labor-legal

インド人事労務・法務アップデート

インドEPF(従業員積立基金)の賃金上限が25,000ルピーへ

インドEPF(従業員積立基金)の賃金上限引き上げ

〜2026年9月17日施行、9月給与の日割り計算とCTCの考え方〜

インドで事業を展開する日系企業の皆様にとって、給与計算と社会保障制度への対応は、日々の労務管理の要です。2026年9月17日、従業員積立基金(EPF:Employees’ Provident Fund)の加入義務と拠出額の基準となる賃金上限(Wage Ceiling)が、月額15,000ルピーから25,000ルピーに引き上げられました。

今回の改定は月の途中から施行されたため、9月分の給与計算と、2026年10月15日が期限の9月分ECR(Electronic Challan-cum-Return:拠出申告)に直接影響します。本稿では、官報通知と従業員積立基金機構(EPFO:Employees’ Provident Fund Organisation)の公式FAQに基づき、日系企業の皆様が押さえるべき実務上のポイントを解説いたします。

1. 改定の概要

2026年9月16日に連邦内閣が引き上げを承認し、翌17日付の官報にて「労働雇用省通知(Notification S.O. 5109(E))」が公布され、同日施行されました。EPFOは賃金上限改訂に関する公式FAQ(FAQs related to recent revision of EPFO wage ceiling from Rs. 15,000 to Rs. 25,000)で、「9月17日施行に変更はない」と明言しており、施行日の延期はありません。

賃金上限の改定は2014年9月以来12年ぶりで、EPFに加え、年金制度(EPS:Employees’ Pension Scheme)と保険制度(EDLI:Employees’ Deposit Linked Insurance)の3制度すべてが対象です。政府は、新たに加入対象となる従業員を約510万人超と見込んでいます。

今回の改定は、2025年11月に施行された新労働法典のうち、社会保障法典に基づくものです。新労働法典の全体像は、以下の記事で解説しています。

関連記事:【2025年最新】インド労働法が歴史的再編 | 4つの新労働法典施行で企業実務は移行期へ

2. 対象者の判断:「賃金」の算定と上限の当てはめ

① 「賃金(Wages)」を算定する

加入義務の有無や拠出額は、総支給額でも基本給だけでもなく、「2020年社会保障法典(The Code on Social Security, 2020)」第2条(88)が定める「賃金(Wages)」で判断します。

賃金には、基本給、物価手当(DA:Dearness Allowance)、Retaining Allowanceが含まれます。さらに、条文の除外項目に当たらない手当、例えば特別手当(Special Allowance)も全額が賃金に含まれます。一方、住宅手当(HRA)、通勤手当、残業手当、歩合、賞与、会社のPF拠出などは除外されます。

ここで注意が必要なのが、いわゆる「50パーセントルール」です。除外項目の合計が報酬総額の50%を超える場合、その超過分は賃金に加算されます。例えば、報酬総額50,000ルピー(基本給15,000ルピー、特別手当5,000ルピー、HRA 20,000ルピー、通勤手当10,000ルピー)の場合、除外項目の合計30,000ルピーは報酬総額の50%(25,000ルピー)を5,000ルピー上回るため、計算式は次のとおりです。

賃金 = 基本給15,000ルピー + 特別手当5,000ルピー + 超過分5,000ルピー = 25,000ルピー

なお、手当は名称ではなく実質で判断されます。「特別手当」という名称でも、業務上の経費の精算に当たるものは除外される場合があります。全従業員に一律に支払われる手当がPFの算定基礎に含まれることは、2019年のインド最高裁判決(ヴィヴェーカーナンダ・ヴィディヤマンディル事件)*でも示されており、社会保障法典の施行により、その範囲はさらに広がっています。

