Vo.013 : ベンガルールで充電中!インドのEV市場の “今”
1. はじめに
インド政府は、2030年の新車販売台数のうち、四輪車(乗用車)の30%、商用車の70%、二輪車及び三輪自動車の80%を電気自動車(以下:EV)とする目標を掲げ、EV関連の優遇政策をいくつか実施しています。筆者の在住する南インドのカルナタカ州ベンガルール市内でも特にこの1年(2022年〜2023年)でEVが街中を走っているところをよく見かけるようになりました。少なくともベンガルール市内においては、EVは珍しいものではなくなったとの印象です。本記事では、インドのEV市場の”今”を現地(主にベンガルール市内)の様子を交えてご紹介いたします。
2. 今後も拡大が期待されるインドの自動車市場
本題に入る前にインドの自動車市場全体の概況をご紹介したいと思います。2022年(22年1月〜22年12月)のインドの国内新車販売は、日本を超えて、初の世界第3位となりましたが(*1)、年度ベース(2022年度(22年4月〜23年3月))のインドの国内新車販売台数も約485万台で過去最高となり(*2)、同期間中の日本の国内新車販売台数である約438万台(*3)を上回りました。また、2022年度(22年4月〜23年3月)のインドの国内二輪車販売台数は、約1586万台(*2)であり、同期間の中国の約1650万台(*4)に次いで世界第2位です。
また、英調査会社ユーロモニターの調査によると、それでもなおインドの乗用車世帯保有率は8.5%と低く、人口がほぼインドと同等の中国が40%(*5)(なお、日本の乗用車世帯保有率は約80%(*6))であることを考えると、インドの自動車市場全体が今後も大きく拡大していくことが予想されます。
3. 急成長するインドのEV市場
前述のとおりインドの自動車市場全体の更なる成長が見込まれるなかで、インド政府は、2030年の新車販売数のうち、四輪車(乗用車)の30%、商用車の70%、二輪車及び三輪自動車の80%をEVとする目標を掲げています。実際にこの数字を2030年までに達成できるかどうかは賛否が分かれるところではありますが、着実に当該目標に向かって前進していることは確かです。
実際にインド電気自動車工業会(SMEV)の発表している資料を確認してみると、2022年度(22年4月〜23年3月)のインドの国内EV新車販売台数は、前年度比約2.4倍の4万8105台、同期間のインドの国内EV二輪車の販売台数は、前年度比約2.9倍の72万7370台(*7)と急速に成長していることがわかります。
また、冒頭に申し上げましたとおり、筆者の肌感覚でもEVであることを示す緑色のナンバープレートをベンガルール市内で見かけることが多くなりました。なお、電動二輪車については、市民権を獲得しつつあり、もはや珍しいものではなくなったとの印象です。
また、フォーチュンビジネスインサイト社の調査(*8)によると、インドのEV市場は、2029年までに1139億9000万米ドルに達し、同予測期間中(2021年〜2029年)の年平均成長率は66.52%となると予想されています。
インド国内のEV販売台数表(種類別、年度別、及びその合計):
引用:インド電気自動車工業会(SMEV)ウェブサイト(2023年6月現在)(*7)
4. インド政府のEV優遇政策
インド政府は、前述した2030年までの目標達成のために、以下のご紹介するようなEV関連事業者やEV購入者向けのいくつかの優遇政策を実施しています。また、ここでご紹介する施策以外にも、各州政府が独自にEV普及のための施策を実施しています。
4-1. FAME II(Faster Adoption and Manufacturing of EVs in India Phase II)
FAME IIは、インド国内EV普及促進プログラムです。EV購入者向け補助金に約850億ルピー、充電インフラ整備に約100億ルピーの予算が当てられています(*9)。
EV購入者向け補助金例:
種類 | 対象台数 | バッテリー
容量目安 |
補助金
*1kwh当たり |
補助金上限 |
二輪 | 100万台 | 2kwh | 1万ルピー | 車体価格の15% |
三輪 | 50万台 | 5kwh | 1万ルピー | 5万ルピー |
四輪 | 3万5000台 | 15kwh | 1万ルピー | 15万ルピー |
バス | 7090台 | 250kwh | 2万ルピー | 500万ルピー |
出典:インド重工業省ウェブサイト(2023年6月現在)(*9)
