インドM&A「買った後」のリスク|DD・表明保証・補償・GAAR対策を解説
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インドM&Aは「買うまで」の設計だけでは完結しません。本記事では、インドM&Aの手続きの中で絶対に知っておくべき「買った後に効いてくるお守り」というテーマで、法務デューデリジェンス(DD)で何を暴くべきか、表明保証・補償で自社をどう守るか、クロージング固有の手続き、そして税務・競争法に潜む「見えない爆弾」を回避するための実務を解説します。
最初に怖い話をさせてください。イギリスの通信大手ボーダフォンが、2007年に、インドの携帯会社の株式持ち分を間接的に手に入れました。このとき彼らは、インドの会社の株を直接買ったわけじゃなくて、ケイマン諸島にある会社の株を、香港の売主から買う、という形を取っています。買収額は約110億ドル。「ざっくり言うと、イギリス系企業が香港系企業からケイマン諸島の会社の株を買った」という話なので、インドぜんぜん関係ないやんと思いますよね。
ところが、インドの税務当局が約20億ドルもの支払いを追徴課税してきたわけです。「その株の実質的な価値は、インドにある通信事業から来ている。だからこれはインドで課税されるべき取引だ」。インド税務当局はこう主張してきたわけです。しかも、この株式を売って儲かった売主側ではなく、110億ドルものお金を払った買主側——つまりイギリスのボーダフォンに課税を主張してきています。この後、税務訴訟に発展して高等裁判所では一度ボーダフォンが敗訴するんですけど、最高裁では逆転してボーダフォンが勝ちます。にもかかわらず、インド政府は税制改正をしてまで、しかもこの取引に対して遡って、遡及的に課税するという理不尽極まりないことをやります。このボーダフォン事件は「タックス・テロリズム」とまで言われましたが、ボーダフォンも徹底抗戦をして、最終的には10年以上かけてようやく国際仲裁で権利を勝ち取りました。
最終的に勝ったならいいやん、という話ではないですよね?海外で賢く買ったつもりが、後から税制改正をしてまで遡って追徴課税してくる。最終的に勝つまでに莫大なコストがかかっていることは明らかです。これはあくまで一例ですけど、こういったことがインドM&Aの「見えない爆弾」として見え隠れします。そこで今回の記事では、M&Aの際に実施される法務デューデリジェンス(法務DD)で何を見るべきか、契約の表明保証と補償で自社をどのように守るべきか、そしてインド特有の税務と競争法のリスクをどう回避すべきか、こういった”買った後に効いてくるお守り”について解説してみたいと思います。
法務DDで”暴くべきもの”——情報が出てこない前提で戦う
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まず、株を買った後に地獄を見ないための最初の関門が、法務DDです。前回の動画で触れたエティサラットの件も、突き詰めれば「買った会社のライセンスの取得経緯が不正だった」という事実をDDで見抜けなかった、という話でもありますよね。
インドのDDでは重点的に見るべきポイントがいくつかあります。まず、そもそもその株を有効に取得できるのか、という点です。外資規制もそうですし、譲渡制限とか過去の株式発行・譲渡においてちゃんとインド準備銀行RBIに対して届出ができているかとか、こういった点で抜け漏れがあると、買った後にトラブルに巻き込まれることになります。
それから、ライセンスの取得状況とその取得経緯の適法性。契約のチェンジ・オブ・コントロール条項、つまり「株主が変わったら解約できる」みたいな条項が主要な取引先との契約に含まれていないか。さらに係争中の訴訟とか労働法の遵守状況とか。そして、インドで特に無視できないのが、汚職・贈収賄のリスクです。formalityなどとカジュアルに言われたりしますけど、インドでは物事を円滑に進めるためのこういった賄賂が使われる場面がまだまだ残っていて、買った会社がそういう慣行を常習的に行なっているとその潜在的な責任やリスクを丸ごと引き継がされることにもなりますよね。
そして、インドのDDで本当に厄介なのが、「欲しい情報がすぐに出てこない」ということです。これは相手が隠しているというより、そもそも経営管理や情報管理がだいぶ甘くて、資料やデータがちゃんと整理されていないことが本当に多いんですよね。だから、日本のDDのように「資料請求リストを送ればちゃんと出てくる」という前提でスケジュールを組むと、まず間に合いません。「情報は出てこないもの」という前提で、状況によっては現地に足を運んで、時間の余裕を持って進めていく必要があるわけです。
だからこそ、DDは「問題がないことを確認する作業」というよりは、「後で契約の表明保証と補償を通じて自社を守るべきポイントを洗い出す作業」だと位置づけるべきだと考えています。
表明保証で守る——売主・対象会社、そして”買主自身”の表明
