Indian Accounting & Taxation

会計税務

E-28-2 : 日印間における移転価格税制の制度の違いと実務上のポイント

移転価格税制は、国際的な関連者間取引における利益の適正な配分を確保し、納税者による租税回避を防ぐための制度です。多国籍企業が関係会社間で取引を行う際、各国の税務当局は「アームズ・レングス原則(独立企業間価格原則)」に基づき、取引価格や利益配分が適正であるかを監視しています。

日本とインドはいずれもOECD(経済協力開発機構)の移転価格ガイドラインを参考にしていますが、税制の詳細な運用は異なり、特にインドの税務当局は監査が厳しく、コンプライアンス要件も細かいため、日系企業にとっては法令違反とならないよう十分なリスク管理が必須となります。以下に日印間の移転価格税制の違いを詳しく分析し、企業がインドで適切に移転価格に関する税務リスクを管理するための実務上のポイントについて解説いたします。

1. 日本とインドの移転価格税制の基本枠組みの違い

日本はOECD加盟国として、比較的早期に移転価格課税制度を導入しており、長年にわたり国際的なガイドラインに沿った運用を行ってきました。一方、インドでは、2000年代以降の急速な外資流入とグローバル化の進展を背景に、OECDガイドラインを参考にしながらも、自国経済の実態に即した厳格な移転価格制度を構築しています。日本とインドの両国における移転価格税制上の「関連者」定義については、基本的な考え方に大きな差異はないものの、資本割合に関する基準(日本は50%、インドは26%)の違いに加え、インドには家族・血縁関係を明文で定義に含める規定が存在する等、一定の取引が国外関連者取引と認定される可能性が相対的に高くなる点には注意が必要です。

具体的には、日本の税法上、国外関連者とは、発行済株式総数の50%以上を直接または間接に保有する外国法人、あるいは実質的に支配している外国法人とされています。これに対し、インド所得税法では、国外関連者(Associated Enterprise, AE)の定義がより広範囲に設定されており、直接的・間接的、または一つ以上の中間企業を介して、他社の経営、支配、資本に関与している企業、兄弟会社、またはその他92A条で規定される関係を有する企業(以下詳細)が対象とされています。

資本関係

(a) 一方の企業が、もう一方の企業の議決権付き株式の26%以上を直接または間接に保有している。

(b) 第三者(または企業)が、両方の企業の議決権付き株式の26%以上を保有している。

資金関係

(c) 一方の企業からの貸付金が、もう一方の企業の総資産の51%以上を占める。

(d) 一方の企業が、もう一方の企業の借入総額の10%以上を保証している。

役員・取締役の派遣

(e) 一方の企業が、もう一方の企業の取締役会または経営委員会の半数以上を任命している。

(f) 両社の取締役の半数以上が、同一人物または同一グループによって任命されている。

技術・無形資産の依存

(g) 一方の企業の製造・事業活動が、もう一方の企業の技術・特許・商標・営業権等の無形資産に全面的に依存している。

取引条件の依存関係

(h) 製造に必要な原材料等の90%以上が、相手企業またはその指定先から供給されており、価格などの条件が相手企業により決定されている。

(i) 製造した製品の販売先が相手企業またはその指定先であり、価格などの条件が相手企業により決定されている。

支配関係(個人・家族)

(j) 一方の企業が個人に支配されており、もう一方もその個人、親族、またはその共同支配を受けている。

(k) 一方が個人(ヒンドゥー共同家族(HUF)を含む)に支配され、他方もその家族のメンバーまたは親族、またはその共同支配を受けている。

出資関係

(l) 一方の企業が、他方のパートナーシップ、団体等に10%以上の出資をしている。

その他

(m) 当局が相互関係・共通の利害関係を有すると定めたその他のケース。

 

項目日本インド
移転価格税制の導入時期1986年2001年
準拠基準OECD移転価格ガイドラインに準拠OECDガイドラインを参考にするが、独自ルールあり
主な法令租税特別措置法第66条の4所得税法第92条、移転価格規則Rules 10A~10TG
管轄当国税庁

(NTA: National Tax Agency)

中央直接税委員会

(CBDT: Central Board of Direct Taxes)

