Indian Market "Insight"

インド市場の”今”を知る

vol.005 インドのOTTマーケットとエンターテインメントの新時代

日本で知られているインドのエンターテインメントといえば、インド映画、クラシック音楽、伝統舞踊あたりでしょうか。日本にもインド映画ファンはいますが、映画以外のインドのTV・ウェブドラマやコメディー番組についてはあまり知られていないかもしれません。

インドでボリウッドをはじめとしたインド映画が一大娯楽であることには間違いありませんが、TVの政治討論やニュースチャンネル、ドラマシリーズ(特に「サース・バフ(Saas-Bahu)」と呼ばれる嫁姑問題を描写した昼ドラ[1])、トークショー等のバラエティ番組も同じ位広く視聴されています。

全体の市場シェアとしては徐々に低下していますが、これらのTV番組は、主にティア2(注1)以下の都市や非都市部でより人気があり、大都市でも高齢者には今でも広く親しまれています。

これは、インド通信大手であるリライアンス・ジオが2016年にインド通信業界に参入したことにより、世界で最も安価なモバイルデータサービスとスマートフォンが急速に普及したことによるものだと思われます。

都市部の人口の多くの若者は、日本と同じくTVよりもインターネットのSNS(Facebook、Instagram、Twitch、Tik-Tokなど)や、Youtube、Netflix、Amazon Prime、Disney+(インドではDisney+Hotstar)などのOTT(Over-The-Top)サービス(注2)を介してグローバルメディアを消費しています。

  • (注1)ティア2:インドの都市は主に人口の規模によって分類され、人口400万人以上の都市(デリー、ムンバイ等)はティア1、400万人未満の都市がティア2(ジャイプール等)、100万人未満の都市はティア3と称されています[2]。
  • (注2)OTT(Over-The-Top):動画配信、SNS、音声通話等のマルチメディアをインターネットを介して提供するサービス。

新時代コンテンツの創成期

 過去10年程で、インドでは複数のYoutubeチャンネルが立ち上げられ、「The Viral Fever(TVF)」や「All India Bakchod(AIB)」などのチャンネルが国内で絶大な人気を博しました。

これらのチャンネルは、現在の急速な成長を遂げるインド社会の過渡期における若者の葛藤を「あるある」としてパロディ化したコント風ドラマで、ボリウッドの伝統的な歌い踊るメロドラマや勧善懲悪のアクション、TVの嫁姑問題がテーマの古い昼ドラとは全く違うものでした。

その後、多くのドラマやコント、コメディーチャンネルが開設され、多くのフォロワーを獲得したほか(例えば、「Jordindian」、「The Screen Patti」、「East India Comedy」など)、独立系のクリエイターが大きな名声を得るようになりました(例えば、「Carry Minati」、「Ashish Chanchlani」、「BB ki Vines」、「Technical Guruji」など)。

これらの独立系クリエイターの多くは、Youtubeチャンネルの登録者数が1,000万人を超えていますが、TVFも2021年5月末、登録者数1,000万人を達成しました[3]。

この中で、前述のYoutubeチャンネルを二つご紹介します。

 

1.The Viral Fever (TVF)

TVF Play: https://tvfplay.com/landing

Youtube チャンネル: https://www.youtube.com/c/TheViralFever/featured

 

 

TVFは2010年にYoutubeチャンネルとして開始しましたが、2015年、自社のオンラインストリーミングプラットフォームTVF Playを設立しました。

TVFはインドでウェブドラマというジャンルを開拓し、「Permanent Roommates[4]」という恋愛コメディードラマを制作しTVF Playで公開しました。現代の自立した若者の恋愛とカップルの心理を描写したこのドラマは、今までのボリウッド映画や昼ドラとは全く違ったもので、インドの都会の先進的な若者の間で人気を博しました。

その後、インドのIT系スタートアップと起業をテーマにした次のシリーズ「Pitchers[5]」が続き、「Pitchers」は公開時に最初の2日間で100万のアクセスがあり、3時間にわたってプラットフォームがクラッシュしました。

