Indian Market "Insight"

インド市場の”今”を知る

Vol.003 : 創成期のインドeスポーツ市場の実態と最新動向

 

1. 世界のeスポーツ市場

 

「eスポーツ(e-Sports)」とは、一般社団法人日本eスポーツ連合(JeSU)によると「「エレクトロニック・スポーツ」の略で、広義には、電子機器を用いて行う娯楽、競技、スポーツ全般を指す言葉であり、コンピューターゲーム、ビデオゲームを使った対戦をスポーツ競技として捉える際の名称」 と定義されています。「eスポーツ」という単語が使われ始めたのは1990年頃というのが通説のようですが、近年、ゲーム業界の成長と共に競技としてのeスポーツも世界中で盛り上がりを見せており、2020年3月、アジアオリンピック評議会(OCA)が4年ごとに主催する国際総合競技大会「アジアインドア&マーシャルアーツゲームズ(AIMAG)」の2021年大会でeスポーツをメダルスポーツとして取り上げる事が発表されました 。近い将来、オリンピックの競技として登場する日が来るかもしれません。また、世界大会やタイトルにおける賞金規模も大きく、すでに年収1億円を超えるプロゲーマーも続出している状況です。
eスポーツ専門ウェブメディア「eSports World」内記事で引用された株式会社KADOKAWA Game Linkageの2020年2月の調査によると、2019年の日本eスポーツ市場規模は、前年比127%増の61.2億円となり、2022年には倍増、2023年には150億円超に拡大すると予測されており、2019年の日本eスポーツファン数(試合観戦・動画視聴経験者)は前年比126%増の483万人となり、2023年には1,215万人まで成長すると予想されています 。なお、インドのスポーツ専門WebメディアThe Bridgeの記事に拠ると世界的なeスポーツ市場規模は2019年に過去最高の11億ドル(約1,170億円)となり、2023年には21億7000万ドル(約2,300億円)に達すると推定されています 。

 

2. 物議を醸した「PUBG Mobile」とインドのeスポーツ市場動向

 

インドでもeスポーツの人気は勢いを増しており、同記事ではインドのeスポーツ産業の18年度の収益は438億インドルピー(約631億円)であり、2023年には全世界市場の半分以上を占める1,188億インドルピー(約1,711億円)にまで増加すると推測されています。2018年にインドのeスポーツの大会で支払われた賞金は総額50万ドル強でしたが、2019年には180%以上増え、総額150万ドルを超えました 。ちなみに、2019年に支払われた賞金の40%はインドで爆発的な人気を誇るモバイルゲーム「PUBG Mobile」によるものでした。「PUBG Mobile」は一部地域では禁止令が出るほどの人気があり、プレイのしすぎによる心不全で死者が出る までに発展し、物議を醸したほどです。この「PUBG Mobile」がインドで成功を収めた主なゲームであることから、インドのeスポーツはモバイルゲームの方向性が強くなっています。一方、PCゲームでは「The International」などの世界大会における高額賞金で有名なMOBA(Multiplayer Online Battle Arena)系ゲームの「Dota 2」やFPS(First Person Shooting)系ゲームの「COUNTER-STRIKE: GLOBAL OFFENSIVE (CS: GO)」において成功を収めています。

 

3. 世界から見たインドのeスポーツ業界

 

少しずつですがインドでもTSM Entity 、Team Soul のような国際的に活躍するeスポーツチームや、Global eSports のような複数のチームを持つ組織が有名になってきました。また、インド国内トップレベルのeスポーツチームであるSignifyは、eスポーツ大会主催者との利益相反を防ぐため2019年に引退しましたが、2017年から総額約76,500ドル(約800万円)を稼ぎました 。さらに、Fnatic(イギリス)、Nova Esports(香港)のような国際的なeスポーツ組織が、それぞれインドのゲームストリーミングサービスLOCO 、インドのPUBG Mobile専門のチームGodlike Esports との提携を発表してインドに進出し始めています。

