じる可能性があるため留意が必要です。
3. 働きやすさの向上:女性の夜間勤務解禁と健康診断義務化
一定年齢以上の労働者に対して無料の年次健康診断を実施する義務が規定されており、具体的な年齢や頻度は各州ルールで定められます。また、女性は本人の同意と安全対策、州ルールで定める追加要件を満たすことを条件に夜間勤務が可能となりました。企業においては、これまで以上に安全管理体制や社内規程の整備が求められることとなります。
4. 企業手続きの「単一化」による大幅簡素化
従来は労働法令ごとに必要だった各種登録、許可申請、報告書の提出などが、単一登録・単一許可・単一申告制度に一本化される見込みです。これにより、企業は一つの窓口で手続きを完結できるようになり、中小企業を含む事業者全体でコンプライアンス負担が減少する見通しです。企業にとっては、人事労務・法務部門がオンライン申請や更新手続きの新方式に対応する必要がありますが、現時点では多くの州で旧法に基づく登録やライセンス、申告様式が引き続き運用されており、当面は新旧ルールが並行する移行期となります。まずは当該単一化制度の全体像および導入スケジュールを理解し、自社の業務プロセスへの影響を正確に把握する必要があります。
5. 多様な働き手に追い風 職場環境の標準化も加速
ギグワーカーやデジタルプラットフォーム労働者は法的保護が強化され、アーダール番号と連携した「どこへ移動しても利用できる社会保障」を受けられるようになる見込みです。
女性は就業可能な時間帯と職域が拡大し、産業横断で安全基準が明確化されたことで、プランテーション、繊維、鉱山、IT・ITES、港湾などでの職場改善が期待されます。
6. 今後の焦点:各州の運用と本格施行への準備
今回のインド労働法改革は労働者保護と企業の運用しやすさを同時に進めるものではありますが、今後、各州の運用状況や細則の整備状況が制度の実効性を左右していくことになります。今回の改正は「一度対応すれば終わり」という性格のものではなく、州ごとのルール整備やポータル改修の進捗を追いながら、数年かけて段階的にアップデートしていくことになります。
企業各社は、これを機に就業規則や給与構成、契約書、委託業務契約など、労務関連文書の総点検を実施されることをおすすめいたします。
当社でもご相談をお受けしておりますので、お気軽にお問い合わせください。
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執筆者紹介About the writter
日本で貿易会社(輸出)を起業し、14年間会社経営に携わる。輸出商材は建機、自動車・トラック、工作機械を主とし、その他医療器械・ヘルスケア用品・化粧品など、輸出先は65か国。2012年にインド(チェンナイ)にて日印企業間B2B支援の会社を起業。2015年から大手日系製造企業数社での勤務を経て2024年よりGJCに参画。