インドのビジネス英語が「伝わったことになる」理由と対策
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インドでビジネス英語を使う日本人駐在員の多くが、「インドでは英語が通じる」と感じています。しかし、その「No problem」の裏には、伝わっていないのに「伝わったことになる」という落とし穴があります。本記事では、インドの英語環境がなぜ日本人にとって最高であり、かつ最悪なのかを整理し、インド人に確実に伝わる伝え方をご説明します。
「インドに来てから、英語力に少し自信がついた気がします」。このような話を、駐在員の方からよく聞きます。「アメリカ出張のときは聞き返されるたびに萎縮していたのに、インド人は下手な英語でも嫌な顔ひとつせず『No problem, sir』と言ってくれる」「インドは、英語ができなくても何とかなる国です」。このように思っている方も多いのではないでしょうか。
実際、これは本当です。インドは日本人の英語にとって、おそらく世界一優しい国のひとつです。筆者自身、インドに来たばかりのころ、自分の分かりにくい英語でも嫌な顔ひとつせずに聞いてもらえましたし、相手の言っていることが分からず何度聞き直しても、丁寧に説明してくれました。マシンガントークでアグレッシブな自己主張をするような印象のあるインド人ですが、インド人とのコミュニケーションで自分の英語に劣等感や過度なプレッシャーを感じたことは、14年間インドにいてほとんどありません。これは多様性を前提に育ったインド人特有の優しさからきている環境だと考えています。
ただ、14年見てきて思うのは、この優しさには裏もあるということです。「No problem」と言ってもらえたことの何割かは、きちんと伝わっていたわけではなく、良くも悪くも聞き流してくれていただけです。しかも、英語が下手な人より、うまい人のほうがインド人とすれ違っているケースが意外に多い。これは以前、途中帰任の回でもお話ししました。インドでは、英語が「伝わらない」のではありません。「伝わったことになる」のです。そして、それを誰も教えてくれません。
実は2年前、「英語力の差で60%、文化の違いで60%、掛け算で36%しか伝わっていない可能性がある」という話をしたことがあります。本記事は、あの「英語力の60%」の中身が何だったのかについて、少し言語化できるようになったので、その答え合わせでもあります。
そこで本記事では、インドの英語環境がなぜ日本人にとって最高であり、かつ、最悪なのか。すなわち、インド人の優しさがなぜあとになって大きな問題を生むのかについてお話しします。
インドは「So what?」と言ってくれない国——世界一優しく、世界一あとで痛い
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まず、「日本人の英語はなぜ伝わらないのか」というテーマについて考察します。ビジネスメディアPIVOTで経営コンサルタントのショーン川上さんが話していた内容が非常に興味深かったのですが、その中のひとつに「talk」と「speak」という言葉の違いがあります。
「talk」と「speak」の違い
「talk」とは、音は出ているが相手が動かない英語です。文法も発音も語彙も悪くないのに、中身がない。一方の「speak」は、相手が動く英語です。なまっていても文法が崩れていても、聞いた相手が「次に何をすればよいか」が分かる。アメリカ人が日本人を揶揄して「日本人は英語をtalkするが、speakはしない」と言った、という話が紹介されていました。
その番組で出てきた例が非常に興味深いのですが、レストランで日本人が「I don’t have a glass of water」と言う。水がありません、という状況を伝えただけです。日本のレストランであればおそらくこれで店員が気づいて水を持ってきてくれます。ところがアメリカの店員は「So what?(だからどうした?)」となるのです。この状況で私たちが店員に伝えるべきなのは「May I have a glass of water?」、すなわち、お水をいただけますかという要求です。
インドでは聞き返されない
アメリカ人は「So what?」と聞き返してくれます。その場でストレートに指摘をされるので心は折れますが、その場で「伝わっていないのだ」ということがすぐに分かります。では、インドでは何が起きるかというと、聞き返さないのです。「I don’t have a glass of water」と言えば、「OK sir」とにっこり笑って伝わったように見えますが、水を持ってきてくれないということが平気で起こります。
プラスの側面:英語を話す心理的ハードルが下がる