 

NODWIN Gaming社が運営する「ESL INDIA PREMIERSHIP 2020」

 

4. ESL開催のインド国内eスポーツ大会

 

ドイツを本拠とする世界最大級のeスポーツ企業ESL(Electronic Sports League)社は、2016年に「ESLインド・プレミアシップ」を開始しました。ムンバイで開催された2019年Dota 2チャンピオンシップは、決勝戦に約5000人の観客を集めました。ESLインド・プレミアシップは今ではインドで最も古く、最大規模のeスポーツ大会の一つとなっており、「FIFA20」、「COUNTER-STRIKE: GLOBAL OFFENSIVE (CS: GO)」、「Player Unknown’s Battlegrounds (PUBG) Mobile」、「Clash of Clans Mobile」等のタイトルの大会を特色としています。さらに、トッププレイヤーの間で行われる試合は、インドの大手テレビ放送会社であるDisney+Hotstarで放送され、ESLインド・プレミアシップの2020年大会の賞金総額だけでも約1,500万円となっています。

ESLとESLインド・プレミアシップを共催するインド地場のeスポーツイベント運営企業、NODWIN Gaming社も急成長しており、今年3月、海外展開の最初の拠点として南アフリカに支店を設立しました 。
チームや主催者以外にも、インドのeスポーツには、世界的に認知されている大企業がスポンサーとして参加しています。その中には、DELL、Intel、Red Bull、メルセデスベンツなどが含まれています 。また、Asus、Oppoなどのコンピュータ周辺機器製造会社がイベントだけでなく、チーム自体にもスポンサーシップを提供しています 。
最近では、FnaticとLOCOは新たなプログラムとして、インドでPUBG Mobileのプレイヤーがeスポーツチームとプロ契約を結ぶことができる全国規模のタレントハントを開始しました。「Fnatic Rising」という名前のこのプログラムは、7~8ヶ月間にも及ぶリーグ戦により選ばれしトッププレイヤーのみが、プロeスポーツ選手になるために受けることのできるコーチングや専門家によるトレーニングを提供しています 。

 

5. インドeスポーツ業界における課題と展望

 

インド国内の eスポーツ業界はその成長を支えるエコシステム構築に向けて大きな転換期を迎えているようにも感じますが、インド特有の課題にも直面しています。その最も大きな懸念が不安定なインターネット通信環境です。また、もう一つの大きな課題は、この業界に参入する人材にとって重要なインフラとしての安定した雇用環境です。現在インドの eスポーツビジネスは非公式なものも多く、給料や労働時間における待遇の悪さや詐欺などの事例が複数発生しており、市場の成長を妨げています。
ゲームはもはや単なるエンターテイメントではなくなり、“eスポーツ”としての産業化、そして、バーチャルアスリートやゲーマーとしてキャリアの選択肢のひとつにもなりつつあります。インドのeスポーツ市場は現時点ではまだ黎明期、かつ、未成熟ではありますが、豊富な人材を抱える大国インドにおいて、通信環境や所得水準の改善、教育環境が整ったエコシステムの構築が進むにつれて、近い将来、世界最大級のマーケットの一つになる可能性を秘めています。現状では、テンセントやGAFA等の巨大企業が世界のゲーム業界を牽引していると言わざるを得ませんが、創成期と言える当地インドだからこそ、ハードウェア端末やそのコンテンツ制作において、日本企業が積極的に関わっていけるチャンスもまだまだ大いにあると言えるのではないでしょうか。

 

6. インド製ゲーム「FAU-G」とは?中国製アプリ禁止による影響

 