この2作は「カルト・ヒット」と呼ばれる程の成功をおさめ[6]、インドの都市部の若者におけるストーリーのアイコンとなりました。

その後、さらに多くのウェブシリーズ(「Kota Factory」もこのシリーズの一つ)が公開され、TVFはインドで最高のオンラインシリーズ制作者としての地位を確立しました。また、TVFは、2016年に米系投資ファンドTiger Global Managementより1,000万米ドルの出資を受けています[7]。

 

2.All India Bakchod (AIB)

Youtube チャンネル: https://www.youtube.com/user/allindiabakchod

 

AIBは元々2012年にタンメイ・バット/Tanmay Bhat(ボリウッドスターのアリア・バット/Alia Bhatの兄)とグルシムラン・カンバ/Gursimran Khambaのコメディアン二人によるポッドキャスト番組としてスタートしましたが、その後メンバーが4人に増え、2013年に同名のYoutubeチャンネルを創設し、TVFと同時期に社会風刺コントドラマで同様の成功を収めました。

「正直」シリーズ(「正直なインド人の結婚式(Honest Indian Weddings)」、「正直な工学大学生の就活(Honest Engineering Campus Placements)」、「正直なインドの航空会社(Honest Indian Flights)」等)は、アッパーミドルクラスの若者の建前ではない「正直」な本音を数分のコントドラマとして面白可笑しく描写することで、インドで今まで問題提起されてこなかった難しい話題への意識を高めたと評価されました。

中でも、「レイプが起こるのはあなたのせい(AIB : Rape – It’s Your Fault)」という全編英語の啓蒙キャンペーン風コメディー動画[8]はボリウッドスターのカルキ・ケクランが出演しており、強烈にインドの社会通念を揶揄しています。

AIBはオーストラリアやシンガポールでツアーを行う程人気がありましたが、残念ながら2018年頃、内部の相次ぐトラブルにより活動をほぼ停止してしまい、Disney+Hotstarで配信している自身の番組「On Air with A!B」は途中で打ち切りになり、メンバーのタンメイ・バットは出演していたAmazon Primeの番組を降板しました[9]。

現在はメンバーがそれぞれAIBから離れて独立して活動していますが、彼らのYoutubeチャンネルは更新がされていない現在でも395万人の登録者がおり、インドで最高のスケッチコメディとして広く知られています。

※TVF、AIBのコンテンツはヒンディー語のものが多いですが、殆どが英語字幕つきで視聴することができます。

 

インターナショナルプレイヤーのインド進出

NetflixやAmazon Primeのような国際的なプレイヤーがインドのOTT市場に本格的に関心を持ちはじめたのは、ごく最近のことです。

両社共インドで事業を開始したのは2016年でした。英調査会社オムディアによると、Netflixの2020年末のインドにおける有料会員数は300万人で、Amazon Primeのそれは583万人でした。

一方、ディズニーのストリーミングサービスDisney+Hotstarは同じ2020年に有料会員数が3倍以上の1,870万人に達しました。

但し、Netflixは、加入者数がはるかに少ないにもかかわらず、高いクオリティのコンテンツとアッパーミドル以上をターゲットした高価格帯(といってもモバイル専用プランは月額199ルピー(約300円弱)ですが)のサービスでディズニーのDisney+Hotstarに収益シェアで総合的に勝っています[10]。NetflixとAmazon Primeは、インド市場向けのコンテンツも積極的に制作しています[11](『Sacred Games』、『Family Man』、『Mirzapur』など)。

これらのストリーミングサービスの成功を見て、多くの主流メディアTVチャンネル(Star、Zee、Sony TV、Sunなど)は、将来的に利益を持続させるためには、若者にも対応する必要があることに気づきました。

その結果、多くのチャンネルが独自のオンラインビデオストリーミングサービスに投資を始め、中には国際的なプレーヤー(Disney+Hotstarなど)と提携しているものもあります。

インドにおけるOTT市場、動画コンテンツマーケットの展望

PwCが発表した最新レポート「Global Entertainment & Media Outlook 2020-2024[12]」によると、2019年から2024年の間、インドのOTT市場は28.5%の年平均成長率で成長し、2024年には世界で第6位の市場になると言われています。