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DDで洗い出された未知のリスクとか崩れてしまった前提事実を契約で埋める、その中心になるのが表明保証、いわゆるレプワランティです。これは「事実に間違いありません」と当事者が保証するもので、後でそれが嘘だったと分かれば、補償の対象になるわけですね。
売主については、例えばちゃんと契約を結ぶ権限があるかとか、株式の所有権を完全に保有できているか(つまり、対象の資産に担保権などの権利制限がついていないか)、倒産手続きに入っていないか、こういったことを保証してもらうわけですね。対象会社については、もっと広くて、株主資本構成は正しいか、株式がちゃんと発行されて当局への報告義務コンプライアンスを守っているか、資産の所有権は本当にあるか、事業に必要なライセンスや許認可を適法に取得しているか、訴訟はないか、労働法コンプライアンスを遵守しているか、そして汚職防止の法令を守っているか——こういったことを一通り保証してもらうわけですね。
で、インドで特徴的なのが、「買主側」も表明保証を求められることがあるということです。前編でお話をしたプレスノート3、つまり、隣接国規制の関係で、買主が「私は隣接国の企業ではありません」「隣接国の者が実質的に株式持分の10%以上持っているということもありません」こういうことを買主側も表明したりすることもあります。ここが後で違っていたとなると、そもそもの投資の承認自体が崩れてしまいかねないからですね。
それともう一つ、ここで交渉になるのが「カーブアウト」というものです。カーブアウトって言うとちょっと聞き慣れない言葉だとは思いますけど、簡単に言うと「ある約束事から、特定の項目だけを例外として外しておく」ことです。一つのつまずきが他の条項まで巻き込んで大事にならないように、責任の範囲をきれいに区切っておく、という作業になります。どこを外して、どこは残しておくのか、この線引きが交渉のポイントになったりもします。具体的にはディスクロージャー・レター、開示書というものがあります。これは、表明保証の「例外」を売主側があらかじめ開示しておく書類で、「訴訟はないと保証したいけど、この1件だけは訴訟になりそうな可能性がある係争事案として共有しておきます」というのを開示しておけば、その部分は保証の対象外になる。だから、この開示書に何を書かせるか、そしてサインの直前までの更新をどこまで認めるか、というのも、意外に大事な交渉のひとつになり得るんですよね。
だからこそ、表明保証は「テンプレを埋める作業」ではなくて、DDで見つけたインド固有のリスクを一つずつ潰すように設計していく。ここがお守りの土台になるわけです。
補償の設計と、”補償金を送れない”という罠
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表明保証が破られたときに、実際にお金で埋め合わせるのが補償、インデムニティです。ここで重要な論点は、「補償金額をどのように設定するのかの仕組み」と「本当にそのお金を回収できるかという実効性」で、ここをしっかりと詰めておく必要があります。
補償には、金額を調整するための「つまみ」がいくつかあります。専門用語が3つ出てくるので、まずはおさらいしましょう。
- デミニミス:一件あたりの”足切りライン”のことです。「1件あたり数十万円以下の細かい損害は、いちいち請求しない」と決めておく。小さいものは最初から対象外にしておく下限のラインですね。
- バスケット:損害を一つのかごにためていくイメージです。デミニミスを超えた損害をこのかごにどんどん入れていって、かごの中身が一定額——たとえば買収額の1%とか——を超えて初めて請求できるようになる仕組みのことですね。これには「超えた分だけを払うDeductible」と「いったん超えたらさかのぼって全額払うTipping Basket」の2つのタイプがあります。
- キャップ:補償金の”天井”、つまり上限額のことです。
案件規模にもよりますが、比較的小さな案件であれば「買収額の25%から50%くらいが相場」と言われるケースもありますが、インド案件にこれをそのまま当てはめると痛い目を見ます。非居住者である日本企業が「買主」としてインド企業の株式を買う場合、インドの外国為替管理法FEMAとインド準備銀行RBIの規制によって、「補償の上限は原則として買収額の25%まで、期間は株式譲渡完了日から18ヶ月以内」と法律で上限が決められているからです。これは前編でお話したインドM&Aの対価の後払いの論点でも出てきた規制が、補償・インデムニティにも適用されることになります。なので、インドM&Aの実務では、その案件規模にかかわらず上限が15%〜25%という低い水準で着地するのが典型です。つまり、契約書上で「キャップを50%にしろ!」とどれだけタフに交渉したとしても、売主がインド居住者である限り、25%という法律の壁がある以上はあまり意味をなさない可能性があります。
