vol.004 コロナ禍で注目を集めるインド国内EdTech市場
1.ミドルクラスの台頭
インドではここ10数年で中間層いわゆるミドルクラス(※年間世帯所得が4,000~4万ドルの所得層と定義)が爆発的に増えています。
2019年1月の世界経済フォーラムで発表された調査結果によると、2005年のインド総世帯数の30%が中間層であったのに対し、2018年はその比率が54%(数にして1億5,800万世帯)にまで増加しています。世帯所得が4万ドル(約440万円)を超える富裕層は同じ13年間で1%から3%、数にして800万世帯へ増加しています。
反対に、年間世帯所得が4,000ドル以下(約44万円以下)の低所得者層は同じ期間で69%から43%に減少しています(それでも世帯数1億2,700万と決して少なくはないのですが)。[1]今後も、中間層と富裕層人口のさらなる増加が予想されています。
2.なぜインドでは教育が大きな産業になっているのか
話は変わりますが、知り合いのインド人に、「インドでは、誰もがまずはエンジニアか医者になり、その後やっと人生が始まる」というジョークを聞いた事があります。
インドで上位中間層以上に属する人々の間では良い学校へ行き、良い職につき、良い収入を得ることがかなり重要視されており、一般的にかなり教育熱心であるといえます。(IT産業の急成長と共に名門工科大学卒のITエンジニアは医者と同じ位、またはそれ以上の成功を約束される職業とされています)
しかし、エンジニアや医師という職業を選択できるレベルに到達するまでのプロセスにおいて、子供たちの教育には大きなステップがあります。インドでの高等教育は通常英語のみで行われるので、まず英語ができるかどうかが質の高い教育を受けられるかどうかを左右します。
そのため、少なくとも上位中間層以上はEnglish Mediumと呼ばれる英語で授業を行う私立の学校ですべての教育を英語で受けることが一般的です。そして、インド国内のティア1(人口400万人以上)とティア2(人口100万人~400万人未満)の都市において、英語で教育を受けている子供のほとんどが、競争率の高い大学の入学試験のために学習塾や家庭教師などによる学校外教育を受けており、インド英字新聞The Times Of Indiaの記事によると、インドの家庭で子供に学校外教育を受けさせるために使われる教育費用の市場規模は、年間総額約2,500億ルピー(約3,600億円)にも上ると言われています。
3.コタと予備校産業
ラジャスタン州に、全国から大学入試を控えた高校生が集まるコタ(Kota)という小さな町があります。コタは2000年以降、恐らくインドでも最も難易度と競争率の高いIIT(インド工科大学)と医学部入試のための予備校の町として有名になりました。
「ダミースクール」とよばれる、2~3年出席をせずに高校に在籍することができ、その代わりに入試の勉強をする、という手法をとった寮つきの予備校を一大産業としており、コタはこの産業で年間150億ルピー(日本円で約215億円)の売上高を上げているといわれています。2019年にはインドWeb番組動画配信のThe Viral Fever(TVF)によりコタで予備校に通う高校生の寮生活や勉強へのプレッシャーを描いた「Kota Factory」というドラマが配信され、ミレニアル世代に人気を博しました。
コタ内の予備校の他にも、Brilliant Tutorials(チェンナイ)、ACE(チェンナイ)、BASE(バンガロール)、FIIT-JEE(デリー)等の予備校が有名ですが、日本でいうとZ会、駿台、代々木ゼミナールといったところでしょうか。
4.オンライン授業への移行
2016年に通信キャリア大手Jioの出現により革命といわれるほどインターネット、とくにモバイルデータ料金が格段に安価になったこと、またその手軽さから教育サービスのオンライン化、EdTech(エドテック※)の成長は順調にすすんでいましたが、コロナ禍でインド政府が厳格なロックダウンを開始したことでさらなる後押しを受けることとなりました。
BW Businessworldの記事によると、2020年9月までの2年間だけで435社ものEdTechスタートアップが生まれています。また、インドの大手スタートアップメディアInc42社によるとEd Techの分野は年平均成長率39%で成長しており、2020年だけで14億ドルの資金調達を集めました。教育費の支出には躊躇しない中間層の人口拡大も手伝って、今後も順調に需要が拡大し成長していくサービスであるといえるでしょう。
※:EdTech(エドテック)とは、Education(教育)とTechnology(技術)を組み合わせた造語で、テクノロジーによってもたらされる教育分野の変革やその市場のことを指します。