私はインドに約7年滞在していますが、インド映画しか知らなかった頃にTVFやAIBのコンテンツを初めて見た時の感動が忘れられません。

正直なところ、こんなに面白いドラマやコントがインドにあるのかと驚きました。更に、個人的にはこれらのコンテンツはポリティカル・コレクトネス(※)にかなり配慮をしている印象を受けました。

アメリカでもインド系コメディアンはNetflixの番組を持ちホワイトハウス記者団夕食会にも出席したハサン・ミナージ[13]や世界最高収入のYoutuberとして話題になったリリー・シン[14]が活躍していますが、「インドあるある」ネタはインド系移民だけでなくインドの若者にも好まれています。

また、ヴィール・ダースのように移民でなくインド出身で国際的に活躍しており、Netflixの番組[15]を持つようなコメディアンも既に出現しています。

※ポリティカル・コレクトネス(political correctness)とは、社会の特定のグループのメンバーに不快感や不利益を与えないように意図された言語、政策、対策を表す言葉であり、人種・宗教・性別などの違いによる偏見・差別を含まない中立的な表現や用語を用いることを指します。

コメディアンのタンメイ・バット(前述AIBの創立メンバー)は、先日Clubhouseで「現在デジタルネイティブであるティーンエイジャーは、10年後にコンテンツクリエイターとして、自分にとっては脅威となるだろう」と発言していました。

今後も、経済成長と共に質の高いコンテンツクリエイターがたくさん出現すると思われます。インド映画ではないインド産コンテンツがストリーミングサービスでもっとたくさんの海外オーディエンスを獲得する日も近いのではないかと思っています。

       

参照元データを見る

[1] Meet The Economist Who Did A Research On Saas-Bahu Relationships https://www.shethepeople.tv/home-top-video/s-anukriti-research-saas-bahu-relationship/

[2] JETRO: BOP/ボリュームゾーン・ビジネス 実態調査レポート https://www.jetro.go.jp/ext_images/theme/bop/precedents/pdf/marketcondition-basicdata_201601_in.pdf

[3] TVF | Thank you for 10 Million Subscribers https://youtu.be/_eHKTzgbWvQ

[4] Permanent Roommates https://tvfplay.com/show/permanent-roommates/3

[5] Pitchers https://tvfplay.com/show/tvf-pitchers/1

[6] The Viral Fever https://en.wikipedia.org/wiki/The_Viral_Fever

[7] Tiger Global invests $10 million in online videos creator The Viral Fever https://www.livemint.com/Companies/3TwExKIWy3bPwVZS4APOjM/Tiger-Global-invests-10-million-in-online-videos-creator-Th.html

[8] AIB : Rape – It’s Your Fault https://youtu.be/8hC0Ng_ajpY

[9] How AIB went from a rising star to having no money, no CEO and no office https://theprint.in/india/how-aib-went-from-a-rising-star-to-having-no-money-no-ceo-and-no-office/240976/

[10] Is Netflix Wavering in Its Quest for the Next 100 Million Subscribers in India? https://www.fool.com/investing/2021/05/06/netflix-wavering-quest-next-subscribers-india/

[11] Netflix and its battle for Indiahttps://www.fortuneindia.com/enterprise/netflix-and-its-battle-for-india/105217

[12] Global Entertainment & Media Outlook 2020–2024 https://www.pwc.in/industries/entertainment-and-media/global-entertainment-and-media-outlook-2020-2024.html

[13] 米大統領が異例の欠席 ホワイトハウス記者会夕食会https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-39768271

[14] 27歳で年収8億円 女性ユーチューバー「リリー・シン」の生き方https://forbesjapan.com/articles/detail/17174

[15]ヴィール・ダースの無くしたもの https://www.netflix.com/jp/title/80995991

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執筆者紹介About the writter

安本 理恵 | Rie Yasumoto
2014年より北インドグルガオン拠点の現地日系企業で法務や総務、購買等を中心とした管理業務を経験後、インドの法務および労務分野の専門性を深めるべく2018年に当社に参画し、南インドチェンナイへ移住。現在は会社法を中心とした企業法務や、労働法に基づく人事労務関連アドバイス、インドの市場調査業務を担当。2023年3月に退職。