4-2. PLI(Production Linked Incentive Scheme:生産連動型優遇策)
インド政府は国内製造業を振興する目的で、特定の分野の製造業を対象にPLI(Production Linked Incentive Scheme:生産連動型優遇)という優遇政策を実施しており、EVやEVに搭載するバッテリーもこの対象(*10)となっています。
4-3. EVのGST税率
ICE車(エンジン車)はGST税率が28%なのに対して、EVのGST税率は5%(*11)となっています。
4-4. 道路税や登録税の免税や減税
州によってはEVの道路税や登録税が免税または減税になります。
4-5. EVをローン購入した際の所得税法上のメリット
インド所得税法80EEB条に基づいてEV購入時のローンから最大15万ルピーが減免されます。
5. インドEV市場の主なプレイヤーと市場シェア内訳
5-1. 四輪電気自動車
2022年度のインド国内の四輪電気自動車のメーカー別シェアランキング(*12)(*13);
1. タタモーターズ(市場シェア:約80%)
2. MGモーター(市場シェア:約10%)
3. BYD(市場シェア:約3%)
4. 現代自動車(市場シェア:約2%)
5. その他(市場シェア:約5%)
(1) タタモーターズ
インドのEV市場のシェアのほとんどをタタモーターズのTata Nexon EVとTata Tigor EVという2つのモデルが占めています。筆者の肌感覚ですが、ベンガルール市内で最も見かけるモデルもこのTata Nexon EVになります。タタグループは、グループ傘下のITサービス企業タタコンサルタンシーサービシズがEV関連システムの開発、タタパワーが充電インフラの整備、同じくグループ傘下企業がグジャラート州でEV向けリチウムイオン電池製造工場設置を計画(*14)しているなど、グループ総出でEV市場での競争優位を高めるべく、施策を打っています。
Tata Nexon EVの広告:
(2) MGモーター
前述したタタモーターズの2モデルの次に最も売れているEVがMGモーターのMG ZS EVになります。こちらも最近はベンガルール市内でよく見ます。同社は、2028年までにインドでの売上高の4分の3をEVでまかなうという計画を立てており、500億ルピー(約820億円)を投じて、インドでの生産台数を年間30万台にまで増やすEV製造用の第2工場を建設し、西部のグジャラート州にはバッテリー組み立て工場を建設しています(*15)。
MG ZS EVの広告:
5-2. 電動二輪車
2022年度のインド国内の電動二輪車のメーカー別シェアランキングは以下(*12)(*13);
1. オラ・エレクトリック・モビリティー(市場シェア:約21%)
2. オキナワ・オートテック(市場シェア:約13%)
3. ヒーロー・エレクトリック(市場シェア:約12%)
4. アムペア・エレクトリック(市場シェア:約11%)
5. その他(市場シェア:約43%)
(1) オラ・エレクトリック・モビリティー
タクシー配車アプリを運営するOlaが販売する電動二輪車が、インドで最も売れている電動二輪車になります。同社のウェブサイト(*16)によると、同社は50都市以上に500ヶ所以上の充電所を設けています。
Ola S1とS1 Proの広告:
6. ベンガルール市内の様子
6-1. 街中を走るEVの様子
EVが街中を走っているところを日常的に目にするようになりました。左側の写真はタタモーターズのXPRES(エクスプレス)―T、右側はタタモーターズのTata Nexon EVです。
6-2. 充電インフラ
ベンガルール市内のタタグループのEV充電所になります。タタグループ傘下企業であるタタパワーが、充電所とTata Power EZ Chargeという充電所案内アプリを提供しています。なお、タタグループ傘下企業である、ザ・インディアン・ホテルズ・カンパニー(タージ・ホテル、ビバンタ・ホテル、ジンジャー・ホテル等のホテルブランドを抱える)のホテルの敷地も利用して積極的に充電インフラを整備しています。
画像:Tata Power EZ Chargeアプリのスクリーンショット
ビバンタ・ホテル内の充電スポット
6-3. タタモーターズのショールーム外観
店入口の広告からもEVの販売に特に力を入れていることが伝わってきます。
6-4. オラ・エレクトリック・モビリティーのショールーム外観
前述したオラ・エレクトリック・モビリティーもベンガルール市内中心部にショールームを構えています。筆者は本ショールームの近辺に住んでいますが、週末はいつも試乗客等で賑わっています。同店の店頭は、充電所にもなっています。