ここで押さえておきたいのが、法律的な「補償」と「損害賠償」の違いです。インドの契約法では、損害賠償というのは、通常生じる範囲の直接的な損害に限られて、間接的な損害は原則カバーされないし、被害者側に損害を小さくする努力義務が発生することとなっています。一方で、契約で定める「補償」は、うまく設計すれば第三者からの請求もカバーできるし、間接的な損害も対象となる可能性がある。なので、何をどう構成するかで、守れる範囲がまるで変わってくるんですね。そして、補償は「上限と期間を決めて終わり」ではなくて、「その補償金を、実際にインドから送金できるのか」というFEMAの観点も含めて設計しておくこと。例えば、買収代金の25%をあらかじめ第三者の口座に預けておく「エスクロー(留保金)」の仕組みを活用したり、売主の懐をアテにせず、保険会社から確実にすくい取る「表明保証保険」を活用するなどの対応策が考えられます。ただ、インドで頻発する税務訴訟などの「既知のリスク」については保険の対象外になることも多いので、表明補償保険とエスクローの二段構えで慎重に設計することが重要になります。
クロージングのインド特有物——Section 281と評価証明
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契約がまとまって、いよいよクロージング、という段になっても、インドには特有の関門があります。そこで出てくる3つの書類についてご紹介したいと思います。
1つ目が、NOCです。インド所得税法第281条には、「税金の滞納や税務調査・訴訟が残っている状態で株式や資産を売却した場合、その売買を税務当局に対する関係で『無効』とみなすことができる」というルールがあります。法律上は「何も知らずに正当な対価で買った買主」を保護する規定もありますけど、M&AではDDで税金の滞納や税務調査等のリスクを知ってしまうことが多いので、買主側は直ちにこのリスクにさらされるわけです。つまり、正当にお金を払って株や資産を買ったつもりでも、後から税務当局が「本来は売主が払うべきだった税金がまだ残っているから、滞納分の税金を回収するためにあなたの資産を差し押さえさせてもらいます」と言って、買ったはずのものが持っていかれてしまう可能性があります。売主の税金の”ツケ”が、買った資産にくっついてきてしまうリスクがあります。対象会社や売主に税務調査や係争が走っているときは、税務当局から「この売買に異議はありません」というお墨付き——これがNOC、No Objection Certificateと言われるもので異議なし証明書のことですね——これを取ってからクロージングをしたいところなんですが、これが平気で1年とかかかってしまいます。なので、こういった場合はその代わりの条件を工夫する必要があります。つまり、強力な特別補償インデムニティを設定したり、NOC取得をクロージング後の宿題(つまり事後条件)としてリスク分の現金についてはエスクローで担保しておくなどが考えられます。
2つ目が、株価評価証明書、いわゆるバリュエーション・サーティフィケートと言われる書類です。前編でお話ししたFEMAプライシング・ガイドライン、非居住者が居住者から株式を買うときは公正な市場価格以上、というやつです。これをちゃんと守っているかどうかの証明として、SEBIに登録されたマーチャントバンカーや会社法上の登録評価人などが発行する評価証明書を、クロージングの前提条件として取得しておく必要があります。このあたりは段取りに時間がかかるので、早めに動いておく必要があるという点も要注意です。
3つ目が、前編でも触れたForm FC-TRSの報告書類です。居住者と非居住者の間で株を譲渡したら、原則60日以内にインド準備銀行RBIに対して報告する必要があります。これが正しくできていないと後々大きな問題になってしまうので、地味ですけどしっかりと対応をしておくべきコンプライアンスになりますので注意してください。
見えない爆弾・税務——間接譲渡課税とGAARの最新判決
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さて、ここで冒頭のボーダフォンの話に戻りたいと思います。インドM&Aで一番怖い”見えない爆弾”が、この税務だからです。
ボーダフォン事件が示したのは、「インドの外で、外国会社の株を売買しても、その価値が実質的にインドの資産から来ているなら、インドで課税される」ということでしたよね。しかも、その支払いをする買主側に源泉徴収の義務があるという指摘でした。ボーダフォンは最高裁では勝ちましたけど、インド政府が2012年に法律を遡って改正して、こうした間接的な譲渡も課税できるように変更してしまったわけです。これが世界中から「後出しジャンケンじゃないか」「タックス・テロリズムだ」と批判されて、最終的には国際仲裁でボーダフォンが勝って、インドは2021年にこの遡及的に課税する仕組みを撤廃した、という顛末です。
