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週刊インドトピックス

Vol.0104 インド新IT規則をめぐる各ソーシャルメディアの対応

5月26日にインド電子情報通信省(Ministry of Electronics and IT:MeitY)によって施行されたIT規則が波紋を繰り広げています。本記事では新IT規則の概要、規則に対する各ソーシャルメディアの対応、そして新IT規則の懸念点について取り上げていきます。

 

インドの新IT規則とは?

同規則はインド電子情報通信省が今年2月に発表したもので、インド内でのユーザー数が500万人を超える、Google、Facebook、Twitter、Instagram、WhatsApp(※1)、Koo(※2)、LinkedInなどの大規模ソーシャルメディアプラットフォームが対象となっています。

具体的な規則内容には1)苦情処理メカニズムの厳重化、2)プラットフォーム上のコンテンツの積極的監視、3)インドユーザーのための月次コンプライアンスレポートの提出、4)自主規制メカニズムの搭載、5) 電子情報技術省が創設した監視メカニズムに従うことなどがあり、各ソーシャルメディアには同規則に遵守する猶予期間として3か月の期間が与えられていました。

先に挙げた規則にはそれぞれ細かく遵守事項が設定されており、例えば1)の苦情処理メカニズムの厳重化の一部としてインド国内に拠点を置く常駐の苦情処理担当者を任命すること、ユーザーからの苦情は24時間以内に確認され、受諾日から15日以内に対処する必要があること、セクシャルなコンテンツに対する苦情は受諾後24時間以内に該当コンテンツの削除、もしくは投稿ユーザーのアクセス権をはく奪することなどが定められています。

インド政府はこの規則の目的を、『誹謗中傷、画像の加工、性的虐待、その他の明らかな法律違反の虐待コンテンツの被害者となった一般ユーザーを救済するため、そして今後そのような事件を防ぐため』と説明しています。

 

新IT規則に対応しないとどうなるのか?

新IT規則の第79条第1項でソーシャルメディアプラットフォームに対して、『プラットフォーム上で行われた投稿や、第三者の情報、データに対する責任を法的に免除する』との記載がありますが、新IT規則に従わない場合はこの第79条第1項は適用されないようです。

規則の中にも『(規則に従わないソーシャルメディアプラットフォームは)第79条第1項は適用外となり、インド刑法の規定や現行のあらゆる法律に基づいて処罰されるものとする』と明確に記載されています。

 

WhatsAppがインド政府相手に訴訟

新IT規則ではWhatsAppSignal(※3)などのメッセージングアプリに対してトレーサビリティを要求しています。つまり、「発信元」を特定できるようにしなければならないのです。

この要求に対し、WhatsAppは5月25日に『ユーザーのプライバシー侵害』としてインド政府を相手に、デリー高等裁判所に訴訟を起こしました。インド政府はこの行為を反抗的なものとみなし、遵守することを求めています。

トレーサビリティを提唱する人たちは、危険性のある「フェイクニュース」に対抗し、児童ポルノなどの違法コンテンツの発信者を追跡するには、『トレーサビリティが唯一の方法だ』と言うかもしれません。しかしトレーサビリティを導入することにはいくつかの懸念点があります。まず、この追跡を回避するための技術的および非技術的な回避策やハッキングが存在するため、効果が限定的であることが挙げられます。トレーサビリティの義務化が実施されれば、このような回避策は広く出回り、多くの人が使用することになるでしょう。

このような回避策が使われなくてもトレーサビリティには限界があります。例えば、送信者Aが他の場所で見たメッセージのスクリーンショットをWhatsAppで誰かに送信したり、メッセージをコピーペーストしたり、Twitterで何かを見てそのリンクをWhatsAppで転送するとします。このような状況では、世界最高のテクノロジーをもってしても、Aにたどり着くことはできても、それ以上のことはできません。つまり、問題のあるコンテンツの実際の「発信者」には近づけないということです。ここでの問題点は、発信者ではないAが、関連する法律の下で逮捕されたり、訴訟を起こされたりする可能性が十分にあることです。なぜなら、インドの刑事司法制度と技術の限界により、Aのようなはフォワーダーは無意にメッセージの発信者となってしまうからです。

さらにWhatsAppのシステムの観点から見てもトレーサビリティには大きな問題があります。現在WhatsAppはエンドツーエンド(E2E)の暗号化を導入しているため、WhatsApp側からユーザーがどのような内容のやり取りをしているかは分からないようになっています。トレーサビリティを採用するということは、このE2Eの暗号化を解除することを意味します。その場合、インドだけを対象に暗号化の解除をすることはできないため、世界中の暗号化を解除することになりますが、これが実現する可能性はきわめて低いでしょう。実際のところ、E2Eの暗号化解除なしにトレーサビリティを実現することも可能なようですが、世界中で収集・保存しなければならない莫大な量のメタデータがあり、膨大な費用と困難を伴うため、これをすることがWhatsAppにとって経済的に意味を持つとは思えません。

