Indian Accounting & Taxation

会計税務

D-20.インド会計基準とIndAS(インド版IFRS)の動向および主な会計基準差異

(文責:吉盛真一郎 / Global Japan AAP Consulting Pvt. Ltd.)

インドで運用されている会計基準の成り立ちと変遷

インド独自の会計基準であるIndian GAAPは、インド勅許会計士協会 (The Institute of Chartered Accountants of India: ICAI) が1977年に設立した会計基準局 (Accounting Standard Board: ASB)によって、それまで同国に存在した様々な会計基準を融合したかたちで1979年に定めらた基本方針です。2020年10月現在、32項目によって成り立っています。

21世紀に入り、経済のグローバル化が進む中、決算数値の比較可能性、透明性と受容性を高め、インド企業の国際競争力を高めるべく、ICAIは2015年に国際基準に対応したInd AS と呼ばれる新しい会計基準 (Indian Accounting Standards)を公表しました。

ここで国際会計基準とはどのようなものかを見ていきます。1973年にロンドンを拠点として、9か国16団体の合意で国際会計基準委員会 (IASC : International Accounting Standards  Committee) が設立されました。これには日本公認会計士協会も含まれています。

1977年には国際会計士連盟 (IFAC : International Federation of Accountants) が発足し、現在までに41項目からなる国際財務報告基準 (IFRS : International Financial Reporting Standards) が定められ、現在までにEU加盟国を含む約90か国で適用が義務付けられ、任意適用を含めると約120か国で採用されています。

インド版IFRS会計基準「Ind AS」の適用時期

さて、インドの新しい会計基準Ind ASですが、これは国際会計基準IFRSの直接的導入ではなく、従来のインド会計基準にIFRSの内容を盛り込んでいくかたちで、現在までに40項目および複数の改正項目が定められています。

2015年2月、インド企業省 (MCA : Ministry of Corporate Affairs) は、従来からの基準であるIndian GAAPを段階的にInd ASに移行していくためのロードマップを定め、同年4月1日からの任意移行制度を皮切りに、国内企業への適用を以下の通り義務付けてきました。

  • 2016年度より:純資産 (*注1) 50億ルピー以上の上場企業および非上場企業
  • 2017年度より:すべての上場企業と、純資産25億ルピー以上の非上場企業
  • 2018年度より:上記に加えて、純資産50億ルピー以上の非上場ノンバンク金融会社(NBFC)
  • 2019年度より:上記に加えて、すべての銀行と上場ノンバンク金融会社(NBFC)、純資産25億ルピー以上の非上場ノンバンク金融会社(NBFC)
  • 2020年度より:上記に加えて、すべての保険会社

参照:https://mca.gov.in/Ministry/pdf/Press_Release_18012016.pdf

(*注1) 純資産とは、総資産から負債を控除した金額であり、資本金と資本剰余金および利益剰余金の合計金額のことを指します。

ある企業がInd ASの適用対象となった場合、その持株会社、子会社、関係会社、合弁会社もInd ASの適用が義務付けられ、連結決算・単独決算(ただし、海外の子会社、関係会社、合弁会社は連結決算のみ)ともにその対象となります。また、強制・任意にかかわらず、移行後に旧基準に再移行することは認められていません。

新会計基準「Ind AS」の主な特徴とは?

ちなみに日本では、新しい自国基準を別途定めたインドとは違い、日本会計基準や国際会計基準 (IFRS) 等がそれぞれ任意の選択肢として存在していますが、上場企業のうちIFRSを適用している企業は約6%程度にとどまっており、ほとんどの企業が日本会計基準(一部の企業は米国会計基準を適用)に則っています。

したがって、在インド日系企業の動向としては、日本の親会社と同様、国際基準に準拠したInd ASを積極的(自主的)に適用するという流れにはなっておらず、適用義務が生じる前述の基準を満たさない限りは、依然として従来のIndian GAAPを用いて会計・決算を行う傾向にあります。

