Indian Market "Insight"

インド市場の”今”を知る

Vo.014 : 月面への新たなる足跡 インドの“宇宙産業”が切り開く未来!

1. はじめに

「え、なんで皆拍手してるの!?」、私がインドで行っているインターンシップの出張でバンガロールの空港からチェンナイの空港に到着した時のことです。インド人機長のアナウンスを聞いた乗客は一斉に、「おおー!」という喜びの声を挙げました。

アナウンスの内容を聞くことが出来なかった私は「なぜ乗客全員が歓喜しているのか」、全く分からないまま、煩わしい気持ちでホテルに着きました。そして、次の日になりその理由を知ることになります。

インドの無人探査機「チャンドラヤーン3号」が月面着陸に成功したという内容の記事を見て、私はハッと昨日の機内アナウンスを思い出しました。あの時の歓喜は、「チャンドラヤーン3号」がインドで初めて月面着陸を成功させたことに対するものだったのです。(*2)

インドの宇宙産業は私たち日本人が知り得ている以上に発展しています。触れる機会の少ない情報なため、知らないのが当たり前ですが、今後成長していく産業であることは間違いありません。それを前提として、この記事ではインドの宇宙産業の現状と将来性について「チャンドラヤーン3号」というキーワードに触れながら考察していこうと思います。

2. 世界の宇宙産業

ではまず、世界基準で宇宙産業がどれほど進歩しているのかを把握しましょう。現在の宇宙開発関連の事業規模は約4200億ドル(およそ60兆円)に及び、2040年頃には表の通り約1兆ドル(およそ150兆円)まで成長することが予想されています。

(*3)

世界全体の宇宙産業の内訳をみると、ロケットや人工衛星の製造に関する「宇宙インフラ市場」は全体の約5%程度で、最も大きい市場としては全体の約30%を占めている「衛星サービス市場」が挙げられます。

「衛星サービス市場」とは、人口衛星を活用したデータ配信、通信、取得等のサービスを指しており、具体的には地球観測のようなリモートセンシングや宇宙インターネットなどのサービスが該当します。(*4)

また、地球の軌道上を回っている人工衛星の数を国別で比べると以下のようなランキングになっており、やはり近年では宇宙大国アメリカが群を抜いて成長しています

人工衛星数ランキング(*5)

順位 国名 人工衛星数
1位 アメリカ 3415基
2位 中国 535基
3位 イギリス 486基

アメリカではここ10年で民間企業による宇宙開発が驚くほどのスピードで成長しており、その要因としては、Space X社やPlanet社の成功がターニングポイントになったと思われます。

これらの企業に触発されたスタートアップ企業が非常に多く出現し、宇宙産業で「民間資金を活用した商用化の推進」という新たな時代が訪れたことによる、多額の民間投資が凄まじい成長を支えていると言えるでしょう。

これらのような民間主導型の宇宙ビジネスは「New Space」と呼ばれており、彼らこそが今後の宇宙産業の市場拡大を牽引する存在となっています。(*6)

3. インドにおける宇宙産業の現状

では、世界基準で宇宙産業の成長が目を見張るものになっている中、インドの宇宙産業はどのような現状にあるのでしょうか。

1886年にアメリカのボストン州で設立された世界最古の戦略コンサルティング企業アーサー・D・リトルによると、インドの宇宙産業における市場規模は現在、約80億ドル(およそ1兆2000億円)と評価されており、世界全体の宇宙産業に対する割合では2%程を占めていることが分かりました。(*7)

また、世界で第6位の国家宇宙機関であるISRO(インド宇宙研究機関)は、2023年の7月14日に「チャンドラヤーン3号」を打ち上げた後、同年の8月23日に月面着陸を成功させたことが報告されています。

これまでに、月面着陸を成功させたのはアメリカ、ロシア、中国の3か国だけでした。そのため、インドは4番目の国として月面着陸に成功しており、特に近年「水氷が存在している」として注目されていた月の南極域に着陸したのは世界初だったとのことです。(*8)

そもそも、「チャンドラヤーン3号」の目的は何なのかというと、以下のような3つがインドの宇宙機関ISROによって明示されています。

(1)月面での安全な着陸の実証

この実証により将来的な月面ミッションにおいて、着陸の安全性が向上し、貴重な探査機の破損や打ち上げリスクを抑えることが可能になります。また、機体にはランダーモジュール(LM)といって、高度や速度を測定する機器や着陸前に月の形状を正しく判断するためのレーザーセンサーが搭載されているので、障害物に衝突するといったリスクが最小限に抑えられています。

(2)月面でのローバー走行の実証

ローバー走行の実証は、月面での探査と科学的な活動において必要不可欠なステップであり、月面の謎を解明し、有用な情報を提供するための重要な手段です。以下の図は、月面への軟着陸を可能にするランダーモジュールから、科学分析を実行するローバーが展開される際のイメージです。

(*9)

(3)イン・シチュ科学実験の実施

イン・シチュ科学実験とは、その場所の環境下において行われる科学実験のことを指しており、月面での環境や条件を利用してデータを取得することが求められます。例えば、地質学・生態学・水文学などにおいては、理論的なモデルや研究室での実験だけでは不十分なため、実際に現地に赴いて自然のプロセスを理解するといった方法が一般的です。

「チャンドラヤーン3号」の宇宙空間での軌道としては、それぞれの天体の重力を使った打ち上げ方法が採用されており、その際には「チャンドラヤーン3号」を構成しているランダーモジュール・推進モジュール・ローバーの内、推進モジュールがロケットエンジンを使用して宇宙空間への突入といった役割を担いました。