関連記事:インド進出企業が押さえるべき福利厚生と労務コンプライアンスの最前線

② 賃金上限を当てはめる

算定した賃金に新しい上限を当てはめると、9月17日以降の扱いは従業員の区分によって次のように分かれます。

従業員の区分 9月17日以降の扱い
15,000ルピーを上限に拠出していた既存メンバー 拠出の基礎が、賃金と25,000ルピーのいずれか低い方に引き上げられる
実際の賃金(上限超)で拠出していた既存メンバー 変更なし
旧上限を超えていたため適用除外だった在籍者 賃金が25,000ルピー以下なら加入義務が生じる。加入手続は会社の義務で、本人の申請は不要
EPSに未加入で、賃金が15,000〜25,000ルピーのメンバー EPSに加入する
新規入社者 賃金が25,000ルピー以下なら加入必須。超える場合は本人の選択による任意加入(下記参照)
賃金が15,000ルピー以下の従業員 変更なし

 

賃金が25,000ルピーを超える従業員の任意加入は、本人の選択によるものですが、会社が書面による共同選択に同意することが条件です(「2026年従業員積立基金スキーム(Employees’ Provident Funds Scheme, 2026)」第9条(4))。会社は同意することで、その従業員について12%の拠出、管理手数料、その他の法定義務を負うことになります。また、既存メンバーは賃金が25,000ルピーを超えても脱退にはなりません。

3. 9月分の計算方法

インドルピー紙幣と電卓(9月分の給与計算)

EPFOの公式FAQ(Q7〜Q11)では、9月分は「1〜16日」と「17〜30日」の2つの期間に分けて計算することが示されています。前半(1〜16日)の算定基礎は、施行前の加入状況によって異なります。賃金20,000ルピーの従業員を例にすると、次のとおりです。

施行前の状況 前半(1〜16日) 後半(17〜30日)
適用除外(未加入) 0ルピー 9,333.33ルピー(20,000×14/30)
15,000ルピーを上限に拠出 8,000ルピー(15,000×16/30) 9,333.33ルピー(20,000×14/30)
実際の賃金で拠出 10,666.67ルピー(20,000×16/30) 9,333.33ルピー(20,000×14/30)

 

例えば、適用除外だった従業員(賃金20,000ルピー)の9月分は、本人負担が1,120ルピー、会社負担などを含む納付の合計が2,333.34ルピーとなります。

この期間按分は9月分のみで、10月分からは月額の全額で計算します。9月分のECRは2本に分けず、1本で10月15日までに申告します。月の途中の入社・退職や欠勤控除(LOP:Loss of Pay)については、FAQに記載がないため、通常どおり実際の勤務期間に支払われる賃金を基に計算します。

また、新たに加入した従業員について、9月の給与で本人負担分を控除できなかった場合に限り、次の給与で回収することが認められています(監督官の事前承認は不要)。既存メンバーの拠出増加分は、この対象に含まれていません。いずれの場合も、ECRの提出と会社・本人双方の負担分の納付は、期限内に完了する必要があります。

FAQ公表前に別の方法で処理した場合

FAQの公表前に、9月全体に25,000ルピーを適用した場合は、ECR提出前であればFAQの方法で再計算します。提出済みの場合は、ECRの訂正手続(修正申告)で訂正し、過大分を給与とPFの記録で整理してください。

15,000ルピーで処理し、10月に差額を精算する予定だった場合は、17〜30日の増加分は9月分に属するため、9月分のECRに含める必要があります。提出済みの場合は訂正手続を行い、不足分を期限内に納付してください。遅延に伴う利息や損害金は、法定の金額に不足があったか、納付が遅れたかによって判断されます。10月15日までに正しく納付すれば、問題は生じにくいと考えられます。

4. 会社負担とCTCの考え方

賃金が25,000ルピー以上で、従来15,000ルピーを上限に拠出していた従業員(EPS加入者)の場合、月額の負担は次のように変わります。

項目 改定前 改定後 差額
本人負担(12%) 1,800ルピー 3,000ルピー +1,200ルピー
会社負担:EPS(8.33%) 1,250ルピー 2,083ルピー +833ルピー
会社負担:EPF(3.67%) 550ルピー 917ルピー +367ルピー
EDLI(0.5%) 75ルピー 125ルピー +50ルピー
管理手数料(0.5%) 75ルピー 125ルピー +50ルピー
会社負担の合計 1,950ルピー 3,250ルピー +1,300ルピー