なお、Indian GAAP(インド会計基準)とInd AS(インド版IFRS)の主な違いは以下の通りです。

  1. Indian GAAP(第5条)では、特別損益の計上と損益への参入についての記載があるが、Ind AS(第1条)では、例えば、固定資産評価損益や従業員給付金の数理計算上の差異、金融資産の時価評価等において特別損益の計上が認められておらず、代わりに「その他包括利益(Other Comprehensive Income)」に計上される。
  2. Indian GAAP(第21条)では、連結決算の規定はあるものの義務付けられてはいないが、Ind AS(第110条)では、該当する連結対象会社がある場合には連結決算を義務付けている。
  3. Indian GAAP (第11条)では、外貨建て取引についての「表示通貨 (Reporting Currency)」 への為替換算基準を定めているが、Ind AS (第21条)では、
    外貨建ての取引はいったん機能通貨(Functional Currency: 会社の事業の主環境における流通通貨のことで、基本的には財務諸表における表示通貨と同一である場合が多い)への換算によって認識されるものと規定している。なお、最終的な表示通貨は両基準とも任意に選択できる。
  4. Indian GAAP(第19条)では、リース取引を (a)ファイナンスリース と(b)オペレーションリースに区分し、貸手は(a)と(b)、借手は(a)を資産計上する必要があるが、Ind AS(第116条)では、貸手は上記と同じく(a)と(b)を資産計上し、借手は期間が1年を超えるリース(少額のリースは除く)を使用権 (Right of Use Asset)として資産計上することが求められている。
  5. Indian GAAP(第10条)では、資産の主要部品・システム等が当該資産と異なる耐用年数を持つ場合は、重要なものを除き、個別減価償却を積極的には求めていない が、Ind AS (第16条)では、それぞれを個別資産 として計上した上で減価償却を行うことが規定されている。
  6. Indian GAAP(第10条)では、固定資産取得後の価額の再評価に関する規定はないが、Ind AS(第16条)では、(a) Cost Modelまたは(b) Revaluation Modelのどちらか1つの方式をすべての固定資産に適用する必要があり、(a)の場合は減価償却と減損の認識により価額の算定を行っていくが、(b)の場合はそれに加え、しかるべき頻度で時価評価額と乖離しない範囲での資産価額の再評価を行っていくことが規定されている。
  7. Indian GAAP(第10条)では、残存簿価・耐用年数・減価償却方法についての見直しは要求されていないが、Ind AS (第16条)では、毎期の見直しを行うことが規定されている。
  8. Indian GAAP(第14条)では、企業の合併・買収時ののれん代(買収価格−純資産額)について、原則5年以内に減価償却するものと規定しているが、Ind AS (第103条)では、減価償却扱いではなく、毎期末に(ただし期中に認識されたものは期末を待たずに)減損処理を行うものと規定している。
  9. Indian GAAP(第13条)では、金融資産について、短期(1年以内の保有)投資と長期投資に区分し、前者は取得価額か時価のどちらか低い方を計上し、後者は取得価額を計上し減損処理を行ってゆくが、Ind AS (第109条)では、金融資産は、償却資産と時価評価資産に区分し、前者の場合は取得価額にて計上後、償却により簿価を認識し、後者は時価にて計上後、「いずれも区分当初の減損処理方法を継続して毎期末時点の簿価を認識する。」毎期末時点の時価評価により簿価を認識する。
  10. Indian GAAPでは、時価評価方法について特別の記載がないが、Ind AS (第113条)では、時価評価が要求される、あるいは認められている各項目の評価方法についての詳細規定がある。例えば、負債と自己資本については、評価日における市場価格を算定し、非金融資産については、市場において最も高く評価されうる場合の価格を算定する等が挙げられる。

インド勅許会計士(※注2)の育成段階においても、従来のIndian GAAPに加え、新しいInd ASに基づいたカリキュラムの導入が進められています。会計基準の移行期には、企業の新システム整備のみならず、会計に携わる人材の再教育も求めらることから、企業の外注費・人件費等の負担は一時的に増すことになりますが、世界約120か国で採用されている国際会計基準IFRSに準拠したInd ASを適用することによって、潜在投資家、株主、債権者、ひいては従業員にとっても、公表された決算数値をもって公平な企業比較と正当な評価を行う事が可能になります。

また企業の債権回収可能性、債務返済能力が適正に判断されることで、企業のキャッシュフロー予測の確実性も高まります。国際競争力をより高めていく上で、インドは企業会計の重要な移行段階にさしかかっていると言えます。

(※注2)インドでは英国統治時代の影響を受け、公認会計士のことを「勅許会計士(CA : Chartered Accountant)」と称されており、会計士と税理士の区別はありません。

執筆者紹介About the writter

吉盛 真一郎 | Shinichiro Yoshimori
慶応義塾大学経済学部卒。日本・香港・スリランカ・インドにて、日系企業の経理・財務・総務業務に約14年従事。スリランカにてCSR業務から派生したソーシャルビジネスの起業実績もあり、経営者として管理業務実績を数多く積んでいる。2019年よりバンガロールを中心とした南アジアに強い会計・税務コンサルタントとして日系企業のインド進出を支援している。

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