6-5. エイサーエナジーのショールーム外観
エイサーエナジーは、ベンガルール市に本社を構える電動二輪車メーカーです。前述のインド全土メーカー別シェアランキングにはランクインしていませんが、ベンガルール市内では、同社の電動二輪車を見かけることが多いように思います。ちなみに某日の(弊社がベンガルール事務所を構える)WeWorkの屋外駐輪場に停めてあるバイク30〜40台のうち、5台が電動二輪車であり、そのうち4台はエイサーエナジーのもの、1台がオラ・エレクトリック・モビリティーのものでした。
6-6. EV配車サービスによるエアポートタクシー
ブルースマート・エレクトリック・モビリティは、デリー首都圏地域とベンガルール市でEV配車サービスを提供しています。同社は2022年からケンペゴウダ国際空港(ベンガルール国際空港)でもサービスを開始しており、最近ではベンガルール市の街中でもよく見かけるようになりました。また、2022年から2021年10月にタタモーターズが同社と「XPRES(エクスプレス)―T」を3500台結ぶ契約を結びましたが、2022年6月には、同車種を1万台追加納入する契約を締結したと発表しています(*17)。
画像:同社配車アプリのスクリーンショット
同社のケンペゴウダ国際空港(ベンガルール国際空港)の乗車場の様子
6-7. ホンダ・パワーパック・エナジー・インディア社のバッテリーシェアリング事業
ホンダ・パワーパック・エナジー・インディア社は、市内で電動二輪および三輪車向けのバッテリーのシェアリングサービスを開始しています。同社はバンガロール・メトロ公社とも協業し、メトロの主要駅にバッテリー交換ステーションを開設しており(*18)、筆者の利用する最寄りメトロ駅にも同ステーションが設置してあります。また、ホンダ・モーターサイクル・アンド・スクーター・インディア社は、2024年にインドで人気の二輪車アクティバのEV版(バッテリー固定式)に加えて、バッテリー交換式の電動二輪車の発売を計画していると発表しています(*19)。本田技研工業社は、交換式バッテリー規格の国際標準化を目指して、日欧の同業他社数社と交換式バッテリーコンソーシアムも設立(*20)しており、このバッテリー交換タイプは、激しい競争が繰り広げられているインドの電動二輪車市場においてゲームチェンジャーになるかもしれません。
ホンダ・パワーパック・エナジー・インディア社公式YouTube動画
7. まとめ
インド政府の野心的な目標とEV優遇政策によって、インドのEV市場を取り巻く環境は、日々劇的に変化しています。また、その変化を街中で直近に感じることも増えてきました。現状、EV四輪車においてはタタモーターズが圧倒的シェア1位、EV二輪車はオラ・エレクトリック・モビリティーがシェア1位となっていますが、その他インド地場メーカーに加えて、中国系を含む外資系メーカーもインドのEV市場進出に積極的であり、今後はより激しい競争が繰り広げられるでしょう。また、EV周辺のユニークなサービスについても、市場の拡大とともに今後益々発展していくことかと思います。今後もインドのEV市場の動向には目が離せません。
参照元データを見る
(*1)日経新聞電子版記事
(*2)インド自動車工業会ウェブサイト
(*3)日本自動車会議所ウェブサイト
(*4)McD記事
(*5)三井住友DSアセットマネジメント株式会社:世界第3位に浮上したインドの『自動車販売台数』
(*6)日本自動車工業会ウェブサイト
(*8)GlobeNewswire記事
(*9)インド重工業省ウェブサイト
(*10)ET Government記事
(*11)Clear Tax記事
(*12)India Today記事
(*14)JETROビジネス短信
(*15)ブルームバーグ記事
(*17)The Economic Times記事
(*18)E-VEHICLE INFO記事
(*19) EXPRESS DRIVES記事
(*20)BatteriesNews記事
執筆者紹介About the writter
学生時代に2015年~2018年の3年間、在ベンガルール日本国総領事館にて在外公館派遣員として勤務。その後、インド大手ITサービス企業の日本法人に入社し、製造実行システム導入の構想策定プロジェクトへの参画や提案活動に従事。インド進出日系企業の支援に関わりたいとの想いから、2022年に当社に参画し、再びベンガルールへ移住。現在は会社法を中心とした企業法務や労務、インド市場調査業務を担当。