まずは、このインドで起きることのプラスの側面について先に触れておきます。どこか完璧主義で真面目な傾向にある日本人の場合、アメリカでストレートに指摘されてしまうと、英語を話すハードルがさらに上がってしまいます。「完璧な英語でないと話してはいけない」「また伝わらないのではないか」という不安とともにブレーキがかかります。ところがインドでは聞き返されない、笑われない、訂正もされない。だから英語を「口に出す」ことへの心理的ハードルがどんどん下がり、私たち日本人の多くが抱えているコンプレックスが少しずつ溶けて、徐々に自信がついてきます。真面目な日本人が最初に英語を学ぶ1年間にとっては、これ以上の環境はないと考えています。インド在住の方のブログでも、「拙い英語でも理解しようとしてくれる、批判されるよりむしろ褒めてくれる」といった体験を書いている方が多くいて、筆者もまさにそのとおりだと考えています。
「No problem」の正体:お互いに「決まった」と思い込む状態
ただ、このインド特有の環境が、私たちにとってそのままリスクにもなり得ます。
筆者がこれまで見てきたインド人の「No problem」や「Yes Sir」といった言葉は、あくまで「言われたことはおそらく理解しました」「やる気はあります」程度の言葉です。そもそも日本人の英語も、先ほどお話しした「水がありません」という、相手に察してもらう前提のかなり分かりにくいコミュニケーションを取っている可能性があるため、「察してもらう前提のあいまいな日本人の英語」と、「断らない前提でとりあえず前向きに反応するインド人の英語」が出会ったときに何が起こるかを考えると恐ろしいものです。何も決められていないのに、なぜかお互いが「決まった」と思い込んでいる状態になるのです。これがインドで起きていることの正体だと筆者は考えています。
2つのリスク:「あとで痛い」と「置き去り」
この状態が生むリスクは2つあります。
- 1つ目は「あとになってから痛くなる」ということです。伝わっていなかったことが、その場では分からず、数週間後に「決まっていなかったのか」という形で表面化するわけですから、これは非常に痛いものです。
- 2つ目は「置き去り」になるということです。英語の間違いや伝え方のあいまいさを一度も訂正されないので、インドに3年間いても世界で通用する英語はまったく身についていません。「インド英語に慣れた」としても「自分の英語が伝わるようになった」かどうかは慎重に評価しなければなりません。
ただ、インドで英語が大きく伸びた、という方も多くいるので、その人次第であることは間違いありませんが、同じ環境にいたとしても、伸びる人と置き去りになってしまう人がいます。その差がどこにあるのか、という点について後半でお話しします。
インド人に伝わらない「言わないtalk」——察してくれる前提が壊れる場所
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日本人のtalkにはパターンがあり、筆者は大きく2つに分けて考えています。1つは「言わないtalk」、もう1つは「閉じないtalk」です。ここではまず「言わないtalk」について解説します。
「言わないtalk」とは、状況を描写したり、感想を言ったりして、肝心の要求を言わないパターンです。先ほどの水がありません、というパターンと同じです。
「寒いですね」「辛いのは苦手です」では何も起きない
例えば、オフィスで「It’s a bit cold in here(やや寒いですね)」と言う。日本なら誰かがエアコンを調整してくれますが、インドでは「Yes sir, it is cold」で終わる可能性があります。共感はしてくれるのですが、何も起きない可能性がある。私たちが言うべきはストレートに「エアコンの温度を少し上げてもらえますか」という英語です。
レストランでも同じようなことが起こり得ます。「I’m not good with spicy food(辛いものが苦手です)」と言う。インド側は「Little spicy only, sir(あまり辛くないですよ)」などと笑顔で返してきて、出てくる料理は普通に非常に辛い、ということが起こります。そもそもインドでは「やや辛い」が日本の「非常に辛い」と同じなので、日本人が自分の感想を伝えても伝わりません。これは特に小さいお子様を帯同されているご家族と一緒にレストランに行くとおおむね出てくるフレーズですが、私たちが言うべきは「No chili at all. Not even green chili without any spice(唐辛子は一切なしで。青唐辛子も一切のスパイスもなしで)」です。やや極端かもしれませんが、これくらい言っておかないと普通に辛い料理が出てきます。
あいまいなフィードバックは「ほぼOK」と受け取られる
この程度であれば笑い話になるのでよいのですが、これが仕事の現場になると少しずつ笑えなくなります。インド人部下の資料を見て「I think there’s some room for improvement(改善の余地があると思う)」とかなりあいまいなフィードバックをしてしまいがちです。日本人の感覚では、これはダメ出しをした上で改善できる点がないかを自分で考えてみなさいというメッセージのつもりです。ところがインド側は「ほぼOKで、少しだけ直せば完成」というように受け取ります。そして翌日ほぼ同じものが出てくるのです。