5.注目のEd Techスタートアップ
インドで注目のEd Techスタートアップを5社に絞って紹介します。
(1)BYJU’s
BYJU’sは9歳~23歳までの学生をターゲットにした、恐らくインドで最大かつ最も有名なオンライン学習プラットフォームです。学校のテストや大学入試、MBA入試等の対策ラーニングを提供しており、2011年に創業してからいち早く低価格でオンライン授業やテストのコンテンツを配信しています。
また、アプリで親が子供の勉強の進捗状況を追跡する機能を搭載しています。
2020年11月、同社の評価額は120億ドルとされています。
(2)Unacademy
元々はYouTubeチャンネルとしてスタートし、現在は15歳以上の学生をターゲットに様々な大学入試や修士レベルの入試対策コンテンツを提供するプラットフォームです。毎日約15,000本のオンライン授業が配信されており、学生は無制限でオンライン授業にアクセスすることができ、メンターを選ぶことができます。
2020年11月、同社の評価額が20億ドルに達したとして話題になりました。
(3)Doubtnut
主に11歳~17歳の学生をターゲットとしており、アプリ内で画像認識技術を使用して数学や科学の問題の解答を提供しています。ユーザーが問題の写真をクリックしてアップロードするだけで、アプリが10秒以内に回答してくれます。
2020年にBYJU’sがDoubtnutと買収交渉中であると報道されて話題になりました。
(4)Upgrad
2015年に創業、大学生や社会人向けに、MBA、マーケティング、データ分析、プロダクトマネジメント等の業界に関連した学習プログラムをオンラインで提供しています。2021年2月、一億ドルの資金調達に向けてシンガポール政府系ファンドTemasekと国際金融公社と交渉を開始していると報道されています。
(5)Classplus
Classplusはフリーランスの塾講師と学生がメッセージ、宿題、オンラインテスト、ビデオ講義などを共有するためのプラットフォームを提供するスタートアップで、「シリーズA」ラウンドで2,300万ドルの資金を調達しました。過去1年間で、同社はほぼ10倍に成長しており、同社によるとインドだけでなくアジア諸国のユーザーもいるそうです。
参照元データを見る
Future of Consumption in Fast-Growth Consumer Markets: INDIA
Families spend Rs 25k cr for private tuition of kids
‘School system is the reason why Kota will remain necessary evil’
Kota’s success in NEET fuels boom in coaching institute business
Kota Factory
IIT-JEE coaching institutes
https://bengaluru.citizenmatters.in/1242-bengaluru-iit-jee-preparation-1242
EdTech Market Is Booming In India
http://www.businessworld.in/article/EdTech-Market-Is-Booming-In-India-/20-09-2020-322696/
Startup Watchlist
Byju’s in talks for fresh $200 million fund-raise
Unacademy valued at $2 billion
Indian edtech giant Byju’s in talks to acquire Doubtnut for more than $125M
https://www.techiza.in/2020/06/indian-edtech-giant-byjus-in-talks-to.html?m=0
Exclusive | Temasek in talks to back Ronnie Screwvala’s upGrad at valuation of nearly $500 million
執筆者紹介About the writter
2014年より北インドグルガオン拠点の現地日系企業で法務や総務、購買等を中心とした管理業務を経験後、インドの法務および労務分野の専門性を深めるべく2018年に当社に参画し、南インドチェンナイへ移住。現在は会社法を中心とした企業法務や、労働法に基づく人事労務関連アドバイス、インドの市場調査業務を担当。2023年3月に退職。