では、「シンガポールとかモーリシャスに持株会社を作って、そこ経由で投資すれば、租税条約で源泉徴収課税を回避できるやん」と考える方もたくさんいます。実際、昔はそれが通用していたんですけど、2026年1月に出た最新の最高裁判決で、租税条約の恩恵が受けられないケースが出てきました。具体的には、タイガー・グローバルという投資会社がモーリシャスの法人を通じて、フリップカート——これがインド事業を実質的な価値の源泉とする会社ですね——このフリップカートの株式を、ウォルマートによる買収の一環で売却しました。このときの売却額が、3社合計でおよそ20億ドル、日本円で数千億円規模という巨額で、その譲渡益について租税条約上の免税が適用できるか、という点が争われたわけです。
結果的に最高裁は、税務当局側を支持します。この判決のポイントは、GAAR——いわゆる租税回避を否認する仕組みですね——これが2017年4月以降に適用されて、しかも投資の実行がそれより前だったとしても適用できる、つまり、「モーリシャスの居住者証明があっても、それは租税条約の免税という特典を受けられる決定的な証拠にはならない」と判断したわけです。要は「GAARが租税条約に優先する」という、重い判決が出たわけですね。
これが意味するのは、「実体のない、税金逃れが主目的の持株会社を経由しても、もう通用しない」ということです。日印の租税条約にも、BEPSのMLI、いわゆる多国間協定の第7条を通じて、租税条約の特典を受けるのが主目的の取引はその特典を否認する、というルールがちゃんと入っています。なので、投資ストラクチャーを組むときは、「税金のためだけのペーパーカンパニー」ではなくて、「ちゃんと事業実体のある法人」であることが、これまで以上に問われることになります。
ちなみに、キャピタルゲインの税率も2024年から長期の譲渡益は原則12.5%に一本化されました。非居住者が売る場合は源泉徴収もかかる。だからこそ、税務は「買うときの投資ストラクチャーの設計段階」で、専門家を入れておく。これが見えない爆弾を踏まないための鉄則となります。
競争法と、交渉の”最後の関門”
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最後に、競争法と交渉の話を押さえておきたいと思います。
インドにも競争法があって、一定規模以上のM&Aは、CCI——つまり、インド競争委員会に事前に届け出て、承認をもらわないといけないという法律があります。従来は資産や売上高の規模で判断していたんですけど、2024年9月から新しい基準が加わりました。具体的には取引額が200億ルピー——ざっくり日本円で数百億円規模ですね——を超えて、かつ対象会社がインドで実質的な事業を持っている場合に届け出が必要になる、というものです。ただ、この取引の規模を前提とした新基準とは別に、もう一つ、”どんな取引なら届け出が必要になるのか”という論点も、近年の改正で重くなっています。インドの競争法では、株式や資産だけじゃなく、相手企業の「支配」を取りにいく取引が届け出の対象になるんですね。で、その「支配」の定義に「重要な影響力」、マテリアル・インフルエンスという緩い基準が使われていることです。つまり、過半数を持たないマイノリティ出資であっても、取締役の指名権を持っていたり、事業計画や予算に関する拒否権などを通じて重要な影響力を持つと見なされれば、届け出の対象になりうるので要注意です。
それから、交渉そのものの話も少しだけご紹介しておきたいと思います。インドの会社、特に創業一家が支配しているような会社やファミリービジネスを買うときは、売主が複数の個人になってしまうというケースも散見されます。この場合、全員とバラバラに交渉すると収拾がつかなくなってしまうので、主要な売主に交渉の権限をまとめてもらったり、補償の責任を主要な売主に寄せたり、という工夫も必要になります。あと、契約に入る前の基本合意書、MOUやタームシートですね。これは原則として法的拘束力はなくて、独占交渉権とか秘密保持みたいな一部の条項だけが効くのが普通です。ただ、名前がMOUやタームシートになっていても、その合意内容と当事者の振る舞い次第では「法的拘束力を持つ」と判断されるリスクもあるので、その内容についてはしっかりと精査しておく必要があります。つまり、「本合意は、法的拘束力のある最終契約が締結されることを条件とする」という文言を入れたり、どの条項がBindingでどの条項がNon-bindingであるかを明確に区別して記載しておくことも大切です。
だからこそ、競争法の届け出の要否は早めに判断した上で、必要な場合には承認前に絶対フライングはしない。そして交渉は、誰と、どこまで法的拘束力のある形で、何を約束するのかを一つずつ詰めていく。この地道さが後々になってむちゃくちゃ効いてきます。
前回の記事も含めて、インドM&Aの入口の設計から、DD、表明保証、補償、税務、競争法まで、一通り見てきました。インドM&Aを検討している企業様はぜひ参考にしていただければと思います。
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