なぜこうなるのか。筆者が社内で何度も経験したのが、「お客様からはそのような依頼をされていません」という返事です。日本では、業務として当然やるべきことは言われなくてもやるのが仕事です。すなわち、筆者にとってはインド人の言い分がどうしても言い訳に聞こえてしまいます。インドでは「言われたとおりにやること」が仕事で、言われていないことは業務範囲外、さらには言われていないことを勝手にやるのは上司への冒涜(ぼうとく)だとすら考えている人がいるかもしれません。すなわち日本人がやってしまいがちな「察してもらう前提のあいまいな英語」は、インドでは見事に通じない可能性が高いことを肝に銘じておく必要があります。
「Is there any problem?」に「No problem」しか返ってこない理由
また、「Is there any problem?(何か問題はありますか?)」という質問に対して「No problem」としか返ってこない理由も、構造的なものだということを知っておく必要があります。インドは過度な競争社会で勝ち抜いて生きていかなければならない社会構造上、間違いを認めることのコストが日本よりずっと大きい社会だと感じています。おそらくそういった背景があるからこそ、間違いを指摘すると、必ず言い訳とセットで正当化された反論が返ってきます。そして、悪いニュースほどなかなか上に上がってこない。これは個人の性格の問題というより、競争社会と、目上の人の面子を立てるという国民文化の掛け算で生まれているものだと感じます。すなわち、このような社会構造で生きている人たちに対して、問題はありませんか?とYes/Noで質問をすること自体が、はなから相手に「No」と言わせているようなものだということです。
日本の「察する文化」と、まず変えるべきこと
逆に言うと、日本の「察する文化」は本当に洗練されていると思います。相手のニーズを事前にくみとって、言われなくても先に行動できてしまうわけですから。日本のホスピタリティの源流もおそらくこの察する文化です。ただ、これができる国民は世界的に見てもそう多くないように思いますし、察してもらうことが前提というのはある意味甘えとも言えます。だからまずは、私たち日本人が無意識にやってしまう自分の感想や状況描写というコミュニケーションではなく、「何をしてほしいか」を相手に明確に伝える。ここから始めるのがよいと思います。
会議・交渉で事故を起こす「閉じないtalk」——決める人に届いていない合意
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ここからはもうひとつの「閉じないtalk」について解説します。これは、前置きが長くて肝心の依頼が埋もれたり、結論を先送りしたりする、すなわちクロージングをしないtalkというパターンです。このパターンは特に会議や交渉ごとの際に事故を起こしがちです。
「面白いですね」「前向きに検討します」は合意と受け取られる
例えば会議で、相手の提案に対して「That’s an interesting idea(そのアイデアは面白いですね)」と言ったとします。日本人の感覚では、これは「悪くはないがやんわり保留」です。ただ、一方でインド側は「賛成してくれた」とストレートに受け取ります。あるいは私たちがよく使ってしまいがちな「We’ll consider it positively(前向きに検討します)」という言葉。これは、翌日にはインド側の経営陣に対して「日本側とはすでに合意済み」として報告されている可能性が高いです。
「少し高いですね」では少ししか下がらない
交渉の場では、ベンダーの見積に対して多少遠慮をして「Your price is a bit high for our budget(予算に対してやや高いですね)」と言ったりするケースがあると思います。ただ、これではベンダーから返ってくるのは2〜3%だけ下げた修正版見積になってしまうかもしれません。「少し」と言ったので、少しだけ下がるのです。しかし本当は「予算は50万ルピーしかありません。この金額でできますか。金曜の18:00までに返事をください」と明確に言わないと、期待している交渉がきちんと始まりません。
そのため、会議や交渉の場においても「誰が、何を、いつまでに」してほしいのかを明確に伝えないコミュニケーションは、インドでは実質的にコミュニケーションを取っていないこととほぼ同じであるということを認識しておく必要があります。
曖昧な英語の「授業料」——インドのビジネス現場で何が起きるか
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ここから、本記事で最もお伝えしたいポイントです。
弊社は経理や税務コンプライアンス、さらにはインド企業との合意形成や契約手続きのサポートなどが本業なので、曖昧な英語が致命的なミスにつながってしまうリスクがあります。
「明日までに」がインド時間の夜9時に届く
例えば、日本のお客様から「明日までに」と頼まれて、インド人メンバーからインド時間の夜9時に出てきたことがあります。インド時間では「明日まで」にたしかに間に合っています。しかし日本は3時間半進んでいるので、日本時間では日付が変わっており、そもそも、お客様の就業時間はとっくに終わっています。これは時差の問題のように見えて、本質は「相手の時間軸や状況から逆算する」という発想が抜け落ちているということです。「明日まで」という曖昧な英語ではなく、こちらがレビューをする時間も考慮すると「明日のインド時間午前中までに」と伝えておかないと、お客様のご要望に応えられない可能性が高くなってしまいます。