 

なお、2014年9月以降に賃金15,000ルピー超で初めて加入した従業員は、EPSに加入していません。この場合、会社負担の12%は全額がEPFに入りますが、合計額は変わりません。また、新たに加入する従業員(賃金20,000ルピー)の場合、会社負担は月2,600ルピー(EPS 1,666ルピー、EPF 734ルピー、EDLI 100ルピー、管理手数料100ルピー)となり、本人負担2,400ルピーが別に発生します。管理手数料には、事業所ごとに月500ルピーの最低額があります。

CTC(Cost to Company)について、EPFOは公式FAQで、CTCはPF負担を決める法定の概念ではなく、会社負担を「CTCの一部」と称して従業員の控除として扱うことはできない、との見解を示しています。

そのため、今期は増加した会社負担を会社のコストとして扱うことをお勧めします。特別手当を減らして吸収する方法は、合意済みの総支給額を引き下げることになるため、避けるべきです。そのうえで、次回の昇給時に会社のPF負担をCTCに織り込み、既存の総支給額を下げない形で給与構成を見直してください。新しい給与構成は、50パーセントルールに照らして改めて確認する必要があります。

また、本人負担の増加により従業員の手取りは減少します。増えた分は本人のPF口座に積み立てられることを、あらかじめ従業員に丁寧に説明しておくことが大切です。新労働法典による手取りへの影響は、以下の記事でも解説しています。

関連記事:【2025年施行】インド新労働法で「手取り」が減る?日系製造業・IT企業が直面する7つの変化

5. 個別に注意が必要なケース

① 日本人駐在員(International Workers)

日印社会保障協定に基づく適用証明書(CoC:Certificate of Coverage)をお持ちの駐在員は、インドのPFの対象外のため、今回の改定の影響はありません。

一方、CoCをお持ちでない駐在員は、従来から15,000ルピーの上限が適用されず、全額の賃金で拠出してきました。今回の改定で25,000ルピーの上限が新たに適用されるわけではありません。EPF Scheme, 2026の文言は明確でないため、EPFOによる明確化までは、全額の賃金で拠出を続けることが安全です。

② 自社PF信託(Exempted Establishments)

自社でPF信託を運営している企業は、法定スキームと同等以上の給付を提供する必要があります。そのため、9月17日から改定を適用し、9月分は2つの期間に分けて計算してください。信託規約(Trust Rules)に15,000ルピーの記載があれば改定し、新たに対象となる従業員を9月17日付で加入させる必要があります。なお、EPS(別途免除されていなければEDLIも)は引き続きEPFOに納付するため、4.で述べたEPSの変更は信託の対象者にも当てはまります。

6. 実務上のチェックポイント

最後に、今回の改定に対応するうえで確認すべき事項をまとめます。

① 給与項目を見直し、特別手当を含めた賃金(50パーセントルール適用後)を従業員ごとに算定する

② 各従業員の加入状況、拠出の基礎(上限か実際の賃金か)、EPSへの加入の有無を一覧にする

③ 給与計算の委託先に、9月の期間別の計算方法(特に1〜16日の算定基礎)を書面で確認する

④ FAQの公表前に別の方法で処理した場合は、10月15日までに再計算・訂正を行う

⑤ 新たに加入する従業員のUAN(Universal Account Number)とKYCを登録する(既存のUANの有無も確認する)

⑥ 手取りの変化とPF積立の仕組みを従業員に説明する

⑦ 請負・派遣の委託先の対応状況を確認する

⑧ 駐在員のCoCの有無を確認し、CoCがない場合は全額の賃金で拠出を続ける

⑨ 自社PF信託がある場合は、信託規約を改定する

⑩ 計算根拠を記録し、EPFOの追加指示やポータルの更新を確認する

まとめ

今回のEPF賃金上限の引き上げは、加入対象の拡大と拠出額の増加を通じて、従業員の皆様の老後の備えを厚くする一方、企業にとっては給与計算の見直しとコストの増加を伴う改定です。特に9月分は、期間按分という例外的な計算が必要であり、10月15日の申告・納付期限まで時間がありません。