対象取引国外関連者との取引国外関連者との取引および年間2億ルピー超の特定国内取引(所得税法に規定される直接関係や免税者と緊密な関係にある者とのインド国内取引)
関連者の定義出資比率50%以上の外国法人や、実質的に支配している(取引依存や資金依存が高いなど)外国法人出資比率26%以上、総資産の51%以上の貸し付け、過半数の役員兼務、他社所有の知的財産に完全に依存してビジネスを行っている場合、原材料の調達の90%以上を特定の者から購入している場合等。

※なお、上記以外にも所得税法92B条(2)に、みなし国外関連取引(Deemed International Transactions)の細かい定義があるため、ある商流において間接的にであっても国外関連者が絡む場合は、事前に専門家に相談しておくことを推奨します。

2. 移転価格算定方法の適用の違い

独立企業間価格とは、支配関係のない独立第三者間の取引において適用される価格です。取引の性質や規模、関連者の種類、取引の機能の類似性や情報の入手可能性等の比較可能性を考慮して、以下のうち最も適切な方法を用いて決定します。

  1. 独立価格批准法(Comparable Uncontrolled Price Method, CUP法)
    価格を比較する方法
  2. 再販売価格基準法(Resale Price Method, RP法)
    売上高に対する粗利率を比較する方法
  3. 原価基準法(Cost Plus Method, CP法)
    売上原価に対する粗利率を比較する方法
  4. 利益分割法(Profit Split Method, PS法)
    合算営業利益を分割する方法
  5. 取引単位営業利益法(Transactional Net Margin Method, TNMM)
    主に比較対象企業の営業利益率(売上高営業利益率、総費用営業利益率等)と比較する方法
  6. その他の方法
    上記、五つの方法が適用できない場合

日本における独立企業価格の比較可能性の厳密さ(関連者間取引との比較対象取引の選定の難易度)は1.CUP法が最も高く5. TNMMが最も低いと考えられており、日本では比較対象を選定し易いTNMMが最も多く使用されています。

一方インドでは、多くのケースにおいてTNMMに加えてCUP法が採用される傾向にあります。インドにおいて入手可能な財務情報からは、製造原価や販売原価のデータを得ることが難しく正確な減価率の把握が困難であることから、RP法やCP法が独立企業間価格の算定方法として採用される確率は低いと考えられます。また、PS法についても算定方法の特殊性から、一般的ではありません。

複数の比較対象企業の取引を用いて独立企業間価格レンジを決定することになりますが、日本では多くの場合で四分位レンジ、すなわち対象取引を四分位に分け、上位25%と下位25%を切り捨てた中央部分50%の幅をもって独立企業間価格レンジとする考え方が一般的です。一方でインドの移転価格税制では四分位レンジを採用しておらず、上位35%と下位35%を切り捨てることになっており、適用可能な幅は30%と日本と比較して狭くなっています。

参考:E-28-1 : ケース事例から見るインド移転価格税制の実務と税務リスク

3. 文書化要件と提出義務

移転価格に関する文書化は、企業が関連者間取引(国際取引)においてアームズ・レングス原則(独立企業間価格)に従って取引を行っていることを証明するために不可欠なプロセスであり、税務当局に対する説明責任を果たすとともに、将来的な税務調査に備えるという目的があります。日本とインドはいずれもOECDの移転価格ガイドラインをベースに制度設計を行っていますが、インドは日本より少額取引から文書化義務(いわゆるローカルファイルの作成義務)が発生し、実務負担が大きいことに加え文書提出の猶予期間も短く、事前準備が不可欠です。

文書化の基本的な考え方として、日本では、法人税法第66条の4および関連通達に基づき、「適正な文書化を行っていること」が課税上の根拠として重視されます。ただし、文書提出は原則として「税務当局からの求めがあった場合」に限られ、即時提出義務はありません。

インドでは、所得税法第92D条および所得税規則 Rule 10D に基づき、日本と同様に適正な文書化を行なっていることが重視され、かつ、即時提出義務はありませんが、一方で、ローカルファイル作成義務の適用基準が1,000万ルピー超と日本および他国と比較しても低いこと、また、税務申告実施時にインド勅許会計士が発行する移転価格証明書(Form 3CEB)の取得が必須であるという点において大きく異なります。また、税務調査(Assessment)時にはローカルファイルを30日以内に提出する法的義務があるため、事実上の即時対応体制が求められることにもなります。

項目日本インド
マスターファイル直前会計年度の連結総収入金額が1000億円以上で提出義務

申告期限は親会社の会計年度末から1年以内(3月末決算の場合は翌年3月末)