(*10)

着陸の翌日には、ISROによって「チャンドラヤーン3号」のすべてのシステムは正常に作動しており、計画についても予定通り行われていると報告されています。

4. インド政府と民間企業の関わり

このように、世界規模で大きな一石を投じているインドの宇宙産業ですが、現在のインド政府とスペーステック系スタートアップ企業はどのような政策に基づき宇宙産業全体を成長させているのでしょうか。

これまでの宇宙産業は、どの国を見ても政府事業から始まっています。アメリカだとNASA、日本だとJAXA、インドだとISROというように、国家予算を注ぎ込む場合がほとんどでした。

しかし、近年のトレンドとしては記事の初めに述べた通り、民間企業が活躍する新たな時代になりつつあります。このような動きは、テクノロジー、民間資本、規制緩和の融合フェーズでスペース4.0と呼ばれており、今後、新たなチャンスと脅威が生まれると考えられています。

宇宙産業のこれまでの発展と未来

出典: European Space Agencyの情報をArthur D. Littleが分析

そういった変革期の中で、インド政府としてもより民間企業の参入を促すべく、GST評議会(インド間接税制に関する組織)が民間企業のロケット打ち上げに掛かるGSTの支払いを免除することを発表しました。

この発表は、「チャンドラヤーン3号」の打ち上げから2日後だったこともあり、現在インド国内に存在する約150社のスペーステック系スタートアップ企業にとっては目を疑うほどの朗報だったと思われます。

2022年11月にインド初の民間ロケットを宇宙に打ち上げたSkyroot Aerospace社のCEOパワン・クマール・チャンダナ氏はこの政策に対して、「以前は、税制の免除処置はニュースペース・インディア社(ISROの商業部門)にしか適用されていなかった。それ故、民間企業にも適用されることになったのは心強いです」と述べており、このような税制緩和が民間企業の成長を飛躍的に促すことは間違いないと思われます。(*11)

5.インドの宇宙産業の未来

インドの宇宙産業に賭ける予算は、2015年から2020年にかけて年平均15%ずつ増加しており、着実に成長しています。株式投資でいう複利のように、関数曲線をイメージすると今後のインドにおける宇宙産業は規制緩和と民営化という追い風も相まって、目覚ましい成長を遂げることが期待できます。

インド政府の宇宙産業予算に関する規模推移

出典: Bryce, Business Standard, ISRO

宇宙大国を目指すインドとしては、「チャンドラヤーン3号」の成功や「衛星製造や衛星インターネットにおける民間活動」の促進など、注目度の高い成果を出すことで国際的な枠組みの中で発言権を持つことも目標としています。

また、今後の宇宙戦略としては2024年以降に火星軌道船ミッションである「マンガルヤーン2号」の打ち上げを計画しており、さらに今後5年以内の金星への到着も目指しています。

これらのミッションの成功を前提に2030年にはインド独自の宇宙ステーションを確立する予定です。 正直なところ、規模が大きすぎて私の頭では将来的にどれほどのスピードで宇宙産業技術が進化していくのか想像もつきません。

しかし、アーサー・D・リトルの調査によると、以下の3つにインドの宇宙戦略が分類されると報告されています。

インド政府の宇宙戦略の焦点

出典: Arthur D. little の分析

これら3つの目標を明確に持つインド政府は、国際競争力を高め、宇宙分野の商業的機会を獲得するためには民間投資が必要であると認識しています。

インド国内に多く存在する才能のある人材が積極的に宇宙産業分野に参加できるようにするためにも、今後も宇宙分野の規制緩和と民営化を重要視して進めていくことでしょう。(*12)

6. まとめ

この記事では、グローバルな宇宙産業の現状、インドにおける政府と民間企業の協力、インドの宇宙産業の未来といった内容について「チャンドラヤーン3号」というキーワードをベースに考察してきました。

この記事を書くまで、宇宙産業というトピックに関してあまり興味を示すことが無かった私ですが、色々な記事から情報を得る中で宇宙産業というのは人類をまた一歩前進させる驚異的な潜在能力のある分野だということが分かりました。

日本でも、2019年に公表した「宇宙産業ビジョン2023」で国内の宇宙産業の市場規模を2030年代初頭までに2兆4000億円に倍増する計画を打ち出しており、国として宇宙開発を強化する方向性を示しています。(*13)

参入のタイミングは見極めるべきですが、「人類の限界を突破する」といった意味では宇宙産業という領域はロマンを追い求める起業家と相性が良いのかもしれません。

               

執筆者紹介About the writter

橋口悠雅 | Yuga Hashiguchi
明治大学商学部会計学専攻。貿易・物流ゼミにてゼミ長を務め、リーダーという役割の苦労・やりがいを経験。また、教育業界におけるデジタルインフラ統合をビジョンとした EdTech ベンチャー企業でインターン生として約半年ほどリサーチ・翻訳業務を担当。その後、グローバルな環境でも活躍できるビジネスパーソンになるため、大学を休学し、南インドの当社バンガロール事務所にてインターシップをスタート。市場調査や在インド日系企業・インドスタートアップ企業へのインタビュー等を通じて、インド市場や投資環境、最新のDX動向に関する記事・コラムの作成に携わる。インターンシップの傍ら、USCPAの資格取得に向けた勉強に取り組み、将来的には日本を代表する実業家になりたいと考えている。