分かったふりをしてくれるから、結果を見て初めて分かる
実際、筆者がインドで事業を立ち上げたばかりのころ、このようなことが多発していました。インド人のスタッフは、筆者の伝え方があいまいでも、分かったふりをしてくれます。そのため、きちんと伝わっていないことが、結果を見て初めて分かるのです。税務処理の見解、お客様の期待値、「ここまでやってほしい」というニュアンス。そういうものを一つひとつ伝える側の日本人である筆者が細心の注意を払って、曖昧さを徹底的に排除して伝えておかないと、納税期限に間に合わなかったり、結果的にお客様にご満足いただけなかったり、ということが事業を立ち上げたばかりのころは本当によく起きていたように思います。
正直、このような失敗を積み重ねて、お客様からいただいた仕事を通じて少しずつですが学ばせてもらってきた、という側面が大きいと痛感しています。そのため、お客様には本当に感謝しかありません。そして、今、筆者が日々痛感しているのは2つです。1つは、失敗から学べることの大きさです。新しく入社してくるメンバーにあえて失敗させることも重要だと考えています。もう1つは、英語が苦手なお客様ほど、私たちに期待されていることの大きさです。筆者の英語もまったくスマートではなく、インドの現場で鍛えたいわばストリート系の英語なので、いまだに映画も字幕がないと分からないレベルですが、それでもインドのビジネスの現場で多くの失敗をしてきたからこそ身についた実践知として、英語力もうまく活用しながらお客様に還元していきたいと考えています。
インドで伝わる英語にする「speakの4行」——36%の答え合わせ
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それでは最後に、自分の英語をtalkではなくspeakにするために何をすべきかを考察します。
- 1つ目は要求です。何をしてほしいか。
- 2つ目は具体です。数字や場所、そして誰がやるのか。
- 3つ目は期限です。いつまでに、しかも相手のタイムゾーンで。
- そして最後の4つ目は確認です。自分が言ったことを相手に復唱してもらったり、意思決定権者を確認した上でYes/Noを取りにいく。
期限と確認がないと「情報共有」として処理される
特にインドでは3つ目と4つ目がないと、依頼ではなく単なる「情報共有」として処理されてしまう可能性があります。また、日本人が「丁寧さ」のつもりでよく言ってしまいがちな「When you have time, could you…(お時間があるときにぜひ)」という表現は、もはや丁寧さではなく、「この作業は優先度が低いので、暇なときに気が向いたらぜひ」と伝えているのと同じです。
「確認」は自分の英語を採点するための装置
そして、もうひとつ重要なのが、4つ目の「確認」は相手に動いてもらうためだけのものではなく、むしろ自分の英語がどこまで伝わっていたかをきちんと理解するための作業だということです。インドのように良くも悪くもそのまま受け取ってくれる国、そして私たち日本人の英語の曖昧さに対する「指摘」が自然には来ない国では、自分から「指摘」を取りにいくしかありません。この確認プロセスが最も重要なコミュニケーションの機能になります。
英語ができない工場長が実践していたspeak
途中帰任の回でお話しした、英語がまったくできない日本人の工場長の話をぜひ思い出していただきたいのですが、あの工場長は、たしかに英語はできませんでしたが、今思うと、この4つのポイントをすべてカバーしていたと思います。何をしてほしいかを図で示して、何個を何時までにと数字で示して、途中までできたらいったん見せに来るようにと確認を取る。身振り手振りと現場でやっていたのは、talkではなくspeakそのものだったのだと思います。speakにはむしろ語彙さえも要らない、という生きた証拠です。
まとめ:インドのビジネス英語は「期限」と「確認」で伝わる
以上、本記事の内容をまとめます。本記事のポイントは3つです。
- まず1つ目。インドは、筆者の感覚では日本人の英語に世界一優しい国です。ただ、その優しさの正体は「フィードバックが返ってこないこと」。だからインドでは英語が「伝わらない」のではなく「伝わったことになる」のです。
- 2つ目。この優しさには、「あとで痛い」と「置き去り」という2つのリスクがあります。それを意識的に認識した上で、優しさに甘えて自信をつける段階を、自分の意思で卒業する合図を持つこと。合図は、「No problem」を聞いて安心した自分に気づいたときです。
- 3つ目。直すのは語彙でも発音でもなく、最後の2行、期限と確認です。確認は相手を動かすためであると同時に、自分の英語を採点してもらうための装置でもあります。
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