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インドでワインはベジか——FSSAI規制と日系飲食業の実務対策

インドに住んでいると、ベジ・ノンベジという感覚が生活の中に自然と入り込んできます。レストランでメニューを見るときも、スーパーで食品を買うときも、緑のマークと茶色のマークを無意識に確認するようになります。しかし、ある日「あれ、これって大丈夫なの?」という疑問が生まれました。そのきっかけが、ベンガルールに新しくオープンしたPAULで食べたカヌレでした。

本記事をお読みいただくことで、インドのベジ・ノンベジ事情と、カヌレとワインの関係、なぜワインがベジだと言い切れるのか、そしてインド食品安全管理局FSSAIの規制について理解できるようになります。インド在住者の方にとっては食と文化の教養として、インドで飲食業への進出を検討している方には実務上の知識としてお役立ていただける内容です。

インドのベジ・ノンベジ制度——FSSAIマーク・卵の扱い・5億人市場の地域差

ベジ・ノンベジマークの制度と2021年のデザイン改訂

インドでは食品パッケージに「ベジ」か「ノンベジ」かを示すマークの表示が義務づけられています。所管するのはFSSAI(Food Safety and Standards Authority of India:インド食品安全基準局)で、2021年の規則改訂により現行のデザインが定着しました。

  • 緑色の正方形に緑色の円(ベジマーク):植物性原料のみで製造
  • 茶色の正方形に茶色の円(ノンベジマーク):肉・魚・卵など動物性原料を含む

2021年改訂前は円形のマークでしたが、正方形に変更されたことで視認性が向上しました。食品製造・販売事業者はいずれかのマークを製品に表示する法的義務を負います。

卵はノンベジ——ラクト・ベジタリアンという実態と「不殺生」の思想

日本人が戸惑いやすいのが「卵はノンベジ」という扱いです。インドの主流のベジタリアンは「ラクト・ベジタリアン」であり、乳製品(牛乳・ヨーグルト・バター・チーズ)は食べますが、肉・魚・卵は食べません。これはアヒンサー(不殺生)という思想を背景に持ち、卵が「生命の始まり」であることからノンベジに分類されます。

西洋式の「ベジタリアン(ラクト・オボ・ベジタリアン)」と混同すると誤解が生じます。マヨネーズ、卵白を使ったお菓子、エッグドロップスープはいずれもノンベジとして扱われる点に注意が必要です。

人口の30〜40%がベジタリアン——州別格差と飲食業への示唆

インドの人口の30〜40%(約5億人)がベジタリアンとされますが、この割合は州によって大きく異なります。

  • 北インド(グジャラート・ラジャスタン・ウッタル・プラデーシュ):ベジタリアン率が高く、60〜70%に達する地域もあります
  • 南インド(ケーララ・タミル・ナードゥ)・東インド(西ベンガル):魚や肉を食べる文化が根づいており、ベジタリアン率は相対的に低いです

さらに「ベジタリアン」と名乗る方の中にも実践の度合いに個人差があります。出張時だけノンベジを食べる方、ベジとノンベジが混在する厨房を嫌がる方、宗教行事の前後は徹底する方など、グラデーションが広いです。飲食業として進出する場合、立地とターゲット顧客層のベジ比率を事前に把握することが不可欠です。

カヌレが問いかけるもの——ワイン清澄化と動物性成分の意外な関係

ボルドーワインと余った卵黄——カヌレ誕生の背景

フランス・ボルドー地方の菓子「カヌレ(Cannelé)」の起源には諸説ありますが、有力な説の一つがボルドーワインとの関連です。ボルドーのワイナリーでは醸造の最終工程に「清澄化(Fining)」という作業があり、かつてそこで大量の卵白が使われていました。清澄化に使った後に残る卵黄の活用として、カヌレが生まれたという逸話があります。

この話を聞けば、自然に一つの疑問が浮かびます。「ワインそのものは、ベジなのか?」

卵白・魚由来タンパク・ゼラチン——動物性清澄剤がラベルに記載されない理由

ワインはブドウを発酵させた飲料ですが、製造の最終段階で「清澄化」という工程を経ることが多いです。タンニンや酵母由来の微粒子など、ワインを白濁させる成分を取り除くために、動物性タンパク質が使われる場合があります。代表的な清澄剤は以下の通りです。

  • 卵白(Egg white):タンニンに結合して沈殿させます。赤ワインに多用。
  • アイシングラス(Isinglass):チョウザメ等の魚の浮き袋から抽出したタンパク質。白ワインに多用。
  • ゼラチン(Gelatin):動物の皮・骨由来。白・赤ともに使用。
  • カゼイン(Casein):牛乳由来のタンパク質。

ここで重要なのが「加工助剤(Processing Aids)」という概念です。清澄化に使われた物質は、完成したワインにはほぼ残留しないとみなされ、多くの国でラベルへの記載義務が免除されています。その結果、消費者はラベルを見ても動物性成分が使われたかどうかを判断できません。ワインは「ブドウだけ」で完成するわけではなく、その事実は表に出にくい構造になっています。

インドワインがベジ対応する2つの理由——市場の必然と気候の必然

理由①市場の必然——宗教・倫理的に受け入れられない動物性成分

インド国内最大手のSula Vineyards、Grover Zampa Vineyards、Fratelliといった主要ワインメーカーは、自社ワインをベジ対応として製造しています。最大の理由は市場の構造です。