Form 3CEAA (Part A):全ての国際グループのインド構成企業に申告が求められる

Form 3CEAA (Part B):直前会計年度の連結総収入金額が50億ルピー超であり、かつ、そのインド企業との国際取引が5億ルピー超、もしくは無形資産取引1億ルピー超で提出義務

申告期限は同年の11月30日

Form 3CEAB:インド国内に複数のグループ構成企業がある場合に、構成企業情報を届け出る

申告期限は同年の11月1日

ローカルファイル特定国外関連者との前事業年度の取引金額(受払合計)が50億円以上、または当該国外関連者との前事業年度の無形資産取引金額(受払合計)が3億円以上で作成義務関連者との国際取引が年間1000万ルピー超または特定の国内取引が年間2億ルピー超で同年10月31日から文書保管義務
CBCR (国別報告書)直前会計年度の連結総収入金額が1000億円以上で提出義務Form 3CEAC:所属する国際グループの直前会計年度の連結グループ収入が550億ルピー超である場合に申告義務。期限はForm 3CEAD申告の2ヶ月前。

Form 3CEAD:インド国外の親企業がその居住地域で国別報告書を提出する場合はインドでの申告が不要。期限は会計年度末後12ヶ月以内。

Form 3CEAE:最終親企業の居住国に国別申告書の制度がない場合や、インドと国別報告書の自動交換合意を結んでいない場合に申告義務。期限は最終親企業の会計年度終了後1年以内。

直前会計年度の連結総収入金額が550億ルピー超であり、かつ、そのインド企業との国際取引が5億ルピー超、もしくは無形資産取引1億ルピー超で提出義務

会計士による証明不要必須(Form 3CEB)

申告期限は同年の10月31日

移転価格更正の期限(時効)通常は6年間
(2020年4月1日以後開始事業年度からは7年)
通常は3年間

重大な違反がある場合は10年間

言語要件マスターファール:日本語または英語

ローカルファイル:指定されていない

CBCR:英語

英語のみ

4. 移転価格調査とペナルティの違い

日本の移転価格税制においては、国税庁(NTA)および各地の国税局・税務署が調査を担当し、税務調査は「任意調査」または「更正処分を前提とした調査」として実施され、多くの場合は事前に通知されます。調査の進め方は納税者との間で実態に即した対話や議論が重視される傾向にあります。独立企業間価格の適否について慎重に判断される。実務上も、企業から合理的な経済的背景や価格設定に関する説明が適切に行われた場合には、調査当局がその内容を踏まえて慎重に判断を行い、結果として是正や加算税等のペナルティに至らないケースも見られます。

一方、インドでは移転価格に関する監査は専門家であるTPO(Transfer Pricing Officer)が担当し、一般の税務調査(Assessing Officer)とは別に詳細なレビューが行われます。企業が提出した文書や分析結果を信用せず、当局独自の比較対象企業・利益率で強制的に再計算され、結果として調査が税額調整・追加課税につながるケースも多く発生しています。更に、形式的な文書不備だけでも即ペナルティ対象となり、追徴課税と利息で大きな負担になる可能性もあるため十分な対策が必須です。

項目日本インド
税務当局の調査方針比較的柔軟で、経済合理性を重視厳格、詳細なドキュメントの提出を求める
ペナルティの種類マスターファイル・CBCRの提出期限を守らなかった場合:30万円以下の罰金

移転価格文書を期限までに提出できない場合:推定課税および同業者調査

マスターファイル・CBCRの提出期限を守らない、不正確な情報の提出:50万ルピー+遅延料金

移転価格文書を保存していない、虚偽の情報がある場合:取引金額の2%

会計士証明を提出していない場合:10万ルピー

過少申告の更正を受けた場合:追徴税額の100%~300%

参考:
移転価格税制の基礎知識
国税庁

執筆者紹介About the writter

引地 朋美 | Tomomi Hikichi
筑波大学生命環境学部卒業。大手日系企業に入社後、営業部にて日々インド人とコミュニケーションを取る職場環境に身を置き、インドをはじめ、中国、タイ等の海外子会社の経営管理業務に約4年半従事。海外子会社経営の難しさ・大変さを目の当たりにした経験から、インドへ進出する多くの日系企業をより直接的に支援したいと考え当社に参画。現在はインド税務・会計のアドバイザリー業務、およびインド市場調査業務を担当している。デリー在住。

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