まずは対象となる従業員を正確に洗い出し、9月分の計算を確認することから着手してください。あわせて、特別手当を含めた賃金の算定や、次回の昇給時のCTCの見直しなど、中長期的な給与設計についても、この機会に点検されることをお勧めいたします。

お問い合わせはこちら

– 用語集 –(掲載順)

・EPF(Employees’ Provident Fund)= 従業員積立基金。従業員と会社が毎月拠出する積立制度

・Wage Ceiling = 賃金上限。加入義務と拠出額の基準となる月額賃金の上限

・ECR(Electronic Challan-cum-Return)= EPFOへの毎月の拠出申告(納付書を兼ねる)

・EPFO(Employees’ Provident Fund Organisation)= 従業員積立基金機構。EPF・EPS・EDLIを運営する政府機関

・EPS(Employees’ Pension Scheme)= 従業員年金制度。会社負担12%のうち8.33%が充てられる

・EDLI(Employees’ Deposit Linked Insurance)= 在職中の死亡に備える保険制度(会社負担0.5%)

・Lakh = インドの数の単位で10万(51 Lakh=510万)

・Wages = 社会保障法典第2条(88)が定める「賃金」。PFの加入判定と拠出額の算定基礎

・DA(Dearness Allowance)= 物価手当

・Retaining Allowance = 季節的な休業期間などに、雇用を維持するために支払う手当

・Special Allowance = 特別手当

・HRA(House Rent Allowance)= 住宅手当

・LOP(Loss of Pay)= 欠勤控除

・CTC(Cost to Company)= 会社が従業員1人に負担する年間の総コスト(給与、手当、会社のPF拠出などを含む)

・International Worker = 国際労働者。インドで働く外国籍の従業員など(日本人駐在員を含む)

・CoC(Certificate of Coverage)= 適用証明書。社会保障協定に基づき、自国の制度に加入していることを証明する書類

・Exempted Establishment = EPFOの承認を受け、自社のPF信託でPFを運営する事業所

・UAN(Universal Account Number)= PF加入者に付与される個人番号。転職後も同じ番号を使う

・KYC(Know Your Customer)= 本人確認情報(Aadhaar、PAN、銀行口座など)の登録

 

―注記―

*ヴィヴェーカーナンダ・ヴィディヤマンディル事件(Regional Provident Fund Commissioner (II), West Bengal v. Vivekananda Vidyamandir and Others、インド最高裁判所、2019年2月28日判決)。特別手当がPF拠出の算定基礎に含まれるかが争われた事案です。最高裁は、全従業員に一律に支払われる手当は算定基礎に含まれると判断しました。成果に応じて変動する支払いや、残業手当のように一部の従業員だけが受け取る支払いは含まれません。

参考資料

・Gazette of India Extraordinary (Notification S.O. 5109(E)) – Ministry of Labour and Employment(2026年9月17日公布、本改定の直接の根拠)

・FAQs related to recent revision of EPFO wage ceiling from Rs. 15,000 to Rs. 25,000 – EPFO(EPFOによる実務上の解説)

・The Code on Social Security, 2020 – Ministry of Labour and Employment(賃金(Wages)の定義を定める主法)

・Employees’ Provident Funds Scheme, 2026 – Ministry of Labour and Employment(加入・拠出の詳細を定めるスキーム(2026年7月1日官報掲載))

               

執筆者紹介About the writter

寺島かほる | Kaoru Terashima
一橋大学大学院社会学研究科修了。東京大学大学院総合文化研究科在学中。出版社編集部、外資大手小売企業やベンチャー企業のスタートアップメンバーを経て、公的機関にて約3年間、主に南西アジアの調査業務に従事。南インドの地域特性を活かした、日系企業のインド進出と成長を後押しすべく、2024年5月より当社に参画。法務・会社秘書役業務(CS)を担う。