人口の30〜40%がベジタリアンであるインドでは、動物性清澄剤を使ったワインを販売すれば、宗教・倫理的な観点から選択肢から外されてしまいます。インドでアルコール市場を育てるには、最初からベジ仕様で設計しなければ大きな顧客層を取りこぼすことになります。

理由②気候の必然——ベントナイトがインド醸造に不可欠な理由

もう一つの理由は気候条件です。清澄化に使われる非動物性の清澄剤として「ベントナイト(Bentonite)」があります。ベントナイトは粘土鉱物の一種で、タンパク質を吸着して除去する性質を持ち、完全に無機物(植物性)のためベジ・ヴィーガン対応になります。

インドのブドウ産地は高温多湿の環境にさらされることが多く、ワイン中のタンパク質が変性・析出しやすいです。この「タンパク質ヘイズ(Protein Haze)」を防ぐにはベントナイトが特に有効であり、気候的な合理性からもインドワインメーカーはベントナイトを選択しています。宗教的配慮と気候的必然が重なった結果として、インドワインのベジ対応が定着したといえます。

FSSAIの盲点——輸入ワインに茶色マークがなくてもノンベジの可能性がある理由

アルコール飲料はベジ・ノンベジマーク表示義務が免除

ここに規制上の重大な盲点があります。FSSAIのベジ・ノンベジマーク表示義務は、アルコール度数10%以上の飲料には適用されません(Food Safety and Standards (Labelling and Display) Regulations, 2020 第5条4項)。一般的なワインはアルコール度数12〜15%程度のため、この免除規定の対象となります。

つまり、たとえノンベジ原料(動物性清澄剤)を使ったワインであっても、茶色のノンベジマークを表示する義務はありません。逆に言えば、茶色マークが貼られていないことは「ベジである」ことの証明にはなりません。

さらにFSSAIは「残留物ベース(Residue-based)」の判断基準を採用しています。完成品に動物性成分が実質的に残っていなければ、製造過程で使用していてもベジとみなされる可能性があります。ただしこの基準の適用は製品・製造者によって解釈が異なり、消費者が自力で確認する手段は限られています。

「残留物ベース」の規制と2022年ヴィーガン食品規則の適用外

2022年、FSSAIはヴィーガン食品に関する規則(Food Safety and Standards (Vegan Foods) Regulations, 2022)を導入し、独自のFSSAIヴィーガンロゴ制度を整備しました。しかし同規則はアルコール飲料を適用対象外としており、ワインのヴィーガン認証にこのロゴを使うことはできません。

現時点でインドにおけるワインのベジ・ヴィーガン対応を確認する主な手段を整理します。

表示・認証 意味・注意点
緑色のベジマーク(正方形) 植物性原料のみ。ただしアルコール飲料には表示義務なし
茶色のノンベジマーク(正方形) 動物性原料を含む。ただしアルコール飲料には表示義務なし
マークなし ベジともノンベジとも確定できない。製造元への確認が必要
FSSAIヴィーガンロゴ 2022年導入だがアルコール飲料は適用外
メーカーのヴィーガン宣言(自主) 現実的な確認手段。書面または公式サイトの記載で確認

なお、Barnivore(barnivore.com)はワイン・ビール・スピリッツのヴィーガン対応状況をユーザー投稿と製造者への直接問い合わせで集約したデータベースです。インドで販売される輸入ワインの確認にも活用できます(収録状況はブランドによって異なるため、見つからない場合は製造元への直接確認が必要です)。

日系飲食業がインドで押さえるべき3つの実務ポイント

ワインリストは「産地」ではなく「ヴィーガン宣言の有無」で選ぶ

インドで飲食店・ホテル・ケータリング事業を運営する場合、ワインリストの組み方に従来とは異なる視点が必要になります。「フランス産だから品質が高い」という基準だけでなく、「このワインはベジタリアンの顧客に提供できるか」という視点が加わります。

具体的には、仕入れ先ワイナリーに対して書面でベジ・ヴィーガン対応の確認を取ること、またはBarnivoreなどのデータベースで事前確認することが実務上の標準になります。インドワイン(Sula、Grover Zampa、Fratelliなど)は多くがベジ対応であるため、ローカルワインを積極的にリストに入れることでリスクを低減できます。

ワインビネガー・ワインベースソースにも同じリスクが潜む

注意すべきはワインだけではありません。ワインビネガー(wine vinegar)やワインを使ったソース・マリネ液にも、同じ清澄化に関するリスクが存在します。製造元がヴィーガン対応のワインを原料として使っているかどうかは、製品ラベルからは読み取れません。

調理用のワインビネガーやドレッシングについても、調達先への確認を取ることが望ましいです。特にベジタリアン・ヴィーガン向けのメニューを提供する場合は、原材料チェーン全体でのベジ確認が必要になります。

「茶色マークがないから大丈夫」を社内判断基準にしない

最も避けるべき誤解が「茶色のノンベジマークが貼られていないから、このワインはベジだ」という社内判断です。前述の通り、アルコール飲料にはマーク表示義務がなく、マークの有無はベジ・ノンベジの証明になりません。

社内マニュアルや仕入れチェックリストに「アルコール飲料はFSSAIマークによる判断不可。製造元への確認またはデータベース照合を必須とする」という一項を加えることで、現場スタッフの誤判断を防ぐことができます。インド人スタッフも必ずしもこの盲点を知っているとは限らないため、明文化して周知しておくことが重要です。

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