 

GoogleとFacebookなどの見解

この新IT規則ではGoogleも対象となります。同規則に関して、GoogleのCEOであるSundar Pichai氏は声明の中で、『弊社はすべての法律を遵守する。事業を展開しているすべての国の法律を常に尊重し、建設的に取り組んでいる。弊社は明確な透明性の高い報告書を作成しており、政府の要請に応じる場合は嘘偽りない報告書を提出する。』と述べています。

また、先に述べたようにWhatsAppは訴訟を起こしていますが、その親会社であるFacebookは 『IT規則に従い、運用プロセスの導入と効率の向上に取り組んでいる。その中でユーザーが自由かつ安全に自己表現できることを引き続き重視する。』と述べています。

26日に新規則が施行されて以降さまざまな波紋を呼んでいましたが、28日には大多数の企業が名乗りを上げ、規定の一部を遵守する意思を表明したことで、変化が見られました。政府によるとTwitterを除くすべての大手ソーシャルメディア企業(Facebook、Google、LinkedIn、WhatsApp、Koo、ShareChat、Telegramなど)が新IT規則に基づいて必要な詳細情報を提出したようです。この情報には各企業のチーフ・コンプライアンス・オフィサー、ノーダル・コンタクトパーソン(※4)、苦情処理担当者の名前が含まれています。

 

新IT規則をめぐるTwitterと政府の争い

28日に大多数の企業が詳細情報を政府に提出した中で、Twitterのみ詳細を提出しなかったようです。同社はこれに先立って自社プラットフォーム上で新IT規則に関して『我々はインドをはじめとする世界中の多くの人々とともに、グローバルな利用規約の施行に対する警察の脅迫的な行為や、新IT規則の内容に懸念を抱いている』と声明を発表しています。そして、『自由で開かれた公共の場での会話を阻害するこれらの規則を変更するよう主張していくつもりである。我々はインド政府との建設的な対話を継続し、協力的なアプローチを採用することが重要だと考えている』と付け加えています。

これに対し政府は、『条件を指示するのではなく、国の法律を遵守する』よう強く要請しました。この政府の毅然とした対応を受けて、Twitterはインドの法律事務所に勤務する弁護士の詳細を、同社の窓口および苦情処理担当者として共有したと述べています。しかし新規則では、苦情処理担当者は同企業の従業員であり、かつインドの居住者であることを規定しているため、Twitterの外部コンサルタント採用はガイドラインに沿っていないとして、政府はこれを却下しました。31日に政府はTwitterに対して3週間以内に規則に沿った情報を提供するよう要請しています。

 

新IT規則をめぐる今後の展開はどうなるか?

WhatsAppの訴訟は現時点ではどうなるか分かりませんが、もし敗訴し、すべての規則に遵守しなければいけないことになれば同社にとって、インドでのサービスを止めることが賢明な判断になるのではないでしょうか?WhatsApp以外にもインドでのサービス停止を選択したほうが企業にとってメリットがある会社は多くあるように思います。

そうなると、極端かもしれませんが、行きつく先は中国のように自国で開発されたアプリのみの使用を認め、メッセージ内容やソーシャルメディアプラットフォームのコンテンツすべてを監視し、厳しく規制するということになりかねません。個人的にはこれはインドの経済にとっても不利に働くのではないかと思います。

また、昨年スウェーデンのV-Demと米国のFreedom Houseは、モディ政権による市民的自由への攻撃を理由に、インドの民主主義国家としてのランクを下げましたが、今回のIT規則は、真の民主主義国としてのインドの地位をさらに低下させることにつながる可能性があります。

この新IT規則に関する論争はまだしばらく続きそうなので注目して進展を追っていきたいです。

 

※1  WhatsApp:インドでのユーザー3億人越えのメッセージングアプリ。https://www.whatsapp.com/?lang=en
※2 Koo:インドのSNS。それぞれの現地の言語での発信が可能。https://www.kooapp.com/
※3 Signal:アメリカ初のメッセージングアプリ。https://signal.org/en/
※4 ノーダル・コンタクトパーソン:苦情などを受け取り、それを処理側に回す仲介者の役割

 

Source:インド新IT規制の内容とは?
トレーサビリティを採用することの懸念点
新IT規則に関するGoogleやFacebookの見解
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新IT規則をめぐって長引くTwitterと政府の争い