2020年9月2日、インド政府により118の中国製(とみなされた)アプリが新たに禁止され、その中に「PUBG Mobile」も含まれておりeスポーツに限らずインドのゲーム業界に衝撃が走りました。(※おそらく「PUBG Mobile」が中国系テンセントがインドで配信をしているという理由によるもので、当日は全世界でPUBGがTwitterでトレンド入りしました。 )1週間後の9月9日、開発元のPUBG Corporationはインドでのテンセントとの配信提携を解消すると発表しました 。次の配信提携先はインド地場Jioなのでは?という噂が囁かれていますが、まだ公式情報は出ていません 。また、ポスターがPUBGにかなり似ていると言わざるを得ないインド製ゲーム、FAU-Gのローンチをボリウッド俳優のアクシェイ・クマールが発表 しており大きな話題になっています。国境紛争によるインドの対中関係には引き続き緊張感がありますが、ゲーム業界を問わずインド経済に与える影響は大きく、今後の動向に目が離せません。

<< 2020年9月4日のアクシェイ・クマール氏のTwitter投稿 >>

<< PUBG Mobileのポスター >>

       

参照元データを見る

[1] https://jesu.or.jp/contents/about_esports/

[1] https://thedice.com/esports-to-feature-as-medal-sport-at-2021-pattaya-asian-indoor-and-martial-art-games/

[1] https://esports-world.jp/news/4258#:~:text=2019%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%ACe,%EF%BC%85%E3%81%A8%E4%BA%88%E6%B8%AC%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82

[1] https://thebridge.in/esports/indian-esports-pie-why-everyone-wants-piece/#:~:text=With%20an%20estimated%20net%20worth,on%20India%20and%20have%20already

[1] https://thedice.com/indian-esports-prize-money-grew-by-180pct-in-2019-forpubg-mobile/

[1] https://www.vice.com/jp/article/d3n4n7/a-16-year-old-in-india-died-after-playing-too-much-pubg

[1] https://liquipedia.net/pubg/TSM_Entity

[1] https://liquipedia.net/pubg/Team_SouL

[1] https://www.globalesports.com/

[1] https://esportsflag.com/india

[1] https://esportsinsider.com/2020/06/fnatic-loco/

[1] https://esportsobserver.com/nova-esports-partners-godlike/

[1] https://thedice.com/indian-esports-company-nodwin-gaming-expands-to-south-africa/

[1] https://www.financialexpress.com/brandwagon/india-gaming-summit-2020-how-brand-associations-can-fuel-the-growth-of-esports-ecosystem-in-india/2040987/

[1] https://pro.eslgaming.com/india/sponsors_cs-go/

[1] https://www.thequint.com/explainers/esports-in-india-opportunities-careers-challenges#:~:text=2.,Esports%20in%20India&text=Apart%20from%20the%20local%20tournaments,in%20the%20two%2Dday%20tournament

[1] https://www.getloconow.com/fnaticrising/

[1] https://www.financialexpress.com/opinion/laying-the-perfect-pitch-there-is-a-need-to-recognise-and-regulate-esports-in-india/2019083/

[1] https://www.news18.com/news/buzz/pubg-is-now-worlds-top-twitter-trend-after-india-bans-it-2843647.html#:~:text=In%20a%20statement%2C%20the%20Ministry,of%20state%20and%20public%20order%22

[1] https://jp.techcrunch.com/2020/09/08/2020-09-08-pubg-cuts-publishing-ties-with-tencent-games-in-india-a-week-after-ban/

[1] https://www.sportskeeda.com/esports/pubg-mobile-jio-partnership-india-official-confirmation-yet

[1] https://www.india.com/technology/fau-g-the-replacement-of-pubg-will-launch-in-october-with-galwan-valley-backdrop-4133937/

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執筆者紹介About the writter

安本 理恵 | Rie Yasumoto
2014年より北インドグルガオン拠点の現地日系企業で法務や総務、購買等を中心とした管理業務を経験後、インドの法務および労務分野の専門性を深めるべく2018年に当社に参画し、南インドチェンナイへ移住。現在は会社法を中心とした企業法務や、労働法に基づく人事労務関連アドバイス、インドの市場調査業務を担当。2023年3月に退職。